受肉転生 ~宿儺と一緒に本気出す~   作:てとらとりす

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四十四話

 

馬車に揺られて、

アイシャは俺の膝の上で小さく寝息を立てている。

昨夜は、色々あったせいで、

だいぶ夜更かししたからな。

 

 

「ふぅー……一時はどうなるかと思ったぜ」

 

 

「だな。仲直りできたようでよかったな、カイン」

 

 

「ありがとな、ブレイズ。アイシャに何か言ってくれたんだろ?」

 

 

「まあ……ちょっとな」

 

 

「なぁにが“ちょっと”だよ。こいつ『おせっかいを焼くのに、許可なんざいらねぇだろ』って言ったんだぜ? よくもまあそんな台詞、ドヤ顔で言えたよなぁ。俺だったら恥ずかしくて言えねぇよ」

 

 

ブレイズの耳が、みるみる赤くなっていく。

 

 

「おいおい、ノコパラだって俺の相談に乗ってくれた時に言ってくれてただろ。たしか……『俺が――」

 

 

「まてまて! それ以上言ったらただじゃ置かねぇぞ!」

 

 

ノコパラが真っ赤な顔で慌てて止める。

ブレイズが腕を組んでニヤリとした。

 

 

「なんだノコパラ。お前も、キザなセリフでも言ったか?」

 

 

「いやー、あの時のノコパラはカッコよかったなぁ。本にしたいぐらいだったよ」

 

 

「おい! お前しつけぇぞ!? 忘れろ! 全部忘れろ!!」

 

 

「確かに。あんまり茶化すのもよくないよな。二人とも、俺たちのためを思って動いてくれたことなんだし」

 

 

「お、じゃあなんかくれよ。アイシャに財布やってただろ?」

 

 

「いや、あれは誕生日プレゼントだし……」

 

 

その瞬間ふと疑問が湧いた。

魔大陸に“プレゼント”の文化ってないのか?

まあ、魔大陸では、生き残るだけで必死な人が多い。

贈り物なんて贅沢な文化は、無いのかもしれない。

 

 

「じゃあ今日は……唐揚げな」

 

 

「まじか! たまには言ってみるもんだぜ!」

 

 

ノコパラが一気に上機嫌になる。

 

 

「お前もたまには役に立つじゃないか」

 

 

ブレイズも鼻で笑うが、口元が嬉しそうだ。

その二人のやり取りを横目に、

膝の上のアイシャが小さく寝返りを打つ。

 

今日中には、大森林を抜けて、

青竜山脈へ入れる予定だ。

 

実際、視界はまだ木々に遮られているが、

透視眼を使えば――

 

確かにそこに、巨大な連なりが見えた。

あれが青竜山脈だろう。

 

そして。

 

 

「……ん? なんかいるな」

 

 

山脈の上空に、ゆったりと旋回する影がある。

太陽光を反射して青く光っている。

 

ここからでも分かるサイズ。

翼を広げれば、馬車ごと飲み込めそうなほど。

 

 

「んー……あれ、ドラゴンじゃないか?」

 

 

俺がそう呟く。

 

 

「ドラゴン?」

 

 

ブレイズがピクッと反応する。

 

 

「どうした、ドラゴンが出たのか?」

 

 

「いや、透視眼で見たんだけどさ。青竜山脈の上空に、青いドラゴンが舞ってたんだ。この辺にドラゴンがいるって話、聞いてなかったか?」

 

 

「ああ、そりゃあ青竜だな。普段は世界中をふらふら飛んでるが、何年かに一度、この青竜山脈に巣を作るんだよ」

 

 

「運悪く、時期が被ったというわけか」

 

 

ブレイズが眉を寄せる。

 

 

「安心しろ、連中は基本空を飛んでるだけだ。森の下をちまちま旅してる俺たちなんざ眼中にねぇだろうよ」

 

 

「じゃあ、ここで腹ごしらえして、さっさと抜けるぞ」

 

 

そう言ってから、馬車を止めた。

日が高くなってきた頃で、

ちょうど俺の腹も減ってきている。

 

 

「さて、約束通り……唐揚げの準備をするか」

 

 

