今日は前々からやろうと思っていた、
領域展開の効果を決めていこうと思う。
理由は――まあ、暇だからだ。
この難民キャンプには一週間だけ滞在することになったのだが、
俺は見事に働くなと言われ、
テントに放り込まれてしまった。
自業自得である。
熱を出して倒れ、看病され、
「お兄ちゃんまた倒されたいの?」と静かな声で言われた結果、
俺の労働権は一時的に没収された。
結果として、俺はテントの中で、
ぼんやりと天井を見上げる時間を手に入れてしまった。
何もするな、とは言われた。
本当に、釘を刺されるレベルで。
だが、何もしていないと落ち着かない。
手持ち無沙汰というより、思考が内側に沈んでいく感覚があって、
それがあまり好きじゃない。
だからこのくらいは、許してほしい。
体を動かさない代わりに、
頭を動かすだけだ。
横になったまま考えるだけなら、
たぶん「安静」の範疇だろう……たぶん。
さて。
まずは、領域展開についておさらいするか。
といっても、俺が体系的に学んだわけじゃない。
教科書も、講義も、当然ない。
知識の出所は一つ――宿儺から聞いた話だけだ。
……まあ、参考文献としては、
だいぶ偏っている気はする。
やり方自体は、分かりやすく教えてもらった。
結界の組み方、術式の流し込み方、
生得領域を引き出す方法やら何やら。
技術的な部分だけ見れば、丁寧ですらあった。
……だが。
「じゃあ、効果はどう決めるんだ?」
と聞いたときだけは、
鼻で笑うだけで何も教えなかった。
これはたぶん、
「術者本人が決めた方がいい」
という高尚な理由が、一応あるのだろう。
……が。
十中八九、
「自分が決めてしまえば面白くないから」
という理由の方が本命だろう。
領域展開とは、呪術師にとって最高難易度の技らしい。
宿儺いわく、「必中必殺」
正確には、
「術者の設定した条件が、必ず成立する空間」
というのが近い、と言っていた。
つまり、必殺である必要はない。
必ず当たる、必ず起きる、必ず通る。
そういう“確定”を押し付けるのが、領域だ。
で、その領域にも種類があるらしい。
領域は大きく分けて三種類あり。
閉じる領域、小さい領域、閉じない領域。
この三つが基本形で、スタンダード。
と宿儺から聞いている。
どれも、五条悟対宿儺で、どちらかが使っていた領域だ。
あの戦いは、正直教材として出来が良すぎる。
呪術を理解するうえでは、
あれ以上のサンプルはそうそうない。
最上位同士が、最上位の技を、
制限なしでぶつけ合っているわけだからな。
基準がだいぶ極端な気もしないでもないが、まあ仕方ない。
参考資料がそれしかないのだから。
まずは、閉じる領域。
これは簡単そうだ。
結界という“殻”を作って、空間を一度完全に区切る。
外界と断絶した内側に、自分の生得領域を展開する。
箱を作って、その中を好き放題する感じだな。
次に、小さい領域。
これは少しややこしい。
外から見れば、領域は異様に小さい。
数メートルどころか、場合によっては人ひとり分にも満たない。
だが、中に入ると、外見の狭さに見合わない広さがある。
空間が圧縮されている、と言った方が近いか。
領域を小さくすることで、外殻の強度を上げている。
面積が小さい分、壊されにくい。
結界の耐久力を、力技で引き上げている感じだ。
……まあ、イメージとしては。
スマホの中、だな。
外から見れば薄い板なのに、
中では動画も写真も地図も全部動いている。
……四次元ポケット、
と言った方が分かりやすいかもしれない。
体積は小さいのに、容量は変わらない。
感覚的にはそんな感じだ。
そして、最後が閉じない領域。
そもそも外殻を作らない。
だから壊されない。
というか、壊す対象が存在しない。
閉じる領域みたいに、一度空間を“断って”から、
その内側に生得領域を具現化するのではなく。
空間を断たずに、そのまま生得領域を持ってくる。
その代わり、外界と地続きだから、
効果範囲の調整や、精度の維持が難しいんだろう。
ただ、ふと思った。
五条悟が死んだ後の戦いを思い返すと、
宿儺以外の呪術師たちは、
全員「閉じる領域」しか使ってなかったよな?
小さい領域も、閉じない領域も、
結局、他の誰も使っていなかった。
……まあ、それも当然か。
五条悟戦後の宿儺は、そもそも領域が使えなかったらしいし。
相手の領域を削るために閉じない領域を使う意味も、
領域合戦を想定して小さい領域で密度を上げる必要もない。
相手が領域を展開できないなら、
普通に閉じる領域を張って、必中を押し付ければいい。
……となると、だ。
俺は閉じる領域だけ習得すれば十分なんじゃないか?
