タイトル通りです。
メリーさんと追いかけっこする話です。

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メリーさんと追いかけっこするだけのお話

────"アレ"と関わるようになったのは、はてさていつからだっただろうか。

 

時刻は丑三つ時も間近。草木も眠る午前2時に差し掛かろうという頃。S県南部に存在する朝日(アサヒ)峠の頂上にて。

ここは平日休日問わず、夜になり一般車の通行が極端に少なくなったのを見計らって車好きやバイク乗りが集まり、法定速度を無視してスポーツ走行に興じる人種。いわゆる走り屋が集まる。しかし今夜はそんな輩は一人もいない。不気味にすら思えるほどの静寂と寂しさに満ちている。

そんな場所に一人の青年、青山(アオヤマ)(シュウ)は左手に持ったスマートフォンを見遣り、車内に反響する重低で力強いアイドル音をBGM代わりに。ホールド性の高いフルバケットシートに身を埋めた状態で、そうぼんやりと内心で呟いた。

 

始まりはなんだったか。―――そう、一本の電話だ。

自分に電話を掛けてくるのは一緒に住んでる彼女か、仲の良い友人か。三つ上の兄と姉。もしくは職場だ。

あの時は彼女も一緒にいた。だから兄姉か友人か職場からだろうとディスプレイに表示される番号もロクに確認せず出たら、聞き覚えのない可愛らしい幼気な女の子の声が聞こえてきた。それはそれは驚いたものだ。

 

その時の第一声が確か────

 

そんな物思いに耽っているところに、手に持ったスマートフォンが着信音をがなり立て、ディスプレイが煌々と光を放った。

 

インパネ以外にまともな光源がなく、薄暗がりに目が慣れてしまった為に些か眩く感じた。

そんなディスプレイに表示されているのは、相手の名前でも番号でもない。

 

[繝。繝ェ繝シ縺輔s]

 

真夜中に、車の中に一人だけ。そんなシチュエーションで、スマートフォンに文字化けした着信。普通ならば不気味に思うだろうが、もう何度も味わっていればそれは最早日常の一部。彼にとっては何てことはない。

躊躇わず、通話のアイコンをタップし耳に当てる。

 

『もしもし、私メリーさん。今あなたの後ろにいるの』

 

スピーカーから飛び出したノイズに塗れた、幼い女の子の声。次いで、背後から強烈な光と乾いた排気音。ぞわりと背中に纏わりつくような圧力が襲にのし掛かった。

今、自分の車の後ろには、形容し難い何かがいる。

 

そう、あの時の第一声もこんなセリフだった。

 

「ああ、待ち焦がれてたよ」

 

着信を切ってスマートフォンをポケットに捩じ込んだ。

 

シフトレバーを一速に入れ、クラッチを切ったままアクセルを煽る。

青山襲の愛車、漆黒に染められた日産フェアレディZ。型式Z33のエンジンが力強く、そして淀み無く吹け上がり、まるで獰猛な獣が咆哮を上げるようにエキゾーストノートを人気の無い峠の頂上に響き渡り、ボディを揺らした。

 

かつてのS耐でも使われたイングスのフルエアロ。カーボン製に交換されたリアゲートにはデュアルフラップタイプのGTウイングがハイマウントで固定。当然載っているだけでなく、リアゲートに支柱を入れて車体そのものにダウンフォースが掛かるよう細工もされている。

 

Aピラーに取り付けられた2つの追加メーター。水温計と油温計を見る。

水温85℃。油温105℃。ウォームアップは済んでいる。車も、そして人も。

心拍数が急激に上がる。体温もだ。

緊張による物ではない。興奮している。昂っているのだ。これからやる事に。これから起きる事に。

 

鼓動が高鳴る。今すぐにでも飛び出したい衝動を奥歯を噛み締めて堪える。一端の走り屋としての血が騒ぐ。

 

アクセルを煽ればZのエンジンルームに収められたV型6気筒。3.5リッター、ではなく300機限定でこの世に存在する3.8リッター仕様のVQ35HRが雄叫びを上げ、漆黒の車体を揺らす。

 

