夜明けのプリンシパル ─ウインバリアシオンと彼女に惚れ込んだトレーナーのお話─ 作:鵜鷺りょく
「あんまり大人をからかうなよ」
【1】
いいリンゴを使ってるな……と。遠目にそう思った。
「キレイなリンゴ飴だな」
「え……」
それは本当に一瞬のことだったはずなのに。隣を歩くその人は、あたしの僅かな変化に気づいたみたいにそう言った。
二人で足を運んだ夏祭りの会場。見ているだけで苦笑いが零れそうになるほどの人だかりの切れ間に、宝石みたいに輝くリンゴ飴の屋台を見つけた。うっかり視線が吸い込まれてしまいそうなくらいには、とても良い出来映えだ。
けれど、近くの屋台も混んでいるところばかり。あれじゃ買いに行くのも一苦労だななんて、そんなことを考えていたら。
「ちょっとここで待ってて」
「あ、トレーナーさん!」
言うが早いか、トレーナーさんはそっと離れていく。
そのまま迷いもなく人だかりの中に入っていって、その後ろ姿はすぐに見えなくなってしまった。
「……」
追いかけようにも、人の流れはさらに勢いを増したように見える。あのギュウギュウ詰めの中だと、焦って後をついていったところできっと迷惑になる。
今のあたしにできるのは、せめてあの人の帰りを分かりやすいところで待っていることくらいだ。
(……気持ちは、嬉しいけど)
何でだろう。
ちょっとだけムスッとした気分も感じつつ、あたしは一旦人通りの端っこへ移動することにした。
────────
それは夏合宿の最終日のこと。約二ヶ月にも及ぶ集中トレーニングの期間を乗り切ったあたしたちは、かねてから約束していた通り、二人で近くの夏祭りへ繰り出していた。
地元の小さな祭事と聞いていたけど、会場の空気は思っていたよりもずっと賑やかだった。合宿所の近くは自然も多いからか、小さな神社を中心にポツポツと提灯明かりが広がっていくその光景は、何だかとても風情が感じられる気がする。
長い合宿のご褒美としては申し分ない。この夏は色々あったけど、トレーナーさんと一緒に来られてよかったな……なんて、そう浮かれていたりもしていたのに。
「…………むー」
今はちょっとだけ、置いていかれてしまったような気分だった。
いや、トレーナーさんが何をしに行ったかくらいは分かっている。
あたしがリンゴが好きなことも、またそれを前にするとつい遠慮がちになってしまうことも知っていて。だからちょっと強引にでも傍を離れて、一人でリンゴ飴を買いに走ってくれたんだと思う。
担当ウマ娘を喜ばせるために。担当ウマ娘を大切にしようとしてくれているからこそ。
そう言う人だっていうのは、ちゃんと知っているのに。
「……」
トレーナーさんを待っている間は、目の前を右へ左へ流れていく人だかりの波をボーッと見つめていた。
すると、途中で見知った顔ぶれを見かけることもあった。この辺りは合宿所からそんなに離れてもいないし、何より、夏祭りの話自体は皆の間で広まっていたことだから。
当然、学園の子たちも来ているだろう。仲の良い友人か、もしくは、大切なパートナーと一緒に。
「──えっ、ほんとに今日おごってくれるんですか!?」
「ああ。まあ、さすがに合宿はずっと頑張ってたからな。たまにはいいだろ」
「トレーナーさん太っ腹~♪ ええとー、それじゃあれとそれとこれと~──」
「程々にしないと帰ってすぐプールだからな」
「言ってること違いません!?」
「いやー、大量大量っと。……あり? そこにいるのは、今日一匹も金魚を掬えなかったトレーナーさんでは?」
「はいはい。流石だねー、うちの釣り上手さんはー」
「にゃははっ。もっと褒めてくれたっていいんですよー? 何ならこの後、手取り足取り教えてあげましょっか?」
「要りませんー」
「またまたー」
