馬車に揺られながら、深い森を抜け続けて……ようやく視界が開けた。
青竜山脈、その名の通り青竜がうろつくあの道のりも、どうやら終わりらしい。
で、目の前に広がってるのが
ミリス神聖国の首都、ミリシオン。
まず最初に目に飛び込んでくるのは、
青竜山脈から流れているデカい川。
その川は湖へ流れ込み、その湖の真ん中には城がある。
堂々と湖の中央に鎮座している巨大建造物。
たしかホワイトパレスって名前だったか。
そのすぐ対岸には、銀色の大きな建物。
あれが冒険者ギルドの本部らしい。
魔大陸では汚れた酒場みたいなギルドしかなかったけど……
無駄なぐらい豪華に作られている。
いや、本部だから無駄ではないのか?
金色を誇らしげに光らせた大聖堂もある。
派手な場所はどうも肩がこる。
などと考えていたら、隣でノコパラが露骨に顔をしかめた。
「うげ、なんだあの金色の建物……成金趣味丸出しだな」
まあ……言いたいことは分かる、分かるが。
あれはミリス大聖堂でありミリス教の総本山。
前世でいうところのキリスト教とバチカンを合わせたような場所だ。
「権威」と「格式」をこれでもかというほど盛り込んでいる建物なんだろう。
トイレでさえ金色にしたいタイプの組織なのかもしれない。
「町に入ってそういうことを言うのはやめとけよ。俺たち魔族は、ただでさえ嫌われてんだ」
「チッ……めんどくせぇ国だな」
「まあ、あの町の全員がミリス信者ってわけじゃないと思うから、二人はあんまり町の中心には近づかなければ大丈夫だろ」
「あのおっきい建物に、お父さんがいるのかな?」
「ああ。師匠はあそこでフィットア領の人たちを探すためのクランを作ってるって話だ」
「私たちと同じことやってるんだね」
「そうだな」
そう。ロキシーさん経由で知っていたし、
ザントポートのギルドでも確認した張り紙にも書いてあった。
張り紙には、行方不明者である。
ゼニス、リーリャ、アイシャ、ルーデウス。
の名前が書かれており、
その下には――
『ルーデウスとカインは無事だと信じている。他の者を優先して探す。ルーデウスとカインは中央大陸北部を捜索せよ。』
という、俺とルーデウス当てに書かれた伝言があった。
……なんていうか、信用されてるっぽいな
状況的に、ただの優先順位かもしれないけど。
そして最後に書かれていた連絡先。
ミリス神聖国・首都ミリシオン冒険者ギルド
パーティ名『ブエナ村民捜索隊』
クラン名『フィットア領捜索団』
クラン名が俺たちのパーティー名と丸被りしていることは置いておくとして……
師匠は、自分の家族どころじゃない。
フィットア領全体を探すクランを立ち上げていた。
柄じゃないだろうに……
まあ俺と同じように、
身内を効率よく探すために。
“組織”という形を選んだだけかもしれない。
だが、それでも。
俺が経験した魔大陸でのあれこれを思えば、
どうにも想像が追いつかない。
組織を運営すると言うことは、
それだけ人をまとめ、動かし、責任を背負うってことだ。
俺にはバグラーと、バグラーの親衛隊がいた
魔王という、圧倒的な後ろ盾があった。
大衆を納得させられる力が最初から存在していた。
だから、スムーズに事が運んだだけだ。
でも師匠は、違ったはずだ。
後ろ盾なんてない。
ゼロから信用を積まなくちゃいけなかった。
組織において「信用」は命だ。
俺はそれをわかっているからこそ、
どれだけ強い奴が俺たちのパーティーに入ろうとしても。
初期メンバーである、
ノコパラとブレイズ以外の奴を、
パーティーに入れなかった。
まあ、考えても仕方ない。
国が援助したのかもしれないし、
師匠のコネ……昔の冒険者仲間とか。
元貴族の家系だって話だし、そっち経由で力を借りられたのかもしれない。
信用ってのは、意外な繋がりから生まれることもある。
それに師匠は、いざという時に力を発揮する人だ。
まあ、そのいざという時を自分で作ってしまうタイプでもあるけど。