ドライカーボンに交換されたボンネット。それに設けられた熱抜きダクトから上がる陽炎は、さながらドライバーと車の闘気を顕しているよう。

 

腕時計を見る。あと10秒で午前2時だ。

心の中でカウントダウン。サイドブレーキに手をかけいつでも解除出来るよう備える。

 

テンションの上昇につれて集中力も上がっていく。

口元が引き攣って笑みをこらえきれない。

 

それは後ろにいる存在も同様のようだ。

2リッター直列6気筒の安定した│レーシング《空吹かし》の中には、聞いた者の胸中をざわつかせ、心臓を締め付け、体中を巡る血液から熱が抜けていくような、そんなドス黒いモノが混ざっている。

 

しかし関係ない。今からやるのはただの公道レースだ。負けたら死ぬだけだ。問題ない。

 

5、4、3。カウントダウンが進む。一秒一秒がやたらと長く感じる。待ち遠しくて堪らない。

 

2、1。

 

「────さあ、飛ばしていこうぜ」

 

午前2時ジャスト。

瞬間。2台のリアタイヤが甲高いスキール音と共に路面をかきむしり、車体を前へと押し出した。

 

体を押し潰さんばかりの加速Gが腹部を中心にのし掛かる。2速、そして3速とシフトアップ。加速は途切れることなく車速を積み重ねていく。スタート直後は400メートル程のストレート。パワーのあるマシンならここで180キロスケールのスピードメーターの針が振り切れる。

 

4速シフトアップ。スピードメーターの針は160km/hを軽く超えている事を示している。

純正キセノンからLED化されたヘッドライトがストレートエンドを捉え、左の中低速コーナーを照らす。

 

瞬間、フロアを踏み抜かんばかりのフルブレーキング。F50ブレンボブレーキキャリパーと355mmのローターによって強力なストッピングパワーを発揮し、車速を一気に殺した。

 

加速Gから減速Gへの急激な変化は内臓を揺り動かし、4点式シートベルトが肩にめり込む痛みを覚えながらも、手足は正確無比に動作する。

ヒールアンドトゥで回転数を上げて4速から3速へと叩き込む。荷重がフロントに集中している間にステアリングを左へ切る。

強烈極まる荷重移動の結果、リアタイヤは呆気なくブレイク。漆黒の車体はお手本のような4輪ドリフトに移行する。

 

甲高いスキール音とエンジンサウンドが車内に反響する。

コーナーの出口を見据え、アクセルワークでスライドしている車体の挙動を抑える。緩やかに姿勢を整え、ハイスピードを維持したままZ33はラインを外すことなく、右のリアフェンダーをガードレールに掠めながら立ち上がる。

 

続く右の中速コーナーも、Zはドライバーの手によって慣性ドリフトで駆け抜けていく。

走り続けて身に着け、数多くの経験を経て五体に染み込んだ技術は淀みなく、1トンを遙かに超える巨体を巧みに操る。

 

ここで襲はチラリとバックミラーを見る。相も変わらず、ギラついた眼光を思わせるヘッドライトの光が反射している。車内にも直6エンジンのエキゾーストノートが飛び込んできている。

 

並の走り屋ならこの時点でいくらか距離が空いているのだが、ピッタリと食いついている。

一筋縄ではいかない。その事実に、襲は表情を歪ませる。狂気すら垣間見える程の、不敵な笑みを浮かばせて。

 

テンションが更に上がる。更にアクセルを踏み込む。

3.8リッターVQ35HRはそれに呼応してありったけのパワーを発揮させ、重力の恩恵も受けてZは更に加速していく。

 

速度の上昇に伴い、ドライバーの視界も狭まる。それによって余計な視覚情報が減少。更なる集中力増大を促し、やがて前から後ろへとすっ飛んでいく景色が、スローモーションのように緩やかになる。

今なら路面に落ちている小石すらも視認できてしまう。

 

「もっとだ・・・!もっと来い・・・!」

 

思わず呟いた襲の言葉が届いたか。後ろの車もペースを上げてZ33のリアテールにぶつけんばかりに接近していく。

 

近付かれれば近付かれるほどに、五体に苦痛がのし掛かる。肺を絞られたような息苦しさ。心臓を鷲掴みにされたような圧迫感。直感し、確信する。抜かれたら死ぬ。殺される。

そんな状況の中で、彼は笑っていた。

 

