受肉転生 ~宿儺と一緒に本気出す~   作:てとらとりす

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ヒトガミの未来視が創作を作るうえで扱いづらすぎる。
(この話とは、関係ないです)


四十六話

 

 

「……本気なのか、アイシャ」

 

 

「はい。私は、お兄ちゃんと一緒に行きたいです」

 

 

アイシャは迷わず言った。

揺らぎのない、真っ直ぐな瞳で。

師匠は微かに目を伏せた後、俺に向き直った。

 

 

「そうか……カイン。二人で話をしよう。アイシャとノルンは席を外してくれ」

 

 

「えっ、お父さん……」

 

 

アイシャが不安そうに顔を上げる。

すがるような視線が俺に向けられた。

 

 

「大丈夫だ、アイシャ」

 

 

ノルンがアイシャの手を引き、二人は部屋を出ていく。

アイシャは最後まで申し訳なさそうな顔で俺を見ていた。

俺と一緒になって、師匠に相談するつもりだったのだろう。

 

こうなった責任は俺にある。

誤魔化したり逃げたりしたくない。

一人でも師匠を説得してみせよう。

 

扉が静かに閉まり、俺と師匠だけが残された。

外の喧騒は聞こえるのに、この部屋は妙に静かだ。

 

 

「アイシャを魔大陸から護衛してくれたこと、ゼニスの居場所を突き止めてくれたこと……お前には、本当に感謝している」

 

 

しばらくの沈黙のあと、師匠が口を開く。

 

 

「だが、だ。親としては……簡単に連れて行ってもいいとは言えない。ノルンはミリスの学校に行かせるつもりだし、アイシャも学校に行かせてやりたい」

 

 

学校。

この世界の教育機関がどの程度のものか詳しくは知らないが。

同年代の友達、常識の習得、集団の中での成長。

確かに必要なことだ。

俺だって、頭ではわかってる。

 

 

「アイシャはずっと我慢してきたんです。泣きたい時に泣かず、言いたいことを飲み込んできた。だからできる限りのアイシャのわがままは聞いてやりたいんです」

 

 

「お前の意志はどうなんだ? お前はアイシャを、どうしたい」

 

 

「……守りたいです。そして、その守る人は俺であってほしいです」

 

 

「俺はな……お前に俺の家族を守る責任が持てるのかが知りたいんだ」

 

 

「俺だって、わかってます。でも……」

 

 

「わかってねぇよ」

 

 

師匠の声が低く響いた。

 

 

「家族を守るってのはな……自分の誇りを捨てて、プライドを捨てて、嫌いな奴にみっともなく頭を下げる羽目になっても――守りたいと思えるかだ」

 

 

「……」

 

 

確かに俺は「守りたい」と言った。

 

だがそれは、

格好いい覚悟の部分だけを切り取った言葉じゃなかったか?

 

魔大陸で死にかけた。

腕が吹き飛び、脚を折り、血だまりに沈んでも、

俺は歯を食いしばって立った。

 

アイシャを守りたかったから。

 

でも、あれは分かりやすい敵がいたからだ。

アトーフェという魔王がいたからだ。

戦えばいいという単純さがあった。

 

でも師匠が言っているのは、

もっと泥臭くて、誰にも褒められないものだ。

 

俺は思い浮かべる。

 

もし、アイシャの命が誰かの機嫌次第で揺れ動く状況になったら?

もし、誰かに縋らなきゃいけない時が来たら?

もし、俺の選択一つでアイシャが傷つく未来が見えてしまったら?

 

その時、俺は……

 

誇りなんて捨てて、自分の価値なんか地に落として、

地面に額を擦りつけてでも

 

それでもアイシャの手だけは離さないと。

胸を張って言えるのか?