―――
玉犬に引かせると確実に目立つので、
馬車を停めて、歩きで入ることにした。
城壁をぐるっと回って南側の門から入る。
ノコパラ曰く、南側は冒険者区となっており、
魔族がそこ以外から入ると、
変ないちゃもんをつけられかねないらしい。
門前には神殿騎士と思わしき白い鎧の兵士が二人並んでいた。
門番が二人というのは、どこの世界も共通だな。
入る際、ノコパラとブレイズが怪訝な目を向けられたが、
それだけで、特に突っかかってくることはなかった。
俺達の荷物を軽く調べられ、
実にスムーズにミリシオンへ入国。
――そして、街へ一歩足を踏み入れる。
整然と並べられた白い石造りの建物。
道路は広く、泥一つ落ちていない。
人々の身なりは清潔で、
会話も控えめで落ち着いている。
空気まで綺麗な気がする……気のせいだろうけど。
アイシャは、目を輝かせながら左右をきょろきょろ。
ノコパラとブレイズは、露骨に落ち着かず辺りを見回している。
まずは宿だと、財布の中身を指で確かめた。
……高そうなとこは無理だな。
この国、全体的に物価が高い気がする。
建物からして金がかかってる雰囲気がプンプンだ。
まあ、宗教国家なんてそんなものか。
大通りから離れ、宿屋街のような場所に出る。
手頃な二階建ての宿が目に入った。
看板には――《白き羊亭》
外観こそ質素だが、
壁の白さが保たれているあたり、手入れはしっかりしてそうだ。
宿代も許容範囲。
というか、魔大陸に比べたらだいぶレベルの高い宿だ。
ちゃちゃっと宿を借り。
ベッドメイクを済ませ、必要なものを話し合い、
装備の点検をしていたら、
あっという間に日が落ちてきた。
今日ギルドに顔を出すのは無理そうだな。
師匠がギルドにずっといるわけじゃないだろうし。
まずは状況を整えてからだ。
俺達は宿の食事を取り、
ノコパラとブレイズとは、部屋の前で別れた。
部屋に入ると、アイシャは長旅の疲れが一気に出たのか、
目元をこすりながら布団に潜り込んでしまった。
眠そうなアイシャを起こして、
体を拭いたり、歯を磨いたり、
寝る前にいろいろやって、
今日はすぐに眠りについた。
―――
翌朝、目を覚ます。
硬い寝床ではなかったぶん、身体の疲れは少し軽い。
アイシャは既に目を覚ましていて、すでに準備をしていた。
俺自身も、何度も繰り返してきた旅支度を丁寧にこなした。
昼になる前に、俺たちは冒険者ギルド本部へ辿り着いた。
遠目で見た時も充分に威圧感はあったが、
こうして真下から見上げると、
魔大陸のギルドが恋しくなるほど豪華だ。
中に入ると、空気そのものが違った。
殺気も、怒号もない。
受付嬢たちは正確無比な動きで書類をさばき、
冒険者たちも整然と列を作り、静かに自分の番を待っている。
……ここ、本当に冒険者ギルドか?
俺の知っているギルドはもっと雑で、もっと酒臭かった。
綺麗すぎて緊張する。
とりあえず視線を走らせたが、やっぱり師匠はいない。
そう簡単に会えるとは思ってはいなかったが、
やっぱり少し肩が落ちる。
すると、背後からくぐもった声がした。
「……アイシャ……? と、もしかしてカインか?」
振り返ると、二本の剣を腰に下げた男。
ボサボサの髪、無精髭、やつれた頬。
見た目はだいぶ変わっているが師匠だ。
予想よりずっと疲れきった顔をしていた。
最初は本気で誰か分からなかった。
「お久しぶりですね師匠。あなたの一番弟子のカインです。ほら、アイシャ……お父さんだぞ」
「お、お父さん? ただいま……?」
アイシャがそう言ったが、師匠は固まったまま動かない。
目だけが見開かれたまま停止している。
……
気まずい沈黙が数秒。
アイシャの視線が不安げに泳ぐ。
俺は耐えきれず、そっとアイシャに言う。
「アイシャ、あれやらないのか?」
アイシャは一瞬、迷うように上目遣いで俺を見る。
「……いいの?」
「もちろん!」
「お、おい、あれってなんっ――」
