受肉転生 ~宿儺と一緒に本気出す~   作:てとらとりす

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六十五話

 

今日は前々からやろうと思っていた、

領域展開の効果を決めていこうと思う。

理由は――まあ、暇だからだ。

 

この難民キャンプには一週間だけ滞在することになったのだが、

俺は見事に働くなと言われ、

テントに放り込まれてしまった。

 

自業自得である。

 

熱を出して倒れ、看病され、

「お兄ちゃんまた倒されたいの?」と静かな声で言われた結果、

俺の労働権は一時的に没収された。

 

結果として、俺はテントの中で、

ぼんやりと天井を見上げる時間を手に入れてしまった。

 

何もするな、とは言われた。

本当に、釘を刺されるレベルで。

 

だが、何もしていないと落ち着かない。

手持ち無沙汰というより、思考が内側に沈んでいく感覚があって、

それがあまり好きじゃない。

 

だからこのくらいは、許してほしい。

 

体を動かさない代わりに、

頭を動かすだけだ。

横になったまま考えるだけなら、

たぶん「安静」の範疇だろう……たぶん。

 

さて。

 

まずは、領域展開についておさらいするか。

 

といっても、俺が体系的に学んだわけじゃない。

教科書も、講義も、当然ない。

知識の出所は一つ――宿儺から聞いた話だけだ。

 

……まあ、参考文献としては、

だいぶ偏っている気はする。

 

やり方自体は、分かりやすく教えてもらった。

結界の組み方、術式の流し込み方、

生得領域を引き出す方法やら何やら。

技術的な部分だけ見れば、丁寧ですらあった。

 

……だが。

 

「じゃあ、効果はどう決めるんだ?」

 

と聞いたときだけは、

鼻で笑うだけで何も教えなかった。

 

これはたぶん、

「術者本人が決めた方がいい」

という高尚な理由が、一応あるのだろう。

 

……が。

 

十中八九、

「自分が決めてしまえば面白くないから」

という理由の方が本命だろう。

 

領域展開とは、呪術師にとって最高難易度の技らしい。

宿儺いわく、「必中必殺」

 

正確には、

「術者の設定した条件が、必ず成立する空間」

というのが近い、と言っていた。

 

つまり、必殺である必要はない。

必ず当たる、必ず起きる、必ず通る。

そういう“確定”を押し付けるのが、領域だ。

 

で、その領域にも種類があるらしい。

 

領域は大きく分けて三種類あり。

閉じる領域、小さい領域、閉じない領域。

この三つが基本形で、スタンダード。

と宿儺から聞いている。

 

どれも、五条悟対宿儺で、どちらかが使っていた領域だ。

あの戦いは、正直教材として出来が良すぎる。

呪術を理解するうえでは、

あれ以上のサンプルはそうそうない。

最上位同士が、最上位の技を、

制限なしでぶつけ合っているわけだからな。

 

基準がだいぶ極端な気もしないでもないが、まあ仕方ない。

参考資料がそれしかないのだから。

 

まずは、閉じる領域。

 

これは簡単そうだ。

結界という“殻”を作って、空間を一度完全に区切る。

外界と断絶した内側に、自分の生得領域を展開する。

 

箱を作って、その中を好き放題する感じだな。

 

次に、小さい領域。

 

これは少しややこしい。

外から見れば、領域は異様に小さい。

数メートルどころか、場合によっては人ひとり分にも満たない。

 

だが、中に入ると、外見の狭さに見合わない広さがある。

空間が圧縮されている、と言った方が近いか。

 

領域を小さくすることで、外殻の強度を上げている。

面積が小さい分、壊されにくい。

結界の耐久力を、力技で引き上げている感じだ。

 

……まあ、イメージとしては。

 

スマホの中、だな。

外から見れば薄い板なのに、

中では動画も写真も地図も全部動いている。

 

……四次元ポケット、

と言った方が分かりやすいかもしれない。

体積は小さいのに、容量は変わらない。

感覚的にはそんな感じだ。

 

そして、最後が閉じない領域。

 

そもそも外殻を作らない。

だから壊されない。

というか、壊す対象が存在しない。

 

閉じる領域みたいに、一度空間を“断って”から、

その内側に生得領域を具現化するのではなく。

 

空間を断たずに、そのまま生得領域を持ってくる。

 

その代わり、外界と地続きだから、

効果範囲の調整や、精度の維持が難しいんだろう。

 

ただ、ふと思った。

 

五条悟が死んだ後の戦いを思い返すと、

宿儺以外の呪術師たちは、

全員「閉じる領域」しか使ってなかったよな?

