夜明けのプリンシパル ─ウインバリアシオンと彼女に惚れ込んだトレーナーのお話─   作:鵜鷺りょく

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「あたしを、おいていかないで」




雨陰のつぼみ Ⅸ 「夢をなくしかけるお話」

 

【1】

 

 それまでにも、眩しい才能なんてものはたくさん見てきた。

 でも、あんなにギラギラとした輝きを見たのは、きっと初めてのことだったと思う。

 

『よもやその程度とはな』

 

 降り注ぐ冷ややかな声に、頭を上げることもできないでいた。

 激しく肩を上下させながら。ギュッと閉じた口の中には、グツグツと煮えるような血の味が広がっていく。

 

『……つまらぬ』

 

 

 ──────────

 

 

 それはまだトレセン学園に入ってすぐの頃。他のクラスとの合同で行われた授業の最中だった。

 各自で他の人と声を掛け合って、準備のできたグループからコースに出て併走を始める。今ではすっかり慣れ親しんだ基本的な授業内容だけど、その頃のあたしはまだ色々と不慣れで、内心どこか落ち着きがなかった。

 どちらかといえば内向的な方だったし、他のクラスの人も混じっていると単純に声も掛けづらい。

 そうやってどうしようか悩んでいたところで、そのうちあたしは一人の生徒に視線を留めた。

 

『あぁオルフェ様……今日も本当に麗しいお姿……』

『やっぱり格ってあるんだなぁ。準備運動一つ取ってもあんなに存在感あるなんて』

 

 ……ああいうのを、黄色い声援っていうのかな。

 なんてことを考えながら、少し離れたところにできていた人だかりをしばらく外から見ていた。一歩引いた位置からたくさんのウマ娘たちに囲まれて、それでも、彼女は何でもない様子で黙々と準備運動をしているようだった。

 

(……!)

 

 集団の切れ目に見えたその姿に、一瞬息が詰まった。

 深い青に紫の淡い光は混じった鋭い視線。周囲にある何者をも意に介さず、ただそこに君臨する凜とした横顔。そして、何よりも印象的な黄金の長髪。

 まだ、実際に走りを見たわけでもないのに。

 ウマ娘としての本能みたいなところで、あいつは別格だっていうのが、痛いほど伝わってきた。

 

(……あれが、オルフェーヴル)

 

 クラスは違っても、その噂くらいは聞いていた。こんな早い時期じゃまだ横並びでしかない新入生たちの中で、すでに頭一つ抜けた実力を持つ怪物がいるという、そんな話を。

 そして、あたしはついに出会ってしまった。

 

「……」

 

 身の程知らずだっていうのは、分かっていた。

 最初の一歩を踏み出した時、きっと誰よりもびっくりしていたのはあたしだったと思う。少し前まで誰に声を掛けるかも悩んでいたような小さな心臓が、今は別の誰かのそれみたいに強く脈打っていた。

 

 あいつと走ってみたいって。そう叫ぶように。

 

『? 貴様は』

『……あ、あのっ』

 

 周囲のざわめきが聞こえた時、あたしはもう彼女の前に立っていた。

 

『一緒に、併走。お願いできませんか』

 

 我ながら謎の度胸強さだ。でも、そこで進み出てしまった感情の正体は分かっていた。

 誰もが目を惹かれるキラキラとした存在。かつて、バレエの道を志していた時に何度も目に焼き付けた、大舞台の真ん中に立つ主役。

 あたしの目には、もうその二つが重なって見えていた。

 一度は捨ててしまった幼い夢。その代わりに見つけた、レースの世界で主役になるっていう新しい夢。バラバラになったあたし自身をつなぎ合わせて前に進むために、それは必要な挑戦だった。

 

 ……初戦の結果は、惨敗だった。

 

『っ──やぁぁぁぁぁッ!!』

 

 併走の間、そんな風に叫んでいたのはあたし一人。

 本当に同じウマ娘なのかと疑った。隣を走っているのに、一度も前に出られる気がしなかった。

 ……少しでも気を抜いたら、すぐに千切られる。

 ついていくのがやっとのあたしの隣で、あいつは終始、涼しい顔をしていた。

 