その言葉を最後まで聞かせる暇もなく
アイシャが弾丸のように飛びついた。
「お父さんっ!! ただいま!」
師匠は衝撃で一歩、二歩と後退する。
けれど腕は自然と動いた。
迷いも戸惑いも押し流されるように、
アイシャの小さな身体をしっかり抱き締めていた。
「っ……ぁ」
涙が、ぽたぽたとアイシャの服に落ちる。
師匠は顔をくしゃくしゃにして、
言葉も追いつかないほど泣いていた。
いつもなら、こんな姿を見られて恥ずかしいだろうに、
今の師匠はそれすら気にしていない。
ただ、腕の中の娘が生きているという現実だけを、
何度も確かめるように抱きしめていた。
師匠は少しずつ呼吸を整え、ゆっくりとアイシャを離した。
涙の跡が頬に濃く残っている。
けど、その表情には確かな安堵がこびりついていた。
……と、そのとき。
「お父さん!!」
鋭い声がギルドに響いた。
小さな足音が近づいて勢いそのままに、
少女が師匠へとまっすぐ進んでいく。
師匠は反射的にその身体を受け止めた。
ん? お父さんってことは――
「ノルン……ちゃんか?」
俺が声をかけると、
恐らくノルンちゃんだと思われる少女は、
じっと、警戒するように、
俺たちの姿を交互に見比べ、眉をひそめる。
「お父さん、この人たち……だれ?」
まぁ……覚えてなくても無理はない。
俺とノルンちゃんがまともに言葉を交わしたことなんて、
片手で数えられるほどだ。
シルフィの方と仲が良かったから、
俺よりむしろそっち側の印象が強いだろう。
「ノルン姉?」
「もしかして……アイシャ?」
ノルンちゃんは、アイシャの顔をただ見つめている。
けれど、その距離を埋める言葉は出てこなかった。
転移したのはノルンちゃんが三歳の頃だ。
アイシャと家族として共に過ごした記憶は、
彼女の中では、曖昧なんだろう。
「……まぁ、なんだ」
師匠がノルンちゃんを抱き寄せたまま、
ようやく俺の方へ視線を向けた。
涙の跡は残ったままだが、
少しだけ落ち着きを取り戻した顔。
「カイン。アイシャを……見つけてくれて、助かった。ありがとう」
「いえ、俺は運よく一緒に転移しただけですから」
「運でも何でも……俺には出来なかったことだ」
「……ノルンちゃん以外の家族は、まだ誰も?」
「あ、ああ……ガランもセリスも……見つかってない。すまん」
謝罪が先に出るあたり、らしくない。
責めたつもりは一切ないのに。
「大丈夫です。両親の居場所は、分かってますから」
「そ、そうなのか?」
「立ち話もなんですし……とりあえず落ち着ける場所に行きましょう」
「ああ……そうだな。そうしよう」
師匠は弱々しく頷いた。
こんなに、弱気な人だったか?
確かにだらしないところもあったが、
折れる姿なんて想像もしなかった。
……転移してから、ずっと苦しんでいたのだろうか。
―――
俺達は、師匠に連れられて事務所っぽい部屋まで案内された。
木製の机と棚、資料らしき束が無造作に置かれた空間。
ここで日々の捜索活動が行われているのだろう。
会話が落ち着いてできるようにと、
ノコパラとブレイズは自ら距離を置いた。
気遣いのできる奴らだ。
「……あの二人は、パーティーか?」
「はい。フィットア領捜索隊って名前で、魔大陸で活動した仲間です」
「なんでそんな名前にしたんだ? まさか……」
「師匠みたいに、転移した人たちの捜索を、魔大陸でやってました」
俺は、魔大陸でやってきたことを全部、丁寧に話した。
魔大陸に転移した人々を見つけ、
バグラーハグラーの庇護下で保護してもらい、
船で中央大陸へ帰還させること。
バグラーのとこへはロキシーさんたちが向かっているということ。
二、三年以内には魔大陸で保護した転移者が来るだろう。
話が終わった頃、
師匠は「はぁぁぁ……」と、でかい溜息をついた。
……やっぱり、勝手に色々決めたのはまずかったか?
転移被害者全員をここに送りつけるなんて、迷惑だったか?
