受肉転生 ~宿儺と一緒に本気出す~   作:てとらとりす

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本来は二万文字以上あったのですが、読みづらいと考えたので二話に分けることにしました。
夜にもう一話出します。


八十話

 

家庭教師になってからの数日は、思っていたよりもずっと普通に、そして思っていたよりもずっと騒がしく過ぎていった。

 

朝になればパックスが来る。

ある日は扉を遠慮なく叩き、ある日は叩く前からうろうろした気配だけで存在を主張し、ある日は早起きして現れる。

こっちはこっちで、寝起きの頭を無理やり起こしながら、午前は机に向かわせ、午後は身体を動かせ、夜には次の日の分を整理する。

その繰り返しだった。

 

だが、その繰り返しの中でパックスは少しずつ変わっていった。

 

最初は答えを寄越せとふんぞり返っていたくせに、今では問題を前にして眉間へ皺を寄せながらも、すぐには答えを求めず、自分で考える時間を取るようになった。

もちろん、途中で何度もこちらを盗み見ようとはするし、分からないところがあれば露骨に不機嫌にもなる。

だが、それでも以前よりはずっとましだった。

考える前から投げることが減った。

それだけでも十分な進歩だ。

 

剣の方も同じだ。

基礎の基礎しかやっていない。

立ち方、重心、肩の抜き方、腰の位置、踏み込みの前にどこへ意識を置くか。

派手さなんて欠片もない。

王子様が想像する剣術の華やかさとはたぶん真逆だ。

それでもパックスは、文句を垂れながらではあるが、ちゃんと取り組んでいる。

筋トレの方も、最初こそ鼻で笑っていたが、翌朝見れば一応はやった形跡がある。

腕が震えていても認めたがらないし、足が張っていても意地で胸を張る。

その意地っ張りな性格が、いい方向へ働いている気がした。

 

その数日で、パックスとはそれなりに仲良くなっていった。

 

……いや、なってしまったという言い方の方が正しいかもしれない。

 

どうにも釈然としない。

あのアホ王子とだぞ。

監禁だの脅迫だのを平然とやっていた、あのどうしようもない小悪党と、どうしようもない俺。

理屈で考えるとひどく納得がいかない。

いかないんだが、実際一緒にいる時間が増えるにつれて、こっちもいちいち身構えずに済む瞬間が増えていった。

 

理由は分からなくもない。

 

パックスは、俺に変な気を遣わない。

顔色も窺わない。

駆け引きも下手だ。

怒っている時も、悔しい時も、褒められて機嫌がいい時も、全部分かりやすい。

嘘もつくにはつくが、その嘘も分かりやすい。

面倒くさいことに変わりはないが、裏を読む必要が薄いのは助かる。

人間不信の俺にとっては、そういう分かりやすさは案外ありがたいものなのかもしれない。

 

けれど、その一方で。

 

俺の方の課題――芯を持つことについては、驚くほど進んでいなかった。

 

パックスは日ごとに少しずつ成長している。

授業も進んでいる。

俺自身も、教えることや向き合うことに慣れてきてはいる。

それでも、自分の中の“これだ”という基準は、まだ霧の向こう側のままだった。

 

 

 

―――

 

 

 

その日も授業を終えたあと、俺は城の廊下を一人で歩いていた。

 

この離宮には王族や、貴族がたくさんいて、そのたびに布地の擦れる音や、靴音や、甲高い笑い声だのが細く響いている。

みんながみんな、年齢のわりに高そうな服を着ている。

まあ、実際高いんだろう。

刺繍だの装飾だのがいちいち豪華だ。

一目で「身分の高い人間だな」と分かる。

 

もしあの馬鹿みたいに高い値段の服を着ていなかったら、今ごろ何人かに見下されて、いちゃもんの一つや二つ飛んできていただろう。

人間、中身より先に値札で人を値踏みするからな。

貴族なんてその代表格だ。

 

そんなことを考えながら角を曲がったところで、見覚えのある光景が視界へ入った。

 

パックスがいた。

その向かいには、あの水色の髪の女の子もいた。

 

感情が薄いというか、薄く見える顔立ちの子だ。

相変わらず表情の動きが少ない。

しかし、目線だけはちゃんとパックスの方を向いている。

 

パックスは今日も今日とて、嘘だと思われる武勇伝を嬉々として語っている。

 

ただ、不思議と止める気にはならない。

 

