イナズマイレブン ROAD TO VICTORY   作:linez

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立ち聞き

 

 帰宅部は禁止。

 母からは念を押されているが、焔自身もそこまで怠惰になったつもりはない。運動自体は得意な方だから、自分に合った良い部活を見つけられるかもしれない。

 南雲原の体験入部期間は比較的長いようで、少なくとも2週間程度は猶予がある。

 まずは、ゴール型の球技の延長でバスケットボール部に通ってみた。

 体育の授業で少しやった程度だが、基本的なドリブル、シュート、パスと、日を追うごとに上達できているのが分かる。特にシュートがあのカゴに入った時の音がたまらなく心地良い。

 上手くなれさえすれば、何だって楽しいのだ。

 球技は大好きだから、入部するのはハンドボール部という手もある。ラグビーも悪くない。いずれにせよ、走力はそれなりに自信があるから真新しいことをやってみるのも良いんじゃないか。ここ1週間で、そんな風に考えられるようになってきた。

 そんな折、またも無茶苦茶な知らせが焔の耳に入った。

 

『あー、あー。テステス。えー、全校生徒の皆さん、サッカー部の木曽路兵太が臨時ニュースを引っ提げてやってまいりましたぁ!明日の放課後、屋上でダンスバトルが開催されるぞ!我が校のアイドル忍原来夏にまさかのダンスで挑むチャレンジャーは、校庭で野球部に決闘を申し込んだ決闘マニア!レスバも強けりゃダンスも強い!?サッカー部の笹波雲明!!入場無料!見なきゃ損損!!』

 

『レスバは余計じゃないかな。とにかくこれで忍原先輩目当ての人が…』

 

『バカ、マイク切り忘れてんじゃねーか!早く切れ!』

 

 教室の生徒たちが新たな級友とワイワイ昼食を取っていた矢先にハイテンションで頓珍漢な校内放送が流れ、楽しい食事タイムの空気が一気に変わってしまった。

 また、あいつらか。ありもしないサッカー部を名乗ってまで、一体何をしているのか。しかも、新入生の間でも既に語り草となっている2年生の忍原来夏とダンスで勝負ときた。彼女はダンスの全国大会で優勝した実績を持っているというのに。

 木曽路の煽りの後の会話から察するに、ダンスで来夏を利用して自称サッカー部の知名度を上げる…狙いは、そんなところだろうか。この学校のサッカーの扱いから察するに、その勝負はむしろ来夏の引き立て役にしかならないだろう。明らかに無謀としか言いようがない。

 

「サッカー部ってあったっけ?」

 

「なんかあれでしょ、柳生先輩に決闘しようなんて言い出したあの子。また決闘するの?」

 

「マジで決闘マニアかよ。てかサッカーとか誰がやんだよ」

 

「ははは、口だけだったりしてな」

 

 クラスメイトたちも口々に今の放送を嘲笑している。

 この学校では、サッカーはこんなにも笑われている。柳生ら野球部のパフォーマンスが賞賛されているのも納得だ。

 サッカーすらできず、そのサッカーをすればみんなが笑う。

 …やっぱり、そういうものなのか。

 妙な納得感と共に母の特製弁当を平らげると、クラスメイトが声をかけてきた。

 

「なあなあ、焔だっけ?明日のダンスバトル見に行こうぜ!」

 

「俺?」

 

「そう!いやー入学してから全然喋らないからさ、この機会に仲良くなろうって思って!

 

「…良いよ、行こうか」

 

「お!ノリいいな!んじゃまた後で』

 

「ああ」

 

 そういえば、友達作りに関しては完全に出遅れてしまった。1人で弁当を食べていた焔は、クラスメイトの提案を二つ返事で受け入れた。

 笹波雲明のやることが馬鹿すぎて逆に興味が湧いてきたところだ。ついでに忍原来夏のダンスを無料で見ておくのも良い。

 サッカーボール柄の弁当袋を素早く隠すと、焔は『シグド戦記』の3巻を開いた。

 

 

 

***

 

 

 

 かくして、木曽路の派手なマイクパフォーマンスから始まったダンスバトルの幕が上がった。

 まずは、来夏のターン。柔軟な動きと豊かな表情で観客を虜にしてゆく様は、まさしく学校のスーパースター。

 対して雲明は、サッカーボールを手に持っている。いわゆるフリースタイル・フットボールで来夏と勝負しようという腹のようだ。ご丁寧にチャンプオンの限定ジャージという勝負服まで着てきている。

 

「いや、上手すぎだろ…」

 

 雲明のパフォーマンスに、思わず言葉が漏れた。

 ボールを止めるときはまるで微動だにせず、空中に上がったボールも気味が悪いほど綺麗な回転がかかっている。

 首の後ろでボールを受け止めるネックキャッチや、胸トラップまで。

 焔もできる技はいくつかあるが、雲明のそれはコントロールと安定感が段違いだ。

 これは、1週間かそこらで出来るものではない。長い期間積み上げられた弛まぬ努力と情熱に裏打ちされた、純粋な技術だ。言うまでもなく、持ち前のセンスもとんでもないものを持っている。

