アイズさんは好きだけど負けヒロインが可哀想すぎるからいっその事誰も選ばない展開にしてやろうという妄想こじつけ話。 作:わさびこんぶ
「ベル様、ギルドから知らせが届いていました。」
春姫さんに手渡されたのは、ギルドからの呼び出しの手紙だった。勲章と報酬の授与と、英雄橋に置く像を制作したいという旨の相談があるようだ。
「復興完了後になるのですが、授与式と共に盛大なお祭りを開くそうですよ。世界平和の祝祭でございます。」
春姫さんが嬉しそうに言う。
「……。」
正直、気負いしてしまう。憧れは、確かにあった。が、どれもこれも全て、みんなが居てくれたから得られた勝利だ。その中で僕だけがこういう特別扱いされてしまうのは変だと思う。それに──────
「……今日は、お断りの連絡を入れさせていただきますね。」
「あ……はい、お願いします。」
春姫さんは察してくれたようだ。今日は、絶対に行かなければならない所がある。
「ベル様は英雄です。勝利は誰か一人でも欠けていたら、きっとなし得なかった。そして、彼らが立ち上がったのは貴方のお陰なのです、ベル様。」
「僕のおかげ?」
「はい。貴方の誠実さと真っ直ぐな心意気が、彼らに勇気を与えたのです。皆さんも、ベル様に英雄の勲章を受け取って欲しいのだと思います。」
「そうだと、いいんですが……。」
「ええ、きっと。」
身支度を整えて、玄関に向かう。離れるのは不安なので、フィオリアも一緒だ。
「いってらっしゃいませ、ベル様、フィオリア様。皆さん復興に追われて疲弊してしまっているので、ベル様の姿を見たら元気をだしてくれると思います。胸を張ってください。」
胸を張れ、なんて遊郭にいた頃の春姫さんじゃあ絶対に出てこなかった言葉だろう。以前よりも堂々とした顔つきの春姫さんを見て、思わず笑みが溢れた。
「はい。いってきます。」
オラリオは、随分見通しのいい都市になった。
「あぅ、うー?」
「そうだよ、ここがオラリオ。……少しボロボロだけどね。」
布に包まれたフィオリアが興味津々といった様子で辺りを見回す。ベートさんやヘスティア様を眺めていたのもそうだが、フィオリアは生後2ヶ月半ほど。最近やっと視界がクリアになってきた所で、飛び込んでくる刺激を五感で必死に捉えているに違いない。
「だぁ」
「わっ!」
フィオリアの顔がグイッと横を向く。まだ首が座りきっていないのにこの角度は平気なのだろうか?ものすごく慌ててしまう。
「おやっ、英雄様じゃないかい?」
「あらまぁほんと!」
川のほとりで洗濯をしていたマダム達に声をかけられる。丁度いいとばかりに助けを求めた。
「あっはっは、そりゃ最初はびっくりしちまうよねぇ。大丈夫だよ平気平気──────。」
マダム達に教えてもらう。そして例のごとく、フィオリアについても説明した。
「若いのに大変だねぇ。なんかおばちゃんにできることあるなら言ってね!」
「それにしても、ほんとに立派な子だねぇ。うちの息子と言ったらもう──────」
「うちもよぉ、──────」
「──────!」
……長い。そして分からない。話を抜け出すタイミングを失ってしまった。
(どうしよう……。)
意味もなくフィオリアを見つめてみる。その後も続く主婦談議に愛想笑いで必死に誤魔化していると、
「ベル殿?」
「!!命さん!」
向こうから命さんがやって来た。命さんは〖タケミカヅチ・ファミリア〗に戻ってしまった為、以前のように気軽には会えなくなってしまった。けれどパーティーはまだ同じで、こうしてファミリアが別れた後も交流してくれている。そしてタイミングもいい。
「じゃあ僕達はこれで!」
「あらもう行ってしまうのね。」
「気をつけてねぇ。」
マダム達へ別れを告げ、足早に命さんの元へ向かう。
「久しぶりですね、命さん!」
あの宴会の日会うことはできなかったため、実に1ヶ月ぶりの再会となる。ゴライアス戦以降こんなに会わなかったことはなく、正直寂しかったので姿を見れて嬉しさが込み上げる。
