一般通過のクロスオーバー 作:ヤックルたんペロペロ
荼毘にふす・上
『お前なら必ず、
まだ俺の髪が赤かった、幼い頃の記憶。大きな手が、俺の頭の上に置かれた。
ただ、俺は不良品だった。俺が不良品だったから、お父さんは俺を見なくなった。
いつも視線の先にいるのは末子の弟。お父さんが望んだ『最高傑作』。
ねえ、お父さん。どうして俺を見てくれないの?
ねえ、お父さん。俺は要らない子だったの?
じゃあ何で俺をつくったんだよ。
この体にはすでに炎が灯っていた。父親に付けられた炎だ。
それが俺の身を焦がして、燃えていく。
知ってるか? 心が焼けてもさ、焦げ臭いにおいはしないんだ。
◆
「今日は友だちの家に遊びに行くからさ、帰るの遅くなる」
お母さんは俺の方には視線を向けないで、「気をつけて帰ってきてね」と言った。
学校へ行って、授業を受けて、それが終わったらいつもの場所に行く。
そしていつもの場所に着いたら、上は脱いでトレーニングを始める。
俺の個性は炎。お父さんから受け継いだものだ。ただお母さんの氷結の性質を受け継いだ体は、耐熱が低い。だから火の加減を間違えるとやけどをする。
お父さん以上の火力を持つこの力を振るうには、俺の体は不良品だった。
「……クソッ!!」
俺はでも、火力の上げ方しか知らない。火を強くする方法しか教えられなかったから。
焦凍はいいよな、お父さん直々に訓練してもらって。
俺だって、昔はお父さんに
ハァと荒い息を吐いて、地面に座り込んだ。びっしょりとかいた汗を拭って買っておいたペットボトルに手を伸ばす。すると、カラカラ、と音が鳴った。
「……よう」
はじめて見た時は驚いた小さなガイコツ? のような物体。それが俺が置いた鞄の上で遊んでいる。
見た目は怖い奴らだけど、たまにイタズラをされるくらいで害はない。今回も何かされていないだろうかと調べたら、制服のジャケットに木の実が入れられていた。
……そう。悪い奴らでは、ない。
木に寄りかかると、奴らも同じように座り込む。
これが何なのか、気になって調べたことがあった。合っているかはわからないが、情報が確かならこれは『コダマ』。森が豊かな場所に生息している森の妖精らしい。
こいつらが見えるってことは、俺には霊感があるのかもしれない。
(コダマがいるってことは、この森が元気だってことだよな…)
元々ここ、瀬古杜岳はお父さんがトレーニングで使っていた場所だった。今はもう使っておらず、俺がこっそり使っている。
(お父さんにもコイツらが見えてたのかな?)
少し気になって、ネットで探したお父さんの画像をコダマたちに見せた。
すると、奴らは一瞬で消えた。ちびっ子に泣かれるNo.1のヒーロー様はどうやら、コイツらにも怖がられているらしい。
「ふはっ」
それがおかしくて、笑った。
笑って、笑って……なぜか涙まで出てきて、手の甲で拭う。
手元の画像に映っているヒーロー姿のお父さん。
格好よくて、憧れで、俺も大きくなったら
「ははっ…」
口角が上がっていく。スマホがミシリと音を立てた。
お父さんはどうやったら、俺をまた見てくれるかな? どうやったらまた、昔みたいに俺の頭を撫でてくれるかな? どうやったらまた俺を褒めてくれるかな? もっと強くなったら俺を見てくれるだろうと思って特訓だって頑張ってるんだ。最近はあともう少しで何かが掴めそうなところまできてるんだ。
だからッ、
だから………。
────ガサッ。
「!」
ふいに、前方の茂みから音がした。とっさに視線をそっちへ向ける。
あたりも暮れ始めた中で、コダマを体に乗せた子どもが髪の毛に葉っぱをつけて立っていた。
何度か瞬きをしながら、向こうは俺をじっと見つめている。
(こんな時間に…子ども? しかも山の中で?)
