申し訳ございません。
ちょっと話の構成を練り直すので、明日も投稿できるかは分かりません。
シーローン王国に足を踏み入れてから、数日が経った。
王竜王国の属国である、サナキア王国、キッカ王国、そしてシーローン王国。
この三国は、どうやらこの一帯でも有数の米の生産地帯らしく、街の市場では、当然のように米が売られている。
しかも、進めば進むほど、
米の質が明らかに良くなっている。
サナキアは少し小粒で、
水を多めにしないと固くなりやすい。
キッカは粒が揃っていて炊きやすいが、
味がすこし弱い。
そして、シーローン王国の米は、
粒が立ち、甘みもある。
日本の米には遠く及ばないが、
炊き方次第で、かなり美味しく仕上がる。
「炊き方しだいでかなりおいしい」
という評価を与えられる時点で、
この世界の米としては破格だ。
結果として、
自然と俺の炊飯スキルが上がった。
人生、どこに成長の種があるかわからない。
―――
明日、シーローン王国の首都ラタキアを出立する。
この国でやるべきことはすべて終えた。
転移者の情報は相変わらず手応えなし。
物資も十分に補給した。
ついでに、米の買い込みも十分すぎるほど完了。
……というわけで、意外にも暇ができた。
アイシャは市場で買った布と格闘している。
どうやら旅用の服を自分で縫い直すらしい。
ノコパラは鍛冶屋の親父と意気投合して話し込んでいる。
ブレイズはアイシャの見守りもかねて、宿で剣の手入れ。
それぞれが、それぞれの暇を過ごしている。
結果、俺は一人でシーローン王国の街をぶらぶら散歩していた。
この国の街並みは、少し独特だ。
シーローン王国の北側には、紛争地帯があり、
外敵の侵入を防ぐための防衛構造の名残なのだろうか、街はやたらと入り組んでいる。
防衛都市としては、理にかなっている。
……ただし、迷いやすい。
俺は、あまり道を覚えるのが得意ではない。
地図を読むのは得意なのだが、
歩きながら覚えるのは苦手だ。
自分でも不思議に思うが、
「今どこにいるか」と「どう来たか」が、
わりとすぐ頭から消える。
このまま歩いていると、
本格的に迷子になりそうだったので、
素直に宿へ戻ることにするか。
そう決めて、来た道を戻ろうとした、その瞬間――
「な、なんとぉおおおおおおおお!!」
空気を引き裂くような、
とてつもなく大きな声が、
路地の向こうから響いた。
びっくりしたぁ……。
思わず肩が跳ねる。
反射的に声の方向を見ると、
そこには面長でヒョロっとした体型、
おかっぱ頭に、丸眼鏡をかけた男が立っていた。
……眼鏡。
この世界で眼鏡はかなりの高級品だ。
ってことは、たぶん貴族の人か、
少なくとも、かなり金に余裕のある人間だろう。
男は、何かを両手で掲げて、
興奮した様子で続ける。
「ま、ままま、まさかぁっ! これほどまでに精巧な人形がこの世に、存在するとはぁぁぁ!!」
……声がでかいな。
だが……人形か。
その一言で、俺の足は自然とそっちへ向いた。
ここからだと人だかりに遮られてよく見えない。
好奇心に逆らえず、少し歩み寄る。
いくら精巧な人形とはいえ、
ルーデウスの人形にはかなわないだろ。
そう思いながら、男が掲げているそれを覗き込む。
「……おお……お?」
思わず、声が変なところで止まった。
それは、杖を前に突き出した……ロキシーさんを模した人形だった。
素材は、石。
だが、その人形には、
石とは思えないほどの躍動感があった。
踏み込んだ足。張り詰めた指先。
今まさに呪文を放つ、
その一瞬を切り取ったような姿。
ローブの表現も凄まじい。
前方から風を受けているのが、一目で分かる。
布の重なりや張り付き具合まで完璧だ。
実際に風を受けているかのようで、
人形だと分かっているのに、
今にも布がはためきそうな錯覚すら覚える。
……と、人形の感想はここまでにして。
あれは、いつぞやのルーデウスが作ったと思われる、ロキシー人形だな。
……あの時は確か、
行商人があの人形をもってシーローン王国に行こうとしてたから、ロキシーさん本人に見つかることを危惧して、
「シーローン王国では売らない方がいい」
みたいな忠告をした記憶がある。
それなのに、どうしてここに……?
