受肉転生 ~宿儺と一緒に本気出す~   作:てとらとりす

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五話

 

俺がパウロの弟子になって数ヶ月後の、稽古が終わったある日の午後。

少し汗をかいた体を冷ますために、俺はルーデウスに声をかけた。

 

 

「なあルーデウス、せっかくだし、村の外で釣りでもしないか? 日もまだ高いし」

 

 

「……え、そ、外ですか?」

 

 

「そう。ここから五分も歩けば小川があって、景色も悪くない。人もいないし静かで絶好の釣り場所なんだ」

 

 

ルーデウスはしばらく口を閉ざし、何かを飲み込むように視線を伏せた。引こうとした足は、まるで地面に縫い止められたように、微かに震えたまま動かなかった。

 

 

「どうしたんだ、ルーデウス……?」

 

 

小さく名前を呼んでも、返事はない。代わりに聞こえたのは、荒くなった呼吸の音だった。肩がかすかに上下して、額にはうっすらと汗が滲んでいる。

その様子に、ようやく俺は気づいた。これはただ「嫌だ」とか「面倒くさい」とか、そういう類じゃない。体が、本能的に拒絶していた。

 

 

「僕外には……でれないんです」

 

 

俺が思わず言葉を詰まらせていると、彼はぎこちなく笑った。

 

 

「庭までは出られるんです、でもその先に行こうとすると、どうしても足が震えて、動けなくなってしまうんです」

 

 

……そういえば。俺はルーデウスが外に出ているところを見たことがない。

最初はただインドア派なだけだと思っていたけど、どうやら違ったらしい。

どうやら違ったらしい。

俺は言葉を選びながら、ゆっくりと息を吐いた。

喉の奥が少しだけ詰まったような感覚があって、それでも、言わなきゃいけないと思った。

 

 

「……すまん、ルーデウス。人の心にずけずけと入り込んで、俺無神経だった」

 

 

「え……いや、カインが謝ることじゃないですよ。僕が言わなかったんですし……」

 

 

ルーデウスはそう言って、いつもの調子を取り戻そうとしたのか、少しだけ笑ってみせた。けれど、その笑顔はどこかぎこちなくて、目も俺とは合わなかった。重い空気が、庭に静かに漂う。気まずさが風に混じって、やけに肌に残る。

 

 

「……俺そろそろ帰るよ。その、ごめんな」

 

 

そう言って背を向ける。ルーデウスはそれ以上何も言わなかった。

 

 

 

──歩きながら、宿儺に話しかける。

 

 

「なあ、宿儺、俺どうすればよかったのかな?」

 

 

ルーデウスのあの顔が、頭にこびりついて離れない。

気まずい空気。言葉にできなかった感情。

あのとき、何かもっとできたんじゃないか。言えたんじゃないか。

そう思うが過去は変わらない。

 

 

『あの餓鬼が隠していたことだ。小僧が踏み込めるはずもない「外に出られない」というのはどうやら、心に染みついた恐怖だ。何があったのかは知らんが、小僧がそう簡単にどうこうできるものではないだろうな』

 

 

(それはそうだけど、その結果として、俺はルーデウスを傷つけてしまった)

 

 

『それは、あの餓鬼を知らずに勝手に踏み込んだ結果だ。だが――それは悪意ではない。ただの行き違いというやつだ』

 

 

(……でも)

 

 

『くだらん』

 

 

宿儺はため息を吐きながら俺の言葉を区切るように言った。

 

 

『小僧、人と関わり知ろうとすることは、そういうものだ。踏み込めば傷つけることもある。だが、そうして踏み込まなければ、何も始まらん』

 

 

俺は目を伏せたまま、静かに歩く。風が肌を撫でるたび、あの時のルーデウスの表情が頭をよぎった。

 

 

(……俺は、ルーデウスのことを思いやれてたのか? ただ、自分のしたいことを押し付けただけだったんじゃないのか?)

 

 

『それでもいい。小僧は、あの餓鬼と出かけたいとそう願った。それは、前の生では持ち得なかった感情なのだろう?』

 

 

(……宿儺って意外と優しいんだな)

 

 

そう返すと、宿儺はすぐさま鼻で笑った。

 

 

『優しさなどではない。俺は、あの空間で、小僧と話し、言ったはずだ。「生き方を変える」とな、それで小僧にアドバイスしてやっているだけだ。勘違いするなよ、俺は今でも他人に満たしてもらう生き方など、愚かしいと思っている』

 

 

愚かしいと言う、だけど俺にはわかる。宿儺はそれを決して否定はしていない。

 

むしろ──

自分とは違う選択を取った俺を、ほんの少しだけ、認めてくれている。そんな気がした

 

 

(……今からルーデウスにちゃんと謝ってくる)

 

 

そう心の中で返すと、まるで「勝手にしろ」とでも言いたげに、宿儺はふっと興味なさげに気配を引っ込めた。

 

俺はそのまま踵を返し、来た道を歩き始めた。陽は傾き始め、村の影が少しずつ伸びていく。

 

グレイラット家の門が見えてきた。胸の奥がまた少しだけ強張る。

 

 

(俺が怖いのは、何も言わずに逃げて、自分の気持ちをごまかすことだ)

 

 

――前世の俺は、ずっとそうやって生きてきた。

失敗が怖くて、他人が怖くて、自分の選択に責任を持つのが怖くて……何も選ばず、何も踏み出さず、ただ流されて生きていた。やりたいことも、言いたいことも、言い訳で塗り潰して。どうせ無理だ、どうせ誰もわかってくれないと、勝手に殻に閉じこもって。

 

 

(あの頃の俺みたいな生き方だけは、もう絶対にしたくない)

 

 

あの空間で宿儺に出会って、心の奥から決めたんだ。

今度の人生では、自分の意志で動くと――誰かと関わり、誰かを理解する努力をするって。たとえそれで、間違えたり、傷つけたりしたとしても。

 

 

(だから、ちゃんと謝りたいんだ)

 

 

グレイラット家が目の前に迫ってくる。

 

重々しく見えるわけじゃない。ただ、心のどこかに残るわだかまりが、それを必要以上に大きく見せているだけだ。

 

深く息を吸い、俺はグレイラット家の扉の前に立った。

そして、躊躇いを押し殺しながら、その手で扉を叩く。

この手にこもる力は、今度こそ、俺自身の選択だった。

 

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