受肉転生 ~宿儺と一緒に本気出す~   作:てとらとりす

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五十二話

 

一ヶ月と少し。

俺たちはようやく、ウェストポートへと到着した。

 

ここは、これまで立ち寄ったどの港町よりも規模が大きい。

石造りの街並みが遠くまで続き、あちこちに商会の看板が掲げられている。

荷馬車と商人と冒険者が入り混じり、街全体が一つの巨大な市場のようだった。

 

港へ着いたあと、馬車は船に積めないため、近くの馬屋にまとめて売り払った。

値は悪くなかった。むしろ、ここまで世話になった馬車にしては十分すぎるほどだ。

 

そのまま俺たちは、中央大陸へ渡るための関所へ向かった。

 

これもまた、今まで見たどの関所より大きい。

砦と呼んでもいいほどの規模で、

高い天井と太い柱、複数の出入口を備えた巨大な建物だ。

 

中へ入り、人ごみをかき分け、

俺はとりあえず、空いているカウンターの一つへ向かい、渡航申請のため係員に声をかけた。

 

簡単な確認のあと、木製の札を一枚手渡される。

そこには 「33」という数字が記されていた。

 

 

「こちらを持って、待合所でお待ちください」

 

 

それだけ言われたので、素直に従う。

 

待合所へ戻り、空いている椅子を探して腰を下ろす。

すぐ隣にアイシャがちょこんと座り、

その向かいにノコパラとブレイズも腰を下ろした。

 

……途端、周囲の空気がわずかに変わった。

 

視線が集まる。

露骨なものもあれば、隠そうとして隠しきれていないものもある。

 

理由は分かりきっている。

ノコパラとブレイズが魔族だからだ。

 

だが当人たちは、気づいていないのか、

それとも、どうでもいいのか、

どちらとも取れる態度で、まったく気にした様子がない。

 

……まあ、今さらどうこう言うことでもない。

 

しばらくすると、番号が呼ばれた。

 

俺は木札を手に、カウンターへ向かう。

受付嬢は書類を確認してから、ちらりとノコパラとブレイズの方を見た。

 

 

「……お連れの方は、魔族の方でお間違いありませんか?」

 

 

「はい。問題があるようでしたら……これを」

 

 

そう言って、懐から一通の書状を取り出し、カウンターに置いた。

受付嬢は一瞬迷ったようにそれを見つめ、受け取った。

 

 

「少々お待ちください」

 

 

そう言い残し、立ち上がると、

書状を手にしたまま事務所の奥へと消えていった。

 

こういうこともあろうかと、ミリシオン滞在中、

ラトレイア家に何度か招かれた機会を利用して、

カーライルさんに頼んで用意してもらった書状だ。

 

だいぶ嚙み砕いて要約すると、

「魔族を連れてるけど、悪い魔族じゃない」

という内容のものだ。

 

ラトレイア家は、魔族排斥派だ。

そのため、正直、この書状は通らない可能性の方が高いと思っていた。

だが、無いよりはあった方がいい。

そう考えて、ダメ元でお願いした。

 

すると意外にも、すんなり了承してくれた。

どうやら、ラトレイア家そのものは魔族排斥派だが、それはあくまで“家としての立場”の話で、カーライルさん個人は、特段魔族を差別しているわけではないらしい。

 

少しして、先ほどの受付嬢が戻ってきた。

 

 

「お待たせしました。バクシール公爵が、お会いになるそうです」

 

 

ただの通行手続きのはずだったんだが。

どうやら、思っていたより話が大きくなりそうだった。

 

 

 

―――

 

 

 

通されたのは、関所の奥にある応接室だった。

分厚い扉、重厚な調度、壁一面の地図と航路図。

さすがは大陸最大級の港の関所、といった空気だ。

 

しばらく待たされ、

やがて、ドアが開く。

 

 

「ミリス大陸税関所長、バクシール・フォン・ヴィーザー公爵である」

 

 

第一印象は、正直に言ってしまうと……豚だった。

 