そしてそういう時は、ちょっと悪いと思いながらもつい聞き耳を立てちゃったりもして。聞こえてくる会話は色々あったけれど、どれも微笑ましいものだったと思う。
ひとえにウマ娘とトレーナーといっても、きっとその距離感は様々だ。さっき特に印象に残った二組のやり取りなんかは、あたしたちのそれとはまるで違って見えた。
気ままに甘えて、時にはちょっと雑っぽく返されたりして。
そういうのが多分、羨ましかったのかもしれない。
「ふふ。何かいいな」
「シオン?」
「っっ!?」
後ろから声がして、つい尻尾が跳ね上がってしまう。
急いで振り返ると、そこには両手に一本ずつのリンゴ飴を持ったトレーナーさんが立っていた。
「お、おかえりなさいっす! すみません、全然気づかなくて」
「いやこっちこそ。屋台の裏を通って戻ってきたから……はい、これシオンの分」
「あ……ありがとうございます」
確かに、屋台に並ぶ必要があるから行きは表になるけど、帰りまでそうする必要はない。裏道を使うのも移動にはありなのか。
なんて変なことに納得しつつ、差し出されたリンゴ飴を受け取る。赤い水飴のコーティングは、ゆらゆら輝く提灯の淡いオレンジ色を吸い込んで、何だか夕焼けの海みたいにも見えた。
「ところで、何を見てたんだ?」
「え」
「いや、
「! い、いえ……べ、別に何にもないっすよ!?」
こういうのを語るに落ちたって言うのかな。
多分一般的にはそう思われたって仕方ないくらいに、あたしはすっかり動揺しきっていた。別にやましいことでもないのに。
「……そうか。なら、いいんだけど」
そしてこういう時、トレーナーさんはあんまり深くは聞いてこない。
何かがあったって気づいていないわけじゃないんだろう。その沈黙はきっと、「シオンが話したくないなら」と、そういう意味なんだと思う。
「あっちの方、そろそろ空いてきそうだな。ちょっと行ってみようか」
「あ……ほ、ほんとっすね。何か変わった出し物とかあるかな」
話題はすぐに切り替わる。遠くを見据えるトレーナーさんの声に、あたしも微笑んで頷いた。
今度は足並みを揃えて、また人通りの中へと戻っていく。トレーナーさんの戦利品であるリンゴ飴を手に握って。
「……」
甘い水飴の味に浸りつつ、やがて少しずつ顔を出すリンゴの瑞々しい甘酸っぱさ。
夜はまだ長い。登っていく月明かりを少しだけ見上げると、あたしはまたこの後のことに思いを馳せていた。
【2】
握った銃身の先から、ポンっと空気の抜ける音が響く。
しばらく手応えがないのが続いた後の、何度目かの命中。奥の棚に並んだその景品は、着実に少しずつ後ろへ押し込まれていた。
「あー……今のは惜しかったっすね」
「そうだな。でも、よくあそこまで持っていけたなと思う。シオン、実は結構上手いんじゃないか?」
「へへ、ありがとうございます。でも、確かに今日は調子良さそうっすよね。昔はここまでできたこともなかったですから」
あえて理由を挙げるなら、それはやる気の差なのかもしれない。
現在地は射的の屋台。お祭りの出し物の中でも定番の一画といえるゲームに、あたしは挑戦していた。全く興味がなかったわけじゃないけど、それでも奮って挑戦する気になったのは、奥の景品棚に目が惹かれてしまったからだ。
ケースに入ったハンカチ。それは赤い生地をベースに、黒のラインが特徴的なシックなデザインをしていた。全体的な色調も派手っぽくなく暗めで、普段使いがしやすそうだと思った。
だから、さっきのリンゴ飴のお礼に、トレーナーさんにあげることができたらと。
「……内緒はお互い様ってことで」
「?」
「あ。な、何でもないっす」
うっかり口に出かけていた。首を傾げているトレーナーさんには曖昧に微笑んで、あたしは射的銃の先端に次の弾を込める。
あと少し。この一発で決める──!