あの子へ話しかけている時のパックスも、パックスの話を聞いている女の子も、楽しそうだから、突っ込みを入れるのも野暮に思えてしまう。

 

この数日で、あの光景は何度か見かけていた。

最初は偶然かと思ったが、三回も四回も見かければ流石に気づく。

会いに行ってるな、と。

あの時のパックスは、授業中に俺へ食ってかかる時とは少し違う。

露骨に声が弾んでいるし、話を聞いてもらえるだけで満足そうだし、ベネティクトの反応が薄くても気にしていない。

多分あの子のことが好きなんだろう。

 

いや、年頃の男の子が女の子の前で張り切ること自体は別に珍しくない。

だが、パックスの場合は露骨すぎる。

声の張りも違うし、虚勢の方向も少しずれる。

性格の割に勉強熱心なのも、もしかしたらあの子へいいところを見せたい。

みたいな動機があるのかもしれない。

だとしたら腑へ落ちる部分もある。

恋だの見栄だのは、何だかんだで人を動かすからな。

俺は影ながら応援している。

これは本当にそう思う。

ああいうのを外から見てるぶんには嫌いじゃない。

人間不信の俺には、絶対に体験できないことだからな……

 

……と思ったところで、パックスと目が合った。

 

まずい。

 

いや、別にまずくはないんだが、俺のやっていることはほぼ盗み見なので、当人と目が合うと気まずい。

俺は軽く視線を逸らそうとしたんだが、時すでに遅し。

パックスは「見つけたぞ」と言わんばかりの顔で、こっちへずかずか歩いてきた。

水色の髪の女の子も、その後ろを静かについてくる。

 

 

「おい、何だその生暖かい目は。余とベネティクトが一緒にいるのが、そんなにおかしいのか?」

 

 

開口一番それかよ。

というか、水色の髪の子はベネティクトっていうのか。

 

 

「いや、別に」

 

 

俺がそう返すと、パックスはふんと鼻を鳴らした。

 

 

「ふん……ならばよい」

 

 

何なんだその確認は。

 

そして、そのまま終わるのかと思ったら、女の子――ベネティクトも、その場で立ち止まらずにパックスの隣へ来た。

 

ここにいるってことは、高い身分の子なんだろう。

俺は一応丁寧に頭を下げた。

 

 

「初めまして。カイン・アルネスです」

 

 

ベネティクトは、何も言わずに小さく頭を下げた。

ぺこり、と本当にその程度だ。

言葉はない。

表情も大きく動かない。

しかし、無視された感じではない。

ただ、本当に今のがこの子の普通なんだろうなという静かさだった。

 

俺はそのまま、パックスとの関係を一応説明しておこうと思った。

変な誤解が増えると面倒だしな。

 

 

「俺は今、パックス殿下の家庭教師を――」

 

 

「こやつは余の臣下だ」

 

 

さらっと割り込まれた。

 

俺が言葉を切られたまま固まっていると、ベネティクトは「おぉ……」と、ほんの少しだけ感心したような、本当に感心しているのかよく分からない反応を返した。

相変わらず感情の読み取りが難しい。

 

そして、その反応に味をしめたパックスは、案の定どんどん調子に乗った。

 

 

「ただの臣下ではないぞ。余が見出し、余の器量に惚れ込み、余に付き従うことを望んだ男だ」

 

 

「誰がだよ」

 

 

「さらにこやつは、平民にしては礼儀作法もそこそこだ。多少融通の効かんところもあるが……余の寛大さをもってすれば許容範囲である」

 

 

「悪口混ざってたよな?」

 

 

「黙れ。余が話しておる」

 

 

「……」

 

 

「それに、勉学にも通じておる。この、余に物を教えるほどにな。まあ、余ほどの才があればこそ、その教えも生きるのだが」

 

 

「まあ、それはそうなのかも……」

 

 

「……であろう?」

 

 

「そうだな」と俺が肩をすくめると、パックスはますます調子に乗った。

勢いがついたこいつは本当に止まらない。

 

 

「本来ならば、こういう男は頭を垂れて臣下になることを願う側である。しかし、余は寛大だからな。どうしてもというのであればと臣下へ加えてやったのだ」

 

 

めちゃくちゃ盛るな。

 

最初の一文だけならまだ冗談で済んだのに、そこからとんとん拍子で見栄が膨らんでいった。

しかも厄介なのは、言い切る時の顔だけはやたら堂々としているせいで、一瞬“そういう設定だったか?”と錯覚しそうになるところだ。

実際ベネティクトは、騙されてそうだし。

 

俺が呆れていると、ベネティクトはパックスを見上げて、あの薄い表情のまま言った。

 

 

「パックス様……やっぱり、凄い」

 

 

今の説明だと凄いのは俺の方じゃないか?

