セカイは幻想盤上のように   作:秋塚翔

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以前投稿した「ダークファンタジア大戦」なる作品を改修した再投稿です。

お楽しみいただけたら幸い。


深夜の竜退治

「うぅ……ッ」

 

 ひと気のない路地裏に、一人の若い女性が迷い込む。

 時刻は深夜。ふらふらと覚束ない足取りと零れる呻き声は傍目だと酩酊しているように窺えるが、彼女は飲酒などしていない。先ほど仕事が終わって退社をし、寄り道もせずまっすぐ家に帰るところであった。これまでも至って健康そのもので、軽い風邪ですら久しく罹っていなかったほどだ。

 そんな彼女の状態が怪しい原因は、彼女だけにしか感じ取れないこと。

 

「なに、これ……なんなの……? いったい誰なの……!?」

 

 ここには彼女しかいない。けれど女性はあたかも誰かへと訴えかけていた。当然、彼女は自身がそういった幻聴を聞くような質ではないと断言できる。だからこそ、なおさらその現象に困惑している様子だった。

 

()()とか、()()()とか、何を言って――いやっ、ちょっと勝手に……あ、ああっ」

 

 見えない何かに申し立てる最中、突然流れが変わったように女性は慌て出す。止まる足。幸いか不運か、誰の眼にも止まらない場所で女性は独り苦しみ始める。

 ポウ、と女性の足元から淡く光が発せられた。よく見ればその光源は幾何学的な模様を描く魔法陣のようで。RPGゲームなら何かモンスターが召喚されるだろうそこからの光が女性の体を包み込んだ。

 

「っあ、ぐ……な、にこれ……ッ!?」

 

 魔法陣から迸る光を受けて不可思議な苦悶が襲う。途端――女性のスーツの胸元が弾ける。あたかもそこから溢れ出た一層強い光が、物質的な圧力をもって邪魔な布地を取り払ったかのよう。そうして素肌が露わとなった女性の胸元には、ちょうど足許の魔法陣に似たそれが小さくも鋭い輝きを放っている。

 常識的な世界に生きてきた人間には理解ができない超常。それが自分の身に降りかかっている事態に、困惑が極められる。しかし逃げることは許さぬかのように体が硬直する女性の眼前に、足許の魔法陣より湧いて出てくる形で()()が主張するがごとく浮かび上がってきた。

 

 それは、毒々しい色合いをしたチェスの(コマ)状のもの。

 牙を剥く怪物の相貌を意匠としたそれを目前にした瞬間、女性の手は意思とは関係なく浮かぶそれへと伸ばされていく。

 

「な、どうして、勝手に……!」

 

 自由の利かない手が駒を掴み取り、そのまま導かれるように胸元で輝く紋様に運ばれる。

 抵抗は無意味だった。どうなっているか分からない女性はますます動揺を深め――

 

 

 

「ほんとに見境ないわね。ここまで来ると逆に感心するわ」

 

 

 

 突如上がった皮肉げな声に、意識が引き戻される。

 

「な、なにっ? 今度は、誰……?」

 

「安心して。とりあえずは味方だから」

 

 ぶっきらぼうだが、慮るような言葉。それは先と同じ幻聴のものではなく、路地裏にやって来る足音と共に正体を現す。

 フードを目深に被った少女。その覗かれる口が訳知り風に口を開く。

 

「貴女が聞いてる『声』は、傍迷惑な祝福よ。そうなるともう呪いの類いだけど。……とにかく、手荒になるけど助けてあげるからちょっと我慢しなさい」

「祝福……? 呪い……? 我慢って、なにを――ッ!」

 

 依然訳も分からず少女に問おうとする矢先、女性の駒持つ手は構わず勝手に動き、手中のそれの底面と身体の紋様とを遂に当て合わせてしまう。

 瞬間、禍々しい極光が女性を覆い尽くす。

 

「あ、あああ、あああああァ――ッ!!」

「つッ」

 

 余りの目に悪い色の光に少女が思わず目を細める。

 そんな少女と、光に纏われた女性の耳にだけ無機質な『声』が響き渡る。

 

《――流入完了(コンプリート)。アナタは【ドラゴン】とナりました》

 

 直後に光の抱擁が解けた女性の姿は、悍ましい異形と化していた。

 人の形を基礎とし、全身を覆う赤黒の鱗。強靭な尾に、鋭利な爪を誇示した力強い手足と、羽ばたくごとに強風を撒き散らす背の翼。頭部からは猛々しい角が生え、牙の生え揃う大きな口腔からは灼熱が息吐いている。化け物と形容するに余りある様相に、辛うじて変身者の女性的な起伏が窺えるのはいっそ悪趣味であろうか。

【ドラゴン】。そう呼ばれるに足る怪物が、狂気の眼光を暗闇の路地に閃かせていた。

 

「ドラゴンの魔人――また面倒な。やるしかないのがもっと面倒ね!」

 

 言って、少女は勢いよく右手の袖を捲り、そうした左手で続けて何かを取り出す。

 右腕には紋様、左手には駒。それは眼前の女性が変じる異形と酷似しているが、どこか整った異なる意匠を示すそれらを、少女が先の女性のように自らの意思で押し宛がった。

 

変換開始(コンバート)

 

