受肉転生 ~宿儺と一緒に本気出す~   作:てとらとりす

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六話

 

ある日の午後。

昼過ぎの空に浮かぶ雲は穏やかで、風も涼しく、今日は特にのどかだった。

師匠の指導は相変わらず大雑把だったけど、

宿儺の助言もあって徐々に身体が剣についてきたのを感じていた。

稽古を終え、ひとまず水でも飲もうかと井戸に向かおうとした――その瞬間だった。

 

家の二階、壁の一部が爆ぜるように崩れ、水流が勢いよく吹き出した。

目を見張る間もなく、水しぶきが空に線を描き、消えていった

 

 

「な、なんだ今のは!?」

 

 

師匠が、訓練用の木剣をその場に落とし、血相を変え家のほうへ駆け出した。

普段の余裕ある態度は影もなく、今にも転びそうな足取りで、

慌てて玄関から屋内へ飛び込んでいく。

ざわつく胸を押さえる暇もなく、俺も師匠の背中を追って屋敷へ駆け込んだ。

慌てた足音が床板に響き、二人分の靴音が階段に跳ね返る。

 

 

「ちょ、おい、なんだこりゃ……ルディ、大丈夫なのか……?」

 

 

先に到着した師匠が、呆然と立ち尽くしていた。

彼の目線の先、部屋の壁にはぽっかりと空いた大穴。

そして、その下にはずぶ濡れになったルーデウスがおり、

すぐ近くには開かれた本が乱雑に落かれている。

続いて、師匠の奥さんであるゼニスさんが現れる。

落ち着いた様子で状況を眺め、落ちていた本に目を留めると、

ルーデウスの前にしゃがみ込んだ。

 

 

「ルディ、もしかして、この本に書いてあるのを声に出して読んじゃった?」

 

 

ルーデウスは、申し訳なさそうに目を逸らさず――「ごめんなさい」とだけ答えた。 

どうやらさっきの水流は、ルーデウスの仕業だったらしい。

 

俺が唖然としていたのも束の間、ゼニスさんが歓喜の声を上げて跳ね始めた。

 

 

「きゃー! あなた聞いた!? やっぱりウチの子は天才だったんだわ!」

 

 

ルーデウスの謝罪はスルーされてしまった。

 

 

「今すぐ家庭教師を雇いましょう! 明日にでもロアの街に行って募集を出さなくっちゃ!」

 

 

ゼニスさんはすっかり舞い上がっている。

嬉々とした顔でルーデウスの頭を撫でながら、勝手に話を進めていた。

その時、師匠が渋い顔で言葉を挟む。

 

 

「……ちょっと待て。男の子だったら剣士にするって、そう決めてただろう」

 

 

「ええ、でもこの歳で中級魔術よ? 普通じゃないわ! 才能があるのよ、この子には!」

 

 

「約束は約束だろうが!」

 

 

「なによ約束って! あなたいつも破ってばかりじゃない!」

 

 

「それとこれとは別だ!」

 

 

パウロとゼニスさんの口論は、火花を散らすようにエスカレートしていく。

ただ事じゃない空気に俺が一歩引こうとしたその時、

師匠が不意にこちらを振り向いた。

 

 

「カイン、お前はどう思う? 師匠として聞くが、ルディは剣士として育てるべきだよな?」

 

 

……ちょっと待ってくれ。

いきなり話を振られて固まる俺に、ゼニスさんが眉をひそめて割り込んできた。

 

 

「あなた!「師匠として」なんて言い方ずるいわ! カインくんを巻き込むなんて卑怯よ!」

 

 

「なんだよ! カインの意見を聞いてるだけだろ!」

 

 

「カインくんに圧力をかけるような言い方をしないでって言ってるの!」

 

 

いやいや、ちょっと待ってくれ。なんで俺がこんなに板挟みに……。

 

 

(宿儺、助けてくれ……)

 

 

心の中で名前を呼ぶが、気配は返ってこない。

どうやら、家庭内の揉め事には興味がないらしく、完全に無視を決め込んでいる。

 

俺が困り果てて視線を泳がせていると、ルーデウスがちらりとこちらを見た。

その瞳はどこか申し訳なさそうで、それが余計に俺の胸にプレッシャーとしてのしかかる。

 

 

「……で、カイン? お前はどう思うんだ?」

 

 

師匠が改めて問いかけてくる。

「師匠として」という言葉は外されたが、

視線の圧はむしろ強まっている気がした。

 