 

……と思ったが、ベネティクトにはそういう理屈は関係ないらしい。

というか、あの子の目にはパックスしか映ってない気がする。

細かい理屈とか、功績の分配とか、そういうものは一旦脇へ置いてとりあえずパックスが嬉しそうなら「凄い」でまとめる感じなのかもしれない。

 

……なんか、完全に二人だけの空気になってないか、これ。

 

いや、別にいいんだけどさ。

いいんだけど、何だろうなこの見せつけられてる感じ。

いちゃいちゃ、というほど甘ったるくはない。

だが、少なくとも俺が入り込む余地はない。

それが、なんというか……うらやましかった。

いや本当に。

 

……と、そんなふうに生暖かく見守っていた、その時だった。

 

 

「また、シーローン王国の出来損ないが、王竜王国の出来損ないへ近づいているのか」

 

 

「は……?」

 

 

視線がそっちへと向いた。

 

通りすがりの、たぶんどこぞの属国の王子か何かだろう。

歳は俺たちとそう変わらない。

けれど、身なりと表情だけで、自分はこの場で他人を見下せる側の人間だと信じて疑っていないのが分かる顔をしていた。

口元に浮かぶ薄い笑いも、その目つきも、全部が気に障る。

 

そして、その言葉が耳に届いているはずのパックスは俯いていた。

 

おい。

 

なんでそこで俯くんだよ。

 

噛みつけよ。

いつもの調子で「何を言うか無礼者が」とでもやれよ。

そういう奴だろ、お前は。

俺の知ってるパックスは、傷ついてないふりをするためにでも噛みつくやつだった。

 

けど、パックスは何も言わない。

 

ただ一瞬、肩がこわばって、唇を嚙みしめながら視線を落とした。

癖とも言える反応だった。

何度も言われてきたのかもしれない。

“出来損ない”と呼ばれることに、もう慣れてしまっている。

だから、怒るより先に身が縮んだ。

 

……確かに、パックスは出来損ないなのかもしれない。

やらかしてきたことを思えば、そう言われる理由がないとも言えない。

ベネティクトだって、この離宮にいる時点で、世間的にはそっち側の人間なのかもしれない。

 

だからといって。

近づくなってことにはならないだろ。

 

いや……屈をつけて並べてみても、結局のところ後付けだ。

 

要するに――気分が悪い。

 

その一言に尽きた。

 

口にした本人は、どうせ大して深く考えてもいないんだろう。

“出来損ない”という便利な札を一枚切って、それで自分が上に立った気になっているだけだ。

あまりにも稚拙だ。

 

俺は考えるより先に手が動いていた。

 

大げさな構えも、詠唱も、歩み寄りもいらない。

ただ、鬱陶しいものを払うかのごとく、手首から先を軽く横へ流す。

その程度の動きだった。

 

次の瞬間、そいつの服が裂けた。

 

上着が弾け。

シャツが細く切り分けられて、ひらひらと落ちる。

ズボンも同じように、布としての形を失いばさりと床へ散った。

 

その場に残ったのは、呆然と突っ立つパンツ一枚の男だけだった。

 

沈黙が落ちる。

 

それから、遅れてざわめきが広がった。

 

近くを歩いていた王子だの王女だの、その付き人だのがぎょっとして足を止める。

そりゃそうだ。

ついさっきまで偉そうな顔で歩いていた奴が、急に下着一枚になったんだからな。

笑いをこらえるような息も、気まずそうに視線を逸らす動きも、全部まとめて視界の端で引っかかる。

 

 

「なっ……!? な、何が起きた!?」

 

 

男は顔を真っ赤にして喚いた。

羞恥と怒りがごちゃ混ぜになった、ひどく間抜けな声だった。

威厳も何もあったものじゃない。

視線という視線が、その情けない姿へ刺さっている。

 

その隣で、パックスがようやく顔を上げた。

 

そして、下着姿の阿呆ではなく、真っ先に俺の方を見る。

 

 

「……貴様がやったのか?」

 

 

「さあな」

 

 