「お久しぶりですベル殿。体の調子はどうですか?」
「平気です!あ、この子は────」
聞かれる前に答える。なんだかできる男っぽい。
「そんな事が……。でも、この子が元気そうで何よりです。初めまして、フィオリア殿!」
笑いかける命さんにつられ、フィオリアも口角を上げる。
「かわいい……」
「命さんはどちらに?」
「ああ、自分も洗濯です。」
命さんが大きな桶を持ち上げて見せた。
「川へ洗濯に……ですか?」
「はい。こんな有様なので水道システムが壊れてしまい……。皆さんとりあえず川の水を使っているようです。」
「ああ、なるほど……。」
ヘスティア・ファミリアはホームの復興が早く、周りの住居も大手ファミリアやお金持ちばかりで区画全体の設備が早めに整えられていた。だから気づかなかったが、他の区画の現状は酷いのだろう。
「じゃあ、花束なんて買えそうにないですね。」
「花束……。ああ、皆さんに会いに行くのですね……?なら、1箇所だけ心当たりがあります。」
「本当ですか?」
場所を教えてもらい、その後少し談笑してから別れた。
(命さんにあえてよかった。)
そう自然と思う。彼女のおかげで花束を確保できそうだし、何より元気な様子が見られた。
花束を手に辿り着いたのは、少し丘になった場所。ここには、たくさんの人達が眠っている。冒険に生涯を捧げた彼らは、この地で弔われるのだ。
かつてのリューさんの仲間達のご遺体も、今はここにある。やっと太陽の元へ連れてこられたと、リューさんは涙を流していた。
大戦では多くの命が散っていった。この中には、友人やお世話になった人達がいる。
一つ一つに花を備えて、丁寧に祈りを捧げた。
「……」
少しだけ感傷に浸る。
「んぶ、あ」
「……フィオリアも、いずれは姉さんと兄さんに挨拶に行こうね。」
「うぅ?」
「もう少し大きくなったらね。」
(あとは、もうひとつ。)
墓地の外れにはひっそりと置かれた墓石が3つある。ここに誰が眠っているかは分からない。でも、初めて花を手向けたあの日から、何故かここを忘れることができなかった。
「……。」
しっかりと祈りを捧げる。名も知らない誰かが、安らかに眠れるように。
少しだけ心の納得がついた気がする。暖かな日差しに顔を上げると、優しい風が吹いた。
「……よし、行こうか。」
行きよりは幾許か軽くなった気持ちで、墓地を後にした。
あまり長い外出はフィオリアの負担になるので、近道をしてホームへ向かう。すると、前に冒険者の集団が見えた。
「おっ!白兎じゃねぇか!」
「モルドさん!」
どうやら、僕の呼び名は白兎で定着してしまったらしい。2つ名も呼びにくいし、これが彼ら的に良いのだろう。
「こいつが噂の赤ん坊か?」
「えっ、噂?」
「オラリオ中に広まってるぞ。英雄が連れてるガキはフィオリアだって。」
「ええええ!な、なんでそんなに……あ!」
マダム達に捕まったのは、オラリオ中の主婦が集まる洗濯場だ。そんな所でペラペラ喋ってしまったら、こうなるのは目に見えていたのに……。
(それにしても早い……早すぎる……)
あの場を離れてからそれ程経っていないのに、拡散力が凄まじい。マダム達のお喋りは想像以上の力を持っていたようだ。
「それで……結局このガキは誰の子なんだ?」
「え?」
「俺はあのアドバイザーだと思ってる。」
「は」
「いや……まさかマジで
「なっそんな訳ないじゃないですか!?この子は───」
急いで誤解を解く。
「あ?じゃあなんだ、本当にあのまんまって事か?」
「あのまんまって……?」
聞くと、どうやら元の噂は僕が話した内容の通りだったが、話が広まっていくうちに変な憶測がで始めたらしい。……神様が関わっている気がする。いや、絶対に。
ほとんど白目になってため息をこぼした。
「まぁなんだ。変な噂は訂正してやるからよ、お前もこれに署名してくれねぇか?」
そう言って紙が渡される。どうやら本題はこれらしい。
「これは?」