顔の輪郭も、首の肉も、腹回りも、

すべてが丸く膨れ上がり、皮膚は不自然なほど艶を放っている。

しかも、こちらを見下ろす視線が油のように濁っていた。

 

バクシール公爵は、俺たち――というより、

ノコパラとブレイズに、露骨な嫌悪の視線を向けた。

 

 

「ふん……魔族を連れているか」

 

 

そのまま、鼻で笑うように言い放つ。

 

 

「貴様らに、渡航の許可は出せん」

 

 

「それは、魔族を連れているからですか?」

 

 

「子供のくせに察しがいいではないか」

 

 

「……ですが、公爵。魔族を連れていても渡航費用が高いだけで、「渡航できない」という決まりはなかったはずですが?」

 

 

「決まり? ふん……規則など、解釈次第だ。魔族は危険で、野蛮で、理性も乏しい。そのような存在を船に乗せ、もし事故でも起きたらどうする、責任を負うのは誰だ? 私だ。だから、許可は出さん。それだけの話だ」

 

 

「それは、公爵個人の判断ですよね。法として禁じられていない以上、渡航の可否を決めるのは“規則”であるべきだと思います」

 

 

「魔族は争いを好み、人を襲い、文明を壊す存在だ。歴史が証明している」

 

 

「だとしても、彼らが必ずそうすると決まっているわけではないでしょう。しかもそれを示すための書状も、先ほどお渡ししたはずです」

 

 

「紙切れ一枚で何が証明できる。それが本物だと言える証明はない。この書状を書いた本人を、ここへ連れてこい」

 

 

「……公爵。ミリシオンからここまで、どれほどの距離かご存じでしょう」

 

 

「連れてこれないと言うのなら、別によいのだぞ? 魔族を置いていけば、すぐに渡航を認めてやる」

 

 

その言葉に、ノコパラが思わず前へ出た。

 

 

「ふざけんなよ、オレたちは何もしてねぇだろ? なんでそんな理不尽な――」

 

 

「おお、怖い怖い」

 

 

バクシール公爵は両手を上げ、

まるで自分が脅されたかのように一歩身を引く。

その仕草が、あまりにも大げさで、芝居がかっていた。

 

 

「見たか。これだから魔族は危険だというのだ。身元すらあやふやな存在を、おいそれと渡航させるわけにはいかない」

 

 

俺は一度、静かに息を吐いた。

 

この男は、

書状も、理屈も、最初から聞く気がない。

魔族を拒むための理由を、後付けで並べているだけだ。

 

このまま押しても平行線だな……

そう思った俺は一歩前へ出て、別の札を切ることにした。

 

 

「分かりました。では――今ここで証明できる、別の立場で話をします」

 

 

俺はそう言って、懐からギルドカードを取り出した。

ノコパラとブレイズも、同じようにカードを差し出す。

 

 

「俺たちは『フィットア領捜索団』の一員です。一年前、フィットア領で大規模な転移被害が起きたことは、ご存じでしょう?」

 

 

「ああ……知っているとも」

 

 

「俺と妹は、その転移で魔大陸へ飛ばされました。そこで、この二人の魔族たちに助けられ兄妹で故郷のフィットア領へ帰るため、ここまできたんです」

 

 

これは、あらかじめ用意しておいたカバーストーリーだ。

事実と大きく外れてはいない。

アイシャを妹にしたのも、相手の同情を引くための設定。

 

だが、バクシール公爵はその豚のような鼻で笑った。

 

 

「フィットア領捜索団? なら、なおさらダメではないか」

 

 

「……理由を聞いても?」

 

 

「噂を聞いておる。奴隷を無理矢理さらう、小悪党どもの一味だとな」

 

 

……小悪党?

