受肉転生 ~宿儺と一緒に本気出す~   作:てとらとりす

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短いです。


五十三話

 

夜。

港から少し離れた、人の寄らない海岸沿いに来ていた。

誰も足を踏み入れないような場所だ。

 

ここなら、多少派手なことをしても見られない。

派手なことをするつもりはないが。

 

潮の匂いと、風の音だけがある場所で、

俺は地面に腰を下ろし、ゆっくりと目を閉じた。

 

――式神は、破壊されると使えなくなる。

 

だが、その“終わり”は、完全な消失じゃない。

破壊された式神の術式は、ほかの式神へと継承できる。

構造、特性、情報……

それらは、術式の奥底に保存されている。

 

アトーフェとの戦いで、

俺の不甲斐なさのせいで破壊された『大蛇』。

 

あいつは、まだどの式神にも継承させていない。

今も俺の術式の中で、眠っている。

 

……こいつを継承させて、

それで海を渡ろうってわけじゃない。

 

ただ、この保存されている状態が、

『虎葬』に吸収され、保存されている生物の状態と、

酷く似ている感覚なのだ。

 

もし、この感覚が正しいなら。

 

『虎葬』に記憶されている生き物同士を、

合体させて再構成することができるはずだ。

 

俺は、自分の術式へと意識を沈めた。

 

式神を継承させるやり方なら、知っている。

破壊された式神の術式を、別の式神へ移す。

それを『虎葬』でやればいいだけの話だ。

 

根拠は、感覚だけ。

だが、魔術も術式も、最初はいつもそうだった。

理屈は後からついてくる。

大事なのは、イメージだ。

 

魔大陸で戦った――雷竜。

聖剣街道で戦った――青竜。

この二匹を、重ねる。

 

作るのは、本来の竜よりも大きく、

四つの翼を持つ竜。

虎葬の内部で、俺はその完成形を強く思い描く。

 

次の瞬間。

 

虎葬に記憶されていた生物の中から、

雷竜と青竜の気配が消えた。

 

代わりに、今まで虎葬の中に存在しなかった

新しい気配が、ゆっくりと形を持ち始める。

 

俺は、地面に向かって手を伸ばした。

 

 

「『虎葬』」

 

 

次の瞬間、黒い影が地面から広がり、

その中央で、空間がゆっくりと盛り上がった。

 

地面を圧し潰すような質量。

胴体は本来の竜よりも一回り以上大きく、

その背から、四枚の翼が、ゆっくりと開かれる。

 

俺は、竜を見上げながら、ゆっくりと頷いた。

 

 

「よし……成功だ。見た目は少し歪だが、鵺を飛ばすよりは、ずっとマシだな」

 

 

あれはどう見ても災厄の象徴みたいな外見だった。

この竜なら、まだ“はぐれ竜”と言い張れる。

 

見た目の問題は解決した。

残る問題は一つ。

本当に、俺たちを乗せて飛べるか。

 

俺は、助走もつけず、地面を蹴り、

そのまま『虎葬』の背中へ飛び乗った。

 

がっしりしてるな……

 

思っていたよりも安定感がある。

鱗の下に通った筋肉は硬く、密度があり、どっしりしている。

まるで動く大地の上に立っているみたいだ。

 

俺は、さりげなく自分の影へ意識を向ける。

そこには、トレーニング用に使っていた岩を何個も仕込んである。

見た目は変わらなくても、今の俺の質量は普通の人間の何倍もある。

 

だが『虎葬』はびくともしていない。

背中の揺れはほとんどなく、体幹は完全に安定している。

 

あとは、飛べるかどうかだ。

 

 

「……飛べるか?」

 

 

命令した瞬間、

『虎葬』は低く喉を鳴らし、四枚の翼を大きく広げた。

 

次の瞬間、地面が遠ざかる。

 

本当に、軽々と。

まるで重力の存在そのものを忘れたみたいに、

『虎葬』は空へと浮かび上がった。

 

四枚の翼が、規則正しく空を切る。

前翼が大きく揚力を生み、

後翼が細かく姿勢を制御する。

 

