受肉転生 ~宿儺と一緒に本気出す~   作:てとらとりす

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すき焼き回。


五十六話

 

俺たちは、イーストポートで購入した馬車に乗り、

王竜王国の首都ワイバーンへ向かっている。

 

……そして最近、俺はひとつ気づいたことがある。

 

馬車を引くのは、玉犬よりも、

虎葬を馬に変化させて引かせた方が、

圧倒的に楽だということに。

 

理由は単純だ。

 

玉犬は、顕現させ続けるために俺が呪力を供給しなければならない。

さらに、移動中も逐一命令を出す必要があり、

道が曲がるにも指示、止まるのにも指示、休ませるにも指示。

可愛いし、頼れるし、強いのだが、

長距離移動となると、頭の中だけで指示するだけとはいえ、地味に手間がかかっていた。

 

一方、虎葬は違った。

 

仕組みは正直よく分からない。

多分、これまで吸収してきた色々な生物の脳の影響だと思う。

虎葬は、ある程度の自立思考と知能がある。

 

目的地と道筋を教えれば、

あとは自分で判断して動いてくれる。

分かれ道では減速して確認するし、

路面が荒れていれば自然と速度を落とす。

前方に人や馬車がいれば距離を取り、

無理に追い越そうともしない。

 

……正直、俺が手綱をとるより見ていて安心する。

 

それだけでも十分すごいのだが、

さらに驚いたのは、

顕現に必要なエネルギーを、俺の呪力ではなく、

虎葬自身が持つ魔力で賄っているという点だった。

 

魔物を吸収した際に取り込んだ魔力を、

そのまま燃料として使っているのだ。

 

昔、ルーデウスが、

「魔力は、基本的には何にでも転用できる」

みたいな事を言っていた気がする。

当時は「すごいなぁ」くらいにしか思っていなかったが、

まさかそれが、呪力にまで変換できるとは思いもしなかった。

 

試しに、俺自身の術式を魔力で発動させようともした。

だが、それはどうやっても上手くいかなかった。

 

虎葬は吸収した生物の構造と一緒に、

魔力を自分のシステムとして組み込んでいるから、

思いのままに使えるのかもしれない。

 

まあ、そのおかげで、

ある程度、道が舗装されている場所なら、

俺が寝ていても、虎葬は馬車を進めてくれる。

 

 

 

―――

 

 

馬車に揺られながら、

俺はどうしてもニヤニヤが止まらなかった。

 

自覚はある。完全に不審者の笑みだ。

だが、止められない。

 

 

「わっ……なんか嬉しそうだね、お兄ちゃん」

 

 

隣に座っていたアイシャが、

不思議そうにこっちを見てくる。

 

 

「ふふ……いや、ちょっとな」

 

 

ちょっと、なんて言葉で済む話じゃない。

ついに。この世界に来てついに、

あれを食す時が来たのだから。

その名も―

 

 

SU☆KI☆YA☆KI

 

 

心の中で無駄に星を散らしてしまうくらいには、

今の俺のテンションは高まっている。

 

本当に、長かった、ここまで来るのに丸十年。

転生してから、ずっと心の奥にしまってきた夢。

 

材料自体は、実はそこまで難しくなかった。

肉はある。野菜もある。砂糖もある。醤油もある。

豆腐はまだないが……

運のいいことに、主要なものは比較的早い段階で揃っていたし、

バグラーのおかげであそこで見つけた食材の場所は頭に入っている。

 

だが問題は、卵だった。

 

いや、卵が無いわけじゃない。

ある。どこにでもある。鳥も魔物も卵を産む。

だが、生で食べるとなると話は別だ。

 

どうしても、食中毒のリスクがつきまとう。

火を通すなら問題ないが、生卵はアウト。

前世の感覚で手を出してはいけない。

その事を俺は身をもって理解している。

 

そう……俺は一度やらかしているのだ。

 

バグラーの城で、醤油を手に入れたあの日。

あまりの嬉しさにテンションがぶち上がってしまい、

俺は迷いなく卵かけご飯を食べてしまった。

 