 

答えが欲しくて、

弱さを、恐怖を、ぜんぶひっくるめて、

心の奥を覗き込む。

 

それでも、俺の心の中心には、

ひとつの答えしかなかった。

 

 

「守ります。誇りも、プライドも、全部捨ててでも。俺は……アイシャを守りたい」

 

 

「言葉だけなら、誰でも言える」

 

 

「はい。行動と結果で証明します」

 

 

それしか言えなかった。

 

沈黙。

重たい空気が部屋に沈殿する。

 

師匠は深く椅子にもたれ、

天井を見上げて大きく息を吐いた。

 

 

「はぁー……「守れ」なんて、俺が言えたことじゃねぇよな」

 

 

ようやく浮かんだ、苦い冗談みたいな弱音。

そこで、少しだけ肩の力が抜ける。

 

 

「そんなこと言ったらノルンちゃんがかわいそうですよ。師匠だって、ちゃんと守れてるじゃないですか」

 

 

「……そうだな」

 

 

「はい。失ったものを取り返すのも大事ですけど……今あるものも、大切にしていきましょう」

 

 

「今あるもの、か……お前、ほんとに生意気になったな」

 

 

「師匠に似たんじゃないんですか?」

 

 

「俺に似ると碌な大人にならないぞ」

 

 

ふっと笑った師匠は、ようやく立ち上がる。

 

 

「よし……クランの皆を呼んで、作戦会議だな」

 

 

 

―――

 

 

 

捜索団の面々はすぐに集まり、長い机を囲むようにして会議が始まった。

顔に疲労の影を残しつつも、全員が真剣な眼差しで前を見据えている。

捜索団のほとんどは、転移災害の被害者たちで構成されているらしい。

 

地図が広げられ、師匠が状況を整理してゆく。

ロキシーさんたちが、魔大陸から連れてくる転移者を受け入れられるよう、船の受け入れや保護体制の準備。

帰還ルートの確保を進め、

船が到着するまでは、捜索団はこのミリシオンを拠点に、フィットア領生存者の情報を集め続ける。

ロキシーさんたちがミリシオンへ到着した時点で、捜索団の中から希望者を募ったうえで、師匠はその者たちとベガリット大陸へ向かう。

目的は、もちろんゼニスさんの救出だ。

 

ノルンちゃんは、ゼニスさんの実家に預けることになっている。

 

捜索団の残留組には、船で到着した転移者を、フィットア領まで護衛してもらう。

 

俺たちのこれからの役割は、

フィットア領の難民キャンプに戻り、

生存が確認されている転移者の情報と、

すぐに帰還してくるということを伝えることだ。

 

転移事件以降、安否不明の家族を探して

無計画に旅へ出る者が後を絶たないという。

 

焦燥と混乱が判断を鈍らせ、

消息を絶つ者すら現れた。

 

悪意のある連中に騙され、

奴隷として売られたという話も少なくない。

旅路で命を落とした者もいる。

 

家族を想う気持ちは尊いが、

その気持ちが暴走して命を落としたら、元も子もない。

 

だからこそ、情報の共有は何よりも重要だ。

もし、名簿の中に身内の名を見つけられたなら、その人の選択肢に「待つ」という選択が生まれる。

家族を追い求めるあまり無計画に旅へ出ることもなくなるだろう。

 

情報を手紙で直接送る案も出たが、

手紙だと信憑性が低く、

実際に俺達が行った方がいいということになった。

 

もちろん、それで全員を救えるわけじゃない。

助けたくても助けられない人は必ず出てくる。

 

そもそも俺は、見ず知らずの大勢を救うだけの聖人でも英雄でもない。

他人の人生すべてを背負いきれるほど強くもない。

 

けれど、目の前にいる人だけは助けたい。

手を伸ばせば届く人を、

わざわざ見捨てるような真似はしたくない。

 

そう思ってしまうのは、

やっぱり俺が日本人だからなのだろう。

 

師匠は「両親を優先した方がいい」と言ってくれたが、俺は首を横に振った。

 

……会いたくないわけじゃない。

むしろ、会いたくて仕方がない。

けれど、やるべきことを終えもしないまま戻ったら、

きっと俺は、あの二人と視線を合わせられないだろう。

 

俺は胸を張って「ただいま」と言いたいのだ。

 

それに、二人はアスラにいる。

フィットア領に行けば会えるかもしれないし、

元冒険者の二人を、そう心配せずとも大丈夫だろう。

むしろ俺がへこたれていたら、笑って叱り飛ばす側の人間だ。

 

 

 

―――

 

 

 

会議は夜遅くまで続き、揺れる灯りの下で、何度も地図を開き、時に言葉に詰まりながらも、それぞれができることを確認し合った。

 

誰もが疲れていた。

だがその疲労は、絶望に押し潰されたものではない。

わずかでも前へ進んだという実感が、ほんの少しの安堵となってにじんでいた。

 