 ゴールラインを越える。大差にならなかったのは、あたしが相手にもされてなかったからだ。

 決死のラストスパートでさえ、あいつを振り向かせることすらできなかった。

 

 

 ──────────

 

 

『あれが、オルフェーヴルさん……』

『か、かっこいい……! どうして、あんなにずっと速く走ってられるのかな!?』

『それは、分からないけど……』

 

『でも──私も、あんな風に走ってみたいな』

 

 最後の一言を吐き捨てるみたいにして、あいつが去った後のコース。

 周囲で止まないたくさんの声は、いつの間にか黄色い声援なんて優しいものじゃなくなっていた。

 

 喝采。一つの舞台の上で、最も輝いた者に贈られる祝福。

 

 耳が痛くなるようで、それでも確かに気持ちを昂ぶらせる不思議な音。

 他の誰かが持っていたものとして、あたしはそれをよく知っている。まるで息をするみたく当たり前に、ただ自分らしくあるだけで人々を照らしてしまえるような、そんな人たちがいることも。

 

『……あの子、大丈夫かな。さっきからずっと俯いて……』

『いい気味です。己が力量も知らずにあの方に挑まれた無礼、精々悔やまれるといいわ』

 

 容赦のない言葉が聞こえる。

 でもそれは、もしかしたらあたし自身の声でもあったのかもしれない。

 

『っ……くそっ……くそぉ……』

 

 無力感と屈辱。ドロドロとした気持ちが、奥底から湧き出して止まらなかった、

 

 それが最初の記憶。そこから途方もなく続く、彼女の背中を追いかけ続ける日々の。

 あいつを初めて見た時、胸に宿ったそれは憧れだったのかもしれない。ただあんな風になりたいって、そんな漠然とした。無垢な子供が、ただかっこいいと感じた大人の姿を目指すような。でも。

 

 何であいつばっかり。ずるい。どうして。

 

 積み重なる敗北が、それを塗り替えていく。憧れは、気づくと憎しみになっていた。

 絶対に負かして、あたしを認めさせる。その気持ちだけを原動力に、一日も欠かさずに努力を続けていった。

 だからって。いくら焦っても、あいつの背中は遠ざかるばっかりだったけど。

 

 

「──あれ?」

 

 

 じゃあ、一体。

 あたしは昔と、何が違うんだろう。

 

 

 

【2】

 

「──! 終わりって、どういうことっすか!?」

 

 そうして、長かったクラシック級の年は終わった。

 冬の季節としてはまだ半ば。肌を刺すような冷たい空気に、それとは正反対に青く澄んだ空の下で、あたしたちはその日もコースにいた。

 

「言葉の通りだ。今日はいつもより疲れが溜まるのが早い。これ以上無理に続けても、負担になるだけだ」

「まだやれます! だってやっと、ちゃんとトレーニングができるようになったのに……ここで止まったら」

 

 トレーニングの中止を指示するトレーナーさんの声に、あたしは感情のまま食い下がる。

 年が明けてからしばらくが経つ。脚のケガからもようやく立ち直ることができて、念願だったトレーニングも負荷の軽いメニューから少しずつ再開されていった。

 仕方がないのは分かってる。でも、逸る気持ちを抑え続けるのもそれだけ大変で。

 そうやって、ようやくここまで戻ってこられたばかりなのに。

 

「シオン」

「……」

「大丈夫、まだ時間はある。脚だって十分に動いてるんだ。今は落ち着いて、しっかり休んで気持ちを切り替えれば、君なら」

 

 どうしても気持ちが剥き出しになるあたしを、トレーナーさんは優しく諭してくれる。

 前と全然変わらない、その真っ直ぐな声で。……でも。

 

「無理です……このままじゃ、間に合わない」

 

 それなのに、訳の分からない苛立ちは込み上げる。

 何で、そんないつも通りでいられるんだ。

 違和感に気づいていながらも、あたしはそれを飲み込むことができなかった。

 

「……トレーナーさんには、分からないんすよ」

 

 絞り出すような声が零れる。歪に掠れた響きが、耳の中に反響する。

 それが発してはいけないものだって気づいたのは、次に顔を上げた瞬間だった。

 

「っ……」

 

