受肉転生 ~宿儺と一緒に本気出す~   作:てとらとりす

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不自然な展開を削ったので短くなってしまいました。
申し訳ございません。
ちょっと話の構成を練り直すので、明日も投稿できるかは分かりません。


五十八話

 

シーローン王国に足を踏み入れてから、数日が経った。

 

王竜王国の属国である、サナキア王国、キッカ王国、そしてシーローン王国。

この三国は、どうやらこの一帯でも有数の米の生産地帯らしく、街の市場では、当然のように米が売られている。

 

しかも、進めば進むほど、

米の質が明らかに良くなっている。

 

サナキアは少し小粒で、

水を多めにしないと固くなりやすい。

キッカは粒が揃っていて炊きやすいが、

味がすこし弱い。

そして、シーローン王国の米は、

粒が立ち、甘みもある。

日本の米には遠く及ばないが、

炊き方次第で、かなり美味しく仕上がる。

 

「炊き方しだいでかなりおいしい」

という評価を与えられる時点で、

この世界の米としては破格だ。

 

結果として、

自然と俺の炊飯スキルが上がった。

 

人生、どこに成長の種があるかわからない。

 

 

 

―――

 

 

明日、シーローン王国の首都ラタキアを出立する。

 

この国でやるべきことはすべて終えた。

転移者の情報は相変わらず手応えなし。

物資も十分に補給した。

ついでに、米の買い込みも十分すぎるほど完了。

 

……というわけで、意外にも暇ができた。

 

アイシャは市場で買った布と格闘している。

どうやら旅用の服を自分で縫い直すらしい。

ノコパラは鍛冶屋の親父と意気投合して話し込んでいる。

ブレイズはアイシャの見守りもかねて、宿で剣の手入れ。

それぞれが、それぞれの暇を過ごしている。

 

結果、俺は一人でシーローン王国の街をぶらぶら散歩していた。

 

この国の街並みは、少し独特だ。

 

シーローン王国の北側には、紛争地帯があり、

外敵の侵入を防ぐための防衛構造の名残なのだろうか、街はやたらと入り組んでいる。

 

防衛都市としては、理にかなっている。

 

……ただし、迷いやすい。

 

俺は、あまり道を覚えるのが得意ではない。

 

地図を読むのは得意なのだが、

歩きながら覚えるのは苦手だ。

 

自分でも不思議に思うが、

「今どこにいるか」と「どう来たか」が、

わりとすぐ頭から消える。

 

このまま歩いていると、

本格的に迷子になりそうだったので、

素直に宿へ戻ることにするか。

 

そう決めて、来た道を戻ろうとした、その瞬間――

 

 

「な、なんとぉおおおおおおおお!!」

 

 

空気を引き裂くような、

とてつもなく大きな声が、

路地の向こうから響いた。

 

びっくりしたぁ……。

 

思わず肩が跳ねる。

反射的に声の方向を見ると、

そこには面長でヒョロっとした体型、

おかっぱ頭に、丸眼鏡をかけた男が立っていた。

 

……眼鏡。

 

この世界で眼鏡はかなりの高級品だ。

ってことは、たぶん貴族の人か、

少なくとも、かなり金に余裕のある人間だろう。

 

男は、何かを両手で掲げて、

興奮した様子で続ける。

 

 

「ま、ままま、まさかぁっ! これほどまでに精巧な人形がこの世に、存在するとはぁぁぁ!!」

 

 

……声がでかいな。

 

だが……人形か。

 

その一言で、俺の足は自然とそっちへ向いた。

ここからだと人だかりに遮られてよく見えない。

好奇心に逆らえず、少し歩み寄る。

 

いくら精巧な人形とはいえ、

ルーデウスの人形にはかなわないだろ。

そう思いながら、男が掲げているそれを覗き込む。

 

 

「……おお……お?」

 

 

思わず、声が変なところで止まった。

 

それは、杖を前に突き出した……ロキシーさんを模した人形だった。

 

素材は、石。

だが、その人形には、

石とは思えないほどの躍動感があった。

 

