受肉転生 ~宿儺と一緒に本気出す~   作:てとらとりす

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八話

 

朝、目が覚めてリビングに向かうと、何やら違和感を感じた。

父さんはやたらとソワソワしており、

母さんの方は妙に顔がにやけている。

 

 

(なんだ……?何かあったのか?)

 

 

俺が席に着くと、母が一瞬こちらを見てニコッと笑う。

ただ、それ以上は何も言わず、黙って俺の前にスープを置いた。

 

 

(……絶対なんかあるよなこれ)

 

 

飯はいつも通りうまい、はずなのだが、

気になって味があまりわからない。

こういう妙な空気は落ち着かない。

前世でも、家族が何か隠してるときはだいたいロクなことがなかった。

結局、今朝は何も説明がないまま終わる。

 

まぁいいか、と思いつつも、胸の奥に小さな引っかかりが残ったままだった。

 

 

 

 

 

 

★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

 

 

 

 

 

午後、グレイラット家に向かう。

今日は稽古の日ではなかったが師匠に呼ばれていた。

庭に入ると、いつもの軽い調子で手を振られる。

 

 

「お、来たなカイン! ちょっとこっちに来い」

 

 

言われるがまま近づくと、

師匠は背中から長い包みを取り出し俺の前に差し出してきた。

 

 

「ほれ、これやる」

 

 

渡された包みを開けると、中には鉄製の剣。

飾りっ気はなく、ごく普通の実用品だ。

 

 

「どうしたんですかこれ?」

 

 

「どうしたって今日で5歳だろ? ……この前、ガランにお前の誕生日を聞いて、それで師匠として俺もプレゼントを用意したんだよ」

 

 

師匠にそう言われて初めて、今日が自分の誕生日だと言うことに気づいた。

 

この世界じゃ毎年誕生日を祝う習慣はないらしい。

代わりに、五歳、十歳、十五歳――と、5年間隔で祝い、

俺自身、祝われたことなどあまりなかったので、

誕生日のことなど、すっかり頭から抜け落ちていた。

 

師匠は俺の手に握らせた鉄剣を、ぐっと押し込むようにして言った。

 

 

「いいか、カイン。男は心の中に一本の剣を持っておかないといけない」

 

 

「心の中の剣ですか……?」

 

 

「そうだ。剣はただの武器じゃない。大切なものを守るために握るものだ。家族でも、仲間でも、自分の命でもいい。守りたいものがあるなら、迷わず抜ける剣を持て」

 

 

俺は剣を両手で持ち上げる。

……重い。けれど、師匠の言葉のせいか、

この重さは剣の重さだけではない気がした。

言葉では説明できないが、この剣を握っていると、

持たされた責任のようなものが、ずしりと心に乗ってくる。

 

 

「いいか、カイン。剣を何のために抜くかを決められるようになれ。強くなるってのは、ただ腕っぷしを鍛えることだけじゃない。その心を鍛えることだ」

 

 

師匠の言葉に、俺は黙ってうなずき、改めて剣を握った。

ひやりとした感触が手のひらから全身へと伝わる。

鉄の冷たさが、妙に心を引き締めた。

 

 

「ありがとうございます。大事にします」

 

 

「だが、必要なとき以外はちゃんとしまっておくんだぞ? 剣っていうのは、見せびらかすためにあるもんじゃないからな」

 

 

そう言うと、師匠は満足げに笑い、軽く肩を叩いてきた。

師匠は自分の信念のようなものを俺に教えてくれたのだろう。

 

俺と師匠が話していると家の方からルーデウスが顔を出した。

 

 

「カイン、それは新しい剣ですか?」

 

 

相変わらず丁寧な言葉遣いだが、

以前のように「カインさん」と敬称をつけて呼ばなくなった。

最初のころは必ず敬称をつけていたのに、

いつからか自然と「カイン」と呼ぶようになっている。

彼にとっては特に意識していないのだろうが、

少し距離が近づいた証のように思えて、俺は嬉しい。

たった1歳違うだけで敬称をつけて呼ばれるのは、

正直むずがゆいからな

 

 

「おう、ルディ。これはカインの誕生日祝いだ」

 

