受肉転生 ~宿儺と一緒に本気出す~   作:てとらとりす

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五十五話

 

あの後、歩きながら簡単に自己紹介を済ませた。

男は、ランドルフという名前らしい。

 

例の定食屋はイーストポートにあるということで、

俺たちはそのままランドルフさんに案内され、

港町へ足を踏み入れることになった。

 

港町の風景を眺めていると、

ランドルフさんが、ふと横から声をかけてきた。

 

 

「時に……カインさんは剣士なのですか?」

 

 

「ええ」

 

 

視線を戻すと、ランドルフさんは相変わらず読みづらい顔で、

俺の腰の剣を眺めていた。

 

 

「差し支えなければ、流派をお聞きしても?」

 

 

「水神流です」

 

 

その瞬間、ランドルフの動きが止まった。

まばたき一つ、呼吸一つ、ほんの一拍だけ空白が生まれる。

 

 

「……剣神流ではなく?」

 

 

「? はい」

 

 

「剣神流に興味はないのですか?」

 

 

「無いわけじゃないですけど、両方を戦闘で使えるほど器用じゃないと思うんで。中途半端になるくらいなら、今は水神流一本でいこうかなと」

 

 

「そうですか」

 

 

「そう言うランドルフさんは、何の流派を?」

 

 

「私ですか? 北神流と、水神流を少々」

 

 

「師匠と同じ、ハイブリッド型ですか」

 

 

ぽろっと出た単語だった。

 

 

「……ハイブリッド? それはどんな型なのですか?」

 

 

「あー……えっとですね、複数の流派や戦い方を、自分の中で混ぜて使う剣士のことです」

 

 

「いい言葉ですね」

 

 

「そうですか?」

 

 

「ええ。今まで自分の剣を説明するのに、ずいぶん回りくどい言い方をしてきましたが……それなら一言で済みます」

 

 

「多分、そこまで世の中に浸透してる言葉じゃないですよ」

 

 

「おや、そうでしたか。それは残念」

 

 

言葉ほど残念そうではない声音で笑う。

肩をすくめつつも、どこか満足そうだ。

 

そんな他愛のないやり取りをしているうちに、

ランドルフさんは、通りの端で足を止めた。

 

 

「ここです」

 

 

示された建物を見て、全員が一瞬、言葉を失う。

 

外見は……お世辞にも、きれいとは言いづらい。

壁にはところどころ穴が空き、板は歪み、屋根の端は剥がれかけている。

看板の文字はほとんど霞んで読み取れない。

……大丈夫か、ここ。

 

そう思った瞬間、

ランドルフがこちらを振り返り、にこやかに言う。

 

 

「フフ……ボロボロでしょう?」

 

 

「まあ……はい」

 

 

さらっと重いことを言う。

 

その一言で、俺の中に小さな不安が芽生えた。

味の方は大丈夫なのだろうか……

だが、引き返すにはもう遅い。

ランドルフさんは、ガタガタと音を鳴らしながら扉を開ける。

 

俺たちもランドルフさんについていき、店の中に入る。

そこは、なんというか……小奇麗な廃墟だった。

 

清潔ではある。

床も掃除され、テーブルも拭かれている。

だが床にも、天井にも、テーブルにも、あちこちに穴が開いている。

風がひゅうひゅう通り抜け、時々、天井の隙間から光が差し込んでいた。

 

その光を見上げて、アイシャが小さく眉をひそめる。

 

 

「ねえ、お兄ちゃん。ここ、本当に大丈夫なの?」

 

 

「……まずかったら、俺が食べるよ」

 

 

アイシャはふるふると首を振った。

 

 

「そうじゃなくて……天井とか落ちてこないかなって」

 

 

あ、そっち。

 

確かに、今にも踏み抜きそうな板はある。

ブレイズが歩くたびに「ミシ……」と嫌な音も鳴っているし、

ノコパラもさっきから足元をやけに慎重に選んでいる。

 

 

「……落ちてきたら、俺が盾になるから」

 

 

「それが一番こわいよ……」

 

 

ランドルフさんは、

そんな俺たちの様子をまったく気にするでもなく、

奥の席を指して言った。

 

 

「どうぞ、こちらへ」

 

 

しかし、案内されたテーブルには、

椅子が二脚しかなかった。

 