ハンドルを握ると性格が変わる。青山襲はその典型であった。それも極端なまでに。

生粋のスピード狂である彼の胸中にあるのはただ一つ。「相手よりも速く走る」。それだけである。

それが出来ずに負けて死ぬのなら、それも仕方ないと割りきれてしまう程度には、青山襲という人間はイカれていた。

 

本能が更にアクセルを踏ませる。タコメーターの針が進むに比例してスピードメーターの針も進んでいく。

時速は100キロを優に超える。速度の上昇につれて視野が狭まるが視界はクリアになっていく。集中力が上がり、時間感覚が引き伸ばされ、やがて前から後ろへと吹っ飛んでいく景色がスローモーションのようにゆっくりと流れていく。

「フロー」と呼ばれる精神的状態がある。一般的にはゾーンとも呼ばれ、青山襲は車を運転している時に限りそのフロー状態に入ることができる。スピードを求めて走り続けた先に辿り着いた境地。

 

五感が研ぎ澄まされる。水に濡れた肌が空気を敏感に感じ取れるように、車の状態が手に取るように分かる。

タイヤ4本のそれぞれの温度差。アクセルに対するエンジンのレスポンス。路面状況はおろか、直接触れているかのように表面温度まで分かってしまえそうで、ブラインドコーナーの先まで透かすように見えた。

 

どこまでも行けてしまえそうな錯覚。それを培ってきた技術と積み上げてきた経験で実現させてしまう。

 

左の中低速。一瞬だけのフルブレーキング。強烈な減速G。そこから踏力を抜いてヒール&トゥ。踏力の変化による荷重変動を一切起こさず、エンジン回転数を合わせギアを三速に叩き込む。

荷重の掛かったフロントタイヤはメカニカルグリップが底上げされより強く路面に食い付き、典型的な前傾姿勢のまま鋭くターンイン。逆に荷重が抜けているリアは遠心力に負けて呆気なくブレイク。そこからアクセルを開けて荷重を後ろに移し加速。

フロントは既にコーナーの出口へと向いている。スライド状態でありながらも、トラクションによって車体は前へと進む。

結果、Zはその車格から想像も出来ぬ程の鋭さを帯びたハイスピードの四輪ドリフトでコーナーを抜けた。

 

立ち上がり、コーナーとコーナーを繋ぐ10メートル前後しかないストレートをアクセル全開で駆け抜け、即座に右の中速コーナーを左足ブレーキを駆使して通過。

 

瞬く間に繰り出される高等技術。出し惜しみ無くそれをやる。

何故ならそうしなければ、後ろの存在は引き離せない。

襲にはそれが分かっていた。痛いほどによく分かっていた。

 

チラリとバックミラーを見れば、相変わらずヘッドライトが張り付いたままだ。つまり、全く引き離せていない。

 

「上等だぜ・・・!」

 

青山襲は笑った。

引き離しに掛かっていながら引き離せない相手に、そう望んでいたかのように不敵に笑った。

 

リスクなど考えない。アクセルをより大きく開ける。

3.8リッターVQ35HRはそれに応え轟を上げる。

 

スピードメーターの針は140km/hを過ぎて尚も進む。

 

ようやく暖まってきた。

身体も、タイヤも。

 

────襲は今夜この時の為にタイヤを新調していた。

新品のタイヤには製造時に付着する離型剤などの薬品で膜が出来ている。その膜を剥がす事を業界では皮むきと言う。

皮むきの済んでいないタイヤは本来のグリップ力を発揮出来ない。その為レースでは、新品のタイヤ表面を予め削り初めからグリップ力を最大限引き出せるよう細工がなされている。

 

襲はタイヤの表面を削る為に、わざとオーバーアクションな走りをさせていた。アスファルトで削り取られたタイヤ表面。結果、新調されたハイグリップタイヤは熱が入ると同時に本来のグリップ性能を発揮していく。

グリップ力が上がった分ペースも上がる。

 

わざとステアリングの舵角を大きく使っていたのが小さくなり、アクセル開度もより深くなる。

沸々と上がるドライバーのテンションに比例して、走りの熱も上がる。上がり続ける。

 

