受肉転生 ~宿儺と一緒に本気出す~   作:てとらとりす

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五十四話

 

 

「……お、見えてきたな」

 

 

俺は、透視眼に意識を集中させる。

雲の向こうには、はっきりと大陸が映った。

 

アイシャが身を乗り出す。

 

 

「どこどこ?」

 

 

「まだ雲で見えないが……この先だ」

 

 

「思ったより早かったな」

 

 

「そりゃあ、竜だからな」

 

 

感心するブレイズに、ノコパラが返す。

 

 

「よし。人目につかない場所に降りるぞ」

 

 

虎葬へ意識を送ると、四枚の翼が角度を変え、緩やかに降下を始めた。

海風が陸の匂いへ変わり、地面が次第に大きくなる。

やがて、人気のない平地に静かに着地した。

 

 

「お疲れ様、『虎葬』」

 

 

竜の巨体が影へと溶けるように沈み、

その場には俺たちだけが残った。

 

ここまで、随分と長い旅だった。

危ない橋も、馬鹿みたいな遠回りも、全部越えてきた。

だが、中央大陸まで来ればフィットア領まではあと少しだ。

 

俺は三人に向き直る。

 

 

「まずは、イーストポートに向かって馬車を買う。そこから王竜王国の首都に向かおう」

 

 

ノコパラが不服そうな顔をする。

 

 

「言っとくが、イーストポートまでは歩きだぞ」

 

 

「わーってるよ。つまり、普通の旅ってやつだな」

 

 

「ああ。で、フィットア領までのルートが三つある」

 

 

「……あー、たしか」

 

 

ノコパラは記憶を辿るように指を動かした。

 

 

「王竜山脈の東側にある安全な街道を抜けるルート。西側の、土地勘がないと駄目だが時間は短縮できるルート。それと……ベガリット大陸へ向かって大きく遠回りするルートだったか」

 

 

「そう、それ」

 

 

「俺たちは、安全なルートを通るんだったな」

 

 

「そうだ、特段急いでるわけでもないしな。アイシャもいる。危険な賭けを打つ理由はない」

 

 

「そういえば……ベガリット大陸には行かなくていいのか? パウロさんの嫁さんがいると言う話だろう?」

 

 

「魔大陸と同じぐらい魔物が強ぇって言われてるけどよ。正直、今のカインなら楽勝なんじゃねぇの?」

 

 

「楽勝かもしれない。だが、問題は魔物だけじゃない」

 

 

「……さすがのお前も、環境ばかりはどうにもできねぇか」

 

 

「ああ」

 

 

ベガリット大陸。

あそこは、魔物が強いことで有名だが、

本当に厄介なのは別のところにある。

 

地球で言えば砂漠に近い環境だ。

昼は焼けつくような灼熱、夜は骨まで凍る極寒。

水も食料も簡単には手に入らない。

 

町は点々としか存在せず、

一日で辿り着ける距離にはまず存在しない。

補給地点が遠い。

水も食料も、計画を少し誤れば一気に詰む。

 

さらに、ベガリット大陸の中央部、

なぜかそこだけは雪が降るという意味の分からない土地だ。

白い荒野に食料はなく、魔物も少ない。

生き物が長く留まれる場所じゃない。

 

ゼニスさんの身の安全は、確かに気にかかる。

 

だが、今じゃない。

全部を拾おうとすると、どこかで必ず落とすからな。

 

 

 

―――

 

 

 

イーストポート、王竜王国の領土にある港だ。

もうすぐで俺たちはその港町に着く。

 

王竜王国。

四つの属国を従える大国。

 

もともとは、その属国たちと同じ立場の国だったらしい。

だが、王竜山脈に棲むという、竜種の中でも最強格の王竜。

その中でもさらに頂点とされる王竜王を討ち取って、

その縄張り一帯を手に入れたことで、一気に頭一つ抜けた。

 

竜を討ち、竜の土地を奪い、竜の威光をそのまま国の力に変え、

結果、世界で三番目の国ともいわれるほど成長したのだ。

 

……って感じの話を、俺は今ノコパラから教わっている。

 

 

「……そんで、48の魔剣が生まれた国だっけか」

 

 

「48の魔剣? なんだそれ?」

 

 

「はぁ? おまえ、剣士のくせして知らねぇのか?」

 

 

「悪い。聞いたことはある気がするが、詳しくは知らん」

 

 

「魔剣って言葉自体は知ってるよな?」

 

 

「あー……変な液体が出たり、勝手に動いて使用者を傷つけたり、そういう変な効果が付いてる剣だろ?」

 

 

「そうだ。掘り出し物もあるが、だいたいは奇抜な道具止まりのものが多い」

 