ゼニスさんも言葉こそ口にしないものの、「

もちろん、魔術よね?」とでも言いたげな目つきでこちらを見てくる。

逃げる理由はいくらでもあった。でも――

 

 

(……それでも俺は、逃げずに自分の意思で選ぶって決めたんだろ)

 

 

一度、深く息を吸ってから、俺は二人の前に出た。

 

 

「……剣術を学んでる身としては、もちろんルーデウスに剣を学んでほしいと思ってます」

 

 

ゼニスさんが少し身を乗り出す。師匠は、腕を組んだまま俺の言葉を待っていた。

 

 

「……でも、さっきの魔法を見て思いました。あの才能は、伸ばすべきだって……俺がどう思うかって聞かれたので、俺の考えを言いました。もちろん一番はルーデウスがどうしたいかですけど」

 

 

師匠は目を細め、口元を引き結んだまま無言で頷いた。

ゼニスさんも、どこか満足そうな顔で微笑む。その時―――

 

 

「午前中は魔術、午後は剣術を学ばせればよいのでは?」

 

 

タイミングを見計らったかのように、

グレイラット家のメイドであるリーリャさんが静かに口を開いた。

それを聞いたパウロとゼニスは、一瞬間を置いてから、顔を見合わせる。

 

 

「……まあ、それでいいか」

 

 

「ふふ、そうね。そうすれば、どっちの可能性も伸ばしてあげられるものね」

 

 

どうやら、この家の混乱も、なんとか丸く収まりそうだ。

俺はようやく張っていた肩の力を抜き、小さく息を吐いた。

空気がゆるんだことで、ようやく部屋に静けさが戻ってくる。

ゼニスさんはまだ興奮冷めやらぬ様子で

「明日には募集を出さなくちゃ」と言いながら、一人で予定を立てていた。

 

ルーデウスは――どこか、きょとんとした顔をして俺の方を見ていた。

あの爆発的な水魔法の直後にもかかわらず、怯える様子もなければ、動揺もない。

むしろ、あの幼さでよくそこまで冷静でいられるなと、内心感心すらしてしまう。

 

俺はルーデウスに近づき、声をかける。

 

 

「ルーデウス、すごかったな。あれ、お前がやったんだろ?」

 

 

少しの間を置いて、ルーデウスは小さくうなずいた。

 

 

「はい……本を読んでいたら、試してみたくなりまして」

 

 

(中級魔術って、そもそも子供が扱えるものなのか……?)

 

 

そんな疑問が脳裏をよぎったとき、俺の内側でひっそりと気配を潜めていた宿儺が、ふっと現れた。

 

 

『あれが魔術か、なるほど、物理法則を無視し現象を具現化するとは、面白い術だな』

 

 

(あ、宿儺……今さら出てきやがって)

 

 

『低俗な揉め事などどうでもよい、それに聞かれたのは小僧、貴様だ、俺が口を出す場面ではなかろう? そして自分の意志で選択できた、 ならそれでいいではないか』

 

 

そう言われて、俺は少しだけ肩の力を抜いた。

 

 

(……まあ、確かに。誰かの顔色をうかがって逃げるよりは、自分で判断したのは間違ってなかったと思う)

 

 

思い返せば、前世の俺なら絶対に避けて通った場面だ。

なんの発言もせず、責任も取らない、波風が収まるのを待つだけの卑怯な生き方。

 

でも、今回は違った。

 

 

『くだらん騒ぎだが、お前があの場で選択をしたという事実には、意味がある』

 

 

自分の選択に「意味がある」なんて、これまでの人生で思ったことはなかった。

ほんのわずかでも、自分の選択が誰かに影響するのだと、

今は素直に信じられる気がした。

 

ルーデウスに視線を戻す。まだ幼いのに、

ルーデウスはすでに「自分」を持っていた。強い芯のようなものが、

あの目の奥にあった。

 

だが、俺はふと気になって尋ねる。

 

 

「ルーデウス、家庭教師がつくって話になってたけど……嫌じゃなかったか?」

 

 

「いいえ。むしろ歓迎です。本以外で学んだことはありませんし、独学では限界がありますから」

 

 

俺は軽く笑って、ぽん、とルーデウスの肩を叩いた。

 

 

「よし。お互い、やることは山ほどあるな」

 

 

「はい!望むところです」

 

 

その言葉に、俺も自然と笑って頷いた。

 

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