一般通過のクロスオーバー 作:ヤックルたんペロペロ
アイツはあれから一度も現れていない。
あれは夢や幻だったんだろうか?
……いや、スマホのメモにはアイツが打った文がそっくりそのまま残されている。
トレーニングは相変わらず続けている。一応、火の扱いはさらに気をつけるようにした。万が一木に燃え移ったら、コダマも無事では済まないから。
「…ん?」
その日はカラカラの音に混じって、別の音が聞こえた。
不思議に思って見たら、昨日冬美ちゃんから渡されて鞄に入れっぱなしにしていた金平糖の小袋──それを、コダマたちが持ち上げて振っている。
「…食べる?」
試しに袋を開けて、一粒差し出してみた。
コダマは受け取ったそれをじっと見つめて、左右に振り出した。他のコダマも騒ぎ始めたので一匹に一粒ずつ与える。
するとカラフルな色が左右に踊り出した。どうも一向に食べない。
「こうしてさ、食べるんだよ」
口に運んで食べてみせる。金平糖なんて久しぶりに食べた。
俺の様子を見ていたコダマたちは金平糖を口に入れた。……いや、入れたっていうか、口に近づけた瞬間、一瞬にして消えた。
「うわっ!!」
コダマたちの顔が次々と回転し出す。360度、グリングリンと。ちょっとしたホラーな光景だった。
小袋にあった金平糖は全員で分けていたらあっという間に無くなった。
コダマたちは今日は顔を赤や緑に変えたりと終始ハイテンションで、もしかしたらコイツらにとっては違法な物を与えてしまったんじゃないかと心配になった。
◆
「焦凍の誕生日だったんだよ。その日はお父さんも家に帰ってきてさ、久しぶりに家族全員でテーブルに着いてケーキを食べたんだ」
お父さん、焦凍にプレゼントを買ってたんだ。個性訓練に使うアイテムを「お前のために」って。いつもより和やかだった場の空気が凍ったけど、うちが氷点下になるのはよくあることだった。
お父さんは自分で選んで買ったものが一番焦凍のためになると思っているんだろうし、焦凍も喜んでくれると思ってるんだろうな。笑えるよね。
「でも、俺知ってるんだ。お母さんが焦凍に何が欲しいか聞いてるところを偶然見かけてさ」
焦凍、俺や夏くん、冬美ちゃんと一日でもいいから遊びたいって。
お母さんさ、焦凍を抱きしめて泣いてたよ。「ごめんね」って。ごめんなさいって。
「でさ! その一週間後は俺の誕生日だったんだよ。俺13歳になったんだ。背も最近伸び始めてきたんだ。3学期のはじめにやった身体測定の記録と2学期の記録を比べたらスゲェ伸びてたんだ! 俺も第二次性徴期が始まったらお父さんみたいに大きくなれるかな?」
俺はケーキより寿司が食べたかったから、寿司がいいってお母さんに頼んでたんだ。
食べたのはスーパーで売ってるような寿司じゃないよ。出前の上等な寿司。
みんな美味しそうに食べてた。俺はお子さまじゃないから冬美ちゃんたちと違ってワサビ入りだよ。それに手づかみでワイルドに食べたさ。箸なんて使うかよ。
プレゼントはパソコン用品を頼んだ。多分、一般家庭じゃ中学生の誕生日に買ってもらえるような値段じゃないものを。
それで、お寿司を食べ終わって時間が過ぎて寝る時間になって、夏くんは鼻ちょうちんを作ってぐっすりと眠ってた。
俺は起きてて、ずっと時計を見ていた。
短い針が『12』を過ぎて、1月18日が終わり、1月19日になった。
「お父さん、俺の誕生日には帰ってきてくれなかったんだ!」
そりゃあそうだよなァ!! だって俺は不良品だから!!!