仕方なく、ノコパラとブレイズが、

他の席から椅子を引きずってくる。

椅子の脚を引きずる音が、店内にガリガリと響いた。

 

なんとか四人分が揃い、全員が腰を下ろす。

床がきしんだが、今は考えないことにした。

 

 

「皆さん、ドラゴン肉のナナホシ焼きで、よろしかったですね?」

 

 

「ええ、それで」

 

 

そう答えると、ランドルフさんはそれ以上何も言わず、

本当に音も立てずに、すっと厨房の奥へと消えていった。

 

店内には風の音だけが残る。

ひゅう、と吹き抜ける隙間風が、

テーブルの上の木屑を転がした。

 

 

「……のど乾いたな」

 

 

ノコパラがぽつりと呟く。

 

 

「そうだな」

 

 

歩きっぱなしだったせいか、俺も急に喉の渇きを思い出す。

そこで、何気なく影に手を伸ばした。

影の中からコップを取り出し、テーブルの上に置き、手をかざす。

 

澄んだ水が、手からそのままコップへと落ちていく。

すぐに、なみなみと満たされた。

コップにちょうどいい量ずつ注ぎ、全員の前へ配った。

 

 

「はい」

 

 

「……なんだ今のは」

 

 

「普通の水だ。衛生面は保証する」

 

 

「そうじゃねぇよ」

 

 

即ツッコミが入る。

ブレイズがコップを手に取り、じっと俺を見る。

 

 

「無詠唱……使えたのか?」

 

 

「ああ、ちがうちがう。これは魔術じゃない」

 

 

俺は自分の手をひらひら振る。

 

 

「『満象』の水を出す能力を『満象』を出さずに使っただけだ」

 

 

「器用な奴だなお前は」

 

 

「だろ? 結構苦労したんだぞ、これ」

 

 

そう言いながら、俺は自分の前に置いたコップを手に取る。

一口含んで、少しだけ眉をひそめた。

 

 

「……ぬるいな」

 

 

「じゃあ、ちょっと待って」

 

 

すると、すぐ横でアイシャがぱっと手をかざし、

無詠唱で小さな氷をいくつか作って、俺のコップに落としてくれる。

 

カラン、と軽い音。

 

 

「はい、どーぞ」

 

 

「お、ありがとな、アイシャ」

 

 

「どういたしまして、お兄ちゃん!」

 

 

にぱっと笑って嬉しそうに胸を張るアイシャの頭を、軽くなでる。

少し照れたように目を細めるのが可愛い。

 

それを見ていたノコパラが、すかさず声を上げる。

 

 

「……なあ、俺にも入れてくれ」

 

 

「えー、ノコパラは自分でできるでしょ……」

 

 

「なんだよ、カインだってできるだろ」

 

 

「うっ……まあ、いいけど」

 

 

アイシャは特に嫌がる様子もなく、

今度はノコパラとブレイズのコップにも、同じ大きさの氷を落とした。

 

 

「サンキュー」

 

 

「助かる」

 

 

二人が礼を言う横で、俺はそれを眺めながら、

さっきの自分の動作を頭の中でなぞっていた。

 

……やっと、形になってきたな。

 

式神の術式の抽出。

前々からやろうとして、ずっと模索してきたことだ。

 

式神というのは、顕現していない間、影の中に存在している。

だがその姿は、完全な形を持っていない。

核だけがあり、それ以外は曖昧な輪郭のまま、影の中に溶けている。

 

顕現とは、その核を基点に、

形と機能を組み上げる行為だ。

 

そして、式神を観察しているうちに、

気づいたことがあった。

式神が能力を使う瞬間、

必ず、その“核”を通して力が流れている。

 

ならば――その核だけを掴み、そこに自分の呪力を流し込めば、

式神そのものを顕現させずに、能力だけを引き出せる。

そう、俺は考察した。

 

理屈は単純だが、問題は感覚だった。

 

“見えない核”を、意識だけで掴む。

形も重さもないものに指を伸ばす感覚は、

ひどく不安定で、何度も失敗した。

だが最近、ようやくコツが分かってきた。

 

やはり、俺の考察は当たっていたのだ。

 

……ん?

 

やはり?

