夜明けのプリンシパル ─ウインバリアシオンと彼女に惚れ込んだトレーナーのお話─   作:鵜鷺りょく

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あらすじの通り、ウインバリアシオンとオリジナルトレーナーの二次創作小説になります。
基本的なストーリーラインはシオンの育成ストーリーの流れを踏襲しつつ、その中にいくつか独自のお話を付け足して書いていく所存です。




第一章
夜明けの紙片 Ⅰ 「シオンに出会ったお話」


 

【1】

 

 あるいはずっと、星もないような夜を歩いていたのかもしれない。

 何の頼りもなく、進む先を示す針はカラカラと揺れるばかり。空っぽな心には、どんな景色さえ一緒に見えた。

 暗闇はただ更けゆく。それでも足を止めなければ、いつかは必ずと。

 そんなあてのない祈りに、ただ縋り続けていた。

 

「──……っ」

 

 だからこそ、夜を裂いたその光はあまりに眩しく。

 

 それはまだ肌寒さの残る春のこと。同期のトレーナーとともに足を運んだ、ある模擬レースでのことだった。

 地鳴りが迫る最終コーナー。集団を成すウマ娘たち。

 誰もが仕掛ける準備を整え、今か今かと、前へ踏み出すタイミングを窺っている。

 

「ふん……ッ!!」

 

 そこでまず、一人のウマ娘が抜け出した。

 後方からのごぼう抜き。一息の間に先頭を奪い去った金の残光。

 

 金色の暴君、オルフェーヴル。

 

「ここできた!?」

「一瞬であれだけの距離を……やはり彼女か」

 

 周囲のトレーナーたちがざわつき出す。

 "やはり"というその言葉の通りだろう。ここにいる同業者たちの注目は、その多くが彼女へと向けられていた。

 自らを絶対の王と呼んではばからず、デビュー前から圧倒的な実力を有する無二の強豪。

 新人の自分にさえ確信を与える。彼女は別格だ、と。

 

 またたく間に集団を飛び去ったオルフェーヴル。

 開いた差が縮まらない。どころか、後ろを振り向きさえしないその姿は見る見る遠ざかる。

 大勢は決まった。その瞬間、きっと誰もがそう思っていた。

 

 

 

『──逃がさない』

 

 

 

 だから、気づかなかったはずだ。

 絶対的な力を誇示する背中。その差に圧倒され、徐々に揺らいでいく集団の中。

 目を伏せることなく、それをずっと睨み続けていた彼女の存在に。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 撃ち出された最後の一矢。赤い閃光が一心に駆ける。

 力強い一歩、また一歩が、遠ざかるばかりだった影へと迫っていく。

 

「いけっ……届けッ!!」

 

 ざわめきの中に混ざったその声は、果たして誰のものだったのか。

 頭はとうに熱に浮かされていて、何だかひどく喉が渇いていたのをよく覚えている。

 

「ゴォーーールインッ! 勝ったのはオルフェーヴル!!」

 

「他を寄せ付けぬ見事な走り! 絶対の王の名に相応しい鮮やかな勝利を飾りました!!」

 

 

 

【2】

 

 正午を少し過ぎた頃。この時間、ここ以上に人が集まるような場所は、きっとこの学園内のどこにもないだろう。

 校内のカフェテリア。当然、その賑わいの多くは生徒たるウマ娘たちが占めている。そこにポツポツと学園の職員やトレーナーたちが混じる形で、その後者にあたる自分もまた、そこでいつものように食事を摂っていた。

 

「ま……や……──松早(まつばや)

「!」

 

 紙面を走っていたペンが止まる。呼びかける声に振り向くと、そこに立っているのは見知った同僚だった。

 

「何だ、お前か」

「冷めた反応だね……まあいいけど。すまないが相席を頼めるかい?」

「ああ」

 

 特に愛想も繕わずに頷くが、そいつは嫌な顔一つ見せずに向かいの椅子に座った。

 天池(あまいけ)トレーナー。トレセン学園所属の同じく新人で、俺にとっては養成所時代からの付き合いになる、いわゆる腐れ縁だ。

 

「助かったよ。今日はあまり席が空いてなくて。周囲を見渡していたら、ちょうど一人寂しそうな後ろ姿が見えたものだから」

「嫌味ったらしい礼もあったもんだな」

「冗談だよ」

 

 その爽やかな口調や見た目に反し、こういうある種小粋な冗談も口にするようなやつである。

 さすがに気の知れた相手にだけやっていることだとは思う。こちらとて慣れていなければ即座にぶっ飛ばしていたところだ。

 

「それはそうと、随分熱中しているじゃないか。何かの書類かい?」

「そんなところだ。雑談に付き合えなくて悪いが、気にせず食べててくれ」

 

 適当に相づちを打って、またペンを走らせ始める。

 整理されていない文字の並び。あちこちに矢印や落書きなんかも混じるそれは書類というには不格好で、今は所詮ただのメモ書きに過ぎないのだが。

 

「へぇ……なるほど、たった一日でここまで」

「!?」

 

 それからしばらく没頭していると、やがて手元へと向けられていた視線に気づく。

 反射的に物を取り下げたが、その表情を見るにどうも手遅れのようだった。

 

「実に興味深いな。それ、あの子のかい?」

「さらっと読み解くな、忌々しい」

「らしくなくいい表情をしていると思ってね。なるほど。昨日のレース、よほど惚れ込んだようじゃないか」

 

 こちらもさすがに多少語気が荒くなったが、天池は意にも介していない様子だった。いつもらしくケラケラと笑って、何だか妙に機嫌が良さそうにも見える。

 