という気もしている。
この呪力がない世界で、
領域展開してくる奴なんて、いるわけがない。
押し合いになる事も、まずないだろう。
だったら、わざわざ他を覚える必要は――
……いや。
それは後だな。
せっかく考える時間があるんだ。
一応、全部覚えておこう。
イメージはできるし、考えるだけならタダだ。
――さて。
じゃあ次は、
十種影法術と御廚子。
どっちも領域を張れる前提で考えるとして、
問題は「役割」だ。
必中必殺のものを二つ作っても、
正直あんまり意味がない気がする。
いや、強いのは分かる。
二重の切り札。
第二の刃、みたいな感じで持っておくのもロマンはある。
……ある、が。
絶対に手持ち無沙汰になる。
使わないまま温存して、
結局使う前に話が終わりそうだ。
手札は多い方がいいが、
“同じ用途の手札”を増やしても、選択肢は増えない。
なら、役割を分けるべきだ。
どっちかを「必殺」
どっちかを「別用途」
殺傷性が高いのは御廚子だ。
『捌』と『解』
斬る、断つ。
目的が分かりやすすぎる。
対して、十種影法術は、
やれることが多すぎる。
索敵、拘束、機動、囮、制圧、連携。
殺しにも使えるが、殺し「だけ」じゃない。
……うん。
決まりだな。
御廚子を必殺用。
十種影法術の領域は、別のことに使う。
そこまで考えて、ようやく頭の中が静かになった。
結論に至るまで、そこそこ回り道をした気がするが、まあいい。
こういうのは、遠回りした方が納得できる。
それじゃあまずは、
ある程度構想の固まっている十種影法術から取り掛かるか。
俺が欲しいのは、
確認を取るための領域展開だ。
戦うために作るんじゃない。
勝つためでも、倒すためでもない。
「知るため」
それが第一目的だ。
正直に言えば、
俺は“あれ”と、確認もなしに戦う気は起きない。
ただでさえ意味が分からない存在なのに、
手探りでぶつかるとか、正気の沙汰じゃない。
勝てるとか負けるとか以前の問題だ。
情報が足りなさすぎる。
無策で突っ込んで、
「はい死にました」はごめんだ。
俺は強くなりたいが、
無謀になりたいわけじゃない。
宿儺も言っていた。
領域展開の利点は、
術式の性能をフルスロットルで引き出せることだと。
なら。
そのフルスロットルを、
事前確認に使うのは、
かなり理にかなっている。
と、思う。
テスト環境で、最大値を測る。
ぶっつけ本番で測るより、
ずっと安全で、ずっと賢い。
……贅沢な使い方だとは思う。
必殺技である領域展開を「様子見」に使うとか、
呪術師が聞いたら殴ってきそうだ。
でも、許してほしい。
領域は二つあるが、
命は一つしかない。
ここでケチって死ぬのは、
あまりにも割に合わない。
よし。
ある程度の効果は、これでいいか。
細部は、実際に領域を身につけてから詰めればいい。
机上の空論をこね続けても、限界がある。
まあ、旅の途中でも、
領域の基礎的なイメージ操作は何度かやってきた。
感覚は掴めている。
あとは、形にするだけだ。
時間の問題だろう。
――で。
次は、御廚子か……
頭の中でそう切り替えた瞬間、
さっきまで軽かった思考が、少しだけ重くなる。
こっちは十種影法術と違って、
できることが少なすぎる。
いや、正確には
「やれることが最初から決まりすぎている」
と言った方がいいか。
宿儺が怒るかもだし……
術式としては、驚くほど単純だ。
性能をフルスロットルで引き出したとしても、
やること自体は変わらない。
宿儺の領域展開の効果は聞いている。
閉じない領域。
範囲内すべてを対象に、強制的に斬撃を成立させる。
呪力を持たないものには、出力一定の『解』
呪力を持つものには、出力が変動する『捌』
それを、領域内の全方向から、無差別に、無限に叩き込む。
条件が噛み合えば、
回避も防御も成立しない、
まさに必中必殺。
冷静に考えなくてもとんでもない。
実際、あれで呪術師たちはボロボロだった。
文字通り、立っていられないレベルで。
……五条悟は例外だったけど。
あれを浴びている五条悟は、痛々しくて見ていてちょっと辛かった。
なのに、当の本人は「楽しいね」みたいな顔で笑いながら、反転術式で耐えてたのは、どう考えてもおかしいと思う。
呪術師がおかしいのか、
五条悟がおかしいのか。
後者な気がする……
まあ、それは置いておくとして。
宿儺の領域は、宿儺だから成立している。
そこを勘違いしちゃいけない。
まず、圧倒的な呪力量に、圧倒的な呪力出力。
何より、呪術そのものに対する理解と、
縛りを縦横無尽に扱える知識。
条件設定の巧妙さ。
それらが全部が噛み合って、
あの領域展開は成立している。
あの領域は、
「御廚子」という術式の完成形というより、
「宿儺」の完成形だ。
つまり、表面だけ真似しても意味がない。
仮に、宿儺の領域展開の効果を、
そのまま真似するとしよう。
この世界には呪力がない。
結果として何が起きるか。
範囲内の「呪力を持たないもの」に対して、
一定出力の『解』が、ひたすら降り注ぐだけ。
……領域でやる意味あるか?