 

ふと、その言葉が頭の中に引っかかる。

まるで、前から確信していたかのような言い回しだ。

何か、俺の中に確証があったのだろうか……

理屈だけじゃなく、感覚の奥で、

ずっと「そうなる」と知っていたような、

そんな妙な納得感。

 

その思考は、ふわりと漂ってきた匂いにあっさり上書きされた。

 

 

「おお……いい匂いがしてきたな」

 

 

ノコパラが鼻をひくひくさせながら言う。

ブレイズは、少しだけ眉を動かす。

 

 

「む、これは……米の匂いか」

 

 

「久しぶりの米だな」

 

 

「バグラー様にもらったお米、すぐ無くなっちゃったからね」

 

 

「あれは一瞬だったな……」

 

 

「カインが米に合う料理ばっか作んのが悪ぃんだよ」

 

 

「悪いってことはないだろ」

 

 

「そーそー。おいしいならいいじゃん!」

 

 

「ああ、同感だ」

 

 

ブレイズも頷いた。

 

味方が多くて助かる。

 

計画性がないと言えば、

まあ……なかったとは思う。

だって仕方ないじゃないか。

米はおいしいし、それに合う料理は、

もっとおいしいのだから。

 

前世とは違う世界で、

それでも前世と同じ料理を作れるという事実が、

思った以上に心を満たしてしまったのも理由の一つだな。

 

 

「おい、こいつを甘やかすんじゃねぇ」

 

 

「甘やかしてないもーん。そんなに言うなら、食べなくていいんじゃん」

 

 

「えっ」

 

 

ブレイズがすかさず乗っかる。

 

 

「そうだな。俺たちの分が増えていい」

 

 

「ちょ、待て待て待て! 今のは米の管理の話であって、食べないとは言ってねぇ!」

 

 

その様子に、俺は思わず吹き出す。

 

 

「まあまあ。そういえば、ここ来る途中で米売ってたよな。帰りに、買いだめしとくか」

 

 

「お、それいいな。一年分は買おう」

 

 

「おい、その米を持つのは俺なんだが?」

 

 

「……影に入れりゃいいだろ?」

 

 

「その重さは全部俺が負担してるって言っただろ。歩くのもままならなくなる」

 

 

「お兄ちゃん! ファイト!」

 

 

「……よし。やってやろうじゃないか」

 

 

「シスコン」

 

 

「うるさい」

 

 

そんなくだらないやり取りをしていると――

 

 

「――おまたせしました」

 

 

全員が一瞬びくっとする。

さっきまでそこに気配などなかったはずなのに、

気づけばランドルフさんが、もうテーブルの横に立っていた。

 

運ばれてきた料理を見る。

まず、湯気の立つ野菜のスープ。

そして米。色が微妙にまばらで、白や薄茶、

少し黄味がかった粒が混ざっている。

おそらく、いくつかの穀物を一緒に炊いたものだ。

 

そして――

 

最後に置かれた皿を見て、全員の動きが止まった。

 

香ばしい匂い。

こんがりとした衣。

黄金色に揚がった塊。

 

 

「唐揚げだ」

 

「唐揚げじゃん」

 

「唐揚げじゃねぇか」

 

「唐揚げだな」

 

 

四人分の声が、ほぼ同時に重なった。

 

一瞬の沈黙のあと、全員がもう一度、皿を見る。

見間違いじゃない。

どこからどう見ても、唐揚げだった。

 

 

「……ま、まあ。唐揚げは、うまいしな」

 

 

「だな!」

 

 

ノコパラが勢いよく頷き、まず最初にフォークを突き刺す。

だが、口に入れた瞬間表情が固まった。

 

 

「……ぅ」

 

 

無言で二回ほど咀嚼してから、ゆっくりとこちらを見る。

 

 

「……まずい」

 

 

俺も一口食べてみる。

 

まあ、なんというか、言葉を濁さずに言うと、まずい。

表面はべちゃっとしていて、油くさく、

衣は吸いすぎた油で口にまとわりつき、後味が重たい。

べたついたまま歯に絡む。

中の肉はやたら硬く、噛むほどに筋っぽく、

そして、はっきりと分かる臭み。

 

 

 

「……うん、まずいな」

 

 

「やはり、そうですか……」

 

 

背後から、かすかな声。

振り返ると、ランドルフさんが、

盆を抱えたまましょんぼり立っていた。

さっきまでの飄々とした雰囲気が嘘みたいだ。

 

ノコパラはフォークを置いて言う。

 

 