最高傑作の誕生日には帰ってきても、不良品の誕生日にわざわざ帰ってくる必要なんてないよね。
お父さんはヒーローだし仕方ないよ。
仕方ない。
仕方がないんだ。
「何で俺を見てくれないのどうして俺を見てくれないの俺だって頑張ってるのに俺をつくったのはお前じゃないかエンデヴァーなんでお父さん俺を見てよ俺を見てよ俺を見てよ俺を見ろ…………」
側で聞こえていたカラカラという音はいつの間にか聞こえなくなっていた。
俺の愚痴に呆れたのかな。
夏くんも俺の愚痴を面倒くさそうに聞いている時がある。
でも俺こうして誰かに話さないと、今にも燃え尽きて死んじゃいそうなんだ。
「ッ!」
ふいに上から何かが落ちてきた。
降ってきた正体をつかむと、松ぼっくりだった。
視線を上へ向けると、コダマが木の枝に座って俺の方を見ていた。
カラカラカラカラ音が戻ってきて、俺の周りにどんぐりやキノコ、その他さまざまな森の貢物が贈られる。
「ッ、ハ……何? プレゼントってわけ?」
コダマは首を左右に揺らす。
こんなものもらって嬉しくなるのは幼稚園生くらいじゃないの。
さっきまで泣いていたのに、それ以上に涙が出てきて、何度も何度も拭った。
多分出した声は震えていたと思う。
「……ありが、とな」
◆
俺の世界は、蒼い炎に灯された。
ねぇお父さん、俺を見てよ!
俺がお父さんの自慢の息子だって、証明するからさ!!
だからッ!!! 俺を見ろよ!!!!
◇
燃えている。
森を飲み込む炎の中心には、人の形をした黒い物体が横たわっていた。
まだ息のあるそれは、わずかな呻き声を漏らす。
周囲が炎に包まれる中、黒焦げの少年のもとにサクサクと音が近づく。
彼はわずかに聞こえたその音に体を動かそうとしたが、できなかった。
ふいに首筋に何かが触れる。
すると全身の焼けるような熱さが和らぎ、
「……え?」
体が動く。燈矢は丸くなっていた体勢から起き上がり、顔をあげた。
眼前にはあの草を生やす子どもの姿がある。
燈矢のことを静かに見下ろしていた。
『 』
子どもが口を開く。
音にはなっていないその言葉が、なぜかその時ばかりはわかった。
────
直後、燈矢の意識は遠のいていった。
次に燈矢が目を覚ましたのは病院だった。
彼はところどころに大きなやけどを負ってしまったものの、命は助かった。
警察の事情聴取も行われ、改めて瀬古杜岳の火災の件は彼の個性が暴走し起こったものだと明らかになった。
燈矢は刑事責任を問われる14歳未満であったことや、個性暴走、そして家庭環境の事情や現在の不安定な精神状態も加味され、退院後は自立支援を行う施設に入所することになった。
家族とはまだ一度も面会していない。
彼自身が医者に頼んで、対面を拒んでいた。
夢にまで見る。
脳裏に焼きついた森が燃える光景。自分を無感情に見下ろすあの子どもの瞳。
そして、あの子どもが炎の中に消えていく中で、
それから、リハビリで体が問題なく動くようになった燈矢は、ある日病院を抜け出て
森は完全に消失したわけではないが、大部分が焼けてしまっている。
「どっこいせ」
燈矢は焼け残っていた木に寄りかかった。
風が吹く。カラカラ、という音は聞こえなかった。
ああこれが罪なのかと、彼は自分をあざ笑う。涙はすっかり出なくなっていた。
「……熱、かったろうな」
あの日、父親はついぞ来てくれなかった。
「ごめん…」
言葉にしたことはなかったが、友だちだと思っていたコダマたちも死んでしまった。小さい彼らを殺したのは──荼毘にふしたのは、燈矢だった。
「ごめんっ、な……」
あの日以来、彼の心はそれまで燃え盛っていた炎が消えて、根元から折れてしまった。
