夜明けのプリンシパル ─ウインバリアシオンと彼女に惚れ込んだトレーナーのお話─   作:鵜鷺りょく

32 / 33

それは、星も見えない夜への一歩。




【幕間】Twilight & Starless Ⅰ 「トレーナーの昔話(前編)」

 

─────【1】─────

 

 

 それはいつかの夏の夜更け。季節の虫たちがさざめき出す頃のこと。

 気分転換に合宿所の外へ出てきていた自分は、持ち出してきた仕事用のタブレットを手に、その辺のベンチで資料をまとめていた。

 

「お、やっぱりいたね。利かん坊の仕事人間が」

「やかましい」

 

 そこへ語りかけてくるお邪魔虫。

 チラリと視線を寄せれば、あの腐れ縁の同期こと、天池(あまいけ)トレーナーがやってきていた。

 

「何しに来た」

「散歩ってところかな。昨日こっちの方へ行くのを見かけたから、今日もいるようならちょっと絡んでいこうかと」

「そうか。仕事人間をわざわざ冷やかしに来る暇人ほど、鬱陶しいものもないだろうな」

 

 あるいはそれだけ余裕ということだったのか。すでにクラシック三冠に王手をかけたあの暴君のトレーナーといえば、確かにそれらしいのかもしれないが。

 今年の夏合宿もそろそろ折り返しに入る。大事な時期だ。面倒なヤツの相手は程々に流しつつ、今は作業に集中するとしよう。

 

「……そういえば」

 

 そう思ったのだが。残念ながら、一つ思い出してしまったことがあった。

 

「お前、シオンに変なことを吹き込んだだろ。何だよ、昔担当してたウマ娘がいたって」

「いい脚色(アレンジ)だったろう? そのまま教えるだけじゃ、味気ないかと思ってね」

「お前の辞書にプライバシーって文字はないのか。そもそも当たり前のように話そうとするな」

 

 自分の昔を知るお喋りな同期というのがこれほど面倒だとは。自分が赤ん坊だった頃を知っている親戚などといい勝負だ。

 指摘したところでどこ吹く風。天池は開き直る。

 自衛のためには、いずれこちらも仕返しのエピソードをいくつか準備しておくべきかもしれない。

 

「彼女が知りたそうにしてたんだよ」

「……」

「そんな風に思ってもらえるなんて、トレーナーとしては喜ばしいことじゃないか。変な意地なんて張ってないで、ちょっとくらい話してあげればいいのに」

「彼女くらいの年頃は、そういう話題にも興味を持ちやすいからな。……大して面白みのない話ばかりだ。がっかりさせたくない」

 

 適当な言葉遊びが勢いづく。するとこいつが次に何を言うのかも、何となく分かってしまった。

 タブレットの電源を切って、静かに席を立つ。

 

「思ってもないことを言うね。そういうのじゃないことくらい、薄々分かってるくせに」

「はいはい。そろそろ本当にぶん殴るぞ」

 

 そう言ってみせると、"おぉ怖"と肩をすくめる。そんな天池の隣を抜けて、自分は緩やかに合宿所へと戻っていく。

 足音はついてこなかった。まったく、こんな夜遅くに本当に何をしに来たのやら。

 

「……」

 

 合宿所に入る手前。ほんの少しの間だけ、振り返って夜空を見る。

 その様はあいにくの曇り空。きらめく星などはほとんど見えなくて、月も欠けた暗闇はいつもより深い。

 何だか、見ているだけで気が滅入ってきそうだった。

 

(……今日は、もう休むか)

 

 踵を返して、寝室へと急ぐ。

 どの口がと言われるかもしれないが、寝不足なんて基本は褒められたものじゃない。

 

 ……ただ、きっと訳の分からないやつの相手をしてしまったせいだろう。

 

 その日は、いつもより少しだけ長い夢を見た。

 

 

 

 

─────【2】─────

 

 

 

「──そうなのっ、このウマ娘ちゃんはほんとにかっこよくてね!」

 

 

 

「いじわるなライバルに何回負けたって、すぐに立ち上がってまた走る! とってもがんばりやで、みんながおーえんしたくなるの! どう、すごいと思わない!?」

「う、うん。そうだね」

 

 それは確か、とある放課後の小学校でのこと。

 教室で机を付き合わせながら、二人の子供が自由帳にペンを走らせていた。目の前の女の子が自分の考えたお話について熱く語っていて、それに圧倒されつつ、こちらも何とか相づちを返していた。

 