 

小さい領域も、閉じない領域も、

結局、他の誰も使っていなかった。

 

……まあ、それも当然か。

 

五条悟戦後の宿儺は、そもそも領域が使えなかったらしいし。

相手の領域を削るために閉じない領域を使う意味も、

領域合戦を想定して小さい領域で密度を上げる必要もない。

 

相手が領域を展開できないなら、

普通に閉じる領域を張って、必中を押し付ければいい。

 

……となると、だ。

 

俺は閉じる領域だけ習得すれば十分なんじゃないか?

という気もしている。

 

この呪力がない世界で、

領域展開してくる奴なんて、いるわけがない。

押し合いになる事も、まずないだろう。

 

だったら、わざわざ他を覚える必要は――

 

……いや。

 

それは後だな。

 

せっかく考える時間があるんだ。

一応、全部覚えておこう。

イメージはできるし、考えるだけならタダだ。

 

――さて。

 

じゃあ次は、

十種影法術と御廚子。

 

どっちも領域を張れる前提で考えるとして、

問題は「役割」だ。

 

必中必殺のものを二つ作っても、

正直あんまり意味がない気がする。

 

いや、強いのは分かる。

二重の切り札。

第二の刃、みたいな感じで持っておくのもロマンはある。

 

……ある、が。

 

絶対に手持ち無沙汰になる。

使わないまま温存して、

結局使う前に話が終わりそうだ。

 

手札は多い方がいいが、

“同じ用途の手札”を増やしても、選択肢は増えない。

 

なら、役割を分けるべきだ。

 

どっちかを「必殺」

どっちかを「別用途」

 

殺傷性が高いのは御廚子だ。

 

『捌』と『解』

斬る、断つ。

目的が分かりやすすぎる。

 

対して、十種影法術は、

やれることが多すぎる。

 

索敵、拘束、機動、囮、制圧、連携。

殺しにも使えるが、殺し「だけ」じゃない。

 

……うん。

 

決まりだな。

 

御廚子を必殺用。

十種影法術の領域は、別のことに使う。

 

そこまで考えて、ようやく頭の中が静かになった。

結論に至るまで、そこそこ回り道をした気がするが、まあいい。

こういうのは、遠回りした方が納得できる。

 

それじゃあまずは、

ある程度構想の固まっている十種影法術から取り掛かるか。

 

俺が欲しいのは、

確認を取るための領域展開だ。

 

戦うために作るんじゃない。

勝つためでも、倒すためでもない。

 

「知るため」

 

それが第一目的だ。

 

正直に言えば、

俺は“あれ”と、確認もなしに戦う気は起きない。

 

ただでさえ意味が分からない存在なのに、

手探りでぶつかるとか、正気の沙汰じゃない。

 

勝てるとか負けるとか以前の問題だ。

情報が足りなさすぎる。

 

無策で突っ込んで、

「はい死にました」はごめんだ。

 

俺は強くなりたいが、

無謀になりたいわけじゃない。

 

宿儺も言っていた。

領域展開の利点は、

術式の性能をフルスロットルで引き出せることだと。

 

なら。

 

そのフルスロットルを、

事前確認に使うのは、

かなり理にかなっている。

と、思う。

 

テスト環境で、最大値を測る。

 

ぶっつけ本番で測るより、

ずっと安全で、ずっと賢い。

 