(……アイツはきっと、森の神様だったんだ)
火に気を付けるようにと忠告までされていたのに、この有様だ。
「寒い…」
コダマのいない森はひどく冷たい。
「………燈矢」
その時、ジャリ、と土を踏みしめる音が聞こえた。燈矢はとっさに顔を上げる。たちまちこれでもかと眉間に皺が寄った。
「……ンだよ」
「お前が病院から消えたと連絡があった。だから──」
「だから、探しに来たって? 仕事の途中で?」
ハッと燈矢は笑う。乾いてしまった部分からは、涙の代わりに血が滲んだ。
「あの日、俺がいくらお願いしても、来てくれなかったくせに」
今さら来たってもう遅い。
燈矢の心も、彼の友だちも燃え尽きてしまった。
「もう、
彼は個性で出せる温度や瀬古杜岳で起こった火災の規模を考えると、遺体すら残らず死んでいてもおかしくなかった。
生きていたのは奇跡に近い。医者もそう言っていた。
燈矢はしかし知っている。あの日自分は死ぬ運命だったと。
それを生かしたのはあの
「全部全部全部、お父さんのせいだ」
「……あぁ」
「全部、全部ッ………」
ボタボタ、
医者が言っていた。やけどの影響で、もう以前のように個性を扱うことはできない。無理をすれば体に負荷がかかって、最悪死ぬことになると。
オールマイトを超えることは不可能だ。
ヒーローになれないのなら、轟燈矢が
いいよね、と燈矢は呟いた。
お父さんは
「ニュースで見た。新聞でも見た。瀬古杜岳の火災は個性事故によるものだって。どこにも俺が起こしたって書いてない。No.2ヒーローの長男である轟燈矢が起こしたって書いてない。
お父さんは本当に上手いよね!! 俺には
報道の件は燈矢が14歳以下であったことも考慮され、名前が伏せられていた部分もある。それでもこういった話題を餌にする方面への手回しは、行っているはずだ。
燈矢がその気になって、例えば轟家の内情をタレコミすれば、すべて壊せるだろう。父親はもちろん、家族のすべてを壊せる。
(全部、壊れちまってもいいじゃん)
何もかも。全部燃え尽きて、無くなってしまえばいい。
燃えかすの自分すら、灰を残さぬようにして、荼毘にふす。
「えっ」
後ろによろけた燈矢の足がもつれて、倒れる。その腕をエンデヴァーが掴んだ。
先ほどまで父親を殺さんばかりの表情をしていた燈矢の顔は驚きの色に包まれている。
彼がよろけた足元には、土から生えた一つの芽があった。
「…どうした?」
「さっき、そこに……」
そこまで言って、燈矢は口を噤む。
「……何でもない。俺病院に戻る」
「待て、送っていく」
「一人で行ける」
「とっ──」
「一人で行けるって言ってんだろ!!」
燈矢は腕を振りはらい、走った。これまでの父親への想いを振りはらうように、走って走って、走った。
「燈矢!」
名を呼ばれる。振り返るつもりはなかった。
なかった──はずだったが、あの音が聞こえたから、振り返ってしまった。
「………何」
父親は口を何度も開けたり閉じたりして、何かと葛藤しながら口にする。
「……すまなかった」
燈矢はジッと同じ色をした父親の瞳を見つめる。
しかし燈矢は知らないふりをした。
今さら『見て』くれたところで、轟燈矢はもう燃えかすになってしまったのだから。
風が吹いて、小さな芽が揺れる。その側で座っている存在も、首を揺らした。
「謝って赦されるなら、神様はいらないから」
父親は燈矢の言葉を「許さない」の意味で認識したようで、沈黙の後に頷いた。
燈矢は山を降りていった。
カラ…の音も遠ざかっていく。
あの生まれたばかりの芽も、何十年もすれば大きな木になるのだろう。
血の涙を拭った少年の顔は、それでもしっかりと前を見据えていた。