高熱、激痛、嘔吐、視界が白くなる感覚。

あれはマジでヤバかった。

反転術式がなければ、普通に死んでいた可能性がある。

 

あのときほど自分の愚かさを呪ったことはない。

だがそれ以上に、許せなかったのは、あの事実だった。

 

「すき焼きに生卵が使えない」

 

この事実が、どれだけ俺の心を折りかけたか……

あの黄金色の卵に、熱々の肉をくぐらせて、

とろりと絡めて食べる、あの幸福を奪われる絶望。

 

しかし、その絶望も長くは続かなかった。

転機はミリシオン。

 

ミリシオンで、俺はミーナさんから、

何か恩返しがしたいと言うことで、

まだ覚えていなかった、解毒魔術を教えてもらっていた。

 

そして、解毒魔術を学んでいる最中に、俺の脳内で雷が落ちた。

生で食べて、仮に食中毒になるとしても、

症状が出る前に解毒魔術をかければいい、と。

 

この発想に至った自分を褒めたいし、

それを可能にしてくれたミーナさんには感謝しかない。

いや本当に。

あの人がいなければ、

俺は一生、この世界で真のすき焼きに辿り着けなかった。

 

そして、王竜王国に来て、米が補充された。

 

ここが決定打だった。

 

米がないすき焼きなど、論外だ。

俺は米が好きなのだ。

主食だ。魂だ。

 

肉を卵にくぐらせ、

熱々の白米にのせて、ご飯をかきこむ。

これが正義。

これがジャスティス。

 

――と、頭の中で力説している自分に気づいて、

俺はふっと息を吐いた。

……少し、熱くなりすぎたな。

抑圧され続けてきた俺の本質が、完全に暴走している。

 

落ち着け、俺……

このすき焼きは、俺だけのすき焼きではない。

アイシャも、ブレイズも、ノコパラも、

みんなにもこの“文化”を知ってほしいのだ。

 

そう、すき焼きは文化だ。

単なる料理じゃない。

生き方であり、思想であり、人生観だ。

 

一人で独占するには、あまりにも罪深い。

 

そうだ……分け合うからこそ、すき焼きは輝く……

 

などと一人で勝手に悟りを開きかけていると、

向かいのノコパラが、こちらをじっと見ていた。

 

 

「……おい、なんかあいつ変だぞ。さっきから一人でブツブツ言ってるし、たまにニヤけてるし……だいぶ怖いんだが?」

 

 

「たぶん、頭の中で料理の計画を立てているだけだ……危険な兆候だが、いつものことだろ」

 

 

ひどい評価である。

だが否定はしない。概ね事実だ。

 

 

「お兄ちゃんさぁ……さっきからずぅ~っと変な顔してるよ?」

 

 

「……変な顔って、どんな顔だ」

 

 

「んー……」

 

 

アイシャは俺の顔をじっと見つめ、

それからにぱっと笑った。

 

 

「恋してる顔!」

 

 

変な声が出そうになるのを必死で抑える。

 

 

「……してない」

 

 

「えー、絶対してるよ。だって、目がキラキラしてるし、口元がずっとニヤニヤしてるし、なんか幸せそうだもん」

 

 

「それは、だな」

 

 

「はっ! もしかしてお兄ちゃん、好きな人できたの?!」

 

 

「……目がキラキラしてても、口元がニヤけてても、恋してるとは限らないだろ」

 

 

アイシャは馬車の揺れに合わせて体を弾ませながら、こちらを見上げてくる。

 

俺の頭の中は、すき焼きでいっぱいだ。

だが、それを今説明しても、

「料理に恋してる」なんて思われかねん。

あながち間違いでもないが。

 

アイシャは、しばらく俺の顔を観察するように見つめたあと、急に声のトーンを落とした。

 

 

「もし本当に好きな人がいるならさ……ちゃんと大事にしてあげなよ? カ・イ・ン」

 

 

「……」

 

 

不意に、名前で呼ばれて、少しだけ驚く。

……なんで急に名前で呼んだんだ?