怒りが喉までせり上がるのを抑え、俺は静かに言葉を返す。

 

 

「それは違います。俺たちは転移被害者を保護し、家族の元へ帰す活動をしているだけです」

 

 

「ほう? だが、保護と称して連れ去っている、という話もある」

 

 

「救出です。本人の意思を無視した連行ではありません」

 

 

実際そうだ。

奴隷のままでいたいと願った転移者は、そのままにしている。

自由に生きることを諦めてしまった者、

自分の人生に絶望しきってしまった者も、確かにいたと師匠から聞いた。

 

 

「それに……捜索団の団長、パウロ・グレイラットは元貴族です。格は無いとしても、最低限の身分の保証にはなると思いますが」

 

 

「パウロ・グレイラットとかいう小悪党の噂も、ある程度は知っておる。放蕩者、女癖の悪さ、そんな者の名が、信用に足るとでも思ったか?」

 

 

「……」

 

 

俺は、何も言わなかった。

 

言い返せる言葉はいくらでもあった。

師匠がどれほど仲間を思い、家族を背負い、

命を懸けて戦ってきたか。

どれほど多くの人間を救ってきたか。

 

だが――この男に、そんな話が響くとも思えなかった。

それに、今ここで感情をぶつければ、

この場の主導権は完全に相手へ渡る。

 

だから、黙った。

 

自分を落ち着かせるためにも。

 

その沈黙を弱点とでも受け取ったのか、

公爵の顔が、いっそう醜く歪み、さらに言葉を重ねてきた。

 

 

「魔族とつるみ、孤児を囲い込み、哀れな転移者を利用して名声を得る。それが貴様ら『フィットア領捜索団』の正体ではないのか?」

 

 

一語一語、楽しむように、噛みしめるように。

まるで出来の良い芝居を観客に聞かせる役者のように、公爵は言葉を選び、音を転がし、侮蔑を味わっていた。

 

 

「哀れな者たちに手を差し伸べる救済者を気取り、その実、世間の同情と名声を吸い上げる……実に見事な商売、私にも、やり方を教えてほしいぐらいだ」

 

 

低い笑い声が、部屋に広がる。

まるで、自分の言葉に酔っているかのようだった。

 

……面倒だ。

 

言葉だけでどうにかなる可能性は、もう捨てよう。

こいつは聞く気がない。

事実も、証明も、何もかも関係ない。

最初から結論ありきだ。

 

殺した方が、早いんじゃないか?

一瞬、そんな考えが、あまりにも自然に浮かんだ。

 

ここはいったん引く。

この豚一匹をバレずに殺す方法なんて、いくらでもある。

 

こいつが消え、次の人間がこの役職に就くまで待って、それから許可を取る。

 

よし……そうしよう。

 

そんな思考が、静かに頭の中を占めかけた、そのとき。

 

 

「……もういい。俺たちを置いていけばいいんだろう。なら、そうすればいい」

 

 

「ブレイズ……?」

 

 

「そうだな。オレたちはここで降りる。お前らだけで行けよ、俺達が魔族だってことに原因があんなら、それで済む話だろ?」

 

 

はっとして、俺は二人を見た。

胸の奥の冷えた思考が、急速に溶ける。

 

……くそ。

 

落ち着け、俺。

 

こいつを殺して、次の奴を待つ?

もし、そいつも同じだったらどうする。

また殺すのか。

 

俺は、大きく息を吐いた。

 

 

「……すまん、ブレイズ、ノコパラ。お前らのおかげで、冷静になれた」

 

 

「ふん。くさい芝居はよい」

 

 

「黙ってろ、豚」

 

 

「……ぶ、豚だと?!」

 

 

俺はすぐに表情を切り替え、淡々とした口調に戻す。

 

 

「失礼……どうされましたか、公爵?」

 

 

公爵が言葉を探すより早く、俺は続ける。

 

 

「渡航許可が下りないのであれば、これ以上お時間を頂く理由もありません。本日は、これで失礼いたします」

 

 

そう告げて一礼し、俺たちはそのまま部屋を出た。

 

背後で公爵が何か叫んでいた気もするが、

無視して関所を出て行った。

 

 

 

――

 

 

 