 また『声』が響く。だが先のものとは違い、今度のそれは柔らかげな声色。その声と共に少女の身体は足許に展開された魔法陣からの眩しい光に包まれ、一瞬の内に少女はその姿を別の存在に変じさせた。

 金糸を思わせる色を湛える肩までの髪に天を衝かんばかりの長く尖る耳、狩人じみた軽装を身に纏い、手には実用性に長けた形状の狩猟弓が握られている。

 

《――変換完了(コンプリート)種族(バージョン):エルフ》

 

 まさに声の通り。少女は幻想にしか存在しえない姿へとなり変わっていた。

 

「ッガアアア!!」

 

 異形――ドラゴンが唸りを上げてエルフとなった少女を敵と定めて襲い掛かる。

 対し、少女は冷静沈着に弓を構えた。

 

「ふッ!」

 

 構えに応じて弓に矢が自動で装填、それを射ち放つ。空を切って飛んだ矢は真っすぐドラゴンに向かい、命中。現実の弓矢では出なかろう威力を揮い、猛然と掛かろうとしたドラゴンの勢いを削ぐ。

 が、一撃を受けたドラゴンはすぐさま猛撃を繰り出す。

 

「ああもうっ」

 

 ――いきなり路地なんかで始めるんじゃなかった。

 心中で少女は自身の短慮を歯噛みする。狭い路地裏では弓矢という武器は活きない。しかし始めてしまったものは仕方なく、少女はドラゴンの攻撃を跳んでかわす。そのまま皮のブーツサンダルで壁面を蹴り、射撃しながら距離を取る。

 それを愚直に追うドラゴン。路地の道を駆け、邪魔なビールケースや室外機など容赦なく蹴散らして獲物(少女)めがけて追いすがろうとする。()()()()で翼を使い空は飛べない様子。

 

 ふと、少女が地上に降り立つ。違法駐車される車の前。

 迫り来たドラゴンが爪牙を振るい猛然と突進を仕掛けてくる。ダンプカーの勢いを思わせる勢いの突撃は、印象を裏切らぬ威力で直線状の自動車をグワシャァンッ!! と轟音立てて大破させた。

 

「グウゥっ……?」

 

 容易くひしゃげる車体と、無惨に砕け散るガラス片。しかしそこに狙ったはずの少女の姿はすでになく。ドラゴンは廃車確実となった車に興味も向けず、キョロキョロと辺りを見回して標的を探す。

 そこに下ろされる、頭上からの声。

 

「はいご苦労サマ。今度はこっちの番よ」

 

 ()()()小路の上空から、ここまで誘導した少女が弓矢を繰り出す。

 ドドドドドッ! と隙なく打ち込まれた矢がドラゴンを襲う。苦悶しよろめくドラゴン。けれどそれが有効打にはならず、ギラリと獰猛な眼光が少女に向けられ、大口を開かせる。

 瞬間、灼熱の息吹が上空めがけて放射される。少女は素早く中空で身を翻し、軽いこなしでそれを避けた。

 

「やっぱり中級魔人だけに成長が早い、か。とっととケリを着けないと」

 

 相手の増長を察した少女は、再び弓矢を構える。対するドラゴン、湧き上がってくる力に溺れるように裂けた口に嗤いを湛えさせていた。

 ドラゴン、再度地を蹴る。狙いは当然、エルフ姿の少女。食らい付かんと牙を剥く。

 

「スキル」

 

 向かう少女、切り札の文言を唱える。

 幻想的な光群が少女に纏われ、それが番えた矢の先端へと収束していく。

 

「――『狙い射ち(スナイプアロー)』」

 

 弦を引く指を離せば、矢に収束した光が円錐状に形作られ、狙いを定めて射ち放たれる。狙うはドラゴン。正しくはその弱点たる胸元――駒が埋まるそこを、正確無比な一射が貫いた。

 

「ガ、アガっ、グアアアアアァーーーッ!?」 

 

 バキンッ。何かが砕ける音が響き、同時にドラゴンがその場で脱力し崩れ落ちる。そのまま怪物たる体躯は散るようにして解け始め、元の女性の姿だけが残って全てが夢幻のごとく消え失せた。

 

「……っ、う……?」

 

 異形の衣から解放された女性は、一瞬呆けた顔を浮かばせる。だが自身に起きたことを思い出し、狼狽の反応を示す。

 

「わ、私、いったい何をして……!?」

「迷惑厄介な幻想に囚われてただけよ。駒は破壊したから、もう大丈夫」

 

 そこへ少女が歩み寄ってくる。弓を下げ、緊張を解く溜め息を零す。

 助けられた女性は、そんなこの世のものと思えぬ姿と力を発揮した少女を恐る恐る見やる。

 

「……あ、貴女は、なに?」

 

 畏怖が多く占める問い。それに少女は当然と受け止め、幻想的なその姿を解除する。

 夜空の下、散りゆく花のような残滓に巻かれながら本来の姿――黒いパーカーのフードに隠していた肩までの黒髪を晒して先と変わらぬ調子で名乗る。

 

「私は(もり)風音(かざね)。以後お見知りおき――はしなくていいよ。

 

 さっきのドラゴンと同じ、バケモノもどきだからね」

 

 少女は紛れない事実とばかりにそう言った。

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