歳は多分、俺より少し下くらいだと思う。顔立ちはかなり中性的だ。表情は……わかりにくい。
子どもはコダマに服を引っ張られるようにして、俺の前に来る。
「えっと……迷子?」
子どもは首を横に振った。ここに何で一人でいるのかとか(俺が言えたギリじゃないけど)、何でコダマがそんなにフレンドリーなのかとか(しかも俺以上に!)、いろいろと思うことはある。
「……俺、今から帰るつもりだけど、途中まで一緒に行く?」
そう言うと、子どもは頷いた。さっきから感じていたけれど、不自然に話さない。少し、背筋が寒くなる。
「…俺、燈矢って言うんだ。お前は?」
「………」
「……その、話せない、感じ?」
頷きがかえってきた。と同時に、手が伸びてきて俺が持っていたスマホを奪い取る。あ、と思わず声を漏らした。
子どもは何かを打ち込んで、それを俺に見せる。
「“我が名はアシタカ! 東の果てよりこの地へ来た!! ”…………ハ?」
子どもはしきりにうんうんと頷く。それからまた何か打ち込んで見せてきた。画面には「嘘ぴょんw」とある。
な、殴ってやろうか、コイツ…。あと草を生やすな。
「……あんまり中学生をからかうなよ」
“しーたん”
「それニックネームだろ」
“しーちゃん、しーくん、どっちでもいいよw”
「だから
“www”
結局、俺は「しーちゃん」と呼ぶことにした。会話が不便だから別れるまではスマホを貸すことにした。音声の読み上げ機能はオンにしてある。これでいちいち画面を見せたり、見る必要がなくなる。
「お前、森の奥から出てきたけど、何してたんだ?」
“山へ芝刈りに”
「……よく来んの?
今だって、コイツの体に乗っている。滅多なことじゃ、俺の上に乗ってくることがないのに。
少しだけ腹がムカムカしている。
“私は散歩をしていて、珍しくコダマがいる場所を見つけたから来た。ここへは前に来たことがあったかもしれない”
「………ふうん?」
“君はコダマを知っているんだね? 珍しい”
「…そりゃあ、こんな化け物みたいな奴がいたら調べるだろ」
“彼らはね、君を心配している”
「……ッ」
息が詰まった。
コダマの方を見たら、首を控えめにゆらゆらさせて俺の方を見ていた。顔を見ただけじゃいつも通りだけど、本当に心配してるのか?
“けれどね、怖がってもいる”
「怖がっ……」
“火はね、怖いんだ。彼らの母親が焼けてしまうかもしれないから。それでも、君が怖がらずに遊んでくれるから、嬉しい”
「………」
“だから、心配”
カラカラ……と音が鳴る。
気づけばもう、足が山の一番下に着いていた。
俯いたままの俺の手に、スマホが押しつけられる。
心配………心配、か。
「……ごめん」
俺はでも、だめなんだ。お父さんに見てもらわないといけないから。
お父さんに見てもらうには、俺が頑張るしかないから。
だからコダマには、ごめん。
カラカラカラカラ、音が遠ざかっていく。
風が吹いて、視界の隅でお母さんの色をした白い髪が揺れた。
「えっ……?」
顔を上げた時にはすでに、そこには誰もいなかった。
何だか狐に化かされた気分だった。
背筋がブルリとして、目を強くつむった後に勢いよく駆け出す。
やっぱどう考えても、あの子どもって幽霊とかの類なんじゃないか? おかしいだろ。だって俺は初対面のアイツに炎熱系の個性だと言っていないし、それを知ってるならコダマから話を聞いたとしか考えられない。隠れていて、俺の訓練を覗き見していた可能性もあるけど……。
もうすぐ夜になるって時間に小学生が森の奥から出てくるのだっておかしいだろ。
考えれば考えるほど寒気が襲う。
帰った俺は、玄関に入った瞬間足の力が抜けた。
手にはアイツに押し付けられたスマホが握りっぱなしになっている。
無意識にスマホを点けたのは、荒ぶる気持ちを落ち着かせたかったからだろう。
「ッ!」
そこで思わずスマホを落とした。
だって、残されていた最後の文。読み上げ機能は──オフになっている。
“火には気をつけてね”