「俺は無理だ……」

 

 

「俺もだ」

 

 

ブレイズも即座に同意する。

アイシャは何も言わない。

言わないが、表情がすべてを物語っていた。

眉がほんのり下がり、困ったように唐揚げを見つめている。

ああ……気の使える、いい子に育ったな。

 

内心そう思いつつ、俺はもう一口食べた。

 

……まあ、確かにまずくはある。

だが、食べられないほどではない。

 

前世で自炊を始めたころ、

俺も似たようなことを何度かやった。

ここまで壊滅的ではないが、

硬くて臭くて、油まみれの肉を黙々と噛んだ記憶がある。

この世界は下処理も調味も甘いし、仕方ないところはある。

 

残すのも、何か違う気がした。

作った側の気持ちを思うと、なおさらだ。

 

だから俺は、黙々と食べ続けた。

 

正直、うまいとは言えない。

どう贔屓目に見ても、改善点しか浮かばない。

 

血抜きも、臭み取りも、温度管理も足りていない。

油も新しくない。揚げ時間も、おそらく長すぎる。

考え出すと、いくらでも直せるところが見えてしまう。

 

ノコパラは途中で完全に戦線離脱し、

ブレイズも水を飲む頻度が増えている。

アイシャは何も言わず、

困った顔をしながらも少しずつ口に運んでいる。

 

やがて、皿の上から唐揚げが消え、

最後に残ったのは、油の跡だけ。

 

俺はフォークを置き、手を合わせる。

 

 

「ごちそうさまでした」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、

ランドルフは少しだけ目を見開く。

 

 

「……良いものですね。自分の作った料理を、最後まで完食してもらうというのは」

 

 

「同感です」

 

 

俺は素直にそう返した。

味の評価とは別に、作った側の気持ちはよく分かる。

 

その横で、アイシャがまだ、もそもそと肉と格闘していた。

小さく眉を寄せながら、無言で噛んでいる。

 

 

「……俺が食べようか?」

 

 

「いい……」

 

 

「そうか」

 

 

俺は苦笑して、そっとアイシャの頭を撫でた。

アイシャは、またもそもそ食べ始める。

 

――そのとき。

 

 

「邪魔するぜぇっ!」

 

 

バンッ!と、店の扉が乱暴に開いた。

扉が外れそうだ。

 

風と埃と一緒に、チンピラ風の男がズカズカと入ってくる。

服装は派手、態度は横柄、声はやたらでかい。

客というより、完全に押しかけだ。

 

ランドルフさんは一瞬だけ眉を下げ、ぼそりと呟いた。

 

 

「……シャガール。またですか」

 

 

「知ってる人ですか?」

 

 

俺が小声で聞くと、ランドルフさんは苦笑する。

 

 

「はい。この人は、私の剣の腕を買って、ここ数年つきまとっている男です」

 

 

……数年?

そんなに長く追い回されるほど、ランドルフさんは強いのか。

見た目と定食屋のボロさのギャップが、ますます謎を深めていく。

 

 

「ランドルフ! そろそろこんなシケた店やってねぇで、俺のとこに来い!」

 

 

「今はお客様がいるので……後にしてください」

 

 

「客だぁ? 珍しいな」

 

 

そして、俺たちと目が合うと、勝手に近くの椅子を引き寄せ、

どかっと腰を下ろした。床が嫌な音を立てる。

 

シャガールの視線が、俺の前に置かれた空の皿で止まる。

 

 

「……坊主、ランドルフの料理を全部食ったのか?」

 

 

「はい」

 

 

短く答えると、シャガールは目を丸くした。

 

 

「正気か? 味はどうだった?」

 

 

少し考えてから、正直に言う。

 

 

「……お世辞にも、おいしいとは言えませんでした」

 

 

「ほらな、ランドルフ……お前に料理の才能はない」

 

 

「……それは、分かっている。だが……」

 

 

「何回も聞いたよ。先祖代々の店を守りたいんだろ? 気持ちは分かる。だが、お前にはさっきも言った通り、料理の才能がない」

 

 

……才能がない、か。

 

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がわずかにざわついた。

聞き慣れた言葉だ。

それでも、何度聞いても、

しっくり来た試しがない響きだった。

 

 

「人には向き不向きってもんがある。お前の剣の腕は一流。だが料理は三流以下だ、だったら、その才能を生かした方がいい」

 