とぼけて返してみたが、無理があったと思う。

だって、この場でこういう雑な仕返しをしそうな人間なんて、たぶん俺くらいしかいない。

 

 

「その返しで誤魔化せると思っておるのか」

 

 

「誤魔化す気はあんまりない」

 

 

「ないのか」

 

 

「だって、どう考えてもムカつくだろ」

 

 

そう言うと、パックスは一瞬だけ言葉に詰まった。

そこで否定できないあたり、まあ、同じことは思っていたんだろう。

 

ただ、そのくせすぐに噛みついてこない。

それが気になった。

 

ベネティクトが、俺とパンツ一枚の男を見比べて、小さく瞬きをした。

それから、いつものあの薄い表情のままで首を少しだけ傾げる。

 

 

「……器用」

 

 

感想がそこなのか。

 

いや、まあ間違ってはいないけども。

 

下着姿にされた当人は、慌てて残骸をかき集め、逃げるように走り去っていった。

野次馬の視線が追いかける。

見世物としてはひどく質が悪いが、目立ち具合は十分すぎた。

 

俺はその背中を見送りながら、ふと横目でパックスを見た。

 

やっぱりおかしい。

 

こいつは怒っていい場面だった。

怒鳴るなり、虚勢を張るなり、せめて舌打ちの一つでもしてよさそうなものだ。

なのに、さっきは俯いたままだった。

 

俺はその違和感を、そのまま口へ出した。

 

 

「お前さ」

 

 

「何だ」

 

 

「なんで何も言い返さなかったんだよ」

 

 

問いかけると、パックスは一瞬だけ黙った。

ベネティクトもまた静かにそっちを見る。

 

 

「いつもなら、もっと噛みつくだろ。『無礼者が』とか『余を誰だと思っておる』とかさ……」

 

 

「……」

 

 

数秒の沈黙が落ちた。

 

周りのざわめきはまだ完全には引いていない。

けれど、俺たちの周囲だけ妙に静かに感じた。

ベネティクトは相変わらず静かな顔で、パックスと俺を交互に見ている。

状況を理解しているのかしていないのか本当に読みにくい。

 

やがて、パックスは小さく息を吐いた。

 

 

「よいのだ」

 

 

短い言葉だったが、投げやりではなかった。

 

 

「余に力がないのは事実なのだからな」

 

 

その言い方は、意外なくらいまっすぐだった。

 

自嘲でもなく、ふてくされでもなく、泣き言でもない。

ただ、そういうものとして認めている声だった。

 

パックスは顎を上げた。

さっきまで俯いていたくせに、今度は逃げずに前を見る。

 

 

「力がないのであれば、つければよいだけの話であろう」

 

 

あっさり言った。

けれど、その言葉は重かった。

 

 

「今は言い返せん。今は必ず見下されるだろう。ならば、次は言わせぬようにすればよい。余はそのために学んでおるし、鍛えてもおる」

 

 

その言葉には、いつもの見栄も混ざっているんだろう。

でも、全部が虚勢ってわけじゃない。

こいつなりに、本気でそう思っているのが分かった。

 

俺はそれに対して、すぐに言葉が出なかった。

 

 

「……そうか」

 

 

なんとか返せたのは、それだけだった。

 

パックスの言葉はあまりにも正論だった。

 

力がない。

だから力をつける。

その力で、いつか見返す。

 

今の自分には、あの言葉を吐いた相手へやり返す力がない。

それを認めたうえで、前を向いている。

 

簡単に聞こえるが、出来る人間はそんなに多くない。

少なくとも、俺はそこで詰まった。

 

……今の俺は何だ?

 

仕返しはした。

たしかにした。

気分が悪かったから、その言葉を吐いた相手へやり返した。

パッと見俺の方が圧倒した側だろう。

何が起きたかも分からないまま、相手はパンツ一枚にされて逃げていったんだから。

 

けど。

 

その仕返しをした力は、何だ?

 

俺の力か?

