強者がありふれた世界   作:超高校級の切望

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アレーティア

「…………あった」

 

 オルクス真の迷宮53階層。ユエが封印されていた封印の間。その封印石の下に何やら紋様が描かれている。

 

 本来は紋様に共鳴する何かが必要なのだろうが、ソウジは剣を取り出すと床を切り裂き引っこ抜く。

 そのなかに空洞となってる場所があり、一見するとダイヤモンドのようにも見えるピンボールくらいの大きさの鉱石が存在した。

 

 吸血鬼族の王、ユエの叔父ディンリードが遺した何か。

 

「師匠の使っていた映像記録のアーティファクトだな」

 

 師匠とはオスカーの事である。

 

「ユエへのメッセージと言ったところか」

「あの紋様………吸血鬼族の王族とか?」

「ううん。違う…………」

 

 まあユエは全裸で放置されていたし、吸血鬼族は滅んだ。滅びを見越していたのなら、ユエと出会う人間が何処かで手に出来る魔力を伴う何かなのだろう。

 

「可能性が高いのは大迷宮攻略の証か……」

「つまり最低2つの迷宮は攻略してんのか。たぶん今の俺等より強いな」

 

 と、ハジメ。オスカーからもらった特殊な腕輪のおかげで魔物達は襲ってこない。

 

「んじゃ再生、と………」

 

 ハジメがユエを見ながらどうするか、と考える中ソウジがアーティファクトを起動した。一人の男が浮かび上がる。

 

「…………叔父様」

 

 彼がユエをこの奈落に封じた男のようだ。ディンリードという吸血鬼。ハジメ達よりも前にオルクスを攻略した存在。

 

『……アレーティア。久しい、というのは少し違うかな。君は、きっと私を恨んでいるだろうから。いや、恨むなんて言葉では足りないだろう。私のしたことは…………あぁ、違う。こんなことを言いたかったわけじゃない。色々考えてきたというのに、いざ遺言を残すとなると上手く話せない』

 

 遺言と、そう言った。アレーティアとはユエの本名だろうか。

 

『そうだ。まずは、礼を言おう……アレーティア。きっと、今、君の傍には、君が心から信頼する誰かがいるはずだ。少なくとも、変成魔法を手に入れることができ、真のオルクスに挑める強者であって、私の用意したガーディアンから君を見捨てず救い出した者が』

 

 あの紋様は変成魔法とやらを手に入れられる迷宮の証の可能性が高くなった。そして、それはつまりやはり攻略してたと言うこと。

 

『……君。私の愛しい姪に寄り添う君よ。君は男性かな? それとも女性だろうか? アレーティアにとって、どんな存在なのだろう? 恋人だろうか? 親友だろうか? あるいは家族だったり、何かの仲間だったりするのだろうか? 直接会って礼を言えないことは申し訳ないが、どうか言わせて欲しい……ありがとう。その子を救ってくれて、寄り添ってくれて、ありがとう。私の生涯で最大の感謝を捧げる』

 

 ユエは微動だにせずその映像を見つめ続ける。

 

『アレーティア。君の胸中は疑問で溢れているだろう。それとも、もう真実を知っているのだろうか。私が何故、あの日、君を傷つけ、あの暗闇の底へ沈めたのか。君がどういう存在で、真の敵が誰なのか』

 

 オスカー曰く守るため。何から、とは教えてくれなかった。彼の口から聞くべきだ、と。

 

『君の天職、神子とは即ち神の器だ。神エヒトは、神話に語られるような真っ当な存在じゃあない……或いはそうであったのかもしれないが、今はもう歪んでしまった。その神が、現世に関わるための器として君を狙っている』

 

 その言葉にソウジの天職を思い出したのかハジメと香織がソウジを見つめる。

 

『神をその身に降ろせば、君という存在は塗り潰され、君の肉体を使い彼の狂神はまず慣らしと称して全てを破壊するだろう。私は、そんな未来を、想像するだけで耐えられなかった』

 

 拳を強く握るディンリード。想像し、怒りに震えているようだ。

 

『だが、相手は理外の迷宮を生み出す解放者の方々ですら戦うことすらできなかった存在だ。私では勝つことも出来ないだろう………そうしてきっと、君の体を使い私を殺すだろう。だから、私は君を神の目から隠すことに決めた。欲深い愚か者が神の器を殺したとなれば、怒り狂い、私は殺されるだろう。万が一に備え、君に一切の自由を与えないことを、どうか憎んでくれ…………』

