受肉転生 ~宿儺と一緒に本気出す~   作:てとらとりす

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四十話

 

あの後、俺は必死に謝ったり、褒めちぎったり、なだめたりして、どうにかアイシャの誤解を解いた。

 

いや、誤解じゃない部分もある。

俺が変な想像をされるような言動をしたのは事実で、アイシャの指摘は刺さってる。

刺さってるからこそ、こっちは言い訳を並べるしかなくなる。

 

……あの時、シルフィをなだめるルーデウスの気持ちが少しわかった気がした。

 

 

 

―――

 

 

 

数日後。

俺たちは荷物をまとめて宿を出た。

空気が少し乾いていて、港のほうから潮の匂いが風に混じって届く。

旅の匂いだ。

 

 

「じゃあ、俺たちはこれから、ゼニスさんの居場所を師匠に伝えに行きます」

 

 

「私達は、クラスマまで行き、魔王の保護を受けている転移者達をミリスまで船で送りましょう……それとなのですが、ノコパラ達も連れて行くんですか?」

 

 

「はい、連れていきますよ。言語はこの一年で覚えさせましたし、問題はないと思いますけど……」

 

 

「いえ……ミリスは魔族に対して風当たりが強いですから……」

 

 

差別か。

どこの世界でも変わらないな。

 

怖いものは排除する。

知らないものは拒絶する。

それは前の世界にもあった。

ロキシーさんも差別を受けてきたのだろうか。

 

ノコパラとブレイズを見る。

彼らは、俺を見返して笑った。

 

 

「へっ、どうでもいい奴の言葉なんて効くかよ」

 

 

「俺もだ」

 

 

「……だそうですので、大丈夫だと思いますよ」

 

 

俺がそう言うと、

ロキシーさんは少しだけ肩の力を抜いた。

 

ふと横を見ると、アイシャがエリナリーゼさんに耳打ちされていた。

……変なこと教えてないよな?

エリナリーゼさんは、教育に向かないタイプの大人だ。

いや、教育には向いてる。

方向性が致命的に危ないだけで。

 

そんな不安を打ち消すように、タルハンドさんにどすんと肩を叩かれた。

 

 

「そんな心配そうな顔をせんでも、ワシらにまかせい!」

 

 

「じゃあ、任せます!」

 

 

その言葉に、自然と肩の力が抜けた。

タルハンドさんが満足そうに腕を組んで戻っていくのと入れ替わりで、アイシャがぴょこっと俺の前に戻ってくる。

 

 

「何の話してたんだ?」

 

 

「えっとねー……ないしょ!」

 

 

……本当に何を吹き込まれたんだ。

怖すぎる。

 

出発の時間になり、俺たちは宿の前で別れの挨拶を済ませた。

ロキシーさんたちとの別れは、意外なほどあっさりしていた。

 

まあ、今生の別れではない。

会いたくなったらまた会えばいい。

そう考えながら、俺たちは港へ足を進めた。

 

港に着くと、ノコパラが事前に掴んでいた情報通り、ちょうどミリス行きの船が出港するところだった。

俺たちは四人分の運賃を支払い、船へ乗り込む。

 

この世界で初めての船旅だ。

 

……船酔いしそうだな。

前世ではガッツリ乗り物酔い体質だったし。

酔い止め薬とか、この世界にあるんだろうか。

 

あるわけないか。

 

 

 

―――

 

 

 

船が動き出す。

甲板から港を見つめると、街並みがゆっくり遠ざかっていく。

潮風が顔に当たり、心地いい。

 

ちなみに心配は杞憂に終わり、俺は船酔いしなかった。

……代わりに、派手に酔ってる奴がいた。

 

 

「オロロロロロロッ……!」

 

 

甲板の隅でノコパラが盛大にゲロっていた。

船の板に落ちた吐瀉物が、波しぶきに濡れてじわっと流れていく。

 

あれの掃除は誰がするんだろうか……俺たちか?