そんな不安が一瞬だけ頭をよぎった、その時。
「カイン……お前は、すごいな」
「すごい、ですか?」
「ああ。俺と違ってな……自分のことだけじゃなくて、他の奴らのことも考えて……行動できてる」
「でも、師匠だってクランまで立ち上げてるじゃないですか」
「それも……大部分は家族のためだ、お前みたいに立派な理由じゃない」
いや、家族のためという理由は、十分立派だろう。
なんか、俺のことを勝手に美化している気がする。
俺だって身内を探すために結成したパーティーだ。
大層な理想があったわけじゃない。
師匠はゆっくりと視線を落とす。
「……毎晩、最悪の想像が頭から離れなかった、ゼニスか、リーリャか、アイシャか……ルーデウスか、誰かの遺体を見つける日が来るんじゃないかって……」
……にしても、だいぶ弱ってるな。
俺の知っている師匠は、
褒めたら倍になって返してくるし、
失敗しても最終的には笑い飛ばすような人だった。
この一年で、どれだけ追い詰められたんだろうか。
「ルーデウスが簡単に死ぬとは思えないですし、リーリャさんだって、師匠よりしっかりしてるじゃないですか。それに、ゼニスさんは生きてるってわかったんです。だから弱気にならないでください」
「っ! ゼニスが見つかったのか?!」
「すみません……報告が遅れました。ゼニスさんは生きています。詳しいことは省きますが、確かな情報筋です」
キシリカが確かな筋と言えるかどうかは置いといて、
未来が見えるヒトガミの妨害が入るほどなのだ。
信憑性は、極めて高いと考えていいだろう。
それを読んでヒトガミが妨害した可能性もあるが、
そこまで行くと、考えても無駄だ。
割り切るしかない。
師匠は、まるでその言葉を理解するまでの時間が必要なように、
何度も小さく頷いていた。
その沈黙を破ったのは、ノルンだった。
「……お母さんに、会える?」
「よかったね! ノルン姉」
「そうか、そうか……本当によかった」
力の抜けた身体が椅子に沈み、両手で顔を覆う。
その指の隙間から、涙がこぼれ落ちた。
「それで、場所はどこなんだ?!」
涙を指で強引に拭い、椅子から身を乗り出す。
「今の師匠に言ったら……一人で突っ走りそうなので、秘密です。まずは落ち着いてください」
「落ち着いてられるか!! ゼニスが生きてるんだぞ!? 場所が分かってるならすぐにでも向かわなきゃ――」
「ゼニスさんは……迷宮都市ラパンのどこかの迷宮の中にいるという話です」
「迷宮……の、奥……?」
「はい。ノルンちゃんを連れて、一人で行けますか?」
「……っ」
パウロは拳を握り締める。
噛みしめた歯の隙間から、悔しげな呼吸が漏れる。
だがその目には、泣き疲れた弱さではなく
確かな思考が戻りつつあった。
「……仲間が必要だな」
「はい。最低でも、ロキシーさんたちが来るまでの一年間は待った方がいいです」
「ロキシー……たち?」
「あれ、知ってるんじゃないんですか? エリナリーゼさんとタルハンドさんのこと」
「? なんでそいつらのことをお前が知ってんだよ」
……あれ?
何も共有されてないのか。
もしかして、あの二人、パウロと関わりたくなさすぎて報告してないのか?
あの二人がわがままなのか、
師匠が嫌われすぎてるのか、
うん、後者だろうな。
「実はですね。師匠の出した捜索願いを見て、ロキシーさんとエリナリーゼさんとタルハンドさんが、師匠の家族の捜索を手伝ってましたよ」
「っ……」
師匠の顔がまた崩れた。
怒られた子供のように視線を泳がせ、
テーブルの端を見つめる。
自分で貼った貼紙に、
元メンバーに対しても「オレの家族を探してくれ」
と書いてたくせに、
その結果をまるで信じていなかったのか。
どんな事をしたのか、気にはなったが、
俺は深追いせず静かに続ける。
「師匠がどんな悪さをしたかは知りませんが、会えたら一度、ちゃんと感謝と謝罪をした方がいいですよ」
「……ああ、そうする」
「そうしてください」
「とにかく! カイン、アイシャを無事に連れてきてくれてありがとな。さすがは俺の弟子だ!」
無理矢理やり話を変えようとしているのがバレバレだ。
でもまあ、いつもの調子が戻ってきたのなら良しとしよう。
ああやって軽口叩いてる方が、師匠らしい。
「さすがお兄ちゃん!」
「アイシャはお前に懐いてるな」
「うらやましいでしょう?」
「まったくだ」
ほんの一瞬、和やかな空気が流れた。
その瞬間だった。
「お父さん!」
「ん? なんだ、アイシャ?」
「私、お父さんじゃなくて……お兄ちゃんについていくから!」
……今言う?
いや、今だからか。
師匠の株が底を這っているこのタイミングなら、
反論しづらいもんな。
師匠に泣きながら抱きついていた時、
もしかして心変わりするかもと思ったが、
全然そんなことはなかったらしい。
師匠は肩をピクリと震わせ、
ゆっくり俺の方に顔を向けた。
「カイン……お前には話がある」
「はい……」