さっきまでずっと「お兄ちゃん」だったのに。

その一瞬の変化に、変に意識が引っ張られてしまう。

 

アイシャは、俺の反応を見て満足そうに頷いた。

 

 

「わっ、お兄ちゃん顔真っ赤! ……効果てきめんだね」

 

 

「分かっててやったな?」

 

 

「うん! エリナリーゼさんに教えてもらった技」

 

 

「何の技なんだよ……」

 

 

「異性をドキッとさせる技、って言ってた」

 

 

なんてことを子供に教えてるんだ、あの人は……

だが、エリナリーゼさんならやりかねない。

しかし、それを素直に実践してしまうアイシャもアイシャだ。

 

 

「こら、そういうのは、好きな人にやりなさい」

 

 

「私は、お兄ちゃんのこと好きだよ?」

 

 

一瞬、思考が止まる。

 

……そうじゃなくてだな。

 

いや、まて。

この流れ、あまりにも出来すぎている。

もしかして、それもエリナリーゼさんに教えられたやつか?

 

嫌な予感しかしない。

このままでは、アイシャが誰彼構わず相手を勘違いさせる、

魔性の女に育ってしまう未来が、はっきりと見える。

 

それだけは阻止せねばならない。

リーリャさんに顔向けができない。

 

 

「アイシャ。人の心をもてあそぶのはやめなさい」

 

 

アイシャは少しだけむっとした顔をして、言い返す。

 

 

「でも……お兄ちゃん、さっき、嬉しそうだったじゃん」

 

 

「それは、俺がアイシャを好きだからだ」

 

 

「……うぅ」

 

 

アイシャは頬を赤くして、小さくうなる。

心が痛むが、ここで終わらせるわけにはいかない。

 

 

「でもな、それをいろんな人にやっちゃうと、よくないことが起きる」

 

 

「……よくないこと?」

 

 

「その気がなくても、相手が勝手に期待したり、勝手に勘違いしたり、勝手に傷ついたりする」

 

 

「……」

 

 

「それは、アイシャのせいじゃなくても、結果的に、アイシャが悪者になっちゃうんだ」

 

 

俺は、言葉を選ぶ。

説教くさくなりすぎないように、

でも、ちゃんと伝わるように。

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

アイシャは少しだけしょんぼりしたあと、素直にそう言ってくれた。

その様子を見て、俺は内心ほっとしながら、続ける。

 

 

「アイシャはかわいいからな。だから、そういうのは本当に、大事な相手にだけやるんだぞ。誰にでもやっていいものじゃない」

 

 

そう言いながら、

俺はアイシャの頭に手を伸ばした。

わしゃっと、少し強めに撫でる。

 

 

「えへへ」

 

 

アイシャは嬉しそうに笑って、

素直に撫でられている。

よし、ちゃんと伝わった……はずだ。

 

その空気をぶち壊すように、

横からノコパラがニヤニヤしながら口を挟んできた。

 

 

「勘違いさせるな、なぁ~んて人のこと言えねぇだろ? お兄ちゃん」

 

 

「なんのことだ? あと、お前に“お兄ちゃん”と呼ばれる筋合いはない」

 

 

「ハッ、無自覚ときましたか。どう思うよ、ブレイズ」

 

 

「……確かに。説得力は、やや欠けるな」

 

 

胸の奥が、少しだけざわついた。

自分では普通にしているつもりの言動を、

周囲から違う角度で切り取られると、妙に不安になる。

 

何か……悪いこと言ったか?

アイシャに、変な影響与えてるとか……?