 

ノコパラは指を立てて続けた。

 

 

「だがな、48の魔剣は別格だ。どれもが一級品……いや、伝説級。たった一本で戦場そのものをひっくり返すほどの力を持ってる」

 

 

「へぇ……どんな効果なんだ?」

 

 

「そりゃまあ……山一つ消し飛ばしたり、使った奴が死ななくなったり……そんな感じじゃねぇの?」

 

 

「知らないのかよ」

 

 

「だが、いい話だろ。そんな魔剣が世界のあちこちに散らばってるってのは。ロマンだ!」

 

 

「……確かにロマンはあるが、そんな危ないもんが世界中に転がってるって、危険じゃないか?」

 

 

俺がそう言うと、ノコパラが鼻で笑った。

 

 

「つまんねぇ奴だなぁ」

 

 

「知ってるよ」

 

 

ブレイズが腕を組んで、横から口を挟む。

 

 

「実際に、その一本が現れたせいで争いが起きたこともある」

 

 

「……」

 

 

たった一つの強すぎる力の存在が、

人を集め、欲を煽り、正義を歪め、

何の関係もない人間の人生まで平気で踏み潰す。

 

そんな理不尽なんかに、

俺や、俺の大切な人たちが巻き込まれるのは、

まっぴらごめんだ。

 

そんなことを考えていたら、

どうやら顔に出ていたらしい。

 

 

「お前が何考えてんのか知らねえが……そんな難しい顔すんなよ。別にお前が魔剣集めに行くわけでもねぇだろ」

 

 

「……そうだな。なんたって俺には、もう魔剣みたいなもんがあるし」

 

 

「あ? 魔剣なんてもん、お前持ってたか? お前の装備って、バカみてぇに物持ちがいい普通の剣だけだろ」

 

 

ブレイズも首を傾げている。

 

 

「確かに。派手な武器など見たことがないが……」

 

 

「ふふ……」

 

 

俺はわざと歩調を落とし、

二人の視線が集まるのを待ってから、

もったいぶるように口を開いた。

 

 

「なんとだ。つい先日、その普通の剣が呪具化……もとい、魔剣化したんだ」

 

 

「魔剣化ぁ!? 何の冗談だよ!」

 

 

「そもそも、剣が後天的に魔剣になるなどという話は聞いたことがないな」

 

 

「だよな、普通は最初から魔剣として打たれるもんだろ!」

 

 

「なるんだから、なるだろ」

 

 

「理由になってねぇよ……」

 

 

ブレイズは少し考えてから、妙にあっさり言った。

 

 

「……まあ、カインならあり得るか」

 

 

「その説明で、納得しそうになる俺たちもおかしいぞ」

 

 

ノコパラが頭を押さえながら言い、

ブレイズが続きを促す。

 

 

「で? どんな効果があるんだ?」

 

 

「魔剣って言っても、48の魔剣みたいに山一つ消し飛ばしたり、使った奴が死ななくなったり、そういうとんでもない力があるわけじゃない」

 

 

「……まあ、お前は素で山ふっ飛ばせるし、そもそも死なねぇ奴だしな」

 

 

「確かに、今さらそれ以上の効果があっても、過剰と言えば過剰だ」

 

 

「そうだ。そんな派手なもんじゃない。ただ……」

 

 

そこで一瞬、言葉を探す。

どう説明したものか、と考えていると――

 

背後から、足音が聞こえてくる。

振り返ると、玉犬の背にちょこんと座ったアイシャが、やたら誇らしげな顔で胸を張っていた。

 

 

「お兄ちゃんがいつも出してる斬撃が、剣からも飛ぶようになったんだよ!」

 

 

俺が口を開く前に、アイシャが説明してしまった。

 

ノコパラがぽりぽりと頬を掻く。

 

 

「正直言って、なんかパッとしねぇな。あの斬撃って剣なんか振んなくても出せるだろ?」

 

 

「出せるな」

 

 

「だったら最初から素で撃てばいいじゃねぇか」

 

 

ノコパラのもっともな意見に、俺は一瞬だけ考えて、それから、ふっと息を吐いた。

 

 

「……つまんねぇ奴だなぁ、ノコパラ」

 

 

「はぁ?」

 

 

「ロマンだろ。ロ・マ・ン」

 

 

俺は剣の柄を軽く叩きながら言う。

 

 

「剣を構えて、踏み込んで、振り抜いたその先で斬撃が飛ぶ。それがいいんだよ」

 

 

「ま、確かに見た目はカッコいいかもな。お前の斬撃見えねぇけど」

 

 

「見えないのがまたいいんだろ」

 

 