そう意気込んで、もう一度狙いを定めた。その直後、
ポンっ ガタッ
「!」
すぐ隣から響いた別の発砲音。斜めから飛来したコルク弾が、目の前の景品に命中する。
そこそこ強い当たりだったと思う。もうだいぶ奥まで追い込まれていたハンカチは、それを受けてあっさり後ろに倒れた。
宙を舞った誰かの戦利品。棚下のブルーシートがそれを受け止める。
「よし、獲れた! 見ていてくれたかい、オルフェ!」
「ふん。まあ、貴様にしては悪くはなかろう。……して、今落とした景品のことだが」
「…………え?」
すぐ隣で喜びの声が上がる中、あたしはと言うと、しばらく時間が止まってしまったみたいだった。
それでも、何となく聞き慣れた声のような気がして、何とか顔だけ振り向かせる。すると、柄にもなく気まずそうに青ざめているその人の顔が目に入った。
その隣には、あの因縁深い金色のたてがみ。
気のせいじゃないなら、彼女の表情はどこか愉快そうに見えた。
────────
「す、すまない! 知らなかったとはいえ、景品を横取りするようなことをしてしまって!!」
改めて向き直ると、その人は珍しく慌てた様子で頭を下げる。
あたしのトレーナーさんの同期、もとい
「い、いや、いいっすよそんな。まだ獲れてなかったものですし……気を遣わずに、どうぞ」
「そういうわけには……」
「何を動転しているのだ。見苦しいぞ」
「いやさすがの僕もこれは罪悪感が……というか、あれ狙えって言ったの君だったよね!?」
この人もこんな風に謝ることあるんだな……。
失礼かもしれないけど、正直、あたしの中のこの人はそういうイメージじゃなくて。礼儀正しいのはまあそうだけど、何かこういつも飄々としている感じというか。これだけ冷静さを欠いているのは初めて見ると思う。
最初はびっくりしてつい固まってしまっていたけど。意外な展開が続いたせいで、何だかもうどうでもよくなってきてもいた。
幸いまだはっきりと宣言していたわけじゃないし、トレーナーさんへのプレゼントはまたどこかで──
「おい
「!?」
なんて切り替えようとしていたら、突然天池さんが両手を挙げた。
よく見ると、その後頭部には銃口が突きつけられている。
「そんな構えるなよ。ただのオモチャだろ?」
「いや、すまない。何というか、ものすごく物騒な気配を感じたもんだから……」
「そっか。本物だったらよかったのにな」
「何が!?」
射的銃を握っていたのはトレーナーさん。
確かに本物じゃないんだし、冗談っぽくはあるけど……天池さんが怯えるのも無理ないというか、その表情はいつも通りに静かな反面、どこか背筋が冷えるような迫力を持っていた。
例えるなら、ドラマに出てくる仕事人さんが今まさに標的を仕留めようとしている時みたいな。
「まあ、それは置いといてだ。どうだ、久しぶりに勝負をしないか」
「しょう、ぶ?」
「ああ。もちろん、
スッと射的銃を下ろして、トレーナーさんは意外な提案をする。
天池さんも最初は戸惑っているみたいだったけど、どうやら話を聞いていくうちに納得したみたいで。細かいルールとかもさっさと決めてしまうと、二人は屋台の前まで引き返していく。
「お互いに一つずつ景品を決めて、先にそれを落とした方の勝ちだ。異存はないな?」
「それでいいよ。しかし、まさか君とこうして直接対決ができるとはね。
「本気でかかってこい。……ああ。それはそれとして、その件は近いうちにツケ払わせるからな」
「やっぱり根に持ってたか……」
お互いに目も合わせないまま言葉を交わして、二人が弾を込めた射的銃を構える。
標的はすぐにきまったみたいで、勝負はすぐに始まった。
ポンっ ポンっ
「っ……これは、なかなか」
「おや、幸先が悪そうだね? こっちはもう二発も当てたよ」
「言ってろ。すぐに吠え面かかせてやる」
「それは楽しみだ」
バチバチと、二人の間に見えない火花が散っているのが分かる。
その一方、合間に鳴り響く射的銃の軽い発砲音が、ちょっとだけシュールさを醸し出しているような気もするけど……。
「……」
「……」
そして、燃えるような熱い勝負をしている二人の後ろで、あたしたちは流されるように観客になっていた。
もっとも、隣で見守っているその人の横顔は、大して興味もない感じだったけど。
「……何だ」
「あ、いえ……すみません、ちょっとだけ意外だったっていうか。あなたも、夏祭りとか来るんすね」