 トレーナーさんの姿が目に入る。今までずっと見てきた、いつだって静かにあたしを見守ってくれていた穏やかな表情。

 それが僅かに歪んだ。感情を表に出すような人じゃないって知っているからこそ、悲しげな瞳の揺らめきが際立って見えた。

 

「すみ、ません……あたし」

「……いや、気にしなくていい。俺の方こそ、押しつけるような言い方になっちゃったな」

 

 表情がすっと切り替わる。垣間見えた弱々しさが裏側に消えていく。

 後に残されたのは、困ったような笑顔だけだった。

 

「でも、やっぱり今日はここまでにしよう。片付けはやっておくから、シオンはもう上がってくれ」

「…………はい」

 

 今のあたしに、それ以上何かを言えるはずもなくて。

 身体はすっかり冷え切っていた。今度は緩やかに伝わってくるトレーナーさんの声に、あたしはコースをあとにする。

 

 

 ──────────

 

 

『オルフェーヴル!! 先頭、オルフェーヴルです!!』

 

『見事、世代の主役の座を勝ち取ってみせました!!』

 

 

 あれだけ衝撃的だった有マ記念からも、気づけばもう一ヶ月近くになる。

 時間が過ぎるのは本当に速い。そう感じるのは、あたし自身が精一杯今に向き合えていないことの証でもあるような気がしていて。

 あいつを讃える凱歌()は、まだ昨日のことみたいに思い出せるのに。

 

「……最低だ。あたし」

 

 現在地は広場の片隅。コースで解散になった後、落ち着かない気持ちを引きずったまま更衣室に戻ることもできずに、あたしは一人で木陰のベンチに座っていた。

 まるで八つ当たりするみたいに、勢いよくペットボトルを傾ける。苦しそうに息継ぎをしてから、ふっと力を抜いてベンチの背にもたれる。……さっきから、しばらくはこんな調子だった。

 

 トレーナーさんには、分かんないっすよ。

 

 あらためて振り返ってみても言い訳のしようがない。ひどい言葉だ。

 だって、一緒にあのレースを見ていたんだ。トレーナーさんだって、きっと色々気持ちを察してくれている。それだけじゃ埋め合わせられるはずのないところを、肝心のあたしが口に出来ていないだけだ。

 

 話せばちゃんと聞いてくれる。……そんなこと、分かってるのに。

 

 あれから、トレーナー室にはまた足を運ぶようになった。宣言した通りに次の日から行ってみると、トレーナーさんは変わらずそこにいてくれた。部屋は思ったより片付いていたけど、やっぱり間に合わなかったのか、ちょっとだけ気になるところも残っていた。

 だから、あたしも片付けを手伝った。しばらく留守にしてしまっていた場所に、もう一度根っこを張り直すみたいに。そこにあるものを整えているだけで、ちゃんと日常に帰ってこられたような気がした。

 嬉しかった。何も出来ないあたしでも、ここにいていいんだって思えた。

 

 それは本当だ。……でも、それが全部じゃなくて。

 

『俺はもっと……君と話がしたいから』

 

 あたしはまた、そんな嘘をついた。あの時のトレーナーさんの言葉を聞いて、受け入れたふりをした。

 全部話す覚悟なんて、全然できていなかった。ジャパンカップの後。みんなに気遣ってもらって、ヴィルシーナさんたちの前で大泣きもして。あの頃から何も変わってなんていないのに。

 それをあの人に伝えるのが、怖かった。

 

 あいつは、どんどん前に進んでいくのに。

 

 ペットボトルが空になっていた。いい加減にしなきゃと思って、ベンチを立つ。

 ここからなら、更衣室まではまっすぐ向かえば数分くらい。分かってはいたけど、それでも何となく遠回りをしたくなって。

 逡巡な足先はふらりとコースの方へ傾いていく。

 

「行きますよ、フラッシュさんっ!」

「っ……はい、受けて立ちます!」

 

 最初にはっきりと聞こえたのは、あたしの知っている声だった。

 振り向いてみれば思った通り。二人、思わず息を呑んでしまいそうなくらいの火花を散らせて、ブエナビスタさんとエイシンフラッシュさんが併走トレーニングをしていた。

 

「うわぁ、二人ともガチじゃん……本番かっての」

 