 

考え始めると、ちょっと怖くなってきたので、

俺はその思考を無理やり打ち切った。

やめやめ。深く考えるとろくなことにならない。

 

アイシャは相変わらず上機嫌だ。

この空気のまま悩み続けるのは、さすがに居心地が悪い。

 

 

 

―――

 

 

 

俺は焚き火の前に腰を下ろし、

ようやく本日のメインイベントに取り掛かっていた。

 

鍋を火にかけ、材料を並べ、手順を頭の中でなぞる。

……よし。完璧だ。

 

横では、アイシャが鼻歌まじりに食材の下処理をしてくれている。

川のせせらぎに紛れるくらいの小さな声で、

機嫌よさそうに、意味不明ではあるが、

心地の良い旋律を奏でている。

 

アイシャは最近、よく俺の料理を手伝うようになった。

前々からいろいろと教えてはいたし、

簡単な手伝いもしてくれていたが、

本格的に一緒に作るようになったのは、ほんの少し前からだ。

 

理由は分からない。

ただ、気がついたら隣にいて、

気がついたらエプロンをつけていた。

 

俺は食材を並べ、呪力を術式に流す。

 

次の瞬間には、

食材は適度な大きさに刻まれていた。

料理に使うには過剰な能力だが、

今さら包丁に戻る気にもならない。

 

その様子を、アイシャはじっと見ていた。

 

 

「ねぇ、お兄ちゃん……今、楽しい?」

 

 

水を切りながら、アイシャがふとそう聞いてきた。

視線は野菜のまま、声だけがこちらに飛んでくる。

 

 

「ああ、楽しいぞ」

 

 

自分でも驚くくらい迷い返答だった。

アイシャは、くるりと振り返って、

にぱっと笑った。

 

 

「ふふっ……そっか! よかった」

 

 

それだけ言って、アイシャは、また鼻歌に戻った。

 

楽しい、か……

 

俺は、ふと……どうしようもなく考えてしまう。

 

人の本心は、誰にもわからない。

どんなに近くにいても、

どんなに言葉を交わしても、

心の奥に何を抱えているのかなんて、

結局、完全には掴めない。

それが、俺はたまらなく怖い。

 

だが。

 

こうして、誰かと同じ目的を共有している時だけは、その怖さが、すっと消える。

 

「今日は、うまいすき焼きを作る」

 

その一点だけで繋がっている今は、

相手が何を考えているかも、

俺がどう思われているかも、

考えなくて済むから。

 

 

 

―――

 

 

 

鍋を、みんなの前に置いた。

ぐつぐつと音を立てるそれは、紛れもなく――すき焼きだ。

 

すき焼きの鍋から、いい匂いが一気に広がる。

前世で、何度も何度も食べた、あの匂いだ。

 

ノコパラが、明らかに引いた顔で聞いてくる。

 

 

「おい、カイン……ほんとに生の卵につけて食うのかよ……」

 

 

「大丈夫だ。解毒魔術がある」

 

 

「理屈は分かるけどよぉ……」

 

 

俺とアイシャは、手を合わせる。

 

 

「いただきます」

 

 

「いただきまーす!」

 

 

箸で肉をつかみ、

とろりとした卵にくぐらせ、

そのまま口に運ぶ。

 

……うまい。

 

肉の旨味と、卵のまろやかさが口いっぱいに広がる。

 

俺は、ほとんど反射で、白米をかきこんだ。

少し行儀は悪い。

だが、そんなことはどうでもいい。

 

涙が出そうだ。

 

腹の奥が、じんわりと熱くなる。

満足感と安心感と、懐かしさが、

静かに混ざり合っていた。

 

その様子を、ブレイズとノコパラがじっと見ている。

 

 

「……」

 

 

ノコパラが、ごくりと喉を鳴らし、

恐る肉を取った。

卵にくぐらせ、一瞬ためらってから、口に入れる。

 

 

「……っ!」

 

 

そのまま、何も言わずにもう一口。

さらにもう一口。

米も一緒にかきこむ。

 

 

「……うめぇ!!」

 

 

「だろ」

 

 

俺は内心でガッツポーズを決める。

ノコパラは、さっきまでの警戒心が嘘のように、

完全に鍋と向き合い始めていた。

 

 

「……なんだよこれ……! 卵ってこんなに仕事するのかよ!? なんでもっと早く教えてくれなかったんだよ!!」

 

 

「いや、ずっと言ってただろ」

 

 