椅子が引かれ、資料がまとめられ、部屋から人が減っていく。

足音が一つ、また一つと遠ざかっていく。

そんな中一人だけ、こちらへ向かってくる気配があった。

 

会議の途中、突然泣き出してしまった女性だ。

まだ目は少し赤いが、表情にはどこか決意の色が宿っている。

 

静かに俺の前まで来ると、足を止めた。

俺は思わず声をかける。

 

 

「先程は、大丈夫でしたか?」

 

 

女性は一瞬きょとんとしたあと、深く頭を下げた。

 

 

「あ、あの……父を助けていただいて……本当に、ありがとうございました」

 

 

何のことだと一瞬思考が止まる。

だが、初対面のはずなのに、どこか引っかかる。

髪の色、顔立ち……なぜだろう、見覚えがある気がする。

 

俺がじっと見つめすぎたのか、

彼女は慌てて視線をそらした。

 

ここは聞いた方が早いか。

 

 

「えっと……失礼ですが。お名前を伺っても?」

 

 

「え、あっ! すみません……いきなりこんなことを言われても、何のことかわかりませんよね……こほん。私の名前はミーナと申します。カインさんが魔大陸で助けてくださった、ルデオの娘です」

 

 

「ああ! ルデオさんの娘さんでしたか」

 

 

ようやく繋がった。

ルデオさん……張り紙を見て保護されに来た転移者の一人。

礼儀正しい人で、状況説明のときも落ち着いていた。

あの時、こちらの指示を素直に聞き入れてくれたおかげで、バグラーの親衛隊に護衛を任せ、スムーズにバグラーの保護下に送り出せた。

 

その娘さんが今こうして目の前にいるなんて、

なんとも不思議な気分だ。

 

 

「あ、あの……父は、元気でしたか?」

 

 

「ええ。ルデオさんは元気でしたよ。いつもミーナさんのことを心配していました」

 

 

「……そうですか……よかったぁ、本当に」

 

 

胸元で握りしめた手が震えている。

その震えの分だけ、心配していたのだろう。

そして、その手がそのまま深い礼へ変わった。

 

 

「父を助けてくださって……本当に、ありがとうございました。何度お礼を言っても足りません」

 

 

困ったな。

こういう時、どう返すのが正解なのかなんて、未だにわからない。

 

 

「いえ。むしろ俺の方こそ助けられました。ルデオさんが張り紙を見て、自分から来てくれたおかげですよ。俺は大したことしてません」

 

 

そう返すと、ミーナさんはぶんぶんと首を横に振った。

肩のあたりまである茶色の髪が揺れる。

 

 

「そ、そんなことないです! カインさんは……私に、父が生きていることを伝えてくれました。その……希望を……くれたんです」

 

 

「希望……ですか?」

 

 

「はい。さっきの会議で、魔大陸で保護された方々の名簿を見て……そこに父の名前があった時……私、とっても嬉しかったんです」

 

 

どう返すべきか、迷う。

胸の奥がむずがゆくなって、目を逸らしたくなる。

気の利いた言葉なんて出てこない。

 

そんな俺の思考を遮るように、横から師匠の声が飛んできた。

 

 

「感謝は素直に受け取っとくもんだぞ?」

 

 

「……そう、ですかね」

 

 

「お前がやったことは、立派な事だ。なあ、ミーナ」

 

 

振られたミーナさんは、びくっと肩を揺らし、

それから、こくこくと何度も頷いた。

言葉を使わずとも、その肯定は十分すぎるほどだ。

 

 

「じゃ、じゃあ……どういたしまして?」

 

 

「はい……ありがとうございます!」

 

 

順序が逆な気もするけど

……まあ、いいか。

こういうのは、一度でうまくやろうとするもんじゃない。

少しずつ、慣れていけばいい。

きっと、俺にもできるようになる。

 

 

 

―――

 

 

 

ミーナさんとの挨拶を終えたあと、

俺たちは師匠が用意してくれた部屋へ案内された。

 

しばらくはここに滞在する。

一週間後には、生存が確認された転移者の情報を届けるために、フィットア領に向けて再び出発する予定だ。

 

本当は、もっとゆっくりしてもいいはずだった。

アイシャにとって、念願の父親との再会なのだから。

無理に急ぐ理由はない……そう思わなくもない。

 