「よっしゃ来たぜ!」

 

 

ノコパラの声が一段と弾む。

まあ、気持ちは分かるが。

 

俺は荷台から鍋を取り出し、焚き火の上に乗せる。

まずは火の調整。

強すぎても弱すぎてもダメなので、

炎の形をじっくり見ながら位置を整える。

 

油が温まるまでの間に、

昨夜仕込んでおいた下味の肉を取り出した。

 

小麦粉は自分で作ったもの。

麦をひたすら挽いて、細かい粉だけをふるい落としたやつだ。

 

醤油は、バグラーから分けてもらったやつ。

……は、もう使い切ってしまったので、

 

今使っているのは自家製の醤油だ。

香りは少し弱いけど、ちゃんと醤油の匂いがする。

この先いつか、あの味にまた辿り着けたらいいな。

 

俺は下味の染み込んだ肉に塩胡椒で軽く整え、

小麦粉をまぶして、

油の温度を確かめて鍋へ落とした。

 

勢いよく油が弾ける音が

静かな森に響き渡る。

 

 

「お、きたきた……この音だよ、この音」

 

 

カラッとしたいい色になってきたところで、

唐揚げをひとつ持ち上げる。

まだじゅわじゅわと音を立てるそれを、

油を切りながら眺めていると――

 

 

「……ん、なんかいい匂いする……」

 

 

眠たそうな声が聞こえた。

 

振り返ると、馬車からアイシャが出てくるところだった。

髪は少し跳ねていて、目は半分閉じている。

完全に寝起きだ。

 

 

「おはよう、アイシャ」

 

 

「……おはよー……あっ!」

 

 

半分までしか開いていなかった目が、

一気にぱちっと見開かれた。

 

 

「からあげだ!!」

 

 

「あと少しで食べられるから、皿並べててくれ」

 

 

「うんっ!!」

 

 

アイシャはすぐに皿を抱えて走っていった。

 

 

 

―――

 

 

 

油の泡が細かくなり、衣がきつね色に輝きはじめる。

表面はカリッと乾き、

中に閉じ込められた肉汁が、衣越しにじわりと浮かんでくる。

 

 

「よし、できた。熱いから気をつけろよ」

 

 

俺が唐揚げを皿に盛り付けると、

湯気とともに香りがふわりと立ち上った。

 

 

「「いただきます!」」

 

 

俺は、自作の箸を取り出し、

恐る恐る最初のひとつを刺した。

衣は思ったよりも固くない。

絶妙な揚げ具合だ。

 

衣が気持ちよく砕け、

中から溶けだした肉汁が舌いっぱいに広がる。

噛むたびに、じゅわりと旨味があふれ、

 

 

「うん、うまい」

 

 

「んっ……! おいしいっ!!」

 

 

口いっぱいに頬張って、アイシャが幸せそうに笑う。

ノコパラのフォークはすでに二個目を皿へ伸ばしている。

 

 

「おい……これ、金取れるぞマジで」

 

 

「お前は、味わうって概念を知らないのか?」

 

 

ブレイズが呆れながらも三つ目を口に運んでいた。

 

 

 

―――

 

 

 

食後、片付けを少し任せて、

俺は尿意がしたので、森の奥へと足を向けた。

 

ブレイズとノコパラのから揚げを食べた時の反応を思い出す。

あいつらのああいう素直じゃない喜び方は、見ていて妙に嬉しい。

アイシャの無邪気な笑顔は……もう言うまでもない。

あれだけで、何百回でも揚げてやれる。

 

そう思いながら、ちょうどいい茂みの前で立ち止まる。

ズボンに手をかけようとした、その時――

 

昼の太陽が、突然曇ったように光を失った。

薄暗くなった森の空気が、ひやりと肌を撫でる。

 

俺は反射的に透視眼を開く。

木々の上、雲の切れ間。

 

青い鱗が陽光を反射し、

巨大な影が翼を広げて滑空してくるのが見えた。

 

明らかにこっちを狙っている。

から揚げの匂いにつられてやってきたのか、

普通にはぐれ竜か、

まあ、どっちでもいい。

やることは同じだ。

 