「かっこいいと思うよ。……ちょっとだけ、ベタかもしれないけど」

「あぅ……やっぱり、そう思う?」

「ちょっとだけね。でも、何だかおもしろくなりそう。もっと考えてみようよ」

 

 そうして少し落ち着いたら、今度は二人でアイデアを出し合っていた。

 彼女はマンガが大好きで、読むだけじゃなく、自分で書くことにも熱心な子だった。いつか雑誌の賞にも応募して、早くプロの漫画家になりたいのだそうだ。

 幼くして将来を見据えている彼女は、尊敬できる同年代の一人だった。

 

 彼女と仲が良かった自分は、よくその話し相手になっていた。たまにはその作業を手伝ったりもして、二人でよく教室に居残っていたのをよく覚えている。

 

「──おっ、いたいた!」

 

 そして、そんな時はしばしば彼もやってきた。

 サッカーボールを抱えた男の子。廊下から勢いよくこちらへ向かってくると、彼はガッと肩を組んできた。

 

「なんだ、また二人でなんか書いてんのか? せっかく天気いいんだし、外でサッカーしよーぜ?」

「"なんか"じゃなくてマ・ン・ガ! 今いいところなんだから、ジャマしないでよ」

「してないだろ。おれはコイツをさそってるんだから、お前は気にせず書いてりゃいーじゃん」

「だーかーらーっ」

 

 小さい頃は些細なことですぐ言い合いになる。あの二人は揃って気が強かったから、顔を合わせればいつもそうだった。

 男の子の方は、まあ少しワガママで強引なのも事実ではあったけれど。将来はプロのサッカー選手になることを夢見ていて、放課後も自主練を欠かさないような努力家だった。

 自分もちょくちょく練習に誘ってもらっていたから。ちょっと熱くなりやすいだけで、別に悪い奴じゃないのも知っていた。

 

「へへ、前話してたかっけーシュート、やっとできるようになったんだぜ? お前も見たいって言ってただろ?」

「! すごいね。前は全然うまくできないって言ってたのに」

「だろ? オレさま、すっげーだろ!?」

「うん」

 

 心からの感嘆だった。それがどれだけ努力がいることか、素人なりに理解していたから。

 いつだって自信と熱意に溢れた彼の笑顔は、そうやって誰かを惹き付けてしまう。

 

「っし、決まりだな! いこーぜ松早(まつばや)!」

「え? あ、でも、今は──」

「あっ、こらッ! 勝手につれてくなーっ!!」

 

 強引に引っ張られて、教室から連れ出されていく。

 女の子の方も後を追いかけてきて、あの日は結局、みんなでサッカーをしながらマンガのアイデアを考えることになっていた気がする。

 

「……」

 

 今振り返っても、とても奇妙な時間ではあったけれど。反面、きっと満足もしていた。

 何かを夢見て、毎日をただ一生懸命に駆け抜ける。まるで燦然と輝く星空を見上げるようにしながら、かけがえのない夢や目標を追いかけていた友人たち。

 自分にはないものを持っていた彼らは、いつだってキラキラと輝いていた。

 

(……まぶしいな)

 

 けれど、多分、みんなの傍にいる間だけは。

 それを持てない自分のことを、少しだけ忘れることができていたんだと思う。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

「──()()()?」

「ああ! 聞いて驚け? 何とあの年末大一番──()()()()()()()()()()()が当たったんだ!」

 

 ……いや、急にそう言われても。

 

 それはある休日の昼下がり。ちょうど秋から冬へ移りゆく時期のことだった。

 有マ記念。あの頃、まだレースのことなんて全然知らなかった自分には、それにどれくらいの価値があるかなんて理解できなかった。大人げなくはしゃぐ父の様子から、多分すごいことなんだな、くらいには伝わってきたけれど。

 

「よかったね、父さん。じゃあ、楽しんできてね」

「はっは、何言ってるんだ。お前も一緒に行くんだよ!」

「……え?」

 

 どうやら、しれっと家族の分まで申し込んでいたのだそうで。

 少し勢い任せな父に流されるまま、結局ワケも分からずに、自分はレース場へ連行されることになった。

 

 

 

『ワァァァァァァァ…………ッ!!』

 

 

 

 初めて聞いたレース場の歓声は、何も知らない子供の耳には結構こたえた。

 まだレースが始まる前。まだまだこんなものじゃないぞと笑う父の声には、幼心に絶望しかけたのを覚えている。いざとなれば、家族の目を盗んで逃げだそうとさえ考えていた。

 実際、父の言うことは間違っていなかったと思う。

 でも、結果的に言えば、そこまで気にはならなかった。

 

 それ以上に夢中になるものが、そこにあったからだ。

 