と思ったが、幸い波が船体を叩き、ゲロは海に洗い流されていった。

 

ブレイズは少し離れた場所で荷物を背にして警戒中。

仕事モードのブレイズは頼もしい。

 

アイシャは俺に肩車されながら、青い海と空を交互に見て目を輝かせている。

 

 

「お兄ちゃん……海ってさ、どこまで続いてるの?」

 

 

「ああ、ずーっと遠くまで続いてるんだぞ。向こうの向こうまでな」

 

 

「でもさ……あそこ、線になってるよ?」

 

 

「ああ、あれは水平線って言うんだ。海と空の境目みたいに見えるところだな」

 

 

「境目……?」

 

 

アイシャは首をかしげながら、じっと遠くを見る。

 

 

「ほんとは、もっと向こうまで海なんでしょ? なのに、そこで終わりみたいに見えるのは変じゃない?」

 

 

「それは……いや、たしかにそうだな……」

 

 

アイシャに言われて思い出すが、この世界は「平面世界」らしい。

前世の常識だと、地球が球体だから水平線が生まれる。

目線の先で海面が丸く落ちていくから、空との境が線になる。

 

でも、平面でどこまでも地続きの世界なら、水平線が見えるのは、確かに変だ。

 

世界の端はどうなってるんだろう?

断崖絶壁? 海の終わり? 見えない壁?

 

考えだしたらキリがない。

俺はアイシャを肩車から下ろし、ブレイズのそばへ促した。

 

 

「アイシャ、ちょっとブレイズのところで待っててくれないか? 俺はノコパラを看病するから」

 

 

「わかった!」

 

 

名残惜しそうにチラチラこっちを見ながら、アイシャはちょこちょこ歩いてブレイズの元へ向かった。

 

俺はノコパラの背中に手を当てる。

ひくひくと肩が震えている。

船縁まで連れていって、もたれさせた。

 

 

「……すまん、助かった」

 

 

「大丈夫だ、仲間だろ」

 

 

波が船体を叩く音だけが、静かに響いた。

短い沈黙。

気まずいわけじゃない。

互いに、これまでを少し考えている、そんな空気だった。

 

その沈黙を破ったのは、ノコパラだ。

 

 

「なあ、カイン……お前、俺たちに隠してること、あるだろ?」

 

 

「アトーフェのことか?」

 

 

「ちがう。もっと重要なことだ」

 

 

「なんだよ、カマかけた言い方して。何か核心があるんだろ?」

 

 

ノコパラは口を開きかけて、閉じた。

それが答えだった。

 

 

「じゃあ、俺も聞きたいことがあるんだけどさ……ノコパラ、お前、もしかして――ヒトガミという単語に聞き覚えがあるんじゃないのか?」

 

 

「!? 知ってたのか?」

 

 

「やっぱりかよ。夢に出てきて助言を与えられてたんだろ?」

 

 

「………」

 

 

ノコパラは黙り込んだ。

言い訳も、否定もない。

 

確信があったわけじゃない。

ただ、たまに見せるノコパラの神がかり的な勘。

あれの説明が、他に思いつかなかっただけだ。

 

 

「……そうだよ。ヒトガミ様は、この一年で俺にいろんな助言をくれた。あの依頼を受けろとか、あの町に行けとかな」

 

 

ヒトガミ様、ね。

その言い方だけで、ノコパラがどれだけあいつを信用しているか分かる。

俺が『アイツは信用できない』と頭ごなしに言ったところで、素直に聞いてくれるかどうか怪しいな。

 

だが、このままあいつの助言を聞き続けたら、

どんな未来に誘導されるか、わかったもんじゃない。

 

 

「俺が今までうまくやってこれたのは、ヒトガミ様のおかげだ」

 

 

「なあ、ノコパラ。ヒトガミは、自分に都合の悪い未来を壊すために、他人を利用する奴だって言ったら……信じるか?」

 

 

ノコパラは「はぁ?」と不機嫌そうに眉を寄せる。

そりゃあ、信じないよな。

一年間も助けられてきた相手を、急に疑えと言われても困るに決まっている。

 