「ふん。彼奴がどうしてもというのでな。それに、市井の者どもが行う催しが如何様なものか、それを見定めるのも王の務めであろう」
「そういうものっすか」
担当トレーナーに誘われたし、あと祭りにはちょっと興味があったから……ってところかな。
何となくそういう風に理解する。ただ、やっぱりこの人との会話は間が持たなさそうで、あたしはまたトレーナーさんたちの方へ視線を向けた。
なかなか決着がつかないらしくて、一体何回分になるのか、山のように積み上がっていた皿の上のコルク弾だけが見る見る減っていく。
これはしばらく掛かりそうだな……なんて、そう思いつつも。
「ラストスパートだっ」
「来いっ」
自然体で夢中になっている二人のやり取りからは、気づくと何となく、目が離せなくなっていた。
────────
「はぁ、はぁ……」
「ぜぇ、ぜぇ……」
十数分後。すっかり気力も使い果たした様子で、トレーナーさんたちがこちらへ戻ってくる。
お互い懐には戦利品を抱えていて、それは最初に標的に定めた、大きなお菓子の詰め合わせ袋だった。
「くっ……あとちょっとのところで」
「手こずったが勝ちは勝ちだ。文句はないだろ」
結果はトレーナーさんの勝利。お互いに何十発も打ち続けた末に、一歩早くトレーナーさんが景品を落として見せた。さすがの天池さんも心底から悔しそうだ。
突発的な出来事だったけど、あたしも何だか嬉しかった。
いつもは見守られる側のあたしたちが後ろに立って、くり広げられた熱戦をうちのトレーナーさんが制した。トレーナーさんがあたしのレースの勝利を喜んでくれるみたいに、それは多分、自然なことなんだと思う。
「やったっすね。トレーナーさん」
「ありがとう。……本当は、もっとスマートに勝って仇を討ちたかったんだけどな」
「仇?」
「あ。いや、何でもない」
あたしが聞き返すと、トレーナーさんは少し照れくさそうにそっぽを向く。
もしかして、と。急に天池さんに勝負を挑んだトレーナーさんの気持ちを、あたしは少しだけ察しかける。
「おい」
「え。わゎっ」
視界の端で何かは舞い上がったのは、その直後のことだった。
ギリギリのところで反応してキャッチする。ほっと一息を吐いてから見ると、それはさっきの赤いハンカチだった。
顔を上げる。視線の先にいたオルフェさんはしれっと言った。
「納めよ。取るに足らぬ児戯とはいえ、報償くらいはくれてやらねばな」
「あ、あぁ……どうも、っす」
それならもうちょっと普通に渡してくれればいいのに、とは思ったけど。そう言っても多分、この人は聞く耳を持たないんだろう。
「さて、我らはもう行くが。一つ忠告をしておいてやる」
「?」
「贈答品としてのハンカチには、
最後にそれだけ言い残して、オルフェさんたちはあっさり去って行った。何だったんだろう、一体。
贈答品……ハンカチ……手切れ……。
「──!?」
ハッとして、急いでスマホを取り出す。"ハンカチ"、"プレゼント"でネット検索をかけてみた。
表示された結果を見て、あたしはすぐに目を丸くする。
『ハンカチのプレゼントには、「別れ」「手切れ」「縁を切る」といったネガティブな意味合いがあります。特に、目上の方への贈る際にはご注意を。』
「…………」
あまりの衝撃に、つい言葉が発せなくなっていた。
だって、トレーナーさんへのお返しになればと思って射的に挑戦したのに。一度は取り逃して、それでも色々あってこうして手に入れることはできたけど、これじゃとても。
「贈答品、か。確かにそんな話も聞いたことあるけど……それ、誰かへのプレゼントなのか?」
「えっ!? いやあの、それはっすね……」
そう疑問に思われるのも当然のことだった。くそ、わざわざトレーナーさんにも聞こえるように言いやがって……。
多分、最初から分かっててちょっかいをかけてきたんだと思う。ちょっと前にも被害に遭ったばかりだけど、これだから油断ならないんだ、あの人の気まぐれは。
「……あ」
トレーナーさんを前にしどろもどろになりながらも、ふと、画面に表示された文章の端っこが目に入る。
『何かと注意は必要、ですが。』
『親しい間柄の相手には、気持ちを込めて贈れば問題はないでしょう。』
「っ……──あのっ、トレーナーさん!」
「ん?」
「こ、これ……どうぞっ」
それに背中を押されるように、意を決してハンカチを差し出す。トレーナーさんはしばらく、驚いたように瞬きを繰り返していた。