……贅沢な使い方だとは思う。

必殺技である領域展開を「様子見」に使うとか、

呪術師が聞いたら殴ってきそうだ。

 

でも、許してほしい。

 

領域は二つあるが、

命は一つしかない。

 

ここでケチって死ぬのは、

あまりにも割に合わない。

 

よし。

ある程度の効果は、これでいいか。

 

細部は、実際に領域を身につけてから詰めればいい。

机上の空論をこね続けても、限界がある。

 

まあ、旅の途中でも、

領域の基礎的なイメージ操作は何度かやってきた。

 

感覚は掴めている。

あとは、形にするだけだ。

 

時間の問題だろう。

 

――で。

 

次は、御廚子か……

 

頭の中でそう切り替えた瞬間、

さっきまで軽かった思考が、少しだけ重くなる。

 

こっちは十種影法術と違って、

できることが少なすぎる。

 

いや、正確には

「やれることが最初から決まりすぎている」

と言った方がいいか。

宿儺が怒るかもだし……

 

術式としては、驚くほど単純だ。

性能をフルスロットルで引き出したとしても、

やること自体は変わらない。

 

宿儺の領域展開の効果は聞いている。

閉じない領域。

範囲内すべてを対象に、強制的に斬撃を成立させる。

 

呪力を持たないものには、出力一定の『解』

呪力を持つものには、出力が変動する『捌』

 

それを、領域内の全方向から、無差別に、無限に叩き込む。

 

条件が噛み合えば、

回避も防御も成立しない、

まさに必中必殺。

 

冷静に考えなくてもとんでもない。

 

実際、あれで呪術師たちはボロボロだった。

文字通り、立っていられないレベルで。

 

……五条悟は例外だったけど。

あれを浴びている五条悟は、痛々しくて見ていてちょっと辛かった。

 

なのに、当の本人は「楽しいね」みたいな顔で笑いながら、反転術式で耐えてたのは、どう考えてもおかしいと思う。

 

呪術師がおかしいのか、

五条悟がおかしいのか。

 

後者な気がする……

 

まあ、それは置いておくとして。

 

宿儺の領域は、宿儺だから成立している。

 

そこを勘違いしちゃいけない。

 

まず、圧倒的な呪力量に、圧倒的な呪力出力。

何より、呪術そのものに対する理解と、

縛りを縦横無尽に扱える知識。

条件設定の巧妙さ。

 

それらが全部が噛み合って、

あの領域展開は成立している。

 

あの領域は、

「御廚子」という術式の完成形というより、

「宿儺」の完成形だ。

 

つまり、表面だけ真似しても意味がない。

 

仮に、宿儺の領域展開の効果を、

そのまま真似するとしよう。

 

この世界には呪力がない。

結果として何が起きるか。

 

範囲内の「呪力を持たないもの」に対して、

一定出力の『解』が、ひたすら降り注ぐだけ。

 

……領域でやる意味あるか?

 

ないな。

 

それだったら、

領域を使わずに、

普通に『解』を連打した方がマシだ。

 

むしろその方が小回りも利くし、

呪力効率もいい。

領域展開なんて大仰な手順を踏む理由が、どこにもない。

 

というか、

最終奥義みたいな扱いの領域展開を切る相手って、

どう考えても『解』が通用しない相手だろう。

 

普通の斬撃じゃ倒せない。

工夫しても削れない。

だからこそ、「領域」という切り札を切る。

 

その相手に対して、

やることが『解』だけというのは、

あまりにも致命的だ。

 

……まあ、確かに?