あの行商人が結局売ったのか。
それとも別の商人の手に渡って、
巡り巡って、ここへ辿り着いたのか。
まあ、流通経路なんて考えても仕方がない。
今日までロキシーさん本人に見つかっていなかったわけだし、少なくとも“本人に見つからない”って目的は果たしてる。
そんな俺の内心をよそに、眼鏡の男は人形を高々と掲げながら叫び続けている。
「この造形! この躍動! 芸術とは、かくあるべきだぁぁ!!」
わかる……わかるぞ、その気持ち。
思わず、うんうん、と頷いてしまう。
すると、男がぴたりと叫ぶのをやめ、
ゆっくりこちらを振り向いた。
「……ん? なんだ貴様は」
「え、あー……いい人形ですよね、それ」
「ほう、分かるのか、この人形の“良さ”が!!」
「ふっ……分からない方がおかしいでしょう」
「なんだと!?」
男はずい、と一歩詰め寄ってくる。
「では言ってみろ。この人形の、どこが良い」
俺は一度、人形――ロキシー人形をちらりと見てから、落ち着いて言った。
「まず、全体のシルエットですね。派手さはないのに、立ち姿に不思議と視線を引き寄せるまとまりがある」
「……ふむ」
「特に、腰から背中にかけてのライン。控えめなのに、ちゃんと存在感があるんですよ」
「……!」
「それに、このローブ。布の重なり方が自然で、風を受けたときの流れまで計算されているかのようで、動きの余韻が想像できる」
言い切った瞬間、男は息を呑んだ。
「よい……」
低く、噛みしめるような声だった。
俺は一拍遅れて、しまった、と思う。
「えっと……しゃべりすぎましたか?」
恐る恐るそう聞くと、
男はゆっくりと首を横に振った。
「よい視点だった、続きは城の中で聞かせろ」
「……??」
理解が追いつく前に、
男は懐から金貨袋を取り出した。
じゃら、と嫌に重たい音がする。
「この人形は余が買おう」
「ま、まいどあり……!」
人形は丁重に包まれ、男の腕に抱えられる。
そして何事もなかったかのように、
こちらを振り返った。
「ついてこい」
口に出す前に、体が反応していた。
気づけば歩き出している。
まあ、幸い今日は特に予定もない。
断る理由もないし……
いや……城ってなんだ?
頭の中で混乱が渦巻く。
家のことを“城”って言ってるのか?
それとも貴族の屋敷をそう呼ぶタイプ?
考えているうちに、遠くに見えていた“城”が、
いつの間にか目の前まで迫ってきていた。
いや、迫ってきたのは俺の方なのだが。
男は何のためらいもなく門をくぐる。
衛兵たちは当然のように道を開ける。
「ちょ、いいんですか? 勝手に入って」
思わず小声でそう言うと、
男は歩きながらちらりと振り返った。
「む……自己紹介が遅れたな」
嫌な予感がした。
こういうときは、
だいたい碌でもない肩書きが出てくる。
魔王とか、魔王とか、魔王とかな。
「余はシーローン王国第三王子、ザノバ・シーローンである」
「ほらな……」
反射的に出た言葉がそれだった。
敬語も何もあったもんじゃない。
道端で出会って意気投合した男が、王子だったとか、ラブコメで使い古された展開だろ。
理解が追いつかないまま、
俺はザノバに案内される。
何度か心の中で引き返そうとしたが、
ザノバは迷いなく進むし、
今さら「やっぱ帰ります」と言える空気でもない。
広い廊下、重厚な扉、絨毯、壁に掛かった肖像画。
現実感がどんどん失われていく。
思考が追いつく前に、立派な扉が開いた。
案内された部屋は……異様だった。
壁一面、棚、机、床、あらゆる場所に人形。
大小様々、衣装も種族もばらばら。
精巧なものから素朴なものまで、
とにかく数が多い。
「座れ。続きを聞こう」
言われるがまま、ソファに腰を下ろす。
ザノバは向かいの椅子に座り、さっき買ったばかりのロキシー人形を大事そうに取り出した。
それを、まるで聖遺物でも扱うような慎重さで机に置く。
……まあ、今は何も考えずに、
好きなものの話に盛り上がるか。
そう思って、俺は背中の力を抜いた。
そこからは、本当に楽しかった。
見る角度で印象がどう変わるか、
どの光源だと一番映えるか――
などいろいろなことを話した。
語れば語るほど、ザノバの目が輝いていく。
気づけば俺も夢中で、城の中にいることも、相手が王子であることも、ほとんど忘れていた。
そうしていると、ザノバはロキシー人形を持ち上げ、意味ありげに目を細めて言った。
「隠されているからこそ、見たくなる……」
「ふふ……実はこのローブ、取り外しができるんですよ」
「なんという……素晴らしいエロス……!」
「でしょう!」
「ん……いや、待て。なぜそんなことを貴様が知っている」
「ああ、それはですね……」
少し言葉を選んでいると、
ザノバが身を乗り出してくる。
「まさか……この人形の製作者か!」
「いやいや! 違いますよ! 製作者の知り合いってだけです」
「おお! そうであったか! して、その製作者とは何者なのだ?」
「驚かないで聞いてくださいね」
「うむ」
「なんとその人物の名前は、ルーデウスと言って……十二歳くらいの子供なんです」
「!!?!?……し、信じられん。子供がこれほどまでに精巧な人形を作ったというのか……」
「ちなみに、これはルーデウスが初期に作った人形です」
そう言って、俺はこっそり影から別のロキシー人形を取り出した。
ずっと大事に持っていた、
俺の誕生日プレゼントでもらったやつだ。
机の上に二体のロキシーが並ぶ。
……こうして見ると、だいぶ成長してるな。
「……これと比べれば、確かに稚拙な出来ではある。しかし……それでも、才能の片鱗がはっきりと見える出来栄えだ」
俺は無言で頷いた。
ルーデウスの才能を、こうして第三者に認めてもらえるのは、なんだか自分のことのように嬉しい。
ザノバはしばらく二体を見比べたあと、
ふっと顔を上げて、まっすぐ俺を見た。
「これを、余に譲ってくれ」
「嫌です」
「いくらほしい」
「お金じゃないです」
「なら、余の兵をやろう」
「余計いりません。これはルーデウスが俺の誕生日にくれた物なんです」
そう言うと、ザノバは一瞬だけ言葉を失った。
視線が人形から、俺へ、また人形へと戻る。
「……むぅ」
不満そうに唸りながらも、
やがて大きく息を吐いた。
「まあよい……して、そのお方は、今どこにおられるのだ?」
「……今、ルーデウスは転移に巻き込まれて、行方不明なんです」
「なんだ? 転移とは」
……あれ? 知らないのか?