次の瞬間、轟音とともに上空から冷気が降り注いだ。

地面の草が一瞬で白く凍りつき、割れる。

 

俺は迷わず森の奥へ走りだした。

馬車の方へ戻れば、アイシャたちが巻き込まれる。

 

背後で再び、風を切り裂く音。

振り返ると、竜の巨体が俺の方へ急降下して来る。

 

木々が悲鳴をあげるほどの風圧。

青竜が一直線に俺を狙って落ちてくる。

 

足裏から圧縮させた呪力を小さく爆発させるように放出する。

地面が砕け、俺の身体が真上へ弾丸のように跳ね上がる。

 

直後。

 

青竜の爪が、さっきまで俺がいた場所を深々と抉り取った。

大地が震え、木の根がむき出しになる。

 

だが、俺はもうそこにはいない。

 

空中で身を捻り、青竜へと落下の軌道を合わせる。

狙うは、もちろん青竜の首元。

 

 

「『捌』」

 

 

掌が青竜の首に触れた瞬間、

斬撃が、青い鱗と肉を無音で断ち切った。

 

青竜の頭と胴が滑らかに分かれる。

続いて、重力がそれを引き裂いた。

 

――ドスンッ

 

地面が揺れ、冷気と白い霧が舞い上がる。

 

 

「ふぅ……食後の運動にはちょうど良かったかな」

 

 

そう、軽口を言ってみたものの、

視線は切り離された首から離れない。

 

アトーフェとの戦い以来、

首を落とした程度じゃ安心できなくなった。

 

生きている気配はない。

それでも数秒凝視し、ようやく息をついた。

 

その時。

 

 

「おい! 今の音なんだ!? お前またなんかやらか……うげぇ! 青竜じゃねぇか何でここに?」

 

 

ノコパラがブレイズより先に駆け寄り、目をむく。

ブレイズも肩で息をしながら巨体を見て眉をひそめた。

 

 

「青竜が山脈の外まで来るのは……餌を追ってか、巣作りの競争に負けたか……」

 

 

「じゃあ、青竜はこいつ一匹の可能性がたけぇな」

 

 

「ああ、そうだな」

 

 

驚いてはいるが、

誰も俺がドラゴンを倒したことに対しては、

そこまで驚いていない。

まあ、ドラゴンは魔大陸で何度か倒してるしな。

 

そんなことを思っていると、アイシャが声を上げた。

 

 

「お兄ちゃん! 手が……!」

 

 

「ん? あ……」

 

 

自分の腕を見下ろすと、

右腕が、肘から先ごと真っ白に凍りついていた。

触れたときにやられたか……迂闊だったな。

思い切り指先へ力を込めてみる。

が――ぴくりとも動かない。

 

 

「感覚がないな……完全に神経ごと凍らされたか」

 

 

「だ、大丈夫なの……?」

 

 

「ああ、ここまで凍ってたら痛くはないから大丈夫だ。いったん壊して生やすから……こわかったら、アイシャは目をつぶっててもいいぞ」

 

 

「いや、見てる」

 

 

「そうか」

 

 

俺は凍った腕とは反対の腕で、氷面に指先で軽く触れた。

 

 

「『捌』」

 

 

凍った部分だけが綺麗に切断されて落ちた。

砕けた氷が地面に転がり、割れる。

 

反転術式で腕を生やす。

ほんの一瞬で、右腕が元通りになる。

 

拳を握り締め、腕が元通りになったのを確認していると――

 

 

「……何度見ても慣れねぇな、それ」

 

 

「お兄ちゃんの体、取れすぎじゃない? 治せるからって、無茶しないでね……」

 

 

「気をつけるよ。ありがとな」

 

 

「攻撃を受ける前提で戦ってたら成長できないぞ」

 

 

「あ、はい……肝に銘じます」

 

 

ブレイズの言う通りだ。

最近の俺は、傷を治せるのをいいことに、

避けることより、攻撃を当てることに集中してた気がする。

アトーフェみたいにはなりたくないからな、

一撃で死ぬことだってあるかもしれないし、

これからは、意識していこう。

 

そう自分に言い聞かせたところで、俺は目の前に横たわった巨大な青竜の死体へ視線を向けた。

 