足元で風が弾け、潮の匂いが遠ざかる。

俺の影に仕込んだ岩重りの負荷も、まるで気にしていない。

 

……余裕だな。

 

『虎葬』は高度を上げ、雲へ向かって進む。

白い層に突っ込むと、一瞬だけ視界が乳白色に染まり、

やがて、雲の層を突き抜けた。

 

視界が一気に開ける。

 

雲海。

白く、果てしなく広がる世界。

頭上には満天の星と、月の光。

 

 

「おお……」

 

 

思わず、言葉が漏れる。

興奮が、込み上げてきた。

 

 

「……よし、ちょっと遊ぶぞ」

 

 

俺は、『虎葬』に頼んでアクロバティックな動きをしてもらう。

虎葬は即座に応じた。

 

急旋回。

急上昇。

急降下。

 

体が横倒しになり、

視界が一回転する。

重力が横から、上から、下から襲ってくる。

 

だが、脚は影で固定されている。

恐怖はない。

あるのは、純粋な快感だけだ。

 

 

「ははっ……!」

 

 

思わず、笑い声が出た。

 

虎葬は、空中で宙返りを打ち、雲を裂き、

月の光を背に受けて滑空する。

 

しばらく、

ただひたすら空を弄ぶように飛ばせたあとで、

ふと我に返った。

 

 

「……いや、違うな」

 

 

俺は、息を整え、命令を切り替える。

 

 

「安定して飛んでみてくれ」

 

 

虎葬は即座に動きを修正した。

翼の角度が微調整され、

姿勢制御が最優先に切り替わる。

 

速度は一定。

高度も安定。

揺れは、ほとんど感じない。

 

……これは。

 

背中に座り込んでみる。

それでも、揺れない。

 

 

「下手したら、ここでピクニックできるな」

 

 

これなら、人を乗せても問題ない。

荷物を積んでも、余裕がある。

 

 

 

―――

 

 

 

翌朝の早朝。

 

まだ日も出ておらず、港が本格的に動き出す前、

俺はアイシャ、ノコパラ、ブレイズの三人に声をかけ、

全ての荷物を持たせて、港で消耗品を買ってから、

ウェストポートから少し離れた岩場へ向かった。

 

人の気配がほとんどなく、

潮風と波音だけが響く場所だ。

 

 

「こんなとこ来てどうすんだ?」

 

 

「昨日言ってた案……本当にうまくいったのか?」

 

 

「言葉で説明するより、見せた方が早い……『虎葬』」

 

 

その名を呼んだ瞬間、

影の中から、巨大な影がせり上がる。

岩場の空気が震え、

四枚の翼を持つ、巨大な竜が姿を現した。

 

ノコパラの口が、半開きになった。

 

 

「……なんだよ、これ……こんな竜、見たことねぇぞ……」

 

 

「翼が四枚……胴体も異様に太い。既存の竜種のどれにも当てはまらないな」

 

 

「作ったんだよ。虎葬で吸収した生物同士を合体させてな。雷竜と青竜をベースに、輸送用に組み直したんだ」

 

 

「作ったって……おまえ、自分の言ってることの異常さ、分かってるか?」

 

 

「竜を再現する。ここまでは……まあ、カインならって事で飲み込めた。だが……これは理解の範疇を超えている」

 

 

「まあな」

 

 

「……褒めたわけじゃないんだが」

 

 

竜が低く息を吐く。

それだけで、地面の小石が転がった。

 

俺は、三人の方を向く。

 

 

「こいつで、中央大陸まで飛んでいこう。人目がつきすぎるから普段使いはできないが……海の上ぐらいなら問題ない」

 

 

「ぱっと見、大丈夫そうだが。本当に飛べるのか?」

 

 

「昨日、試運転した。雲の上まで、ひとっ飛びだ」

 

 

「え……雲の上って、あの雲の上!?」

 

 

「そう。あの上だ」

 

 

「雲に乗れた?!」

 

 

アイシャが、ちょっとだけ期待を込めた声で聞いてくる。

 

 

「いや、残念ながら。乗れなかった」

 

 

その瞬間、分かりやすく肩が落ちた。

 

