夜明けのプリンシパル ─ウインバリアシオンと彼女に惚れ込んだトレーナーのお話─   作:鵜鷺りょく

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 夏空の先、まだ遠い星を追って。




第三章
天狼星は彼方より Ⅰ 「ドレスアップするシオンのお話」


 

【1】

 

「なんで、お前なんだよ」

 

 数年前の冬。ふらっと足を運んだ公園で、養成所時代の知人に言われた言葉を思い出す。

 その言葉が意図するところは自分も分かっていた。だからこそ、何も言い返すことはできなかった。

 

 それは一つの結果。長い時間をかけ積み上げてきたものが形になったもので、それが露わになった後では覆しようもない。

 客観的に見れば八つ当たりだったのだろう。その代わりになれるわけでもない以上、本当にどうしようもないことではあった。……けれど。

 

「お前に、あの子たちの何が分かるって言うんだ」

 

 そんな言葉にもまた、何の反論も出来ず。

 だって、それはきっと間違ってはいなかったのだろうから。

 

 

 ──────────

 

 

 大敵との初戦。日本ダービーから数日が経った。

 

 起き抜けの目をこすりながら振り返ると、窓の向こうはあいにくの雨。ここしばらくは快晴の空も遠いもののように感じられ、順当に梅雨入りしたのだという事実を実感するばかりだ。

 そしてここトレセン学園においては、それはまたある時期の到来を知らせるものでもある。雨続きの雲間に隠れながらも日差しは徐々に強まり、やがて夏がやってくる。

 クラシック級へと踏み出したシオンにとっても極めて重要な、夏合宿の季節だ。

 

「……」

 

 椅子を回す。机の上ではパソコンが起動したままになっていた。恐る恐るロック画面を開けば作りかけだった資料が顔を出す。適当にクリックして応答が返ってくるところまで確認すると、思わずほっと息を吐いた。

 また作業中に眠ってしまったのだと気づいた時にはヒヤッとした。夏合宿メニューの案がそれなりに出来上がってきているこの段階で、もし保存エラーでも起ころうものなら流石に堪えたことだろう。

 それこそ、また悪い夢でも見るくらいには。

 

 もう午後、か。

 

 見上げたトレーナー室の掛け時計。一対の針が重なり合う瞬間はとうに過ぎ、生徒たちの昼休みも終わりかけの頃だった。

 ここから放課後までは一直線。とはいえ、彼女がここへやってくるまでには数時間ある。しばらく迷っていたが、今ならあの思いつきを実行に移すくらいの猶予は残っているだろう。

 

 身支度を調え、学園をあとにする。

 

 ビニール傘を手に雫の跳ねる道を足早に進む。向かうは駅の方面。

 電車を使えば片道は三十分程度だと聞いた。笹田さん(あの人)の言うことなので少し不安があったが、調べた限り店までのアクセス情報としてはちゃんと間違いないらしい。

 

「やっぱり書いてないな……」

 

 電車の中、スマホをタップしながらもう一度調べてみる。これで期間限定メニューの有無まで分かれば気が楽だったのだが、あまり宣伝には力を入れていないのか、専用のウェブサイトやSNSといったものはやはり見つからない。

 知る人ぞ知る名店、というのはこういうものなのだろうか。相変わらずそっち方面には疎いのでイマイチピンとこないが、今後のためにも詳しくなっておいて損はないのかもしれない。

 シオンだって、甘いものは好きなはずだ。

 好きなものを食べれば少しは……なんて、単純な考えだとは思うけれど。

 

「……」

 

 日本ダービー以降、シオンはずっと元気がない。

 

 すぐ隣にいたはずの自分さえ、その心中は察するに余りある。彼女にとって、あのレースは一つの集大成だったのだ。

 とても大きな夢、そして宿敵の後ろ姿を追ってデビューを果たしてからここまで、彼女は一度も立ち止まることをしなかった。心持ちが揺らぐことはあれど、折れずに地道な努力を積み重ねてきた。

 一年前とは見違えるほどに強くなった。届いて欲しいと、俺も心の底から願っていた。

 

『オルフェーヴルの前では、未だ無力だ』

 

 ……それでもなお、その背を超えるには至らず。

 二つ目の冠は、かつて大言壮語と思われた宣言の通り、暴君の手へと還ることになった。

 

「ッ……」

 

 それでも、まだだ。それでシオンとの約束が終わったわけじゃない。

 この先も道は続く。諦めない限りどこまでも。今は下を向いてしまっていても、彼女なりにまだ走りだそうと必死にもがいている。

 自分に出来ることはその傍に寄り添い、来たる日までの準備を進めておくこと。

 