「バベルの建設を反対する署名だよ。あれポッキリ逝っちまっただろ?それをまた再建するなんざバカも休み休み言えってこった。」
たしかに、あのバベルを一から作り直すなどステータスを持ってしてもなかなか骨が折れる。命の危険もあるだろう。ダンジョンと神様達が和解した今、あれ程盛大な蓋は必要ない。
「ダンジョンは役目を放棄した。」
今朝、
「どうせ上の方は神達の住居に使うだけなんだ。わざわざ積み上げる必要もねぇだろ?地上に作りゃあいい!」
「うーん、そうかも……。」
「だろぉ?ほら、署名してくれ!そうしたら礼に噂は俺達が片付けてやるから!」
彼らが署名などというお上品な手段をとっているのは、相手が神だからだろう。彼らなりに、神様たちに配慮しているようだ。少し、思案する。
「……保留にさせてください。」
人間として意見に反対はないのだが、眷属として、神様の希望を無下にするなんてできない。それに、英雄という立場もある。
「署名する前に、1度神様達と話してみます。説得できなかったらその時は……署名させて下さい。」
神様達を尊重したいけれど、みんなせっかく生き残ったのにそんな事で命を落とすのは絶対に避けたいはずだ。僕だって、そんな事は嫌だ。
「おお!分かった!噂は俺たちに任せとけ!」
手を振ってその場を離れた。
ゆっくりと歩きながら、思考を巡らせる。
(オラリオは忙しないなぁ。)
みんな生き生きとしていて、前を向いている。
「あぅんぶ、だぁ!」
「ん?どうしたの?」
フィオリアが突然興奮したように声を上げた。視線の先を辿ると、2人の男性が何かを見ながら話している。
「こりゃあすげぇな。生きててよかったとしみじみ思うよ。」
「そうだな。あの舞台を生で見ることができるとは!しかも、復興支援を目的としているから無償らしいぞ。寄付もするって。」
「ああ。全く、ありがたいこった。普通なら一公演5000ヴァリスもするのに、それを無償とは……。」
どうやら有名な舞台がオラリオにやってくるという話らしい。
「あ、けどこれ見ろよ。」
「なんだよ?……はぁ?!この2人は来ないのか!?」
「嘘だろ……。この2人がいてこその『太陽の方舟』だろう?」
何かを見て、ショックを受けたような声が上がる。
「でも仕方ないか。来て貰えるだけで万々歳だよ。」
「まぁそうだな。」
2人が離れていった後、僕も気になって近づいてみる。そこにあったのは劇団『太陽の方舟』のポスターだった。そしてその中の2枚に、デカデカとジュリエッタとジェームズの顔が貼られている。
劇団『太陽の方舟』は2人が所属する移動型歌劇団であり、2人はそこの花形女優、俳優だった。容姿端麗な双子の演者の名声は、”美麗なる双子”として世界中に轟いている。オラリオも例外ではなく、多くのファンがポスターをちぎり持ち帰っていた。ここが残っているのは奇跡だろう。
「ばぶぁ」
「フィー、覚えてるの?」
2人と最後に会ったのは1週間前で、フィオリアからすればずっとずっと前のことだろう。それでも覚えているならば、この子は本当に賢いのかもしれない。
「ぶぅぶ」
「あれ、これ……」
ポスターの下側に、2枚を跨ぐようにして上からチラシが貼られていた。
『残念ながら大目玉、”美麗なる双子”は諸事情によりやって来ることができません、ごめんなさい!! (太陽の方舟より)』
「……」
雑に書かれた報せに、複雑な気持ちを抱く。2人が劇団を離れているのは復讐を果たすためだ。
(あんなに目を輝かせていたのに……)
かつての故郷。僕達は、おじいちゃんの足元でわぁわぁと騒いでいた。
「かっこいいなぁ……」
「英雄って悪くないわね!!」
「俺、英雄になる……!」
祖父が臨場感たっぷりに英雄譚を読み聞かせてくれるのが僕達は大好きだった。
「ワッハッハ!そうかそうか。英雄はかっけェじゃろう?」
「うん、かっけえわね!」
「かっけ!」
「かっけぇ……!」
祖父の言葉を復唱する。
「もう!お爺さんたら、また3人に変な言葉教えて!」
「えぇんじゃよ、ちょっとばかしワイルドなくらいで☆」