「意味わかんねぇ」

 

 

「まあ、全部が全部、いつも通りの斬撃ってわけじゃない。俺が振るったときだけ、詠唱なしの『解』より威力が上がる」

 

 

理由は単純だ。縛りで上がっている。

剣で放つという手間をあえて挟むことで、出力が底上げされる。

 

フル詠唱の最大出力には届かないが、

無詠唱よりは確実に上。

つまり、中間地点の火力を安定して叩き出せる。

 

 

「ほーん」

 

 

「興味なさそうだな」

 

 

「いや、だってよ。お前が強くなる話って、もう何を聞いても「ああ、そう……」って感じだし」

 

 

そのとき、ブレイズが腕を組んだまま、ふと眉をひそめる。

 

 

「待て、カインお前、今「俺が振るったときだけ」と言ったか?」

 

 

「ん? 言ったけど……それがどうかしたのか?」

 

 

「まさかとは思うが……お前が使わなくても、その剣の効果は出るのか?」

 

 

その問いに、俺は一瞬だけ考えてから答えた。

 

 

「ああ。威力は落ちると思うが、出ると思うぞ」

 

 

「……マジで?」

 

 

「マジだ」

 

 

宿儺の術式が俺に染み付いたように、

俺の術式が、この剣に染み付いたと俺は考えている。

 

呪力を込めれば、当然威力は上がる。

だが、呪力を使わなくても、

出力は落ちるものの『解』自体は発動する。

理屈は分からない。

だが、結果としてそうなっている。

だから、おそらく……誰が振っても『解』は出せるだろう。

 

ノコパラは俺の剣をじっと見つめ、

しばらく考え込んだあと、ぽつりと言った。

 

 

「なあ、俺もちょっと使ってみてもいいか?」

 

 

「……お前、さっきロマンがないって言ってなかったか?」

 

 

「ロマンがないとは言ってねぇ「パッとしない」って言っただけだ」

 

 

「ただの悪口だろそれ。まあいいけど」

 

 

俺は肩をすくめながら、

手に持っていた剣をノコパラのほうへ差し出した。

 

 

「空に向かって振れよ。誰かに当たったらただ事じゃないんだから」

 

 

「了解、やり方とかあんのか?」

 

 

「出ろ、って思えば出るぞ」

 

 

「んだそりゃ」

 

 

草原の真ん中。視界を遮るものはない。

ノコパラは足を軽く開き、剣を持ち替え、深く息を吸う。

そして、振った。

 

 

「おら!」

 

 

風が鳴いた。

 

青い空を覆っていた雲が、引き裂かれたように割れ、

裂け目から日光が差し込む。

雲はゆっくりと左右に流れ、

空に一本の道が通ったように広がっていく。

 

ノコパラの口が、半開きのまま固まった。

 

 

「……うっわ」

 

 

「どうだ?」

 

 

ノコパラは剣を握ったまま、空と俺を交互に見て、それからゆっくり首を振った。

 

 

「……「パッとしない」って言葉、撤回する。こんなもん俺が持つには危険すぎるわ」

 

 

「だな。カインが持ってたほうがいい」

 

 

「まあ、そうだな。慣れないもんは使わない方がいい」

 

 

俺はそう言って、剣を受け取り、

軽く刃を払ってから鞘に収める。

金属音が乾いた空気に小さく響く。

 

その瞬間だった。

 

ぞわり、と。

背中の奥を、冷たい指でなぞられたような感覚。

反射的に、俺はバッと振り返った。

 

……誰もいない。

 

 

「どしたの、お兄ちゃん?」

 

 

「いや、何でもない」

 

 

そう答えたあとも、胸の奥に残る違和感が消えない。

疲れてるのか?

ミリスで休んだばかりなのだが。

そう思いながら、俺はゆっくりと前を向き直る。

 

そこには、男がいた。

 

 

「……だれだ」

 

 

さっきまで、何もなかったはずの場所に。

まるで最初からそこにいたかのように、微動だにせず立っていた

 

年齢は四十代か、五十代と言ったところか。

頬はこけ、皮膚は不自然に張りつき、まるでゾンビのように陰が落ちている。

頬骨が浮き出た骸骨めいた顔つきで、右目には黒い眼帯。

残った左目にも、生気と呼べるものはほとんど宿っていなかった。

そして、腰には剣。

 

一瞬、ブレイズとノコパラが構えかけ、

アイシャが俺の後ろに半歩下がる。

だが男は、こちらの警戒を気にも留めず、

ふっと口角を上げた。

 

 

「いやはや……とんでもない剣をお持ちで」

 

 

軽い口調だった。

雑談でも始めるみたいに。

俺は一歩前に出て、相手の様子を探りながら返す。

 