 少しでも早く彼女が立ち直れるように、最善を尽くすことだけなのだから。

 

 

 ──────────

 

 

『あたしがダービーで勝ったら、笹田さんの言ってたアップルパイを買いに行きませんか?』

 

 彼女なりの意思表明だったのだと、そんなのは明らかだった。

 その愛情が並々ならないものであることを知っている。宿敵の打倒を果たした先で食す果実の味は、彼女にとってきっと格別なものになっただろう。

 それと同じになるとは言わない。でも、いいじゃないか。ちょっとくらい、がんばったご褒美があったって。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 知らないうちに走っていたのか、息が乱れていた。

 最寄りの駅で電車を降りた後、地図にしたがってその場所までやってくる。その洋菓子店は住宅街の近くにあり、周囲の景観に合わせてか控えめな佇まいをしていた。

 店先に看板は出ていた。そこに期間限定メニューの記載がある。

 

 

 ──期間限定:白桃とカスタードのタルト──

 

 

「いらっしゃいませー」

 

 店には入ってみた。出迎えてくれた店員さんに尋ねると、やはり件のアップルパイは少し前に終了してしまったそうだ。

 そういった確認は電話でも受け付けてくれているらしい。親切にも、店名と電話番号の記された名刺を手渡してくれた。

 

 ……番号、笹田さんに聞いとけばよかったかな。

 

 極めて単純な確認方法だ。電車で調べている間にもそれくらいは見かけていたはず。落ち着いて考えてみれば、何故そんな簡単な方法をとらなかったのだろうと思った。

 それに、もっと早く──話を聞いた限り、例えばダービーを終えたその日に来ていたのなら、まだ間に合っていたのに。

 

 

『アップルパイ、っすか? ……ありがとうございます。でも、やっぱり今のあたしには、相応しくないっすよ』

 

『……結局、あいつには勝てなかったっすから』

 

 

 薄々、分かってはいたんだろう。

 あの日、静かに肩を震わせる彼女にそう言われ、その先を躊躇ってしまった時点で。

 それでも何かできないかと、そう走り出す足は止められなかった。

 

 再び店先へ出る。雨脚はまだ強く、軒下から見上げる雲の層は相変わらず重々しい。

 滴る汗は次の季節を感じさせる。焦らずともいずれはやってくる。そのためにも、今は立ち止まってはいられない。

 

 夏らしい澄み切った空を仰ぐのは、まだもう少し先の話だ。

 

 

【2】

 

 六月も後半に差し掛かる頃。ここ数日続いていた雨も止んで、そろそろじめっとした暑さが表面化しつつある。

 近づく夏の気配。あちこちで合宿の話題を耳にすることも増えてきていて、学園全体に漂う空気は徐々に立て込んだものへと移り変わっていく。

 あたしも、もう次のステップへ進まなきゃいけないのに。

 

「……この後、どうしようかな」

 

 日はまだ西の空へと傾いていく途中。友人たちと話し込んでそれなりに時間を潰せたつもりだったけど、夕食まではまだかなりある。そもそも夏合宿に向けた負担調整のためのお休みだから、ここから思う存分自主トレーニングというわけにもいかなかった。

 それは仕方が無いこと。でも、少なくとも身体を動かしている間は考え事をしないで済んでいたから。それがなくなって気が休まらないというのもまた事実で。

 

 日本ダービーから数えれば、もう二週間ほど。

 あたしは今も、あの日のことが頭から離れないでいる。

 

 普段の生活はそれなりにいつも通りに過ごせるようになったと思う。ただ、それでもやっぱり気を遣わせてしまっているのか、周りの皆はなるべくその話題を避けてくれているような感じだ。トレーナーさんも必要な振り返りだけに留めてくれていて、あたしが次へ進めるように準備を進めてくれている。

 話したら、きっと快く耳を傾けてくれる。トレーナーさんも、クラスの子たちも。

 頼っていいって、そう言ってもらえたばかりなのに。

 

 ……シュヴァルさん、もう帰ってるかな。

 

 ルームメイトの姿を思い浮かべる。もし迷惑じゃなかったら、久しぶりに一緒にお出かけするのもいいかもしれない。

 

「……?」

 

 栗東寮へと帰る途中、ふと怪しい気配を感じて耳を立てる。

 結果的に言えば、そこで足を止めてしまったのがいけなかったのかもしれない。次の瞬間、どこからともなく大勢のウマ娘たちが現れて、まるで逃げ道を塞ぐようにしながらあたしの周りを取り囲んでしまった。

 

「えっ……な、何すか……?」

 