 

「さて、青竜の死体はどうするか……」

 

 

「なんだ? ミリスまでもってかねぇのか? 売れば相当金になるぞ?」

 

 

その現金な言い方に、ブレイズが鼻で笑う。

 

 

「それは、持っていけたらの話だろう」

 

 

「? こいつの使う影に入れればいいじゃねぇか」

 

 

「はぁ……お前は金のことになると視野が狭くなるな」

 

 

「金は必要だろ!? 何をするにも!」

 

 

まあ、実際お金は必要だ。

旅を続ける以上、消耗品、食料、宿代……命を繋ぐ全てに金が要る。

しかもザントポートで、だいぶ使ったからな。

 

 

「ノコパラの言う通り、金は必要だが……この死体は持ってけないな。アイシャ、なんでかわかるか?」

 

 

「影に入れたら、お兄ちゃんの体も重くなって、馬車が遅くなるからでしょ?」

 

 

「正解! アイシャに一億ポイント!」

 

 

「ふふーん!」

 

 

アイシャが得意げに胸を張る。

 

 

「ちぇっ……そういやそうだったな」

 

 

ノコパラが頭をかきながら、

仕方なさそうに青竜の死体を見た。

 

 

「じゃあどうすんだ? その死体は……いつものか?」

 

 

「ああ、いつものだ」

 

 

「……なぁ、軽くて高い部位だけ取るのはダメなのか? 牙とか、爪とか、鱗一部とかよ。そういうのって――」

 

 

「ダメだ、あれはどこか欠けてたら俺が使うときもそこだけ欠けちゃうんだよ」

 

 

「カインが倒したんだ。どう扱うか決める権利は、カインにある。お前がどうこう口を挟むな」

 

 

「はいはい……お前に言われなくても、わーってるよ。金はミリスの冒険者ギルドで稼げばいい、魔大陸よりも物価が高ぇからな、楽に稼げる依頼があんだろ」

 

 

「稼げそうな依頼を見つけるのは任せたぞ、ノコパラ」

 

 

俺が軽く背中を叩く。

 

 

「へっ、任せとけっての。俺の目利き舐めんなよ?」

 

 

そうして、ブレイズとノコパラは、

青竜の死体を一瞥してから、

馬車の方へと引き返していった。

 

アイシャだけが、その場に残った。

俺の手をぎゅっと握ったまま。

 

 

「この大きさだとちょっとだけ時間かかるから、馬車で待ってていいんだぞ?」

 

 

アイシャは首をぶんぶん横に振った。

 

 

「私も見てく」

 

 

「それじゃあさっそく……やるか」

 

 

両手をかざし、形を作る。

指を曲げ、重ね、掌で影を掴むように開く。

 

影が、俺の手の形に沿って伸び、

牙をむく獣の輪郭になる。

 

 

「『虎葬』」

 

 

地面に落ちていた影は牙を、爪を、尾を、四肢をかたどり

虎の姿へと形を整えていく。

 

その身体は煙のように輪郭を揺らしている。

巨体にも関わらず一切の音を立てない。

 

 

「喰え」

 

 

虎葬の耳がぴくりと動き、

ゆっくりと青竜の死体に向けて歩み出す。

 

青竜の亡骸の前まで来ると、

虎葬の巨体がふわりと揺らぎ、

輪郭が崩れ、影そのものへと溶けていく。

 

まるで地面に吸い込まれるように、

姿は平面的な黒へと変質した。

 

そして。

 

影が、青竜を包み込むようにゆっくりと広がっていく。

影はすでに青竜全体を飲み始めていた。

 

巨大な鱗も、硬い爪も、長い尾もすべてが闇の底に沈んでいく。

 

数分後――

 

青竜の死体はどこにも残っていない。

地面は静かに元の形を保ち、

ただ黒い影だけがそこにあるだけだった。

 

影は俺の足元まで戻ってくると、

再び獣の姿となった。

 

 

「んじゃ、さっそく変身できるか? 『虎葬』」

 

 

虎葬の輪郭が、再び煙のようにゆらぎ始める。

影が膨らみ、背中の線が盛り上がり、

骨格が伸びるようにシルエットが変形していく。

 