 

「失礼。どちら様でしょうか?」

 

 

「雲を割く何かが見えたので確認しに来ただけですよ……あれは、あなたが?」

 

 

男の視線は、空ではなく、

まっすぐに、俺の腰の剣に向いていた。

 

……こいつ。

割かれた雲じゃなく「雲を割いた何か」を見てここに来たって言ったな。

 

普通の人なら、空が割れたとしか認識できないはずだ。

それなのにこの男は、最初から“何か”を見たと言った。

つまり――俺の斬撃が見えてたということになる。

 

しかもだ。

この男、ここに近づくまで誰も気配を察知できなかった。

ブレイズも、ノコパラも、俺ですら、直前まで気づけなかった。

 

見た目だけでも十分不気味なのに、

実力まで底が見えないとなると、正直かなり厄介だ。

……警戒一択、ではあるけど。

 

ここで敵対的な態度を取る理由もない。

今のところはな。

 

俺は一度、小さく息を吐き、意識的に肩の力を抜いた。

声の調子も、わざと少し軽くする。

 

 

「ええ。この魔剣の力です。もしかして、迷惑でしたか?」

 

 

「いえいえ。空は誰のものでもありませんからね。どうしようと自由ですよ」

 

 

その言葉だけ聞けば、随分と物分かりのいい人物だ。

だが、声は相変わらず乾いていて、どこにも感情の起伏がない。

ただ、言葉だけを並べているような、妙な違和感が残る。

 

 

「それより、そこまで警戒されずともいいのですよ?私は何もいたしませんから」

 

 

「……ちょっと驚いただけです。急に後ろに立たれたもので」

 

 

「なるほど。そうでしたか、それは失敬。人の後ろに立つのは、一種の職業病でしてね」

 

 

次の瞬間、男は喉の奥を鳴らすように、カラカラと笑った。

乾いた音で、感情があるのかないのか分からない笑い方。

 

――その直後。

 

ぐぅ。

 

あまりにもはっきり、あまりにも間の抜けた音が、

この静寂をぶち壊した。

 

全員の視線が、同時にノコパラへ向く。

ノコパラは腹を押さえながら目を泳がせ、言い訳を探すように空を見た。

 

 

「朝から何も食ってなかったからよぉ……」

 

 

「はは……なるほど。よろしければ、私の食堂に来ませんか」

 

 

「……もしかして、あなたも料理人なんですか?」

 

 

「まあ、曲がりなりにも二百五十年続く定食屋をやっているのですから。料理人と言って差し支えないでしょう」

 

 

「二百五十年ですか……それはすごいですね」

 

 

「最近はもう閑古鳥が鳴いていますがね。そういうあなたも?」

 

 

「ええ。趣味でやってるだけですけど」

 

 

そう答えると、男は一瞬だけこちらをじっと見て、それから小さく頷いた。

評価しているというより、同業者を見つけたときの、

あの独特の安心感みたいなものが混じった視線だった。

 

 

「ちなみに、食堂って……何が出るんです?」

 

 

「米と、汁物が固定です」

 

 

「おお! この国には米があるんですね!」

 

 

「それに主菜を一品。ドラゴンのナナホシ焼きか、アルバーフィッシュの煮物。どちらかを選べます」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、頭の中で情景が浮かんだ。

アルバーフィッシュ、確か、ウェストポートの市場に並んでいた記憶がある。

 

いや、それよりもだ。

 

ドラゴンの肉。

もしかして、王竜の肉なのだろうか……

しかも「ナナホシ焼き」なんて聞いたことのない調理法。

 

き、気になる。

 

俺は一度、全員の顔を見回した。

 

 

「どうする? 俺は行きたいと思ってるんだが」

 

 

「怪しいと言えば怪しいが……今のところ敵意は感じないな。大丈夫だろう」

 

 

「俺はもう、腹を満たせれば何でもいい」

 

 

だろうな。

腹が鳴ったばかりの男の言葉には、確かな説得力がある。

 

 

「……ドラゴンの肉、ちょっと食べてみたいかも」

 

 

「奇遇だな、俺も気になってるんだ」

 

 

そう言って、俺は小さく笑い、男の方を向いた。

 

 

「そういうわけで。お邪魔しても良いですか?」

 

 

「ええ、ええ。もちろんですとも。まさかこんなところでお客様を拾えるとは思いませんでしたよ」

 

 

そう言って、軽く肩を揺らしながら先に歩き出す。

足取りは軽く、本当に嬉しそうだった。

 

俺たちは男の後を追う。

 

料理の名前を思い浮かべながら、俺は自然と歩調を早めていた。

 

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