 いきなりのことに理解が追いつかなくて、ただ周りをキョロキョロするしかなかった。そうして並んだウマ娘たちの顔を見ていると、だんだんあることに気が付いていく。

 

 あれ、この子たちって確か……。

 

「やはり、顔は出さぬつもりのようだな」

「!」

 

 そこへ降りかかる声。円形の整列に隙間ができて、その向こうから一人のウマ娘が進み出てくる。

 

「オルフェ、さん……?」

「他の誰と見違える。まあよい。斯様に腐抜けた目をしていては、それも致し方なかろう」

「っ……別に、腐抜けてなんか」

 

 ついむきになって言い返してしまう。冷静に考えると、その時点で白状してしまったようなものだ。

 誰のせいでとも言いたくなったけど、そんなのはきっと虚しいだけだし。一旦頭を冷やして、それは飲み込むことにした。

 

「何の用っすか。あたし、これでも忙しいんすけど」

「虚言まで弄すか。腐抜けていても大した不敬をはたらくものよ」

 

 ほんとになんなんだ、こいつ。

 

 苛々がぶり返してくる。それでも嘘を吐いてしまったことだけは少し申し訳なく思ったけど、素直に謝る気分にもなれなかった。

 今は特に、あんまり長く顔を合わせていたくないのに。

 

「よい。今は他に優先することがあるゆえな。王の寛大に平伏せよ」

「は?」

「話は終いだ。……連れていけ」

 

 それだけ言ってオルフェーヴルが踵を返す。

 臣下のウマ娘たちが一斉に動き出したのは、その直後のことだった。

 

「ちょ、何なんすかほんとに……わわっ!?」

 

 間隔が詰められていく。四方八方から迫る彼女たちを前に、多勢に無勢なあたしは言葉以上の抵抗をすることができない。

 結局何が起こっているかも分からないまま、あたしはどこかへと連れ去られてしまうのだった。

 

 

【3】

 

 慣れない正装に身を包んでいると、いつもなら大したことのないはずのことさえひどく疲れるような気がする。一人の大人としてドレスコードというものはやはり無視できるものではないと思うが、それに対する納得と今感じている窮屈さは別で、心に同居しているからといって特に矛盾するようなものでもないだろう。

 

 ふとそんなことを考えつつ、自分は今トレセン学園の体育館に足を運んでいる。

 

 まだ日が落ちて間もない頃、この場所ではとあるパーティーが開かれていた。

 いわゆる日本ダービーの後夜祭というやつで、例年URAの主導で開催しているイベントの一つにあたる。今年は開催が危ぶまれていたそうだが、それでもこうして踏み切ったのは、ようやく勢いを取り戻しつつある界隈の熱気を絶やさないためでもあったのだろうか。

 

「……全然違うんだな」

 

 会場を見渡しながら、不意にそう独り言つ。

 きらびやかなパーティー仕様へと塗り替えられた内装はあまりに眩しく、まるで別世界のような印象さえ与えてくる。普段ここで汗だくになるまで駆け回っている生徒たちの姿を知っている人間ほど、きっとこの錯覚にはまりやすいに違いない。

 

「やあ、そんなところでどうしたんだい?」

 

 これもある種の経験不足か。どうにも気が滅入ってしまっている。それで先ほどから会場の片隅に隠れるように立っていたのだが、ふと聞き慣れた声に話しかけられた。

 

「随分お疲れのようだね。大方、彼女のことで色々話をせがまれたんだろうけど」

「分かってるなら少し放っといてくれ」

「まあまあ。僕だって、この場でこんな軽口を利けるのは君くらいなんだよ」

 

 それは何とも光栄な話だ。きっと二、三秒後くらいには忘れているだろうけど。

 そんなこちらの悪態は気にも留めない様子で、同期の天池(あまいけ)トレーナーは隣に並んで話を続ける。

 

「気持ちは分かるけどね。ただ、こういった場には君も慣れておくべきだよ。これからもトゥインクルシリーズの最前線で戦うつもりなら、当然、注目されるのはウマ娘たちだけじゃない」

 

 

「むしろ誇りなよ。栄えある日本ダービーの二着(・・・・・・・・・・・・・)、ウインバリアシオンのトレーナーとしてね」

 

 

「……。」

 

 さて、お分かりいただけただろうか。

 

 その場にこいつのことを知らない誰かがいたならば、自分は迷わずそう問いかけただろう。

 一見人が良さそうな顔で近寄ってきたかと思えば、何の前触れもなくあっさりそういうことを口にする。あのオルフェーヴルのトレーナー(・・・・・・・・・・・・・・・)、もといこの天池という男は、表向きの穏やかさに反してあまり性格は良くない。油断は禁物だ。