 

 それがユエを封印した理由。全ては狂った神から姪の尊厳を守るため。確かに、話を聞く限りユエを殺す手段はないわけではなさそうだ。後魂に干渉できるソウジなら自動再生無視して殺せる気がする。

 

『それでも、君を傷つけたことに変わりはない。今更、許してくれなどとは言えない。ただ、どうかこれだけは信じて欲しい。知っておいて欲しい』

 

 ディンリードの表情が苦しげなものから、泣き笑いのような表情になった。それは、ひどく優しげで慈愛に満ちているが、同時にどうしようもないほど悲しみに満ちた表情であった。

 

 

『愛している。アレーティア。君を心から愛している。ただの一度とて、煩わしく思ったことなどない──娘のように思っていたんだ』

「……おじ、さま。ディン叔父様っ。私はっ、私も……」

 

 父のように思っていた。その想いは、ホロホロと頬を伝う涙と共に流れ落ちて言葉にならなかった。

 

『守ってやれなくて済まなかった。未来の誰かに託すことしか出来なくて済まなかった。情けない父親役で済まなかった』

「……そんなことっ」

 

 目の前のあるのは過去の映像だ。ディンリードの遺言に過ぎない。だが、そんなことは関係なかった。ユエは叫ばずにはいられなかった。

 

 ディンリードの目尻に光るものが溢れる。だが、彼は決してそれを流そうとはしなかった。涙を堪えながら、愛娘へ一心に言葉を紡ぐ。

 

『傍にいて、いつか君が自分の幸せを掴む姿を見たかった。君の隣に立つ男を一発殴ってやるのが密かな夢だった。そして、その後、酒でも飲み交わして頼むんだ。『どうか娘をお願いします』と。アレーティアが選んだ相手だ。きっと、真剣な顔をして確約してくれるに違いない』

 

 夢見るように映像の向こう側で遠くに眼差しを向けるディンリード。もしかすると、その方向に、過去のユエがいるのかもしれない。

 

『そろそろ、時間だ。もっと色々、話したいことも、伝えたいこともあるのだが……私の生成魔法では、これくらいのアーティファクトしか作れない』

「……やっ、嫌ですっ。叔父さ、お父様!」

 

 記録できる限界が迫っているようで苦笑いするディンリードに、ユエが泣きながら手を伸ばす。叔父の、否、父親の深い愛情と、その悲しい程に強靭な覚悟が激しく心を揺さぶる。言葉にならない想いが溢れ出す。

 

 香織はそっとユエを抱き締めた。

 

『もう、私は君の傍にいられないが、たとえこの命が尽きようとも祈り続けよう。アレーティア。最愛の娘よ。君の頭上に、無限の幸福が降り注がんことを。陽の光よりも温かく、月の光よりも優しい、そんな道を歩めますように』

「……お父様っ」

 

 ディンリードの視線が彷徨う。それはきっと、ユエに寄り添う者を想像しているからだろう。

 

『私の最愛に寄り添う君。お願いだ。どんな形でもいい。その子を、世界で一番幸せな女の子にしてやってくれ。どうか、お願いだ』

「……………約束は、しかねるな」

 

 ハジメは香織を見ながら言う。だが、見捨てる気はないとユエも見つめる。

 

 過去の映像であるディンリードは、それでも満足そうな微笑んだような気がした。

 

『……さようなら、アレーティア。君を取り巻く世界の全てが、幸せでありますように』

 

 そこで映像が終わる。ディンリードの姿が消え、奈落の闇の中に少女の泣き声が響いた。

 

「…………ソウジ。神と戦いたいとか言ってたよな」

「ああ…………まさか因縁があるからユエに譲ってやれとでも? あのなぁ、兄貴。それは理不尽だ。因縁なんて欲しくて生えてくるものじゃない」

「言わねえよ………ただ、思っきりぶった斬ってやれ」

「心得た」

 

 

 

 

 泣きつかれ眠ったユエをベッドに運んだ香織。ハジメは客室の一つでオスカーの宿題をこなしていると扉がノックされる。

 

「…………………」

 

 オルクス迷宮に潜る前を思い出しながら扉を開けると案の定香織がいた。

 

「今、いいかな」

「……………ああ」

 