 

「誕生日、ですか?」

 

 

師匠の言葉にルーデウスはぱちぱちと目を瞬かせた。

俺の誕生日を知らなかったのだろうか。

まあ、誕生日をルーデウスに言ったことなかったし当然といえば当然か。

 

 

「そうだ。今日で五歳だな。剣を贈るのは少し早いかとも思ったが……まあ、こいつなら大事に使うだろう」

 

 

「それは、おめでとうございます。事前に知っていれば、何か用意していたのですが……」

 

 

「気にしないでいいって。俺が言ってなかっただけだし、それに同じ年の奴にプレゼントをもらうってちょっと変な話だしな」

 

 

本当に気にしていない。

前世じゃ、誰かに誕生日を祝われることなんてなかったし、

プレゼントがなくても祝ってもらえるだけで十分だ。

 

しかし、ルーデウスは俺の言葉に頷きながらも、

考え込むような表情を見せた。

 

 

「少々お待ちください」

 

 

そう言って、屋敷の中へ駆けていった。

俺と師匠は顔を見合わせる。

しばらくすると、ルーデウスが大事そうに何かを抱えて戻ってきた。

 

 

「これは、僕が魔法で作ったものです」

 

 

ルーデウスが気まずそうに頭をかきながら、

俺の前に差し出されたのは、小さな人形だった。

頭に被ったとんがり帽子、長いローブ。片手で握った杖。

髪型は三つ編みのおさげがある……見覚えのあるシルエットだった。

 

 

「ロキシーさん……だよな?」

 

 

そう呟くと、ルーデウスは頬を少し赤くしながら人形を差し出してきた。

 

 

「はい。僕が作った初めて作った人形なんです。練習のつもりだったんですが……よかったら、これを誕生日のプレゼントに」

 

 

人形の顔は単純な線で彫られていて表情らしい表情はない。

だが、不思議とその小さな体からはロキシーさんの雰囲気がにじみ出ていた。

 

 

「……すごいな。ちゃんとロキシーさんに見える」

 

 

正直、驚いた。

魔術でここまで繊細なものを作れるなんて想像してなかった。

思わず口元が緩んでいるのを、自分でも感じた。

 

ルーデウスはようやく安堵の笑みを浮かべた。

 

 

「気に入っていただけたのなら、よかったです」

 

 

全く違う二つの贈り物。

重さは違うが、どちらも俺にとって大切なものだ。

 

 

 

 

 

 

 

★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

 

 

 

 

 

 

家に戻ると、玄関を開けた途端にいつもより濃い匂いが鼻を突いた。

普段の夕食より、明らかに豪華だ。

 

 

「おかえりなさい、カイン!」

 

 

母さんが台所から顔を出すなり、手に持ったおたまを小さく振って笑った。

その後ろからは父さんが現れ、腕を組みながら笑っている。

 

 

「なに? 父さん」

 

 

俺が首をかしげると、父さんはわざとらしく咳払いして声を張った。

 

 

「カイン、五歳の誕生日おめでとう!」

 

 

父さんの声が居間に響いた。母さんも手を叩いて笑顔を浮かべ、

テーブルの上には、豪勢な料理が並んでいる。

 

母さんがぱっと駆け寄ってきて、俺の肩をぎゅっと抱いた。

温かい手が額に触れて、安心するような声が降ってくる。

 

 

「元気に育ってくれて、嬉しいわ……カイン」

 

 

誕生日を祝われたのは、だいぶ久しぶりかもしれない。

前世では、誕生日なんて誰も覚えちゃいなかったし、

祝われることもなく、カレンダーの数字がひとつ進むだけの日。

 

 

「ありがとう」

 

 

言葉にすると、声がかすかに震えた。

母さんはそんな俺の様子も気づいているのかいないのか、

優しく微笑んで、頭を撫でてくれる。

 

父さんは豪快に笑いながら杯を傾け、

母さんは嬉しそうに料理を取り分けてくれた。

「もっと食え!」と父さんが皿に山盛りの肉を乗せてくるたび、

母さんが「もうお腹が破裂しちゃうわよ」と笑いながら止めていた。

 