 

「……そっか」

 

 

しゅん、と音がしそうなほどだ。

それだけならまだしも、視界の端で妙な違和感を覚える。

 

ブレイズも、ノコパラも、

なぜか同じように、少しだけ肩が垂れていた。

お前らも乗ってみたかったのかよ。

 

アイシャが顔を上げて、少し元気を取り戻したように聞いてくる。

 

 

「でさ、でさ。雲の中はどうだったの? ふわふわしてた?」

 

 

「中はな、冷たくて、びしょびしょで、視界は真っ白。正直言って、あんまり楽しくない」

 

 

「……夢がないね」

 

 

「現実だからな」

 

 

アイシャがちょっと不満そうに頬を膨らませる。

その様子に、俺は苦笑しつつ付け加えた。

 

 

「まあ、雲の上は見晴らしがよかったぞ」

 

 

「どんなだったの!?」

 

 

「見ればわかる。さ……乗るぞ」

 

 

そう言うと、『虎葬』が低く鳴き、ゆっくりと体を沈めて、

まるでスロープのように、片側の翼を地面へ伸ばした。

 

 

「おお……気が利くな」

 

 

ノコパラが呟きながら、最初に荷物を担いで歩き出す。

ブレイズがそれに続き、アイシャも慎重に足を運ぶ。

 

全員が背中に乗り、

荷物を中央へまとめて降ろし、

荷物を固定していると、

アイシャが、ぎゅっと俺の服の裾を掴んだ。

 

 

「私たち、飛んでかないよね……?」

 

 

「そこも大丈夫だ、魔大陸で、風魔術使ってすごい勢いで突っ込んでくる魔物いたろ。かまいたちみたいなやつ」

 

 

「かまいたちが何かは知らんが……ウィンドハウンドのことか?」

 

 

「そうそう、そいつ。あれも合体させてるから、飛行中の強風は魔術で弾いてくれる。合体してるやつにできることなら全部できるからな。氷のブレスも、雷をあたり一帯に降らせることもできるぞ」

 

 

「……カイン。お前いったいどこの国を攻め落とす気なんだ?」

 

 

「魔王にでもなるつもりか?」

 

 

「お前ら……俺のこと何だと思ってんだよ……」

 

 

「アトーフェに勝った化け物」

 

 

ブレイズも続ける。

 

 

「制御の効く怪物」

 

 

「ひ、酷い……」

 

 

そこへ、アイシャがすぐさま割り込んでくる。

 

 

「お兄ちゃん!」

 

 

俺は苦笑して、アイシャの頭を撫でる。

 

 

「ありがとな。アイシャだけだよ、俺をちゃんと人間として扱ってくれるのは」

 

 

「えへへー」

 

 

「ほら、つかまってろ」

 

 

そう言って、俺は虎葬の首元に手を置いた。

 

 

「……行くぞ」

 

 

虎葬が低く鳴き、四枚の翼を大きく広げる。

 

 

「ちょ、ちょっと待て! 心の準備が――!」

 

 

ノコパラの声を最後に、虎葬は地面を蹴った。

風が爆ぜ、視界が一気に持ち上がる。

 

重力が遅れて追いかけてきて、

次の瞬間、地面が急速に小さくなった。

 

港、建物、海――

すべてが遠のいていく。

 

一応のために、全員を影でしっかり掴んでいる。

振り落とされる心配はない。

 

 

「うおおおおおお!?」

 

 

ノコパラの叫びが、風に掻き消えた。

 

『虎葬』は迷いなく高度を上げ、

四枚の翼で空を切り裂いていく。

 

冷たい風が顔を打つが、

ウィンドハウンドの風魔術が働き、

直撃するはずの暴風は柔らかく逸らされていた。

 

雲が、目の前に迫る。

 

白い壁に突っ込むような感覚。

湿った冷気が肌を刺し、

視界が一瞬で真っ白になる。

 

数秒後、俺達は雲を突き抜けた。

 

視界が、ぱっと開ける。

 

そこにあったのは、

果てしなく広がる雲海と、

昇りかけの朝日。

 