 

「……随分直球でくるんだな」

 

 もちろん腹は立つ。が、あいにくこちらも対処を心得ていた。

 

「もうちょっと余裕かと思ってたが。あの子の追い上げで二冠目を取りこぼしそうになって、流石に肝を冷やしたか?」

「……へぇ?」

 

 ただシンプルに殴り返してやればいい。もちろん言葉での話だが。

 何も遠慮する必要はない。まして今のこいつは、シオンが宿敵と定めたあの暴君のパートナーであり、自分にとっても無視のできない相手だ。この先とて、多少はこういうこともあるだろう。

 

「借りは秋に返す。精々涼しい顔して待ってろ」

「ははっ。いいね、そうこなくては」

 

 そう言うと、天池はあくまで愉快そうに笑っていた。気に入らないが、いずれ叩き伏せるにはもってこいの表情だ。これで見納めとしてよく覚えておこうと思う。

 

「……そういえば、今日はウインバリアシオンは一緒じゃないのかい?」

「今日は欠席だ。気が向かないらしかったからな」

 

 今気づいたのかと、内心呆れつつ答える。

 当然シオンにも招待状は来ていたし、ちゃんと本人に確認もとった。ただやはりというべきかあまり行きたくなさそうにしていたので、無理はしないようにと言っておいたのだ。

 後夜祭とは呼ばれているものの、このパーティーにはダービーの勝者を讃える祝勝会の側面も含まれている。ここのところ元気がない彼女に、わざわざ足を運ばせる必要もなかっただろう。

 

「そうか。トレーナーともども、負けず嫌いで可愛らしいことだ」

「うるさい。お前の方こそどうなんだ。彼女、今日はまだ見かけてない気がするんだが」

「それが到着が遅れているみたいでね。さっきまで方々に頭を下げて回ってきたところなんだよ。……少し労ってくれないかい?」

「お前が大変そうで何よりだ」

「ひどい」

 

 つい流れで言ってしまったが、本当に疲れているのか今のはちょっと効いた様子だった。ここからは気持ち二割ほどは加減してやってもいいのかもしれない。

 

 ……それはさておき。

 

 そういえば、どのみちこいつとは話をしておくつもりだったのだと思い出す。今日ここに来たのはトレーナーとしての責務というのもあるが、本当に果たしておきたい目的は別にあった。

 

「天池。一つ、頼みたいことがある」

「……えっ、この流れでかい?」

「? ああ。お前にしか頼めないことなんだ」

「君も大概マイペースだな……で、何?」

 

 何やら呆れるような視線を向けられたが、今は気にしないことにする。

 そうして、自分はここへ来るまでに考えていたあることを天池に伝えた。

 

「ほう、それはそれは」

「難しいか?」

「……まあ、彼女にも聞いてみないとだけど」

 

 そう前置きしながらも、天池の表情はずっと興味深そうだった。話し終えたこちらの感触としては思っていたより悪くない。

 

「案外、嫌な顔はしないんじゃないかな」

「そうか。……悪いな、無理を言って」

「なに、こちらもうまく利用させてもらうとするよ。これでも、君のことは割と高く買っているんだ」

「適当を言うな」

 

 軽々と話す天池に、またつい毒づいてしまっていた。

 

「……足りないことばかりだよ、俺は」

 

 

 ──────────

 

 

「何やら盛り上がっているようだな」

 

 ひとしきり話し終えた後のこと。不意に天池の視線が後方へと向けられたので、こちらもつられて振り返る。

 おそらく今し方到着したのだろう。今日のような場にあっても違和感のない、肩章や宝石と言った輝かしい装飾の勝負服を身にまとって、オルフェーヴルはそこに立っていた。

 

「やぁオルフェ、随分遅かったね。何かあったのかい?」

「ふむ、少々支度に手間取ってな。彼奴が駄々をこねなければ、もう半刻は早められたであろうが」

「それでもギリギリ遅刻だけどね……?」

「構わぬ、些事だ。貴様が収めたのであればそれでよかろう」

「……」

 

 散々頭を下げ回った時のことを思い出したのだろうか。あくまで涼しい顔をするオルフェーヴルの一方、天池は先ほどよりも一層ゲッソリしているように見えた。

 

 ……彼奴?

