一般通過のクロスオーバー 作:ヤックルたんペロペロ
河の神伝いに、グランマンマーレさんが吾輩を探しているらしいという話を聞いた。
「グランマンマーレ」という言葉を聞いた瞬間に一度失神し、どんぶらこっこと流れていったところを河の神が尻尾で跳ね上げて救出してくれる。
グランマンマーレさんが吾輩を…? 思い当たる節は一つしかないのだが、やはり子どもの件で用があるらしい。
河の神は吾輩がどうやって子をつくったのか興味深々で尋ねてくる。まるで男子中学生のノリなそれだった。
(会いに行きたくはあるのだが……)
いかんせん子どもに会うにはグランマンマーレとも会わねばならない。
吾輩がうっかり桃太郎になりかけたことからもお察しだろう。吾輩は『
みなも一度LCL化してみれば分かる。吾輩に残されている人間の本能がアレを『恐怖』し、二度と体験したくないと叫んでいる。
マジで思い出すだけで吾輩の無い玉が萎縮する。河の神も笑ってるんじゃない! おぬしも体験すればよかろうなのだ。グランマンマーレさんは快く受け入れてくれると思うぞ。
そうこう悩んでいるうちに100年単位で時が経ってしまい、吾輩もいよいよ腹を括らねばと決意した。
我が子に会う。グランマンマーレさんは相変わらず恐ろしいが、やはり一度は子の顔を見ておきたかった。
そうして、吾輩は遭遇した海の女神に失神しつつ、気づけば我が子のいる場所まで運ばれていた。
ワンオペで育児させてすまない──とグランマンマーレさんには謝ったが、別の夫に託児していたらしい。思わず「えっ?」と驚いたが、思い返せばポニョたちの子育てもフジモトが行っていた。
生物界ではオスが出産したり、卵を守ったりする例もあるため、吾輩の人間的な尺度はあまり当てにならないのだろう。
ただ単純に任せっきりではなく、時折一緒に出かけたり、魔法の教授をしたそうで仲は良好のようだ。
肝心の吾輩の息子の方は────、
「オレ様の前からとっとと消え失せろッッ!!!」
メチャクチャ嫌われていた。
◇
ボクは自分の髪が大好きだ。ボクの赤毛は母様譲りの色だから。一方で真っ赤な目は嫌いだった。
母様は普段はボクをお義父さんに預けていて、たまにやって来たら遠くに連れて行ってくれたり、魔法の使い方を教えてくれる。
ボクは母様ほどじゃないけれど、魔力がたくさんあるんだって。使い方だってどんどん上手くなっている。
でもボクはまだ幼いし、魔法が暴走したら大変だからって、母様は紅い宝石をくれた。
母様が頭につけている宝石とそっくりな色だ。太陽に透かしてみると、中にある紅い色がいろんな色に輝く。これはボクの宝物だ。ネックレスにして肌身離さず身につけている。
ボクは母様が大好きだ。飛び込んだら、大きな体で優しく包んでくれる母様が世界一大好きだ。
お義父さんのこともそこそこ好きだ。ボクが悪戯をすると鯨の鳴き声のようにやかましくなるけれど、まあ好きだ。
でも……たまに、ボクの本当のお父さんはどんな人なんだろうかって、考えることがある。
ボクのお父さんは本来は森に住んでいる神様なんだって。っていうことは、ボクは海と山の神の混血になる。
ボクの瞳は父様に似ているって、母様が教えてくれた。
「父様は、どうして会いに来てくれないの?」
母様は河に住まう神を通して、父様に『知らせ』が届くようにしているって。
でも、何年経っても父様はやって来ない。
お父様は夜に大きな巨人になるそうだから、もしかしたら夜にその大きな体で山を越えて海まで越えてくるんじゃないかって、月を見上げては何度もため息を吐いた。
そうして何年経っても────何十年経っても、父様は会いに来てくれなかった。
……いや、
父様は結局、ボクのことなんてどうでもよかったんだ。
嫌いだ。本当の父親なんて。
クソくらえだ…!!
◇
ボクが────いいや、
そいつは白目を剥いていて、口から泡を吹いていた。
奇妙な見てくれをしているその生き物こそが、ボクと血のつながった実の父親だった。
こんなキショい見た目の生き物が本当にボ……あっ、違ッ! ………────オレ様の父親だっていうの?
表情だって能面のように動かない。
なのに頭の中に聞こえてくる言葉はやけにフランクで、そのギャップが凄まじかった。
ソイツは今まで会いに来れなかったことを謝罪した。『知らせ』は知っていたけど、事情があって会いに来れなかったって。
その事情ってなんなんだよ。オレ様が疑問に思うのは当然のことだった。
そしたらさ、やつはなんて言い訳したと思う? 「母様が怖かったから」だって。
母様が怖いからって、ボクに会いに来なかったの? ボクはずっと待っていたのにさ。
ボクの大好きな母様を言い訳にしているところも気に食わなかった。胃のムカつきはやつの瞳とよく似た自分の瞳への嫌悪も相まって、内側から真っ黒な渦を巻く。それが体外に漏れ出て魔力の渦となり、ボクを覆っていった。
その拍子に、ボクの宝物の鎖が壊れて体から離れる。
母様は落ち着くように言っていた。でも、そんな言葉が頭に入らないほど、ボクの心はこいつへの怒りでいっぱいだった。
1秒でも早く、ボクと母様の前から消え失せろ。それが
否、『ユグドラシル』の願いである。
母様が防御を張るけど、ボクだっていつまでも子どもじゃないんだ。
おびただしい数の魔法弾をやつへ向けて発射する。
すべて母様の魔法で防がれてしまうけど、それでも怒りに任せて放ち続けた。
『! 前に出てはなりませんッ!!』
不意にその時アイツが母様の防御壁をすり抜けて、前に出た。
追尾機能を兼ね備えた無数の弾丸が一点に集中する。
やつの表情はこんな時でも一切変わらない。ただボクの頭の中には声が聞こえた。
“すまない”
謝るくらいだったら、どうして最初から会いに来てくれなかったの?
ボクは待ってたんだ。ずっと、暗い海と友達になりながら。
ずっと────。
魔法弾が当たったやつの体が消えていく。散り散りになっていく光の粒子をボクは睨みつづけた。
視界が歪む。先ほどとは打って変わり静寂が舞い降りた後、母様がそっと人さし指でボクの瞳からこぼれ落ちる水滴を拭った。
涙が止まらなくなった。あんなヤツ、ボクの父様なんかじゃない。いくら謝ったって、絶対に許さない。
でも────だったら、消え失せたのなら喜ぶべきはずなのに、ボクの涙は止まらなかった。
◆
「お月さまぁ、ボクね」
暗い海の天上に浮かぶ月に、幼子は語りかける。
彼は何かを思い出したようにクスクス笑った後、真っ赤な頬をさらに真っ赤にして言った。
「ボクね……いつかお父様の大きな体の上に乗って、いろんなところに行ってみたいんだ!」
ザザアと、海が返事をする。
少年はまた面白おかしそうに笑い、早く会いたいなあ、と呟いた。
『ユグドラシル』────北欧神話に出てくる宇宙規模の大樹。幾重もの世界を繋ぐ『世界樹』であり、『宇宙樹』とも呼ばれる。