食事が終われば、母さんが手作りの甘い菓子を出してくれた。

砂糖がほとんどないこの村で、

果物と蜂蜜をふんだんに使ったそれは、とても美味しかった。

夜になると、父さんは少し酔っぱらって大声で歌を歌い、

母さんにたしなめられていた。その光景がなんだか可笑しくて、

俺も声をあげて笑った。

 

自分が生まれた日を祝われることが、

こんなにも嬉しいことだとは知らなかった。

 

誕生日パーティも終わって、

俺は布団にもぐりながら目を閉じて今日一日の出来事を振り返っていた。

 

 

『ようやく終わったか』

 

 

(宿儺、お前せっかくの誕生日だったのに一度も出てこなかったな)

 

 

『祝われていたのは俺ではなく、小僧だからな』

 

 

(何言ってんだよ。誕生日ってのは“生まれた日”を祝う日だろ)

 

 

『……?』

 

 

「なら、宿儺も同じだ。俺と一緒にこの世界に生まれたんだから、宿儺だって祝われてるようなもんだろ」

 

 

『ハッ……暴論だな』

 

 

「暴論でもいい、俺とお前はもう一心同体なんだろ。だったら今日祝われたのは、俺と一緒にいるお前も含めてだ。お前がどう思おうと、俺はそう思ってる」

 

 

『まあ……そういうことにしておこう』

 

 

鼻で笑ったあと、宿儺はわずかに声を落とした。

 

 

『小僧、ひとつ聞いておく、お前はこの人生で、何を目指すつもりだ? 目標はあった方がいいだろう』

 

 

(目標、か……)

 

 

言葉に詰まった。前世では、目標なんてなかった。

ただ流されるだけで、何かを選ぼうとしたことなんてほとんどない。

 

 

(そうだな…まだ具体的にどう生きるかまでは決めてない。けど、死ぬときに胸張って「満足だった」って言えるような人生にしたいかな)

 

 

『後悔しない生き方を望むか。それがどれほど困難か分かっていない訳ではあるまい』

 

 

(分かってる。後悔しない人生なんてあり得ないって理解してる。人は必ず失敗するし、間違えるし、何かを捨てなきゃ前に進めない時だってある。後悔なんて、生きている限り必ず生まれるもんだ)

 

 

俺は布団の中で目を閉じながら、静かに言葉を続ける。

 

 

(でもさ……俺が言いたいのは、後悔しない人生なんていう無茶な願いじゃない。もしも後悔することがあったとしても、それが自分で選んだ道の果てなら――俺は納得できる。人に流されて選んだ後悔じゃなく、俺自身の意志で選んで背負った結果なら、その痛みごと抱えて“満足だった”って言えると思うんだ)

 

 

前世の俺は、選ばなかった。逃げた。

だから、積み重ねたのは空っぽの後悔だけだった。

この人生ではそんなことにしたくない

 

 

(自分の手で掴んで、自分の足で歩いて、自分の意志で選ぶ。その結果が間違いだったとしても、それを悔やみながら終わるんじゃなくて「あれでよかった」って笑える俺になりたいんだ)

 

 

『俺が見てきたのは、己の信念に酔い、己の選択を誇りながらも、結局はその重みに押し潰され、結局は己の選択に潰された人間どもだ』

 

 

(それでも、俺は選ぶ。潰されるのが怖くて、選ばずに逃げて生きるなんて、前世で散々やってきた。あれがどれほど虚しかったか……もう一度同じ生き方なんて、絶対にごめんだ)

 

 

『もし小僧がその選択に押し潰され、二度と立てなくなったときは……俺が手を取ってやろう』

 

 

「……宿儺、お前がそう言ってくれるなら、俺は安心だな」

 

 

『勘違いするな。助けてやるのは俺のためでもある。お前が潰れてしまっては、この退屈な新しい世界を歩む意味がなくなるからな』

 

 

(なら、約束だ。どんな後悔も、自分で選んだ結果だと胸を張れるように生きる。もし立ち上がれなくなったときは……そのときは、お前の手を借りるよ)

 

 

それ以上宿儺からの返事はなく、俺もいつの間にか眠りについた。

 

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