 

シャガールの言葉は容赦なく、

けれど嘘は一つも混じっていない響きだった。

ランドルフさんは何も言わず、ただ黙って立っている。

 

その沈黙が、どうしても気になって、俺は口を開いた。

 

 

「だからってやめる理由にはならないんじゃないんですか?」

 

 

「なんだ?」

 

 

「諦めるのは、いつだってできます。明日でも、今でも。でも、そんな中で……自分の理想に少しでも近づこうとしてるランドルフさんは、少なくとも、間違ったことはしてないと思います」

 

 

「ハッ……言ってることは立派だがな、それは負け犬の吐く言葉だ」

 

 

「……」

 

 

「誰だって欲しいもんや、なりたいもんがある。だが重要なのは……実際にそれを得たのかどうかだ。得られなかった奴らは、途中で言い訳を始める。『過程が大事だ』、『挑戦したことに意味がある』……ってな」

 

 

「つまり……才能がないって事実から、目を背けてるって言いたいんですか?」

 

 

「ああ。俺はな、才能がある奴が、才能のない場所で苦しむのが嫌いなんだ」

 

 

「才能がなくたって、料理は出来ますよ」

 

 

俺がそう言うと、シャガールは眉をひそめる。

 

 

「だから、そうやって自分の世界に逃げ込んでも意味がないって言ってんだ」

 

 

「そうじゃありません。そのままの意味ですよ。料理に、才能はいりません」

 

 

俺はランドルフさんに向き直った。

 

 

「お願いします。ランドルフさん。俺に、あなたの料理を“美味しくする”手伝いをさせてください」

 

 

「いえ……そこまでしてもらわずとも。私に料理の才能がないことは、もう分かっています。長く、同じことをやり続けていれば……嫌でも分かりますよ。自分が、どこまでの人間なのか。私はもう、自分を受け入れました」

 

 

「受け入れた人は、あんな顔、できませんよ」

 

 

「あんな顔、とは?」

 

 

「自分の料理が完食されたのを見たときの顔です」

 

 

ランドルフの目が、わずかに揺れる。

 

 

「あんな顔、全部を受け入れきった人の顔じゃない。諦めきった人なら、結果なんて見ない。期待しないし、落ち込まないし、喜びもしない。でも、あなたは……俺が食べ終わるまで、ずっと皿を見ていた。期待していたんですよ」

 

 

「……よく、見ていますね」

 

 

「人を気にしすぎるのが、俺の癖ですから」

 

 

ノコパラが小声で「めんどくさい性格」と呟き、

ブレイズは小さく鼻で笑った。

 

 

「あなたは、まだ諦めきれていない。それに……諦める必要も、ない」

 

 

「どうやら、私はとても面倒くさいお客様を招いてしまったようです」

 

 

ランドルフはそう言って、困ったように笑った。

その笑顔には、さっきまでの沈みはなくて、

少しだけ吹っ切れた感じがあった。

 

 

「面倒くさい性格なのは、自覚しています」

 

 

「では、カインさん。私に料理を教えてください」

 

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

その瞬間、シャガールが腕を組んだまま口を挟む。

 

 

「おいおい、坊主現実を見ろよ。そいつの料理が、ちょっとやそっとで美味くなるわけないだろ」

 

 

「なりますよ。あなたは客なんですから、行儀よく座っていてください」

 

 

一瞬、店内が静まり返る。

シャガールは目を丸くし、それから吹き出した。

 

 

「ハッ! 言うじゃねぇか坊主。いいぜ見せてみろよ」

 

 

シャガールはそう言うと、言われた通り椅子に座り直した。

ふんぞり返るでもなく、腕を組んでじっとこちらを見る。

意外と物分かりはいい人なのかもしれない。

 

俺はノコパラたちの方へ向き直る。

 

 

「すまん。俺の勝手で、変なことに巻き込んだ」

 

 

「今さらだろ」

 

 

「問題ない」

 

 

「お兄ちゃん、がんばって」

 

 

「ああ、行ってくる」

 

 

二人で厨房へ向かう。

厨房の扉を開けると、さっきよりも強く、油と肉の匂いが鼻を突いた。

広くはないが、道具は一通り揃っている。

包丁、まな板、鍋、フライパン、油の入った鍋。

どれも使い込まれていて、手入れも行き届いている。

 