 

 誰か同行者でもいるのだろうか。何となく気になっていると、オルフェーヴルは次にこちらを見た。

 

「貴様、彼奴のトレーナーであったな。ついでだ。王よりの下賜として、謹んで受けるがよい」

「下賜? ……え、それって、まさか」

 

 その物言いならば、オルフェーヴルの指す人物は一人しか思い浮かばない。こちらが気づいたのを察したように、彼女は少し離れたところにある柱の方を振り返った。

 

「おい、いつまで隠れている。往生際が悪いぞ」

「っ…………」

 

 苛立たしげに呼び掛けられ、やがて観念した様子で一人のウマ娘が進み出てくる。

 

「……シオン?」

 

 その姿は見間違いようもない。他ならぬ自分の担当ウマ娘こと、ウインバリアシオンその人ではあったのだが。

 

「…………」

 

 いつもと違うその出で立ちに、時が止まったような錯覚があった。

 

 膝下までを覆い隠すロングスカートのドレス。赤と白という全体的なカラーリングこそ彼女自慢の勝負服と似ているが、こちらではより後者の色が際立たされている。いつも二つ結びにしている髪も結い直され、肩に枝垂れる三つ編みの印象が強く、まるで舞踏会へやってきたお姫様のような気品をまとっていた。

 

「と、トレーナー、さん……?」

「!」

 

 伏し目がちなシオンの声に、ハッと我に返る。自分がどれくらいの間呆けていたのかは分からなかったが、少なくとも、今近くにいる三人の視線がこちらへ集中していることだけはすぐに気づいた。

 

「ここは一言ほしいなぁ。担当トレーナーとしては、ね?」

「うるさい」

 

 面白おかしそうに諭してくる同期を一蹴。わざとらしい咳払いで誤魔化しつつ、あらためてシオンに向き直る。

 

「その、シオンも来てたんだな。びっくりしたよ。ドレスもすごく似合ってたから」

「……! あ、ありがとうございます……でも、これは、えっと」

「?」

「余がくれてやった」

 

 頬を赤くしてしどろもどろになるシオン。途切れてしまった言葉の続きは、代わりにオルフェーヴルが話してくれるようだった。

 

「臣下の一人が道楽で作ったものだ。本来は勝負服を持ってこさせるつもりであったが、同室の者が頑なに拒んだ(・・・・・・・・・・・)というので仕方なくな」

「なにしれっとシュヴァルさんにまで迷惑かけてんすか!? ……言っとくっすけど、無理やり連れてこられたのは許してないっすからね」

「構わぬ。些事だ」

「っ……この」

 

 食って掛かりたいのを我慢しているらしいシオンに対し、あちらはあくまでどこ吹く風と言った様子だった。

 そのやり取りで何となく状況を察する。細かい事情はさておき、元々会場へ来るつもりのなかったシオンをオルフェーヴルがつれてきたのだろう。おそらく彼女の意向は無視する形で。

 

「目的は果たした。あとは好きにするがよい。行くぞ、トレーナー」

「はいはい。……それではまた。さっきのことはまた連絡するよ」

「ああ」

 

 ずんずん先へ行くオルフェーヴルを追って、天池も離れていく。

 

「……」

「……」

 

 そうして、その場には自分とシオンだけが残される。あまりに急な展開だったからか、しばらくは二人とも黙りこくっていた。

 

「あの、トレーナーさん」

「?」

 

 そのうち、シオンが徐ろに口を開く。

 

「順序が逆になっちゃったっすけど……すみません。無理言って休ませてもらったのに、勝手に来ちゃって」

「あ、あぁ……そのことか。気にしてないよ。俺もいいって言ったんだし、何より彼女のやることだからな」

 

 もちろん色々驚かされたのも事実ではある。

 けれど落ち着いて考えてみれば、実際のところはそんなに悪いことばかりでもなかったように思えていた。

 

「それに、いいものも見られた」

「ど、ドレスのことなら、もういいっすよ」

「そっちもあるけど」

 

 それだけじゃない。先ほどまでのことを思い出す。

 理不尽な仕打ちに怒ったり、褒められて嬉しそうに笑ったり。悩んで俯いているばかりじゃなく、はっきりと感情が表れているシオンの顔を久しぶりに見られた気がした。

 彼女自身がそれを自覚しているかは分からない。何だかんだオルフェーヴルのおかげかもといったら複雑な顔をするだろうけど……それでも、これはきっといい兆候のはずだ。

 

「……シオン、少しだけいいかな」

「? はい」

「話しておきたいことがある」

 

 今のシオンになら、ちゃんと伝えられる。

 

「来月から始まる、夏合宿のことについてだ」

 





※2026/3/23追記
シリーズ用の質問コーナーを開設してみました。
必要に応じてお使いください。(『活動報告』に飛びます)
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=338048&uid=503660

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