「ウインバリアシオン」

「……」

「高等部の子だね。主適性は中距離以上。少し前に本格化を迎えていて、このまま順当にいけば、おそらくかの暴君の同期として同じ路線を争うことになる」

「知ってたのか」

「そりゃあね。情報収集はトレーナーの基本だし……それに、あるいは彼女にとって警戒すべき相手になるかもしれない」

 

 ニヤリとして告げる。重みを感じさせるその言葉に、きっと嘘やハッタリはないのだろう。

 こいつは、すでにその情報が必要になる未来を見据えているはずだ。

 

「で、声はかけたのかい?」

「……まだだ」

「どうして」

「上手く伝えられるか分からないだろう」

「あんまりゆっくりしてると、スカウトを取られてしまうかもしれないよ?」

「ああ。だから、これでも急いでるんだ」

 

 無駄話に興じている時間はない。取り下げたメモを机上に置き直す。

 バレた以上は隠す必要もないだろう。あるいはという懸念も頭によぎったが、こいつは多分、こういう時にそれ以上は踏み込んでこない。

 

「不器用だねぇ……まったく」

 

 いつの間にか先に食事を終えていたらしい。

 そう独り言ちながら、天池が席を立った。

 

「でも、君にそんな姿を見せられたら、僕も負けてはいられないな」

「今日も行くのか?」

「ああ。昨日のレースの後は、結局みんなまとめて一蹴されてしまってね。どうしたものかと悩んでいたんだけど」

「……その割に、あんまりへこんでる感じはしないな」

「これからそのリベンジにいくんだ。気合いが入るのも当然さ」

 

 それだけ言い残して離れていく。

 ただその後ろ姿が雑踏に消える前、天池は少しだけ足を止めた。

 

「もしあの子が彼女の背中を追うのなら……あるいは、僕の望みも叶うのかな」

「?」

「いや、何でもないよ」

 

 そう言って振り向く横顔はいつもと変わらない。飄々としていて、真意も掴みづらくて。何となく、その直前の言葉だけはらしくないように思えたが。

 

「……気の早いやつだな」

 

 食堂もますます混み合ってきて、これ以上はさすがに邪魔になる。

 残りの食事を手早く片付けて、作業の続きはトレーナー室へと持ち帰ることにした。

 

 

 ──────────

 

 

 数日後。それがもう何度目になるとも知れない中、自分は学園のコースの一画へと足を運んでいた。

 

「併走の相手、受けてもらってありがとうございます、ネイチャさん」

「アタシなんかでよかったらいつでも。他ならぬシオンさんの頼みだからね」

 

 少し離れた観覧スペースから、そんな二人のウマ娘のやり取りを見守る。

 一方はもちろんウインバリアシオン。その隣にいるのは、確かナイスネイチャだ。中等部の子で、本格化はまだだが手堅い実力を有するウマ娘だと聞いている。

 一緒にコースにいるところもよく見かけるので、学年は違うもののきっと仲が良いのだろう。

 やがて走り出す二人。

 数分前の和気あいあいとした会話が嘘のように、両者はともに白熱した気合いを放っていた。

 

「……」

 

 引き続きその光景を見つめながら、手元では小まめにペンを走らせる。

 距離や適性の再分析。見合ったフォームや特有の癖など、気づいたことは片っ端から書き込んでいった。

 

 ……やっぱり、十分な素質だよな。

 

 彼女の練習を見に来るようになってしばらくになるが、こうして研究を進めるほど、その潜在能力の高さを再認識させられる。

 以前の模擬レースでも好走していたし、もうとっくに誰かが声を掛けていても良さそうなものだけど。

 

「ウインバリアシオンか。やっぱり勿体ないよなぁ」

「だな。他の世代ならともかく、同期にあんな化物がいたんじゃしんどいよ」

 

 同じタイミングで観覧に来ていたトレーナーたちの会話が聞こえてくる。

 化物、か。

 そう言ってしまいたくなる気持ちも分からなくはない。彼女が今のままデビューを果たしたとして、やはりあのウマ娘の存在はとても大きな壁になるだろう。

 

「オルフェーヴルとさえ当たらなきゃ、もっとやれるだろうに」

 

 そう言い残して、そのトレーナーたちはどこかへ行ってしまった。

 心底惜しむような口調からして、彼らなりに彼女を思って話していたのだとは思う。実際間違ったことも言っていない。堅実に勝利を求めるなら、強敵との対決を避けるのだって一つの手だ。

 他の距離、ダートへの転向。適性は無視できないが、それでも試す価値はある。

 

「はぁ……はぁ……っ、ネイチャさんもう一回! もう一回だけお願いできないっすか!?」

「ふふ、はいよー……あ、でも次走ったらさすがに休憩ですからね」

 

 彼女も、そう思うだろうか。

 

 直接対決を避けられるなら。まだ見ぬ可能性を試せるなら。

 オルフェーヴルが、そこにいないなら。

 

「……俺も戻るか」

 

 踵を返す。それを窺い知るには、俺はあまりにも彼女を知らなさすぎる。

 ならば声を掛ければいい。あいつも、他の誰かにしたってそう言うだろう。トレーナーがスカウトを考えているウマ娘に声を掛ける。どこにもおかしな点はないはずなのに。

 

 今はまだ、胸に渦巻くようなこの思いを言葉にするのが、こんなにも不安で。





※2026/3/23追記
シリーズ用の質問コーナーを開設してみました。
必要に応じてお使いください。(『活動報告』に飛びます)
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=338048&uid=503660

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