鋭い牙の位置が高くなり、

前脚だった部分が太く長く伸び、

尾は地を擦るほど長く伸びて

 

その姿は、さっき倒した青竜そのものだ。

 

『虎葬』

 

影に葬った対象の姿を写し取り、

その能力を模倣する。

 

宿儺によれば、

地球の生き物を吸収してもたかが知れており、

術式を持った人間を食わせても、

術式までは、再現はできないという。

 

せいぜい軽い自我が芽生えて、別の式神へ継承して自立思考させるくらいしか使い道がなかったらしい。

 

だがこの世界は違う。

魔物そのものが強く、

生態も多種多様に発達している。

 

そして何より――

 

俺が見上げると、『虎葬・青竜』は森の奥に向かって翼を広げた。

空気が急速に冷え、白い靄が吹き上がる。

 

氷の魔術が一直線に森の奥を薙ぎ払った。

 

木々の表面が瞬時に凍りつき、

そのまま粉々に砕け散り、粉雪のように舞い散る。

 

術式は再現できなくても

元からその生物に備わっていた魔術ならば、

『虎葬』が吸収した後でも、行使できる。

 

周囲を一周するように視線を巡らせた。

太い幹を持つ樹木のほとんどが、

根元から白く変色し、

凍結したままパキリ……

と、音を立てて崩れ落ちている。

 

 

「これくらってたら、やばかったかもな」

 

 

そのとき、背中をツンツンと引っ張られた。

 

 

「……お兄ちゃん……さ、さむい……」

 

 

見ればアイシャが、ぶるっと肩を縮めて震えていた。

 

 

「あっ……悪い、ちょっと調子に乗ったな……戻れ」

 

 

青竜の巨体はすうっと地面に沈んで影へと戻る。

 

 

「ほら、行くぞ。街道まで戻ろう」

 

 

「うん!」

 

 

アイシャの手を握ると

小さくて冷たい指先がぎゅっと絡んできた。

 

そのまま手を繋いで馬車の影まで戻り、

焚き火の前に腰を下ろす。

 

 

「あとちょっとで大森林を抜けるな」

 

 

「もう少しで、お父さんに会える?」

 

 

「ああ、ロキシーさんによれば、師匠はミリシオンにいるらしいからな」

 

 

「……お父さん、喜んでくれるかな?」

 

 

なぜか、弱い声だった。

 

 

「娘が生きてたんだから、そりゃ嬉しいんじゃないか?」

 

 

「だって……私、妾の子だし……」

 

 

なんでこんな小さな子が、

そんなことを気にしてるんだ。

 

師匠は、色々とだらしないけど、

妾の子だからという理由で、アイシャを蔑むような人じゃない。

 

というかそもそも不倫したの師匠の方だし……

あの人がどうこう言う権利はない気がする。

 

……いや、そのおかげでアイシャが生まれたと考えたら、

不倫を補って余りあるほどの功績ともいえる

 

 

「アイシャ。あの人はそんなこと気にする人じゃないさ。弟子の俺が保証する」

 

 

「……ほんと?」

 

 

「ああ、本当だ。なんだったら……自分を“妾の子”なんて言うアイシャに、あの人は本気で怒るだろうな」

 

 

「じゃあ……抱きついてもいいかな?」

 

 

「そんなことした日には師匠、泣いて喜ぶだろうな」

 

 

「じゃあ、泣かせてあげなきゃだね!」

 

 

「そうだな。存分に親孝行してやれ」

 

 

「えへへ、まっかせて!」

 

 

小さな胸を張って、アイシャが自信満々に笑う。

その笑顔を見て、ようやく俺の心も軽くなる。

 

 

「じゃあ師匠のためにも急ぐか!」

 

 

「うんっ! お父さんを泣かせに行こー!」

 

 

焚き火の火をそっと消し、

アイシャの小さな手を握る。

 

アイシャと再会したら、

ゼニスさんの居場所を教えたら、

師匠はどんな反応をするだろうか……

 

そんなことをぼんやり考えながら、

青竜山脈の方角へ視線をやってから、

俺は、馬車へ戻った。

 

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