「さっきの、リンゴ飴のお返しっす。あいつはあんなこと言ってましたけど……別に、そんな、変な意味とかは全然なくて。
ただあたしが……あなたにあげたいって、そう思っただけなんで!」
必死に言い訳をするようなその声は、気づけば祭囃子にも掻き消されないくらいに大きくなっていた。遅れてそれに気づいて、恥ずかしくなって視線を下げる。
ただのお返しだって言うなら、なおさらもっと胸を張っているべきなのに。こんなんじゃ、どれだけ言葉でそう言ったって、ちゃんと伝わってくれているかどうか。
「……そっか。俺のために、がんばってくれてたんだな」
手に握ったハンカチの箱が、少しだけ軽くなる。
自然とそのまま手を離していた。顔を上げると、トレーナーさんは赤いハンカチの箱をしっかりと握ってくれていて。
「ありがとう。大切にさせてもらうよ」
何の屈託もなく、優しく笑ってそう言ってくれた。
【3】
『養成所の頃からの友人なんだ』
『彼のことで気になることがあれば大体答えるよ』
それは、長かった夏合宿の途中にあった、ほんの一欠片のやり取り。
いつかの合同トレーニング中に天池さんと交わした会話の断片を、あたしは不意に思い出していた。
「今更っすけど、トレーナーさんと天池さんって、すごく仲良いっすよね」
「…………え?」
射的の屋台を離れた後。しばらく練り歩いてきた夏祭りの活気にも、そろそろ落ち着く気配が見えてきていた。
帰り道につく前に、あたしはトレーナーさんにそんなことを聞いてみる。返ってきた反応には、本当に心からの戸惑いが込められているみたいだったけど。
「いや、だってさっきの射的の時とかもそうでしたし……合宿の練習の時も、天池さんが言ってましたよ。養成所の頃からの友達で、長い付き合いになるって」
「長いだけだよ。色々あって一緒に行動することはそれなりにあったけど……まあ、腐れ縁ってやつかな」
溜め息の交じるその声色は、決して照れ隠しとかそういうものじゃないようにも感じられた。
付き合いも長くて、よく一緒にいて。あれだけ遠慮のないやり取りができるのに、それでも友達ってわけじゃない。
二人の関係は、あたしが思っているよりも複雑なのかもしれないけど。
「何か、いいっすね」
「?」
「だってトレーナーさん。あたしの前だと、あんな風にはならないじゃないっすか」
「それは……いや、まあ」
一緒にいて無邪気に熱くなったり、軽口を叩き合ったり。そういうのはやっぱり、そこそこ気心の知れた同期だっていうのが大きいんだろう。
あたしじゃ同じようにはなれない。たとえ、そこにどれだけ憧れを感じていても。
そう思っていた。でも、今日の夏祭りで見かけた他の子たちのところは、ある意味でそれに近いものを秘めていたような気がして。
全く同じじゃないとしても、それでも何かできるんじゃないかって、興味を引かれてしまったんだ。
「ちょっと羨ましいな。ふふ……トレーナーさん、素だと口悪いところあるっすよね。……でも、そういう雑っぽさも親しさの裏返しって感じで。あたしも、いつか」
大切にされているのは分かっている。だからこそ、トレーナーさんなりに適切な距離でいようとしてくれていることも。
それでも、例えばもう少しだけ。たった一人の担当ウマ娘として、その傍に近づいていけるんだとしたら。
そんな風に考えてしまうのは、いけないことなのかな。
ポン
「……あ」
「
通りすがり、一瞬だけ頭の上にふわりと手が触れる。
続いた声の響きはいつもと違っていて。ちょっとぶっきらぼうで、どこか雑っぽさもあって。
こちらに背を向けたまま、トレーナーさんはスタスタと歩いていく。
「……ごめん。これが、限界」
「──っ~~!! あの、トレーナーさん! 今の、あの、もう一回だけ!」
「ほんとに勘弁してくれ」
何だかつい嬉しくなって。あたしが追いかけようとすると、トレーナーさんは逃げるように足を速める。
もちろん、その気になればすぐに追いつけそうだけど。
今日は気ままなお休みだから。何てことのない悪ふざけを楽しむように、あたしたちはそんな追いかけっこに興じていく。
※2026/3/23追記
シリーズ用の質問コーナーを開設してみました。
必要に応じてお使いください。(『活動報告』に飛びます)
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