関所を出ると、外はもう夕暮れに近かった。

港の喧騒は変わらず、潮と人の声が入り混じる中、

俺たちは無言のまま歩き、適当な宿を取った。

 

部屋に入ると、ようやく空気が緩む。

 

 

「……なぁカイン。オレたちを置いていってもよかったんだぜ?」

 

 

「ああ、足手まといになるくらいなら、そうしてもらっても構わん」

 

 

「お前たちは、置いていかれたかったのか?」

 

 

「そんなわけないだろ」

 

 

「冗談じゃない」

 

 

「なら、あれでよかった。あいつのワガママで、俺たちのワガママを曲げる必要はない」

 

 

「……じゃあ、どうすんだよ。密輸船でも探すか?」

 

 

「いや、アイシャがいるんだ、できるだけ危ない橋は渡りたくない。ノコパラ、この港にいる商人とコネを作れるか?」

 

 

「できるとは思うけどよぉ……だいぶ時間かかると思うぜ。この町の商人、警戒心高そうな奴ばっかだからよ」

 

 

「……だよなぁ」

 

 

しばらく沈黙が落ちる。

その間に、ブレイズが顎に手を当て、ぽつりと呟いた。

 

 

「なあ、カイン。お前の使い魔に空を飛ぶやついたよな。それでいけないのか?」

 

 

「ばっか。お前の言う使い魔って、鵺のことだろ? あいつに俺たち全員が乗れるわけねぇだろ」

 

 

「……いや、出力を上げて、式神そのものを大型化すれば、理論上は可能だ。ただ問題がある……」

 

 

「お兄ちゃんが、ずっと起きてなきゃいけないこと?」

 

 

「……それも、確かにあるな」

 

 

寝ていても式神の維持ぐらいならできる。

だが、進路調整や高度の管理、風向きへの対応みたいな細かい指示までは出せない。

結局、俺が起きて操作し続ける必要がある。

 

 

「でもまあ、一日二日くらいの徹夜ならどうってことない。最悪リセットすればいい」

 

 

「……私、あれあんまりお兄ちゃんにやってほしくないんだけど」

 

 

「見た目は最悪だけど、眠気も吹き飛ぶし便利なんだよ」

 

 

あれ、というのは。

眠気の中枢である視交叉上核あたりを呪力で一度破壊し、その直後に反転術式で治すことで、強制的に眠気をリセットする技だ。

副作用として、使用後しばらく記憶力が少し落ちるのが欠点だが、魔大陸では何度もお世話になった。

徹夜が必要な局面では欠かせない、俺の切り札だ。

 

 

「一番の問題は、俺の眠気じゃない」

 

 

「じゃあ、何だよ」

 

 

「式神の見た目だ」

 

 

「……確かに、ドラゴンとかなら、空をうろついててもはぐれ竜として、無視されるだろうが……お前のあれは、無理だな」

 

 

「なんだ。はぐれ竜なら問題ないのか。なら、虎葬に竜になってもらうってのはどうだ?」

 

 

「それこそ無理だろ。あいつら竜は、自分を飛ばすので精一杯だ。荷物も人も乗せて、安定飛行なんてできっこねぇ」

 

 

そこに、ブレイズが静かに言葉を重ねる。

 

 

「竜の飛行は、筋肉構造と魔力配分のほとんどが自己維持に最適化されている。揚力のための翼筋、骨格の軽量化、魔力循環の補助。すべてが『自分一体を飛ばす』ためにできている」

 

 

……できている、か。

その言葉が、頭の中で何度も反響した。

 

 

「……ちょっと時間をくれないか? 三日……いや、二日でいい」

 

 

「なんだ、いい案でも浮かんだのか?」

 

 

「ああ。思いつきの考えだから、できるかどうかは分からない。だが……もしできれば、輸送能力と、見た目。その二つの問題は、まとめて片付く」

 

 

「何をするつもりだ?」

 

 

「そう作られてるんなら、そう作り変えればいいんだよ」

 

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