横を見ると、ブレイズは既に無言だった。

いや、正確には最初から何も言っていない。

言っていないが、行動がすべてを物語っている。

 

箸の運びは速く、

肉、米、肉、米。

間に野菜が挟まることもあるが、迷いがない。

 

その光景を見るだけで、

胸の奥が満たされていく。

 

俺のすぐ横、肩が触れそうな距離で、アイシャが茶碗を抱えている。

湯気に照らされた頬が赤くて、目がやけにきらきらして見える。

 

 

「お兄ちゃん! これ、すっごく美味しい!!」

 

 

「それはよかった。ちゃんと噛んで食べるんだぞ」

 

 

「はーい!」

 

 

返事は完璧だが、次の瞬間にはもう口いっぱいに頬張っている。

もぐもぐして、飲み込む前に次の肉へ手が伸びそうになっている。

……まあ、分かる。分かるけど。

 

俺は軽く息を吐きながら、

アイシャの右頬に、小さな白い点がついているのに気づいた。

米がひと粒、ちょこんと貼り付いている。

口いっぱいに頬張った結果だろう。

 

俺は箸をいったん置いて、

自分の頬を指先でとん、とん、と叩いた。

「ここだぞ」という意味で、同じ場所を示すように。

 

アイシャはきょとんとした。

箸も茶碗も持ったまま、首をこてんと傾げる。

頭の上に「?」が浮かんでいそうな顔で、俺の指の動きだけをじっと追っている。

 

……伝わってないな。

俺は苦笑しながら、口に出して説明しようとした、その瞬間。

 

アイシャの表情が、ふっと変わった。

何かを理解したみたいに目がわずかに細くなり、口元がにやっとする。

悪い予感が背中を撫でた。

だが、アイシャの方が早かった。

 

 

「えいっ!」

 

 

楽しそうな声と一緒に、

アイシャの指が俺の頬に、ちょん、と当たった。

 

一瞬、何をされたのか分からなくて、俺は固まった。

顔に何かが触れた、という情報だけが遅れて届く。

その一拍の間に、アイシャは満足げに、にぱっと笑った。

してやったり、という顔だ。

茶碗を抱えたまま、肩まで小さく弾ませている。

 

俺は咳払いでごまかして、淡々と言った。

 

 

「……米がついてるぞ」

 

 

言いながら、俺はアイシャに向き直る。

鍋の湯気が間に流れて、視界が一瞬白く霞む。

その向こうで、アイシャの右頬の米粒がまだ光っている。

俺は指先を伸ばして、それを取ろうとした。

 

頬に触れる寸前、アイシャの肩がぴくっと揺れた。

 

 

「ぁ……」

 

 

小さく声が漏れて、目をぎゅっとつぶる。

茶碗を抱える腕に、力が入ったのが分かった。

 

俺は気にせず、指先で米粒をそっとつまむ。

肌を擦らないように、米だけを取る。

指の腹に、米粒がぺたりとくっついた。

 

 

「落ち着いて食べなさい」

 

 

そう言って、取った米粒を自分の器の端に置いた。

俺は元の姿勢に戻り、箸を持ち直す。

 

アイシャはしばらく固まったまま、茶碗を抱えていた。

さっきまでの勢いが嘘みたいに、箸が止まっている。

視線が鍋に向いているのに、焦点だけが合ってない。

 

 

「もうお腹いっぱいか?」

 

 

何気なく言うと、アイシャの肩がぴくっと動いた。

それから慌てて箸を持ち直し、ぶんぶんと首を振る。

 

 

「だ、だいじょうぶ! もっと食べるから!」

 

 

声が少し裏返っている。

俺は「そうか」とだけ返して、深く考えないことにした。

鍋は熱いし、湯気も濃い。

顔が赤いのは、そのせいだろう。

たぶん。

 

俺は肉を卵にくぐらせる。

とろりとした卵が絡んで、口の中に甘さと脂の旨さが広がる。

追いかけるように白米を流し込む。

 

 

「うん! 美味い!!」

 

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