少し意外に思いながらも、
俺はできるだけ簡潔に説明した。
フィットア領で起きた大規模な魔力災害。
人が無作為に各地へ飛ばされ、死者も多く、
行方不明者はいまだ数え切れないこと。
ザノバは途中で口を挟むこともなく、
腕を組んで黙って聞いていた。
「――と、いう訳で。ルーデウスの行方は、俺にも分からないんです」
「ふむ、そうであったか」
そう言い終えた途端に、
俺の脳に一つの考えが生まれる。
ルーデウスの捜索を、王族に頼めるかも……と。
第三とはいえ、れっきとした王族。
人形の話にここまで本気で、しかもルーデウスの才能を正しく評価できる人物だ。
こんな好機、そうそう転がってない。
厚かましいかもしれないが、
ここは腹を括るところだ。
「あの……もし可能なら、ルーデウスを探すのを、手伝ってもらえませんか?」
「うむ。余がそのお方を探すと誓おうではないか」
あまりにも即答だった。
「おお! ありがとうございます!」
「……だが。王族である余に頼みごとをしたのだ。それ相応の対価は、覚悟しておるのだろうな?」
「……俺にできることなら、なんでも」
俺がそう答えると、ザノバはニヤリと笑った。
「その人形を、余に譲れ」
「くッ……やはりそう来ましたか……!」
「男に二言は無いぞ?」
「………………分かりました、譲りましょう」
俺がそう答えた瞬間、王子は満足そうに笑った。
今の俺は、悪魔に対価を渡した気分だ。
「安心しろ。この人形は、余が大切に扱おう」
その言葉に、少しだけ胸が軽くなった……が、
同時に視線は机の上のロキシー人形に吸い寄せられていた。
……バイバイ、俺の誕生日プレゼント。
ルーデウスが照れくさそうに渡してくれたあの時の光景が、頭の中で鮮明によみがえる。
少し恥ずかしそうにしながらも、
俺に人形を渡してくれた幼いルーデウス……
感傷に浸りかけたそのとき、
王子が机の引き出しから紙を一枚取り出し、
筆と一緒に俺の前へ差し出した。
「書け。できるだけ詳しくな」
「はい」
俺はそこに、
ルーデウスの思いつく限りの特徴を書き連ねる。
年齢、背丈、髪と目の色、口調、性格、無詠唱魔術の使い手であること。
書いているうちに、
自然と指が止まらなくなっていた。
ちょっと主観的なメモになったかもしれない……
最後に、俺なりに精一杯の簡単な似顔絵を描いて、
王子に差し出した。
「……ふむ。分かりやすいな」
ほんとか……?
自分ではかなり雑だと思っていたが、
まあ、伝わればいい。
ついでに、
ルーデウスが見つかったときに伝えてほしい内容も、紙の端に書き足した。
すでに見つかっている家族の名前と居場所。
それぞれが今後どう動く予定なのか。
とどのつまり情報共有だ。
王子はその紙を丁寧に折りたたみ、
胸元へしまったあと、
ロキシー人形に視線を落とす。
「この人形に見合う働きをすると、この人形に誓おう」
「はい。頼みます……それじゃあ俺は、そろそろおなかも空いてきたので帰ります」
「む、そうか……実に有意義な人形談義であった。また……いや、フィットア領に行く途中なのだったな。では、いつか戻ってくることがあれば、二人で人形談義に花を咲かせようではないか」
「ええ! そのときはぜひ」
俺はルーデウスの人形談義ができる王子の部屋を後にした。