無意識に口角が吊り上がる。もう抑えられない。抑える気もない。

 

右の低速コーナーをややオーバースピードでエントリー。

四つのタイヤは冷たいアスファルトに身を削られる代わり、トラクションに由来するコーナリングフォースを引き出す。

慣性によって外へと膨らもうとする車体は鋭くインへ切り込むような挙動で抜けていく。

続く左低速も、振り返しを利用して舞うように切り込む。

 

そんな渾身のコーナリングを見せても、背後の車は離れない。

正に背後霊。逃がしはしないという執念すら窺えた。

 

さりとてこちらも譲る気は微塵もない。相手が誰かなんて、もう関係無かった。

 

あるのはただ、一介のドライバーとしての安いプライド。

自分を追いかけてくる存在を、全力をもって振り切る。走り屋としての本能が、右足に力を込めさせる。

 

コースは終盤。

朝日峠の特徴の一つとして、下りならばラストの区間に400メートルほどのストレートがある。

朝日峠を走る走り屋たちの間では、ダウンヒルのバトル終盤で勝負を仕掛けるポイントとして有名だ。トップスピードからのハードなブレーキング勝負が見られるという事で、ギャラリーするポイントとしても人気が高い。

 

襲も、このポイントでメリーさんが仕掛けてくる事は予想出来ていた。だからアプローチを変える。

ストレートに入る手前にある左ヘアピン。ここのクリップを奥に取る。ラインがキツい分ボトムスピードが落ち、メリーさんの車に接近されるが、通常のラインよりも早いタイミングでアクセルを踏める。

 

視界が開ける。ヘッドライトのハイビームが暗闇を切り開く。遥か先にある右のヘアピンコーナーに向かって、襲はフロアを踏み抜く勢いでアクセルを開けた。

フラットアウト。3.8リッターV6エンジン、実測370馬力のVQ35HRが咆哮を上げて漆黒の車体を前へ前へと押し進める。

 

三速シフトアップ。一度落ちたエンジン回転がまたレッドゾーンに向けて吹け上がる。

下り勾配による重力加速度も加わり、スピードメーターの針は180km/hスケールを振り切らんばかりに進む。

 

四速シフトアップ。

ストレートも半分を過ぎようとした所で異変を感じ取る。

次の右コーナーに備えて左サイドに寄っていたZの右側。つまり対向車線側の後方から強烈な光を浴びせられる。メリーさんの車だ。

 

メリーさんの車が、Zを上回る加速で追い上げにきていた。

そこで生じる身体の異常。苦痛。まるで心臓を冷たい手のような物で鷲掴みにされ、更に少しずつ力が込められ締め上げられているような、そんな耐え難い苦痛。

メリーさんの車が追い上げるにつれ苦痛が増していく。息が詰まる。呼吸が出来ない。抜かれれば死ぬ。そう確信させるに十分な苦しみ。

 

「そう来るだろうよ・・・!」

 

額に粘ついた汗を浮かばせて尚、青山襲は笑ってみせた。不敵に不遜に、好戦的に。

 

(上等だ・・・やってやるよ・・・!トップスピードからのブレーキング勝負!)

 

目を見開き、奥歯を噛み締め苦痛に耐える。遠退き始める意識を無理矢理引っ張り戻し、薄暗くなっていく視界に抗うように瞳孔すらも開く。

ブレーキングポイントが迫る。スピードメーターの針はとうに180km/hを振り切ってなお車体を加速させている。

ビデオの早送りのように風景が前から後ろへと吹っ飛んでいき、見える物全てを過去に変えていく。

 

圧迫感。緊張感。恐怖。高揚。己の内に沸き上がる相反する感情。矛盾が歓喜となって青山襲を更なる領域へと引き上げていく。

 

瞬きはおろか呼吸すら忘れ、針の穴にも満たぬピンポイントのブレーキングポイントを狙い集中力を更に高めていく。

 

五体に染み込んだ技術。磨き上げられた感性。それら全てを信じ駆使して、メリーさんの車が完全に並ぶと同時に、狙っていたポイントで青山襲は渾身の力を込めてブレーキペダルを踏み付けた。