 

違う。

 

宿儺にもらった、借り物の力だ。

 

俺が一から積み上げたものじゃない。

俺の芯から湧いてきたものでもない。

俺の弱さも、迷いも、そのまま残ったくせに、ただ手の中にある強い力を振っただけだ。

 

借り物の力でイキがっただけじゃないか。

 

そう思った瞬間、さっきまで体を軽くしていた爽快感が一気にしぼんだ。

 

……醜いな。

 

本当に。

 

パックスは、自分に力がないことをごまかさなかった。

悔しいはずなのに、惨めなはずなのに、それでもまず事実を認めて、そのあとで前を向いた。

 

それに比べて俺は何だ。

借り物の力で相手を黙らせて、その場では少しだけ溜飲を下げて、あとになって自分の見苦しさへ気づいている。

 

視線を上げると、パックスはまだ唇を引き結んでいた。

悔しさは消えていない。

けれど、そこから逃げてもいなかった。

 

その横顔が、俺の目には少し眩しく映った。

 

宿儺も言っていた。

パックスは、自分の感情をごまかさない、と。

 

……たしかにそうだ。

見下されたら腹を立てる。

褒められたら機嫌が良くなる。

恥をかけば傷つく。

気になる相手の前では見栄を張る。

 

その全部を、不格好なままでも外へ出す。

隠せていないとも言うし、隠す気がないとも言える。

 

俺は、そこが気になった。

 

どうして、こいつはごまかさずに前を向けるんだ?

 

傷ついていないふりも、平気なふりも、出来なくはないだろうに。

いや、実際こいつだって見栄は張る。

虚勢だってある。

けど、肝心なところで、自分の悔しさそのものからは逃げていない。

 

だからこそ、俯いてもそのあとに「力をつければいい」と言えるんだろうか。

 

そんなことを考えながら、(でい)のように眠った。

 

 

―――

 

 

 

白い空間。

 

床も、壁も、天井も、境界すら曖昧な、あの気色の悪い真っ白。

そして、その中に立っている、白いモザイクのかかったマネキン野郎。

 

……うん、いつも通りだな。

 

 

「やあ」

 

 

今度は何なんだ。

また、領域展開か?

 

 

「違うよ。王竜王国から離れてくれないかい?」

 

 

ずいぶんと直球だな。

なんでだ?

 

 

「言うと思うかい?」

 

 

いいや……聞いただけだ。

どうせ、アイシャたちがそろそろ王竜王国に来るんだろう?

 

 

「半分正解」

 

 

半分?

 

 

「先に来るのは彼女らじゃない」

 

 

……アイシャたちじゃない。

でも、俺がここを離れた方がいい相手。

俺と顔を合わせると色々面倒が増える人。

 

あー……師匠たちのことか?

そうか、ミリシオンはもうロキシーさんたちが魔大陸で保護した転移者を連れ来ている頃だもんな。

なら次はベガリット大陸に行ってゼニスさんを救出しに行くのか……

何も手伝えなくて、本当に申し訳ないと思う。

 

 

「おや、会いに行くつもりかい?」

 

 

まさか。

 

行けるわけがない。

行きたいかどうかで言えば、行きたいに決まってる。

だからって行くわけにはいかない。

今の俺がふらっと顔を出して、久しぶりです、で済む話じゃないことくらい分かっている。

下手に会えば余計な情が出る。

余計な迷いも出る。

 

 

「結構」

 

 

離れるのは、パックスの家庭教師が終わるまででいいか?

ここにいるのは、どうせ今日までだ。

家庭教師の仕事が終わったら、すぐにどこか行く。

 

 

「いいよ。すぐに来るってわけじゃないしね」

 

 

そこは本当らしい。

少なくとも、今日明日で鉢合わせるって話じゃないんだろう。

だったら、最後くらいはちゃんと終わらせたい。

パックスとの縁も、別に綺麗なものじゃないが投げるのは違う気がする。

 

ちなみに、行った方がいい場所とかあるか?

 

 

「特にはないかな。彼女らに会いさえしなければ、基本的にはどこにでも行けばいいさ」

 

 

そこは結構自由なんだな。

 

 

「まあね。君が耐えられなくなっちゃうと困るし」

 

 

雑な配慮をどうも。

 

思わず口から出た皮肉に、ヒトガミは白い腕を軽く広げた。

まるで、感謝されると思っている仕草だった。

本当に神様ごっこが好きだな、こいつは。

 

 

「それじゃあ、君もボクと長話はしたくないだろうし、今日はここまでとしようか」

 

 

素敵な配慮をどうも。

 

白い空間が、じわじわと遠のいていく。

 

目が覚めたら、また一つ動かなきゃならない。

 

進むべき目標そのものは、まだ見えていない。

それでも、進むための道は、少しずつ削られて決まっていく。

 

明日でパックスの家庭教師も終わりか……

 

そんなことを思いながら、俺の意識はまた現実の方へ引き戻されていった。

 

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