思い返す。

ノコパラは、俺のことを信用している。

危険地帯での選択も、依頼のことも、結果として俺たちを救ってきた。

でもその裏側には、ヒトガミの助言があった。

 

ヒトガミは言っていた。

俺の子孫が、いずれヒトガミにとって害になる。

そして「俺を殺したい」と言ったのだ。

 

だから今は利益になるような助言でも、俺の未来を腐らせている可能性がある。

 

 

「カインだってよ、ヒトガミ様の助言に助けられてきただろ?」

 

 

「……何を吹き込まれたのかは知らないが、俺が助けられてきたのはヒトガミなんかじゃない、お前だよ、ノコパラ」

 

 

ノコパラの目が一瞬だけ揺れた。

思ってもみない返答だったのだろう。

俺は続ける。

 

 

「そしてヒトガミが助けたのは、俺たちじゃなく、ヒトガミ自身のためだ」

 

 

「どういうことだよ?」

 

 

俺はノコパラに語った。

 

ヒトガミが未来を視ていること。

俺の子孫が、いつか四肢をバラバラにして封印する未来。

だから俺を殺したいこと。

そのために幸福な助言で信用を得てから、最後に死に向かう助言を与えるつもりだということ。

 

語り終えると、ノコパラはしばらく黙り込んだ。

 

 

「……そんなこと……いきなり言われて、信じれねぇよ」

 

 

「……」

 

 

「それに……ヒトガミ様の助言がなかったら……俺は、お前らの役に立てない」

 

 

ノコパラは唇を噛み、悔しそうに、吐き出すみたいに続けた。

 

 

「危ない時に動けたのも……良い依頼を引けたのも……俺に何か価値があったわけじゃねぇ……ヒトガミ様に言われた通り動いただけだ」

 

 

ノコパラの視線が、揺れている。

弱さを隠そうとして、それでも隠しきれずに滲む悔しさ。

その目を見て、ようやく気づいた。

 

――そうか。

 

ノコパラは俺の期待に応えたかったんだ。

冒険者として、仲間として。

でも自分には、その力がないと思い込んでいた。

 

だから、助言をくれる存在、ヒトガミに縋ってしまった。

 

……怖かったんだな

期待に応えられず、失望されることが。

 

失望されるくらいなら、最初から期待なんてされたくない。

それでも、期待してくれた人を裏切りたくなくて。

 

その気持ちは、痛いほど分かる。

俺もそうだった。

宿儺の期待に応えられず、失望されてしまった。

 

きっとノコパラは今、俺にそんな目を向けられるのが怖いのだろう。

 

でも、だ。

 

俺が「気持ちは分かる」なんて言っても、意味がない。

なぜなら、今の俺がここにいるのは、宿儺に失望されたからだ。

 

期待に応えられなかったから、俺は立ち止まって、折れて、泣いて、それでも前に倒れるように歩いた。

 

結局、人は自分で自分をどうするか、選ばなきゃいけない。

 

 

「ノコパラ。お前は、これからどうしたいんだ?」

 

 

「……俺は……カイン、お前についていきたいに決まってんだろ。お前らとの旅は確かに面倒くさいことばっかだったけど、それ以上に楽しかったんだ」

 

 

声は震えていた。

 

 

「けど……俺じゃあ役に立てねぇんだよ! お前らみたいに強くもねぇ、頭もよくねぇ! 今まで役に立てたのだって、ヒトガミ様の言葉通りにしただけだ! そんな奴が一緒にいても、邪魔になるだけだろ……!」

 

 

「ノコパラ。本当に俺たちと別れたいってんなら、それでいい」

 

 

ノコパラが顔を上げる。

どこか怯えた目だった。

 

 

「だがな、ノコパラ、お前はそれでいいのか?」

 

 

「……っ!」

 

 

「役に立てないからって、本当にここで、俺たちと別れるつもりか? 本当は俺達についていきたいんだろ?」

 