 あの時よりも何処か神秘的な雰囲気を纏う寝間着の香織。部屋にはいるとベッドに腰を掛ける。

 

「…………色々すごいこと、聞いちゃったね」

 

 狂える神、抗いし解放者、亡国の吸血姫と、それを守らんとした一人の父親。弟の前世がドラゴンだったという話がかすむレベルで濃い情報ばかりだ。

 

「……………ユエを幸せにするか約束出来ないって言ったのは、私のため?」

 

 共に映像を見ている相手がどんな関係が分からない的な事を言っていたが、あれは間違いなく恋人である事を切望していた。

 

「…………まあ、お前の告白の返事もまだだし。いやだろ、お前も」

「うん、嫌」

「……………」

 

 即答だった。

 

「可哀想だと思うよ? 幸せになってほしいよ? でも、それは譲る理由にならない。ハジメ君も、可哀想だからなんて理由でユエを選ぶのは許さない。ちゃんと好きになって、幸せにしたいと思って」

 

 香織も香織で、共に命をかけて奈落を降ったユエを大事に思っているのだ。

 

「まあ、その上で私を選んでほしいけど…………けど、ユエにも幸せになってほしい」

 

 何百年もの孤独の中、自分を救い、見捨てなかった男。惚れるなと言う方が難しいだろう。

 

「きっと私は、ユエが本気でハジメ君に迫った時、それがただ孤独を埋めてほしいだけじゃなく、本心だったら、止められない」

「………………香織…………すまん。引き延ばして、お前の好意に甘えた。俺は………」

「だから………」

「ん?」

 

 香織はハジメを押し倒し、その上にまたがる。

 奈落にて数多の肉食性魔物を見たが、それ以上の捕食者の目でハジメを見下ろす。

 

「ハジメ君の始めて、全部私に頂戴?」

「……………………はい?」

「嫌なら、拒んでよ。ハジメ君の力なら簡単でしょ? 今回はそれであきらめるか………んっ!」

 

 香織の香織にハジメのハジメが当たる。

 

「……………これは、いい返事って思っていいのかな?」

「いっそ殺せ…………」

「大丈夫。死にたくなって舌噛んでも、私が治してあげるから」

 

 スルリと寝間着が流れ落ちる。オスカー作『脱がせやすい寝間着』だ。因みにナースとかチャイナっぽいのもあった。その中で特にメイド服の出来が群を抜いてたりする。

 

「ま、待て落ち着け香織!」

「嫌なら押しのければいいもん。それに、こういう言葉がある。『反応してるなら同意だよね!』」

「何処で知ったぁ! お、おまわりさーん! ソウジぃ、師匠ー!」

「2人なら修行で迷宮歩いてくるって」

 

 

────────────────

 

 真オルクス()()()()

 解放者の住処の下に作られた特別に頑丈で広い空間。オスカーがチョチョイと錬成した。ハジメ達錬成師が行う〝錬成〟だ。規模も速度もケタ違いではあったが。

 

「はっ。兄貴に呼ばれた気がする」

「一度戻るかい?」

「……………いいや。馬に蹴られたくないし」

 

 ソウジは兄を見捨てる事にした。

 

「さて、それじゃあ、これから出すのは試練用ではなく防衛………つまりクソったれの人形共を殲滅するためのモードだ」

「ああ」

 

 ズルリと皮膚を裂き、赤血と共に現れる古代剣。竜骨の剣とのことだが、オスカーをして鑑定しようとしたら情報で魂がすり潰されると確信するほどの存在感。

 

「『どこでも骨剣君1号』と名付けよう」

 

 因みにオスカーは魚屋に渡す包丁の名前を『ないぞうさんこんにちは君』と名付けたりするネーミングセンスである。

 

「二度と人の武器に名前をつけようなんて思い上がるんじゃねえ」

 

 ソウジはとても冷たい目でオスカーを睨んだ。と、魔法陣が現れたのはほぼ同時。

 

「「「「「「「クルアアアアアアアアア!!」」」」」」」

 

 ビリビリと大気を揺らし吼えるヒュドラ。ハジメ達が相対した試練用の固体とは大きさも強さも二回りほど違う。

 

「なんか妙な気分………」

 

 多頭の蛇ともドラゴンとも称されるギリシャの怪物 そっくりな魔物。前世竜の自分が挑むとは、中々皮肉の効いた話だ。




ハジメ君は食われる運命なのだ
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