「お爺さん、そういえばそろそろ出発しないと。」
「あ、そうじゃった!おまえ達、良いところに連れてってやるゾイ!」
おじいちゃんがグフグフと笑う。僕達は知っていた、おじいちゃんがこの笑い方をする時は何か楽しい事が起きるのだと。
「ほら、バンザイして。」
姉さんと兄さんが僕たちにどんどん服を被せていく。防寒を超えていっそ暑い。
「やぁ……」
「やじゃありません。」
「お姉ちゃんはなんで着ないの?」
「お姉ちゃんはお兄ちゃんとお留守番。」
「えっ!お姉ちゃん行かないの?なんで!!」
その時の姉さんの困ったように笑った顔は、今でも鮮明に覚えている。
「リリアーナと俺は寒いの苦手だから。家でぬくぬくしてる方がいーの。ほら、行ってらっしゃい!」
「いってきまーす!」
大きく手を振って、馬車に乗り込む。
しばらく馬車に揺られて辿り着いたのは、近くの町だった。今思えばたいして大きくもないのが、初めて村の外に出たベルからしたら大都会で、大冒険だった。
「あっちじゃ!」
祖父に手を引かれて歩いていく。
ジュリエッタと僕は、絶対に祖父の手を離してはダメだと姉に厳命されていた。ジェームズは逞しいので祖父に肩車されて足を興奮気味にバタつかせている。祖父の両手は僕達で塞がっているため何の支えも無いのだが、よく落ちないでいられるなと常々かっこよく思っていた。
「あいた、イタタタタ!ジェイ、少し足を落ち着かせてくれんか?」
「ううん。」
「ううんって……」
「わぁ、見て!おじいちゃん!」
そこにあったのはカラフルに飾り付けられた小さなテントだった。中に入ってみると、4つだけ長椅子が並べられている。僕達以外に客はいないらしい。
1番前の席に着くと、丁度よく幕が開く。
「ようこそお越しくださいました!私達は劇団『太陽の方舟』です!───」
ピエロの格好をした人が、僕達しかいないのにまるで満席、なんなら無いはずの2階席にも客がいるかのように大袈裟に話した。
そして始まったのは、『アルゴノゥト』の物語。弱っちい少年が色んな人に騙されながらもなし崩し的に英雄になった滑稽な物語だ。
劇が終わり、パチパチと拍手する。面白かったが、少し残念にも思っていた。この英雄譚はあまり好きじゃない。英雄はもっと強くて、格好よくて、みんなに尊敬されるような人であるべきだと思ってしまう。
だが、横から響く拍手はものすごく大きい。おじいちゃんの1番好きな英雄譚は『アルゴノゥト』らしい。ジュリエッタとジェームズも、手が真っ赤になるまで拍手し続けていた。
「ベル、どうしたんじゃ?」
「え、えっと…お姉ちゃんとお兄ちゃんも来れたら良かったのになって!」
慌てて誤魔化したが、出た言葉は事実だった。口にしたことでまた、寂しさが込み上げてくる。
「ルイスはさておき、リリアーナはのう……。あの子は、英雄譚があまり好きじゃないんじゃよ。」
「え、英雄譚を!?ぜんぶ!?」
「ああ、そうじゃ。ま、いずれ分かるじゃろうて!」
おじいちゃんはいつも通り豪快に笑って、僕の頭をガシガシと撫でた。
「ねぇ、ジェイ」
「うん、ジュリー。」
「いつか、あそこに立とう。」
「約束。」
その横で、双子は小さく、そして強く誓いを立てた。
そんな言葉が2人の間で交わされていた事を、僕は知らなかった。だけど、上演中ずっと目をキラキラさせて舞台に魅入られていた姿を知っている。彼らが劇団に入りたいと言い出したとき、実は僕はしっくりきていたんだ。きっと、2人なら立派な演者になれると信じていたし、それは間違っていなかった。
あれだけ、楽しんでいたのに……。
彼女達は、生き甲斐である劇団を降りてまで、復讐に身を焼こうとしているのだ。華やかに描かれた2人の顔に、幼い頃のあどけない表情が重なる。
ぐっと奥歯を噛み締めて、ポスターをちぎり取った。
アルゴノゥトに格好悪いと言っておきながら、ベルくんもオラリオの皆にあまり格好がついていないみたいですネ そこがいいのさ!
次は1週間後かなぁ?