踏み込んだ足。張り詰めた指先。

今まさに呪文を放つ、

その一瞬を切り取ったような姿。

 

ローブの表現も凄まじい。

前方から風を受けているのが、一目で分かる。

布の重なりや張り付き具合まで完璧だ。

 

実際に風を受けているかのようで、

人形だと分かっているのに、

今にも布がはためきそうな錯覚すら覚える。

 

……と、人形の感想はここまでにして。

 

あれは、いつぞやのルーデウスが作ったと思われる、ロキシー人形だな。

 

……あの時は確か、

行商人があの人形をもってシーローン王国に行こうとしてたから、ロキシーさん本人に見つかることを危惧して、

「シーローン王国では売らない方がいい」

みたいな忠告をした記憶がある。

 

それなのに、どうしてここに……?

 

あの行商人が結局売ったのか。

それとも別の商人の手に渡って、

巡り巡って、ここへ辿り着いたのか。

 

まあ、流通経路なんて考えても仕方がない。

今日までロキシーさん本人に見つかっていなかったわけだし、少なくとも“本人に見つからない”って目的は果たしてる。

 

そんな俺の内心をよそに、眼鏡の男は人形を高々と掲げながら叫び続けている。

 

 

「この造形! この躍動! 芸術とは、かくあるべきだぁぁ!!」

 

 

わかる……わかるぞ、その気持ち。

 

思わず、うんうん、と頷いてしまう。

 

すると、男がぴたりと叫ぶのをやめ、

ゆっくりこちらを振り向いた。

 

 

「……ん? なんだ貴様は」

 

 

「え、あー……いい人形ですよね、それ」

 

 

「ほう、分かるのか、この人形の“良さ”が!!」

 

 

「ふっ……分からない方がおかしいでしょう」

 

 

「なんだと!?」

 

 

男はずい、と一歩詰め寄ってくる。

 

 

「では言ってみろ。この人形の、どこが良い」

 

 

俺は一度、人形――ロキシー人形をちらりと見てから、落ち着いて言った。

 

 

「まず、全体のシルエットですね。派手さはないのに、立ち姿に不思議と視線を引き寄せるまとまりがある」

 

 

「……ふむ」

 

 

「特に、腰から背中にかけてのライン。控えめなのに、ちゃんと存在感があるんですよ」

 

 

「……!」

 

 

「それに、このローブ。布の重なり方が自然で、風を受けたときの流れまで計算されているかのようで、動きの余韻が想像できる」

 

 

言い切った瞬間、男は息を呑んだ。

 

 

「よい……」

 

 

低く、噛みしめるような声だった。

俺は一拍遅れて、しまった、と思う。

 

 

「えっと……しゃべりすぎましたか?」

 

 

恐る恐るそう聞くと、

男はゆっくりと首を横に振った。

 

 

「よい視点だった、続きは城の中で聞かせろ」

 

 

「……??」

 

 

理解が追いつく前に、

男は懐から金貨袋を取り出した。

じゃら、と嫌に重たい音がする。

 

 

「この人形は余が買おう」

 

 

「ま、まいどあり……!」

 

 

人形は丁重に包まれ、男の腕に抱えられる。

そして何事もなかったかのように、

こちらを振り返った。

 

 

「ついてこい」

 

 

口に出す前に、体が反応していた。

気づけば歩き出している。

 

まあ、幸い今日は特に予定もない。

断る理由もないし……

 

いや……城ってなんだ?

 

頭の中で混乱が渦巻く。

家のことを“城”って言ってるのか?

それとも貴族の屋敷をそう呼ぶタイプ?