 ここまでサッカーが上手い奴が目の前であんなパフォーマンスをされたら、それはキレてもおかしくない。ダンスバトルが終了した頃には、焔は曇りなくそう考えていた。

 もちろん忍原来夏のダンスも魅力的なもので、彼女の元々の知名度もあってか来夏の一挙手一投足が披露されるたびに歓声が上がっていた。

 結果として、ダンスバトルは約3:7の比率で来夏の勝ち。恐らく元々の評価の影響が大きいと見るべきだろうが、よくもまあこの逆風の中でここまで得票したものだ。しかも、相手はあの忍原来夏である。

 むしろサッカーをやっていた焔からすれば、雲明のボロ勝ちと言っても過言ではない。

 

「雲明君もかなり良い線来てたけど、勝負は私の勝ちだね」

 

 陽が傾きはじめ、ギャラリーがぞろぞろと解散していった頃。票が集まらず凹んでいた雲明たちのところに、来夏が得意げな顔をして歩いてきた。

 ちょうど、焔の耳にも会話が聞こえる距離の場所だ。

 スマホで『笹波雲明』と検索しながら、ベンチに座った焔は来夏と3人のサッカー部の会話に耳を傾けた。

 一応、同一人物と思われる少年が写っている数年前の記事が出てきたが、それ以上のものはない。

 

「約束は約束。私はサッカー部の応援コメントは書かないからね」

 

「…はい」

 

「あーあ。サッカー部はあっけなく終了か〜」

 

「また他の手を考えるか」

 

「あの…だけどさ」

 

 来夏が雲明の正面に立つと、雲明のボールの上に手を乗せた。

 

「私も、サッカー部に入れてくんない?」

 

 会話を立ち聞きしていた焔と他数名のギャラリー、そして木曽路と桜咲が来夏の衝撃の発言に唖然とした。

 

「何でそうなる?」

 

「そんなの理由はひとつじゃない。『どん底から最高へ』って、ワクワクするでしょ?…雲明君が言うように、私もう一度見たいんだ。てっぺんからの景色…。それが、私の一番欲しいものだから」

 

 どん底から最高へ。

 やっぱり、こいつらは本気なんだ。本気でサッカー部をどん底から出発させようとしている。それが、今焔の目の前にいる忍原来夏でさえもサッカーに引き寄せたのだ。

 

「雲明君。君は…サッカーが好きなの?」

 

「はい。大好きです。好きだから、ずっと嫌いになろうと努力してきました」

 

「……っ!」

 

 雲明の一言で、焔は不意に顔を上げる。一瞬、雲明の隣にいた桜咲と目が合ったが、すぐに目線を逸らした。

 よりにもよって、あの桜咲丈二に勘づかれてしまった…が、特に何もなかった。再び顔を上げた時には桜咲はこちらを見ておらず、ラストライブと宣言した来夏を見ながら、雲明と何やら会話をしていた。

 

 

 

***

 

 

 

 キッチンに広がったカレーの匂いが、焔のペコペコになった腹をさらに空腹にしてくる。

 

「それで、部活は決まった?」

 

 夕食の配膳を手伝っている焔に、母が尋ねてきた。

 焔の中でも明確な答えは決まっていない。気になるところはいくつかできているのだが、まだ決心するには至らない。

 

「まだ…。一応バスケ部かなぁ…なんて」

 

「へぇ、良いじゃない。私も昔いた施設で、よくみんなとバスケやってたわ。シュート決まると気持ちいいのよね。いいじゃない、やってみれば?」

 

「そうだね。興味は湧いたから…。あとなんだけどさ、母さん。その…今日、学校ですごい奴に会ったんだ」

 

「すごい奴?」

 

「そう。南雲原にサッカー部はないのに、ゼロからサッカー部創ろうとしてる奴がいてさ。で、今日そいつが屋上でリフティングやってて。めちゃくちゃ上手かったんだよ。…間違いなく、俺が見た中で一番上手い。あんなコントロールする奴が同い年でいるなんて思わなかったよ。いや本当に!」

 

「ふふ、随分楽しそうに話すじゃない?」

 

 知らずのうちに表情が変わってしまっていたのか、母がからかうように焔の顔を見て微笑んでくる。

 

「あ、あ…いや、これは、その…」

 

「そもそも、どうしてサッカーを辞めるなんて言い出したの?私、ちゃんとした理由は聞いてないんだけど」

 

「…それは…つまんなくなったから」

 

「ホントに?」

 

「…うん。もう、昔みたいにやってて燃える感覚はないんだ。だから、他の部活にそれを回してみようかなって」

 

「そう。それなら応援するわ」

 

 本当の事を答えた。

 母は中途半端なことが嫌いで、温厚で気さくな普段の性格から一転、熱くなると今でもスイッチが入ったように物事を熱弁するくせがある。

 特にサッカーのことになると、まさに熱血コーチと化す。

 そんな母にサッカーは小学校で辞めて中学からは別の部活にする、という話をするのはかなり恐怖心があったが、それでも焔なりの考えを話したら賛同はしてくれた。

 

「大丈夫。中途半端なことは…しないから。俺だってそういうのは好きじゃない」

 

「ええ、頑張ってね」

 

「うん。…それじゃ、いただきます!」

 

「はい、召し上がれ」

 

 慈愛に満ちた母の微笑みに安心感を覚えた後、焔は絶品すぎる母の手料理をガツガツと食べ始めた。

 

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