だがアイシャは首を横に振った。

ノコパラとブレイズが居心地悪そうだから、と。

確かに、魔族であるあの二人にとって、

この街は決して長居する場所ではない。

視線を集め、警戒され、余計な衝突の種にもなる。

 

アイシャの判断は正しいのだろう。

それならせめて、この一週間は思い切り父親との時間を過ごさせてやりたい。

そう考えた末に、俺はアイシャを師匠のところへ預けることに決めた。

 

自分勝手な配慮だとわかっている。

家族の関係というのは、

俺が口を出すようなものではない。

だが、本来ならとっくに築かれていたはずの親子の距離を、

この一週間で少しでも縮めてほしいと願ってしまった。

 

初めにアイシャへそう提案したとき、

アイシャは一瞬だけ戸惑った表情を見せた。

久しぶりに会った父親と、ほとんど初対面に近い双子の姉。

どんな距離感で接すればいいかを図りかねているのだろう。

 

そんなアイシャに俺は、

できるだけシンプルに言葉を選んだ。

 

 

「いつものかわいいアイシャでいればいいと思うぞ」

 

 

言った瞬間、

なぜか小さな拳でポカポカと俺の脇腹を叩き始めた。

痛くはない。

俺の闘気の練度も上がってきたな。

 

 

「お兄ちゃんってそういうところあるよね」

 

 

ぶつぶつと不満を垂れ流しながら、

小さな肩を怒らせてそっぽを向く。

そして、そのままくるりと踵を返し、

師匠の部屋へと歩いていった。

 

「そういうところ」とはどういうところなのか。

どこが気に食わなかったのか。

俺としては、褒めたつもりだったんだけどな。

 

子供の感情というのは、どうにも読むのが難しい。

前世で散々コミュニケーションをサボってきたツケだなと、少しだけ思う。

 

まあ、そっぽを向くとき変にニマニマしてたから、

機嫌が悪いとかではないと思いたい。

 

アイシャの気持ちを推し量ろうとして、

結局答えは出ず、頭を掻きながら、

その小さな後ろ姿を見送った。

 

師匠にもらった部屋に入る。

扉を閉めた瞬間、ひどく静かだと気づく。

いつもなら、ここにちょこんと座って本をめくる子がいる。

機嫌良さそうに、鼻歌を歌う子がいる。

寝る前に「お兄ちゃん、明日は何するの?」と訊いてくる子がいる。

 

けれど、今日は誰もいない。

ノコパラとブレイズは昨日取った宿で寝泊まりしている。

アイシャは師匠の部屋。

 

ぽつりと声が漏れた。

 

 

「……そうか。この一週間は、俺ひとりか」

 

 

会おうと思えばすぐ会いに行ける。

別に離れ離れになったわけじゃない。

それでも、

 

この一週間は、俺の自由にしていい。

 

その事実に気づいた瞬間、

胸の奥が少しだけ軽くなる。

何をしてもいい。

剣でも、術でも、料理でも、昼寝でも。

久しぶりに味わう、完全な“ひとり”の時間。

 

……ワクワクしている自分に気づいてしまった。

 

だが、その感情はすぐに形を変える。

 

それってつまり、

アイシャがいると “自由じゃなかった”

ということになるんじゃないか?

 

ベッドに仰向けに倒れ込み、

天井をぼんやりと眺める。

 

俺は、アイシャを負担に思っていたのだろうか?

 

いや、それはない。

俺の方が、ずっとアイシャの負担になっていたぐらいだ。

アイシャが俺の足手まといになったことなんて一度もない。

むしろ支えられてばかりだった。

 

だとしたら、この胸の軽さは何だ?

 

しばらく考える。

答えは、思ったより単純だった。

久しぶりの「余裕」

 

魔大陸に転移してから、

一度だって気を抜ける瞬間はなかった。

守るべき存在を抱えていた。

休む気にもなれなかった。

 

それを信頼できる師匠に預けたことでできた余裕が、ワクワクに姿を変えたのだ。

 

そう結論づけると、

胸の中の曇りがすっと晴れていった。

 

アイシャが大事なのは、疑いようもない。

だがこれから先も、アイシャを守り続けるつもりなら

俺自身も大切にしなければならない。

守る側が先に潰れたら、

何の意味もないからな。

 

 

「明日は、何をしようか」

 

 

そんなことを考えながら、そっと目を閉じた。

 

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