 

考えているうちに、遠くに見えていた“城”が、

いつの間にか目の前まで迫ってきていた。

いや、迫ってきたのは俺の方なのだが。

 

男は何のためらいもなく門をくぐる。

衛兵たちは当然のように道を開ける。

 

 

「ちょ、いいんですか? 勝手に入って」

 

 

思わず小声でそう言うと、

男は歩きながらちらりと振り返った。

 

 

「む……自己紹介が遅れたな」

 

 

嫌な予感がした。

こういうときは、

だいたい碌でもない肩書きが出てくる。

魔王とか、魔王とか、魔王とかな。

 

 

「余はシーローン王国第三王子、ザノバ・シーローンである」

 

 

「ほらな……」

 

 

反射的に出た言葉がそれだった。

敬語も何もあったもんじゃない。

 

道端で出会って意気投合した男が、王子だったとか、ラブコメで使い古された展開だろ。

 

理解が追いつかないまま、

俺はザノバに案内される。

何度か心の中で引き返そうとしたが、

ザノバは迷いなく進むし、

今さら「やっぱ帰ります」と言える空気でもない。

 

広い廊下、重厚な扉、絨毯、壁に掛かった肖像画。

現実感がどんどん失われていく。

 

思考が追いつく前に、立派な扉が開いた。

案内された部屋は……異様だった。

 

壁一面、棚、机、床、あらゆる場所に人形。

大小様々、衣装も種族もばらばら。

精巧なものから素朴なものまで、

とにかく数が多い。

 

 

「座れ。続きを聞こう」

 

 

言われるがまま、ソファに腰を下ろす。

ザノバは向かいの椅子に座り、さっき買ったばかりのロキシー人形を大事そうに取り出した。

 

それを、まるで聖遺物でも扱うような慎重さで机に置く。

 

……まあ、今は何も考えずに、

好きなものの話に盛り上がるか。

 

そう思って、俺は背中の力を抜いた。

 

そこからは、本当に楽しかった。

見る角度で印象がどう変わるか、

どの光源だと一番映えるか――

などいろいろなことを話した。

 

語れば語るほど、ザノバの目が輝いていく。

気づけば俺も夢中で、城の中にいることも、相手が王子であることも、ほとんど忘れていた。

 

そうしていると、ザノバはロキシー人形を持ち上げ、意味ありげに目を細めて言った。

 

 

「隠されているからこそ、見たくなる……」

 

 

「ふふ……実はこのローブ、取り外しができるんですよ」

 

 

「なんという……素晴らしいエロス……!」

 

 

「でしょう!」

 

 

「ん……いや、待て。なぜそんなことを貴様が知っている」

 

 

「ああ、それはですね……」

 

 

少し言葉を選んでいると、

ザノバが身を乗り出してくる。

 

 

「まさか……この人形の製作者か!」

 

 

「いやいや! 違いますよ! 製作者の知り合いってだけです」

 

 

「おお! そうであったか! して、その製作者とは何者なのだ?」

 

 

「驚かないで聞いてくださいね」

 

 

「うむ」

 

 

「なんとその人物の名前は、ルーデウスと言って……十二歳くらいの子供なんです」

 

 

「!!?!?……し、信じられん。子供がこれほどまでに精巧な人形を作ったというのか……」

 

 

「ちなみに、これはルーデウスが初期に作った人形です」

 

 

そう言って、俺はこっそり影から別のロキシー人形を取り出した。

ずっと大事に持っていた、

俺の誕生日プレゼントでもらったやつだ。

 

机の上に二体のロキシーが並ぶ。

……こうして見ると、だいぶ成長してるな。

 

 

「……これと比べれば、確かに稚拙な出来ではある。しかし……それでも、才能の片鱗がはっきりと見える出来栄えだ」

 

 

俺は無言で頷いた。

ルーデウスの才能を、こうして第三者に認めてもらえるのは、なんだか自分のことのように嬉しい。

 

ザノバはしばらく二体を見比べたあと、

ふっと顔を上げて、まっすぐ俺を見た。

 

 

「これを、余に譲ってくれ」

 

 

「嫌です」

 

 

「いくらほしい」

 

 

「お金じゃないです」

 

 

「なら、余の兵をやろう」

 

 

「余計いりません。これはルーデウスが俺の誕生日にくれた物なんです」

 

 

そう言うと、ザノバは一瞬だけ言葉を失った。

視線が人形から、俺へ、また人形へと戻る。

 

 

「……むぅ」

 

 

不満そうに唸りながらも、

やがて大きく息を吐いた。

 

 

「まあよい……して、そのお方は、今どこにおられるのだ?」

 

 

「……今、ルーデウスは転移に巻き込まれて、行方不明なんです」

 

 

「なんだ? 転移とは」

 

 

……あれ? 知らないのか?