 

「それで……どうやって、私の料理をおいしくするつもりですか? 正直、腕前が急に上がるとも思えませんし、味が劇的に良くなるとも思えないのですが」

 

 

「料理には、いいところがあります」

 

 

「ほう?」

 

 

ランドルフさんが首をかしげる。

 

 

「それは、誰が作っても、ちゃんと作れば、ちゃんとおいしくなるところです。剣みたいに向き不向きなんて、絶対に関係ありません。積み上げた分だけ、必ず結果が返ってくる。そういうところです」

 

 

 

―――

 

 

 

ホールでは、シャガールが腕を組んだまま、椅子に座っていた。

ノコパラは頬杖をつき、ブレイズは無言で水を飲み、

アイシャは厨房の方をじっと見つめている。

 

しばらくして――

厨房の扉が開き、ランドルフが出てきた。

 

手には、湯気を立てる皿。

 

 

「……お待たせしました」

 

 

ランドルフさんはそう言って、テーブルの上へと料理を置いた。

シャガールは眉をひそめながらも、フォークを取る。

一口、口に運ぶ。

 

数秒の沈黙。

 

 

「……美味いな」

 

 

シャガールは答えず、もう一口、さらにもう一口。

さっきまでの警戒心も威圧感もどこかへ消え、無言で食べ進めていく。

 

皿が半分ほど空になったところで、シャガールが顔を上げた。

 

 

「ランドルフ……お前、何した」

 

 

「いえいえ。普通に作っただけですよ。ねぇ、カインさん」

 

 

「ええ、普通に作っただけです」

 

 

その表情は、どう見ても“普通”じゃなかった。

元々の陰気な顔立ちも相まって、

「絶対何かやっただろ」

と言いたくなる雰囲気を全力で醸し出している。

 

だが、実際にやったことは、本当に少しだけだ。

 

血抜き。臭み取り。油の温度管理。

揚げる前の水分処理。味付けの順番と量。

 

全部、料理の基本中の基本。

才能も魔法もいらない、当たり前の手順。

 

シャガールは、心底驚いた顔をしていた。

皿とランドルフさんを交互に見ている。

 

一方、ランドルフさんの顔は、はっきりと嬉しそうだった。

相変わらず、やつれた頬と影の濃い目元で、

見た目はどうしても不気味なのだが、

その表情だけは、どう見ても喜んでいた。

 

 

 

―――

 

 

 

それからしばらくして、俺たちは店を出た。

 

結局シャガールは、「諦めねぇからな」

とだけ言い残し、去っていった。

 

背中を見送りながら、ノコパラがぽつりと呟く。

 

 

「根は、いい人そうだな」

 

 

「ええ。口は悪いですが……他人の才能を腐らせるのが嫌いなだけなんでしょう」

 

 

それはそれとして。

俺は、ランドルフさんに向き直り、頭を下げた。

 

 

「すみません。今日会ったばかりなのに、ずいぶん勝手なことをしました」

 

 

「いえいえ、むしろこちらこそ感謝したいぐらいですよ。あなたのおかげで、シャガールの驚いた顔を見られましたしね」

 

 

「でも、俺の都合で踏み込みすぎました」

 

 

「では……一つ、聞いてもいいですか?」

 

 

「はい」

 

 

「なぜ、今日会ったばかりの私に、そこまでしてくれたのですか?」

 

 

「……傲慢な理由ですけど。ランドルフさんが、諦めようとしてたのが、気に食わなかったんです」

 

 

「それは、ずいぶん傲慢ですねぇ」

 

 

「自覚はあります。それに……」

 

 

少し照れくさくなって、視線を逸らしながら続けた。

 

 

「俺、料理が好きなんですよ。好きなことを誰かと一緒にやるのって、楽しいじゃないですか」

 

 

「ええ。そうですね」

 

 

正直に言えば、少し踏み込みすぎた自覚はある。

今日会ったばかりの相手に、才能だの諦めだの、

いかにも分かった風なことを言ってしまった。

嫌われてもおかしくなかったし、

「余計なお世話だ」と一蹴されても文句は言えなかった。

 

それでも、今のこの空気を見れば――

やってよかった、と素直に思える。

 

 

「それじゃあ……ごちそうさまでした」

 

 

「はい。またのご来店を、お待ちしておりますよ」

 

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