 

「できねぇから言ってんだろ……!」

 

 

「なあ、ノコパラ。俺たちが会った日のこと、覚えてるか?」

 

 

「あ?」

 

 

「ほら。張り紙を貼ろうとした俺に、お前がいちゃもんつけてきた時のこと」

 

 

「……忘れるわけねぇだろ。俺はお前に腕をぶった切られたんだぞ」

 

 

「それは……悪かったと思ってる」

 

 

あれは俺の未熟さだ。

でも、あの時の俺は間違いなくノコパラを仲間にしたかった。

 

 

「でさ、あの時俺が言ったこと覚えてるか?」

 

 

「……さっきから何なんだよ! そんなこといちいち覚えてねぇよ!」

 

 

「じゃあもう一度言う『何にでもなれるからこそ、何かになろうとしなければなれないんだよ』」

 

 

ノコパラは揺れる視線を、足元へ落とした。

沈黙が落ちる。

 

 

「今のお前は、あの時と違って、俺たちと一緒に旅をしたいっていう、やりたいことができたんじゃないのか?」

 

 

「……そう、だな」

 

 

「でも今のお前は、自分が役に立たないと決めつけて、やりたいことから逃げようとしてる」

 

 

「役に立たねぇのは事実だろうが!」

 

 

「じゃあ、役に立ってみろよ」

 

 

「は?」

 

 

「役に立ちたいなら、まずそうなりたいって、思わなきゃダメだろ?」

 

 

「俺が役に立ちたいなんて思ったところで……何が変わるんだよ。俺は頭も良くねぇし戦えねぇし……結局俺は助言がなけりゃ何も出来ねぇんだよ」

 

 

「じゃあ聞くが……ノコパラ。ヒトガミが夢に現れ始めたのはいつだ?」

 

 

ノコパラは一瞬、視線を泳がせた。

しかし、すぐに答えが口からこぼれ出る。

 

 

「……お前と会って、すぐだよ」

 

 

「ハッ! なら気にすることないだろ」

 

 

ノコパラは驚いたような顔で俺を見た。

 

 

「俺が、お前を仲間に欲しいって思ったのは、お前と会った、あの日なんだからさ」

 

 

ヒトガミが割り込んできたのは、そのあとだ。

 

 

「ヒトガミの助言なんて関係ない。お前を仲間に選んだのは、俺だ」

 

 

言い切った瞬間、ノコパラは目を見開いた。

驚き、迷い、疑い、期待。

ぐちゃぐちゃに混ざった視線。

その目を俺は正面から受け止めた。

 

 

「俺はヒトガミのことは信じてない。俺を殺そうとしてるからな。でも、ノコパラ。お前は違う。お前が俺を信じてくれてるのと同じように、俺は、お前を信じてる」

 

 

「立てよ、ノコパラ。立って……俺の役に立ってくれ」

 

 

俺は目の前に手を差し出す。

ノコパラは、しばらくその手を睨みつけていた。

拳を震わせ、唇を噛み、

 

そして、勢いよく、その手を掴んだ。

 

 

「テメェみたいな奴が……一番、ムカつくんだよ」

 

 

引っ張り上げながら、俺は笑う。

抑えきれない、嬉しい笑いだ。

 

 

「なんだよ……やっぱり、覚えてるじゃん」

 

 

「……うるせぇよ」

 

 

ノコパラはそっぽを向いて悪態をつく。

でも、その声はさっきよりずっと強かった。

 

俺は言葉はいらないと判断し、黙って、ノコパラの背中をポンと叩いた。

 

励ましの意味を込めて。

すると──

 

 

「オロロロロロロロッ!!」

 

 

船縁にしがみついて、

さっきまでの流れを完全にぶっ壊す勢いで吐き始めた。

そういえば……こいつ、船酔い真っ最中だったな。

 

俺はケラケラ笑いながら、

吐き気でふらつくノコパラの背中をさすり続けた。

 




船酔いに反転術式って聞くんですかね?
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