 

少し意外に思いながらも、

俺はできるだけ簡潔に説明した。

フィットア領で起きた大規模な魔力災害。

人が無作為に各地へ飛ばされ、死者も多く、

行方不明者はいまだ数え切れないこと。

 

ザノバは途中で口を挟むこともなく、

腕を組んで黙って聞いていた。

 

 

「――と、いう訳で。ルーデウスの行方は、俺にも分からないんです」

 

 

「ふむ、そうであったか」

 

 

そう言い終えた途端に、

俺の脳に一つの考えが生まれる。

ルーデウスの捜索を、王族に頼めるかも……と。

 

第三とはいえ、れっきとした王族。

人形の話にここまで本気で、しかもルーデウスの才能を正しく評価できる人物だ。

 

こんな好機、そうそう転がってない。

厚かましいかもしれないが、

ここは腹を括るところだ。

 

 

「あの……もし可能なら、ルーデウスを探すのを、手伝ってもらえませんか?」

 

 

「うむ。余がそのお方を探すと誓おうではないか」

 

 

あまりにも即答だった。

 

 

「おお! ありがとうございます!」

 

 

「……だが。王族である余に頼みごとをしたのだ。それ相応の対価は、覚悟しておるのだろうな?」

 

 

「……俺にできることなら、なんでも」

 

 

俺がそう答えると、ザノバはニヤリと笑った。

 

 

「その人形を、余に譲れ」

 

 

「くッ……やはりそう来ましたか……!」

 

 

「男に二言は無いぞ?」

 

 

「………………分かりました、譲りましょう」

 

 

俺がそう答えた瞬間、王子は満足そうに笑った。

今の俺は、悪魔に対価を渡した気分だ。

 

 

「安心しろ。この人形は、余が大切に扱おう」

 

 

その言葉に、少しだけ胸が軽くなった……が、

同時に視線は机の上のロキシー人形に吸い寄せられていた。

 

……バイバイ、俺の誕生日プレゼント。

 

ルーデウスが照れくさそうに渡してくれたあの時の光景が、頭の中で鮮明によみがえる。

 

少し恥ずかしそうにしながらも、

俺に人形を渡してくれた幼いルーデウス……

 

感傷に浸りかけたそのとき、

王子が机の引き出しから紙を一枚取り出し、

筆と一緒に俺の前へ差し出した。

 

 

「書け。できるだけ詳しくな」

 

 

「はい」

 

 

俺はそこに、

ルーデウスの思いつく限りの特徴を書き連ねる。

年齢、背丈、髪と目の色、口調、性格、無詠唱魔術の使い手であること。

書いているうちに、

自然と指が止まらなくなっていた。

ちょっと主観的なメモになったかもしれない……

 

最後に、俺なりに精一杯の簡単な似顔絵を描いて、

王子に差し出した。

 

 

「……ふむ。分かりやすいな」

 

 

ほんとか……?

自分ではかなり雑だと思っていたが、

まあ、伝わればいい。

 

ついでに、

ルーデウスが見つかったときに伝えてほしい内容も、紙の端に書き足した。

 

すでに見つかっている家族の名前と居場所。

それぞれが今後どう動く予定なのか。

とどのつまり情報共有だ。

 

王子はその紙を丁寧に折りたたみ、

胸元へしまったあと、

ロキシー人形に視線を落とす。

 

 

「この人形に見合う働きをすると、この人形に誓おう」

 

 

「はい。頼みます……それじゃあ俺は、そろそろおなかも空いてきたので帰ります」

 

 

「む、そうか……実に有意義な人形談義であった。また……いや、フィットア領に行く途中なのだったな。では、いつか戻ってくることがあれば、二人で人形談義に花を咲かせようではないか」

 

 

「ええ! そのときはぜひ」

 

 

俺はルーデウスの人形談義ができる王子の部屋を後にした。

 

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