 今は休憩中、なんだろうか。その傍に、トーセンジョーダンさんの姿も見つける。

 ジャパンカップで一緒に走った皆さん。あたしにとってはそうだけど、元々、先月の有マ記念まで含めて対戦した回数も多い三人だ。一緒に練習をしていたとしても不思議はない。

 

「ん?」

「……!」

 

 一瞬、ジョーダンさんが振り返るのが見えた。

 反射的に、あたしは手近な木の後ろに身を隠す。

 

「んー……ま、いっか。──あっ、次つぎ! あたしも混ざっていーっ?」

 

 声が遠ざかっていく。チラリと顔を出すと、今度はジョーダンさんも混ざって走るみたいだった。

 

(……あいつだけじゃ、ない)

 

 大きなレースで敗北を味わってから一ヶ月足らず。ブエナさんたちも、もう次に向けて走り出している。

 あれだけ突き放されて。明確な差を突きつけられて。

 纏う気迫は、以前のレースで見かけた時にも見劣りしない。それは言うまでもなく、彼女たちがまだ進むのを諦めていない何よりの証で。

 

 今のあたしにはない、強さだ。

 

「……ッ」

 

 とても、じっとなんてしていられなかった。

 コースに背を向けると、あたしは校舎とは反対方向に走り出していく。

 

 

 

【3】

 

 トレーナーさんが言っていた。今日はいつもより疲れるのが早い。このままやっても負担になるだけだって。

 納得するしかなかった。走りに集中できていないのなんて、自分が一番分かっていた。

 

 ジャパンカップの結果。

 ケガの後遺症。

 有マ記念を見たときのショック。

 

 根っこにあったものは、きっとそのどれでもなくて。

 あたしはそれを知っている。昔叶わなかった夢があったことも、それを諦めてしまった自分自身がいたことも。

 それを、ずっと思い出していた。

 

(──努力したって、意味なんか)

 

 衝動的に学園を飛び出して、外周に出てきていた。

 コースなんて特に決めてない。期待される効果も、身体に返る負担も、今はどうでもいい。

 この気持ちを誤魔化していられるなら、何だってよかった。

 

 ……あたしの頑張りなんて、そんなものだったのかもしれない。

 

 最初は確かに、真っ白な希望だったはずだ。まだ夢を見始めたばかりの頃は、がんばっていればいつか辿り着けるって、そう信じていた。

 でも、それだけじゃ届かないものがあることも、だんだん分かっていった。努力は足を止めないための理由付けに。ぎゅっと握りしめているだけで不安を紛らわせてくれるような、ただのお守りになっていった。

 

 結局は、自分勝手な現実逃避。

 そんな姿が、誰かに届くわけがなかった。

 

 あいつみたいな、輝く主役になれるはずなかったんだ。

 

 

 ──────────

 

 

 プリンシパルっていうのは、舞台の主役を意味するバレエの言葉だ。

 

 あたしの実家はバレエ教室をやっていた。母さんはそこの先生で、父さんは実際に舞台経験のあるプロのバレエダンサーだった。そんな環境に生まれて、プリンシパルとして活躍する父さんの背中を見ながら、あたしは次第に憧れを持つようになった。

 バレエを始めるって言った時、父さんたちはすごく喜んでくれた。

 教室に通うみんなと一緒に練習を重ねる日々。一日でも早く父さんみたいになれることを願って、あたしなりに必死に努力を続けていった。

 

 ……でも、期待していたような才能は、自分にはなかったみたいで。

 

 基礎は一通りこなして、教科書通りの技術は身につけていった。でも、舞台の上で輝くにはそれだけじゃ足りない。踊りに載せる表現(オリジナリティ)がなければ、選ばれる一握りの主役になることはできないと分かった。

 小さな教室の中にも、才能に溢れた子たちはいた。みんながキラキラと輝いている姿を、あたしは遠巻きに見つめているばかりで。

 

 結局、最後まで自分の輝かせ方なんて分からないまま。

 あたしは、あれだけ大切に抱えていたトウシューズさえ、そっと脱ぎ捨ててしまった。

 

 

 ──────────

 

 

 そうして、乱暴でがむしゃらな走りを繰り返しながら、あたしは学園まで戻ってくる。

 日はすっかり落ちていた。真っ暗な冬の空に、荒々しく吐き捨てる白い息だけが立ち上っていく。

 

「ハァ……ハァ……っ」

 

 あの頃と、何が違うの?