「わ……っ」

 

 喉の奥から込み上げた震える声。それは、あんまりにも自然な驚きを含んでいた。

 観覧席の最前列。とうに釘付けになっていた視線の先で、ギリギリまで近いところを選手たちが駆け抜けていく。

 

 ──()()()

 

 ぴょこんと伸びた頭の耳に、フワフワ揺れる尻尾。それから運動が得意な女の子たち。

 当時の自分にとって、彼女たちに対する認識はそんな感じだった。

 同じクラスで気楽に話していた友だち。日頃それくらいにしか思っていなかったのだから、目の前に広がるその光景に圧倒されてしまうのも、きっと無理もなかったんだろう。

 

 激しく波打つ髪先。汗の滴る必死な横顔が目に焼き付いた。

 切り裂かれた風は頬を打つ。それは十二月の空気とは思えないほどに、びっくりするほどの熱を持っていた。

 

「──ハッ、何が三冠ウマ娘だ! ()()()()()だ!!」

「!」

 

 誰かの叫びがこだまする。

 どこを見るかも定まらなかった慌ただしい視線が、すぐに一点へと定まった。

 

 やけに目を惹く、黄色い衣装をまとったウマ娘。

 

 ぎらついた眼差しが前だけを見ていた。

 ビリビリと全身を粟立たせるその威圧感は、底知れない畏怖と、それ以上の何かを感じさせて。

 

「知るかよそんなもん! 今日この場の喝采は、全部あたしのもんだ──ッ!!」

 

 抑えきれず溢れ出したその声は、まさに魂からの叫びだった。

 

 

 

 その日、一人の挑戦者が"英雄"を打ち倒した。

 当時はそんな事実を知る由もなかったが。世間的にそれは、歴史的瞬間ともいえる大事件だったのだという。

 

 

 

「……」

 

 それでも、先頭で競り合った二人の熱量は、それだけで自分を夢中にさせた。

 黄色いウマ娘が観客席の前に立つ。大手を振って、会場いっぱいから注がれる歓声へと向き合う。

 

 そして、もう一度叫んだ。

 

 天まで届くほどのその声量に、負けじと観客たちも声を張り上げる。これも後から聞いたことだが、彼女の立っていたそこはウィナーズサークルというらしい。

 レースに命を賭けるウマ娘たちにとって、ずっと夢見て止まない至上の舞台。

 注目が集まる大きなひだまりの中。誰よりも豪快に泣き、また誰よりも大きな笑い声を上げる彼女の姿は、とてもキレイだった。

 

「……ねえ、父さん」

「?」

「あの子たちは、どうしてあんなにがんばるのかな」

 

 年甲斐もなく泣きじゃくっていた父が、やっと落ち着き始めた頃。

 自分はまだ熱に浮かされたように、ただ心に浮かんだままの疑問を口にしていた。

 

「どうしてってそりゃ……いや、難しいな。そういうのは多分、あの子たち一人一人で色々違うもんだろうし」

「そっか。……」

「! もしかして、興味があるのか?」

「え? うん」

 

 俯いていると、何かに気づいた様子で父が聞き返してきた。

 

「ほんとは、それだけじゃなくて。うまく言えないけど、もっとたくさん、知りたいことがあるような」

「……はは、なるほどな。だったら、うん、そうだな」

 

 父が視線で指し示す。ウィナーズサークルの少しだけ外側。

 そこにもう一人、誰かが立っていた。きっちりしたスーツに身を包んで、心から満足げに笑っていたその人。

 やがてそれを、黄色いウマ娘がじれったそうに自分の傍まで引きずっていった。

 

「見えるか、あの人。トレーナーって言うんだけど」

「とれーなー……変な名前だね。父さんの友だち?」

「いや、そんな恐れ多い……まあいいや。ともかくあれが、がんばるウマ娘たちを精一杯支えて、彼女たちから一番頼りにされてる人なんだよ」

 

 まだ子供だったのだ。変な聞き方をしたのは許して欲しい。

 それでも父は、気のせいでなければどこか嬉しそうに、幼い自分に向かってこう言った。

 

「あの人くらい近くにいられるようになったら、その答えも分かるのかもしれないな」

「──」

 

 傍から見れば他愛ないやり取りだったろう。バカバカしいと、誰かは笑うかもしれない。

 実際、これといってドラマチックな煌めきがあったとも思わないけれど。

 

「……がんばれよ。()()()

 

 少なくともその日、その時──その瞬間。

 ずっと空っぽに生きてきた彼は、長い旅路へ続く最初の一歩を、確かに踏み出したのだ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。