 

限界ギリギリまでタイミングを遅らせた所に強烈無比のフルブレーキング。車体は前傾姿勢。荷重が後方から前方へと一気に移動する。

 

メリーさんもほぼ同じタイミングでブレーキング。完全に並走状態。サイドバイサイド。

計八つのタイヤが悲鳴と白煙を上げ、ブレーキローターは赤く発光させながら車速を殺す。

四速から二速へと叩き込みターンイン。両者一歩も譲らないままコーナリング。強い横Gに歯を食いしばって抗い、車体が外に膨らまないよう繊細なアクセルワークで踏ん張る。Zはそれに応えて、リアバンパーがガードレールに二度三度と接触するもコントロールを失う事無く切り抜けた。

 

お互いに制限されたラインを融通し合いながらも、相手よりも前に出ようと競り合ってもいた。

 

立ち上がり、1秒にも満たないコーナーとコーナーを繋ぐ僅かな直線。

並走したままアクセル全開。本来なら半開で行くか迷うようなポイントだが、襲は迷う事無く全開を選択した。

対し、インベタの苦しいラインだったメリーさんの車はワンテンポ遅れてアクセルを開けた。

 

───熟練者同士による限界領域での競り合いは、ほんの僅かな差が大きな結果となって現れる。

加速開始時間の差が、Zを半車身のリードへと導いた。

 

おまけに、両者のポジショニングもまた結果に影響を与えた。次は左の中低速コーナー。インとアウトが入れ替わる。ラインの主導権は襲が手にしている。

 

ラストチャンス。襲は意図的にオーバースピードでコーナーへエントリー。

リアを大きく振り出し四輪ドリフト。スライドによって発生する走行抵抗をも使ってオーバースピードを収束させラインに乗せていく。メリーさんの車はそれに追従するしかない。

 

バランスを崩しながらもコーナーを立ち上がり次の切り返し右中速コーナーをノーブレーキで切り込んでいく。

 

コーナーの残りはもう僅か。最早メリーさんに逆転出来るだけの距離も時間も無かった。

 

納得したかのように、その車体は黒い煙となって溶けるように消え去った。

 

それに気付く事無く、襲はゴールするその瞬間まで気を緩める事無くZをプッシュ。

最終コーナーもブレーキングドリフトで駆け抜けゴール。

避難するように麓の駐車場へと入り、車を停めた。

体を固定する4点式シートベルトを解放。楽になった所で深く息をついた。

 

純正でも熱の処理が辛いZ33故に、ラジエーターを始めとした冷却系はしっかり強化しているが、高い負荷の掛かるハイアベレージ走行後の停車はかなりシビアだ。

本来ならば暫くクーリング走行をするのだが、心身共に疲労が強すぎてとてもソレが出来そうに無かった。流石に今回はしんどく、早く休みたかった。

 

だがそれでもやっぱり────

 

「楽しかったぁ・・・」

 

バケットシートに体を預け、余韻に浸る。

我ながらイカれていると思う。だが本当に楽しかったのだ。自分の持つ全てを使えた。正真正銘、本気で本当のバトルが出来た。

 

その時、ポケットに入れていたスマートフォンが着信音をがなり立てた。

取り出し画面を見てみれば、文字化けした発信元の名前。スワイプして応答する。

 

『もしもし、私メリーさん。今日は楽しかったわ。また会いましょう』

 

返答も待たず、一方的に通話が切れた。

一息ついて、スマートフォンを助手席に放り投げ、外へと出る。

 

夜風が頬を撫で、火照った体を優しく冷ましていく。

同時に、現実へと引き戻されていくのを感じた。非日常は終わり、当たり前の日常へと戻った。

バトル中にあった苦痛はもう名残りすら無い。それが何だか寂しく思えた。

 

振り返り、ついさっきまで自分が走っていた朝日峠を見上げた。

峠はただ静かに、何でもないようにそこにある。

 

「ああ、またな」

 

不敵でも不遜でもない、親しき友人に向けるような微笑みを浮かばせて、青山襲はぽつりとこぼした呟きは、そよ風に運ばれ溶け込むように消えていった。

 






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