 

 もらった期待にも応えられなくて、輝いている誰かの背中を見つめていることしかできなくて。

 今また、頑張る理由さえ見失いかけている。

 

(あたし、は……)

 

 バレエの夢を失った後、あたしはこのレースの世界に足を踏み入れた。

 昔、偶然見たレースの景色があんまりキラキラ輝いていたから。バレエの舞台にも負けない、けれど異質な情熱を持ったあの大舞台でなら、今度こそ頑張れるんじゃないかって。

 走って、走って。そしてまた、同じ壁にぶつかっている。

 一つの夢を諦めた事実は変わらない。自分自身の熱意を裏切ってしまった後ろめたさは、今も心にへばりつく。

 

 あたしはずっと、あたしのままだ。

 

「──ハァァァァァァッ!!」

「!」

 

 照明の光に誘われるようにして、あたしはまたコースの近くまでやってきていた。

 こんな時間だ。誰もいなくてもおかしくないと思っていたそこには、まだ決死の競り合いを続けている誰かの姿があって。

 夜風に流れる艶やかな青い髪。その人を、あたしが見間違えるわけがなかった。

 

「ヴィルシーナ、さん……」

 

 あたしと同じ、強力なライバルの背中を追って頑張ってきた。まるで合わせ鏡のようなウマ娘。

 併走している相手の方を見て、その熱意に納得した。

 ジェンティルドンナ。あたしと同じ高等部の生徒で、"貴婦人"の異名を取る実力者。その圧倒的なパワーを誇る走りっぷりはデビュー前から有望視されていて、ついこの間、早くも重賞レースを一つ勝ち取ったと聞いている。

 

 ヴィルシーナさんとは同期。

 目指す先は、同じティアラ路線。

 

 順当に行けば、今年の春にはぶつかることになる。学内のレースで何度も辛酸をなめさせられてきたジェンティルさんを相手に、雪辱を果たすヴィルシーナさんの戦いが始まっていくんだ。

 ……ちょうど一年前の、あたしたちみたいに。

 この先、あたしと同じになるかもしれないその道を、彼女はどんな風に進んでいくんだろう。

 

「ふふ。こんな時間にわざわざ声をかけていらしたんですもの。どれほどのものかと期待しましたけれど……こんなものでは」

「……いいえ。確かに届きませんでしたが、手応えはありましたわ」

「へぇ?」

 

 一つの併走の終わり。ゴールラインの向こうで振り返ったジェンティルさんに、ヴィルシーナさんは毅然と向かい合う。

 遠目にも分かる、衰えない気迫。届かなくても、その走りは冴え渡っていた。

 

「精々、その涼しい顔で佇んでいればよろしいわ」

 

「あなたを下して女王になるのは──この私なのですから」

 

 夏合宿の時とは、全然違う。あれからまたたくさんの努力を重ねて、彼女は強くなっていた。

 今の実力差を前にしても。堂々と胸を張って、不敵な笑みを湛えて。

 そんな眩しい姿は、似ているなんて思っていたのが恥ずかしくなるくらい、別の世界の人のように見えた。

 

 きっと、時間は少しずつ移り変わっていく。

 オルフェさんが三冠を取り、先達であるブエナさんたちを打ち倒したように。鎬を削り合うヴィルシーナさんたちの熱気が、あたしたちの後ろからやってくる。

 

(……やめて)

 

 自分の輝き方なんて知らない。

 何者にもなれなかったあたしは、ただ静かに忘れ去られていくだけだ。

 

(もう、がんばらないでくれ)

 

 光の当たらない暗い木陰の中に。決して許されない、呪いの言葉だけを残して。

 

 

 

「あたしを、おいていかないで──」

 

 

 





ここまでお付き合いくださりありがとうございました。
最近は辛い回ばかりになり申し訳ないですが……次回、長かった第4章もついに完結となります。今しばらくお待ちください。


シリーズ用の質問コーナーを開設してみました。
必要に応じてお使いください。(『活動報告』に飛びます)
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=338048&uid=503660
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