 

「通常攻撃を絶え間なく浴びせ続ける」

 

というコンセプト自体は、かなり好きだ。

 

ロマンがある。

 

斬っても斬っても止まらない。

避けても避けても次が来る。

耐えても耐えても終わらない。

 

そういう必殺技は、嫌いじゃない。

むしろ大好物だ。

 

単純で、分かりやすくて、

強そうで、かっこいい。

何より――必殺技感がある。

 

ただし。

現実は、ちゃんと見ないといけない。

今の俺じゃ、実力が足りない。

 

でも、だからといって、やめる理由にはならない。

むしろ逆だ。

強くなる必要がある理由が、はっきりしている。

 

理不尽は、前触れなくやってくる。

準備中だろうが、休憩中だろうが、お構いなしだ。

「今はまだ」なんて言い訳は、

向こうからすれば関係ない。

 

だったら、備えるしかない。

そのための力なら、

どれだけ積み上げても無駄にはならないだろう。

 

……まあ、

単純にかっこいいってのもあるけど。

 

否定はしない。

むしろ積極的に肯定する。

 

全力で叫ぶと、自然と様になる。

名前が長くて、言い切るとちょっと恥ずかしくて、

でも決まると最高に気持ちいい。

 

そういう必殺技は大好物だ。

 

呪術師たちは、誰も大声で領域展開してなかったけど。

あれはあれで様式美なんだろう。多分。

 

俺は叫ぶ派だ。

絶対に。

 

……というわけで。

 

俺の領域展開は、うまく御廚子の強みと、

領域の強みを噛み合わせなくてはならない。

 

まず、領域の強み。

 

外殻がある。小さくできる。

閉じない形にもできる。

空間そのものをこちらのルールで上書きできる。

設定した条件は、必ず成立する。

あとは……必中効果か。

 

呪力がないこの世界でもそのルールは適応されるのか?

 

正直、分からない。

 

誰かで試すわけにもいかないし。

まあいい。

当たると勝手に結論づけよう。

 

考え込んで止まるより、

前提を一つ置いて進んだ方が、

こういうのは早い。

 

次に、御廚子の強み。

 

斬る。

だが重要なのはそこじゃない。

 

御廚子は、斬る対象を選べる。

これが一番、応用が利きそうだ。

 

物体。現象。

下手をすると、概念。

 

……どこまでいけるかは、正直分からない。

分からないが、分からないからこそ、可能性は残っている。

 

例えば。

相手の内臓を、ピンポイントで傷つけるか?

 

一瞬、頭をよぎる。

 

が。

 

宿儺がそれをやっていない。

この一点が、どうしても気になる。

 

宿儺が思いつかないはずがない。

できないはずもない。

それでもやらないということは、

やらない理由がある。

 

おそらく。

表面的に存在しているもの。

知覚できているもの。

術者が「対象」として正確に認識できるもの。

 

斬撃の対象は、そこまでなんだろう。

 

内臓は、皮膚の内側に隠れている。

構造も複雑で、個体差もある。

正確に「これ」と指定するには、条件が厳しすぎる。

 

つまり、安定しない。

 

領域展開という切り札で、

不安定なことはしたくない。

それだけの話だ。

 

頭の中で、

言葉がばらばらに飛び交う。

思考が、紙切れみたいに散っていく。

 

外殻。

 

閉じる。

 

条件。

 

必中。

 

選択。

 

斬る対象。

 

内側。

 

外側。

 

認識。

 

後追い。

 

縛り。

 

隔離……

 

そうだ、領域は隔離されている。

 

閉じた空間。

外界から切り離された状況。

逃げ道がない。

干渉も限定される。

 

なら、あれが使えるんじゃないか?

 

ふと、思考が一つの方向に寄る。

 

だとしても、その後がなあ……

 

……いや。

後追いの詠唱で、どうにかなるか?

 

可能性は、ゼロじゃない。

でも、今は机上の空論だ。

仮定の上に仮定を積んで、

さらに仮定を重ねている。

 

………………

 

だめだ。

頭が痛くなってきた。

 

出来てもいないことを、

細部まで詰めようとするのは、

やっぱり無理がある。

 

想像だけで積み上げるには、

情報も、感覚も何もかもが足りない。

 

今の俺にできるのは、

設計図のラフまでだ。

完成図を描くには、

実物に触るしかない。

 

領域を習得しながら、

このあたりを固めていくか。

 

――翌日。

 

俺は、知恵熱を出した。

 

働くなと言われた理由を、

身をもって理解する朝だった。

 

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