ないな。
それだったら、
領域を使わずに、
普通に『解』を連打した方がマシだ。
むしろその方が小回りも利くし、
呪力効率もいい。
領域展開なんて大仰な手順を踏む理由が、どこにもない。
というか、
最終奥義みたいな扱いの領域展開を切る相手って、
どう考えても『解』が通用しない相手だろう。
普通の斬撃じゃ倒せない。
工夫しても削れない。
だからこそ、「領域」という切り札を切る。
その相手に対して、
やることが『解』だけというのは、
あまりにも致命的だ。
……まあ、確かに?
「通常攻撃を絶え間なく浴びせ続ける」
というコンセプト自体は、かなり好きだ。
ロマンがある。
斬っても斬っても止まらない。
避けても避けても次が来る。
耐えても耐えても終わらない。
そういう必殺技は、嫌いじゃない。
むしろ大好物だ。
単純で、分かりやすくて、
強そうで、かっこいい。
何より――必殺技感がある。
ただし。
現実は、ちゃんと見ないといけない。
今の俺じゃ、実力が足りない。
でも、だからといって、やめる理由にはならない。
むしろ逆だ。
強くなる必要がある理由が、はっきりしている。
理不尽は、前触れなくやってくる。
準備中だろうが、休憩中だろうが、お構いなしだ。
「今はまだ」なんて言い訳は、
向こうからすれば関係ない。
だったら、備えるしかない。
そのための力なら、
どれだけ積み上げても無駄にはならないだろう。
……まあ、
単純にかっこいいってのもあるけど。
否定はしない。
むしろ積極的に肯定する。
全力で叫ぶと、自然と様になる。
名前が長くて、言い切るとちょっと恥ずかしくて、
でも決まると最高に気持ちいい。
そういう必殺技は大好物だ。
呪術師たちは、誰も大声で領域展開してなかったけど。
あれはあれで様式美なんだろう。多分。
俺は叫ぶ派だ。
絶対に。
……というわけで。
俺の領域展開は、うまく御廚子の強みと、
領域の強みを噛み合わせなくてはならない。
まず、領域の強み。
外殻がある。小さくできる。
閉じない形にもできる。
空間そのものをこちらのルールで上書きできる。
設定した条件は、必ず成立する。
あとは……必中効果か。
呪力がないこの世界でもそのルールは適応されるのか?
正直、分からない。
誰かで試すわけにもいかないし。
まあいい。
当たると勝手に結論づけよう。
考え込んで止まるより、
前提を一つ置いて進んだ方が、
こういうのは早い。
次に、御廚子の強み。
斬る。
だが重要なのはそこじゃない。
御廚子は、斬る対象を選べる。
これが一番、応用が利きそうだ。
物体。現象。
下手をすると、概念。
……どこまでいけるかは、正直分からない。
分からないが、分からないからこそ、可能性は残っている。
例えば。
相手の内臓を、ピンポイントで傷つけるか?
一瞬、頭をよぎる。
が。
宿儺がそれをやっていない。
この一点が、どうしても気になる。
宿儺が思いつかないはずがない。
できないはずもない。
それでもやらないということは、
やらない理由がある。
おそらく。
表面的に存在しているもの。
知覚できているもの。
術者が「対象」として正確に認識できるもの。
斬撃の対象は、そこまでなんだろう。
内臓は、皮膚の内側に隠れている。
構造も複雑で、個体差もある。
正確に「これ」と指定するには、条件が厳しすぎる。
つまり、安定しない。
領域展開という切り札で、
不安定なことはしたくない。
それだけの話だ。
頭の中で、
言葉がばらばらに飛び交う。
思考が、紙切れみたいに散っていく。
外殻。
閉じる。
条件。
必中。
選択。
斬る対象。
内側。
外側。
認識。
後追い。
縛り。
隔離……
そうだ、領域は隔離されている。
閉じた空間。
外界から切り離された状況。
逃げ道がない。
干渉も限定される。
なら、あれが使えるんじゃないか?
ふと、思考が一つの方向に寄る。
だとしても、その後がなあ……
……いや。
後追いの詠唱で、どうにかなるか?
可能性は、ゼロじゃない。
でも、今は机上の空論だ。
仮定の上に仮定を積んで、
さらに仮定を重ねている。
………………
だめだ。
頭が痛くなってきた。
出来てもいないことを、
細部まで詰めようとするのは、
やっぱり無理がある。
想像だけで積み上げるには、
情報も、感覚も何もかもが足りない。
今の俺にできるのは、
設計図のラフまでだ。
完成図を描くには、
実物に触るしかない。
領域を習得しながら、
このあたりを固めていくか。
――翌日。
俺は、知恵熱を出した。
働くなと言われた理由を、
身をもって理解する朝だった。