空は淡い橙から青へと溶け、

雲の海が金色に染まっている。

 

俺は竜の背に座ったまま、振り返った。

 

 

「な? きれいだろ?」

 

 

「うん!」

 

 

アイシャが、ぱっと顔を上げて答えた。

目が、きらきらしている。

 

ノコパラとブレイズも、恐る恐る下を覗き込んでいる。

 

 

「……海みてぇだな」

 

 

「空の上というのは、もっと荒々しいものだと思っていたが。そうでもないらしい」

 

 

虎葬は安定した飛行を保ったまま、

朝の空を滑るように進んでいく。

 

俺は、全員の体を掴んでいた影を、そっと緩める。

 

 

「ここからは、安定して飛んでくれるから……ほら。もう、飛んだりしても大丈夫だぞ」

 

 

「えっ?! お兄ちゃん?!」

 

 

言うが早いか、

俺は虎葬の背の上で軽くジャンプしてみせた。

ふわり、と体が浮き、すぐに着地する。

 

その瞬間、アイシャが勢いよく俺にしがみついてきた。

ぎゅっと、服を掴む力が強い。

 

 

「……ちょ、アイシャ? どうしたんだ?」

 

 

「お兄ちゃんが……飛んでっちゃうかと思ったから……」

 

 

「心配してくれたのか?」

 

 

アイシャは、コクリと頷く。

 

 

「ありがとな。でも大丈夫だ。俺が飛んでいくことはない」

 

 

そう言って、俺は影の中に手を入れ、小さな石を一つ取り出した。

手のひらの上でころりと転がる、ごく普通の石だ。

 

 

「いいか、アイシャ。これが俺だ」

 

 

俺はそう前置きして、石を指でつまむ。

 

 

「ドラゴンはいま、前に進みながら空を飛んでるだろ?」

 

 

アイシャは、吹き抜ける風に髪を揺らしながら、こくんと頷く。

 

 

「石も、俺も、ドラゴンの背中に乗ってる間は、ドラゴンと同じ速さで、同じ方向に進んでるんだ」

 

 

俺は石を、指先で軽く上に放った。

 

石はふわっと浮いて、ちょっとだけ上に跳ねて、

すとん、と――俺の手の近くに落ちてくる。

 

 

「ほら。前に飛んでいかないだろ?」

 

 

「……ほんとだ」

 

 

「ジャンプっていうのはな、上に動くだけなんだ。前に進む速さは、ドラゴンと同じまま残ってる。だから俺がここでジャンプしても、俺の体は空に浮きながら、ドラゴンと一緒に前に進み続ける」

 

 

「……不思議」

 

 

「馬車の上で小石を上に投げても、後ろに置いていかないのと同じ理屈だ」

 

 

「なるほど……」

 

 

「まあ、とにかく。こういう現象のことを慣性と言う。これのおかげで、俺は飛んでいかない。だから安心していい」

 

 

アイシャは少し考え込むように足元を見て、

それから、えいっと小さくジャンプした。

ふわっと浮いて、とん、と虎葬の背に着地する。

 

 

「……わっ」

 

 

目を見開いて、もう一度ぴょんと跳ぶ。

 

 

「ホントだ……! 落ちない!」

 

 

「まあ、もし落ちたとしても、俺は死なないから、そこも安心していい」

 

 

「……やっぱり、お兄ちゃん、人間じゃないかも」

 

 

「え……」

 

 

一瞬、言葉に詰まる。

だが、アイシャは、にぱっと笑って続けた。

 

 

「お兄ちゃんなのは、変わらないけどね!」

 

 

胸の奥が、ふっと軽くなる。

 

 

「そうか……なら、よかった」

 

 

そのやり取りを聞いていたノコパラが、腕を組んで言った。

 

 

「安心しろ、お前が人間かどうかはともかく、オレらにとっては一緒に修羅場くぐってきた仲間であることは変わらねぇ」

 

 

ブレイズも腕を組んで、静かに頷く。

 

 

「ああ、お前は間違いなく、世界一信用できる怪物だな」

 

 

「ははっ……まあ、そこが変わらないんなら怪物でも、いいかもな」

 

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