オルクス迷宮の出口は洞窟の中。
まあ両通行のようだし、隠すのは当然だろう。
太陽が見れると思っていたハジメはちょっと落ち込み、香織とユエに慰められていた。
罠や扉はオルクス迷宮の攻略の証に反応し解除されていく。暫く進むと明かりが見えてくる。
四人は顔を見合わせ、笑みを浮かべると駆け出す。
近づくにつれ徐々に大きくなる光。風も吹き込んでくる。奈落の澱んだ空気ではない。ずっと清涼で新鮮な風だ。〝空気が旨い〟という感覚をこの時ほど実感したことはなかった。
ちょっと狭いのでソウジが一足先に、残りの三人が遅れて光に飛び込んだ。
日光が降り注ぐ。懐かしい日の温もり。日に照らされた大地が輝くように眩しい。
「……………戻ってこれたんだな」
「うん」
「んっ」
「うむ」
ハジメがバッと腕を広げると3人が飛び込む。香織とユエはハジメに触れていたいだろうからソウジが最後だ。
「よっしゃぁああーー!! 戻ってきたぞ、この野郎ぉおー!」
「わーーい!」
「んっーー!!」
「いえー!」
三人を抱き締めクルクル回るハジメ。今のハジメの力なら当然である。しかし流石にバランスが悪くぶっ倒れた。
ソウジだけはヒョイと一人だけ離れていたが。
その様子がおかしかったのが4人で笑う。因みに4人がいる場所は【ライセン大峡谷】。魔力が分解され魔法が使えず、そのくせ強力な魔物が蔓延る処刑場である。
深さの平均は1.2キロメートル、幅は九百メートルから最大八キロメートル、西の【グリューエン大砂漠】から東の【ハルツィナ樹海】まで大陸を南北に分断する大地の傷跡である。
まるで巨大な剣で斬ったかのような峡谷をソウジはジッと眺める。
「ん?」
ズン、と足音を立てる巨大な影。巨大な恐竜のような魔物は涎を垂らしながらソウジ達を睨んでいた。
何時の間にか取り囲まれていた。
「大峡谷の魔物の素材は高く売れるんだったか」
ソウジが剣を出しながら呟く。魔物が大口を空け迫る。
矮小なる肉を多少の腹の足しにする。その程度の認識でソウジを食らわんとした魔物はソウジを見失う。
困惑し首を動かそうとした瞬間景色が持ち上がっていく。
否、魔物の首が地面に落ちたのだ。
血が流れる共に暗く染まる視界で魔物が最期に見たのは首を失った己の体の上に軽やかに降り立ち見下ろす美しき死の化身。
体と遅れて重力に引かれる竜尾を思わせる三つ編みが宙を泳ぐ。
他の魔物達が漸く仲間が殺されたことに気付き吠えようとした瞬間その頭蓋が弾け飛ぶ。
「魔力が霧散すんな……」
魔力消費は十倍といったところか。つまり十倍の魔力を込めてしまえば問題なく戦える。
そしてここにいるのは規格外の魔力の持ち主。これから始まるのは戦いではなく蹂躙である。
「あ〜……ん。もぐもぐ………」
ソウジが口を空け何も含めずモグモグ動かす。本人曰く魔物の魂を食ってるらしい。
ソウジの前世である竜は人の器では耐えられない程の力を持ち、故にその力を全力で出す際には人の姿を捨て魂の形を現実に侵食させる。それがソウジの〝竜化〟だ。ただ、ソウジ曰くそうすると人の業が使えなくなる。
なのでこうして魂を取り込みそのエネルギーで肉体の強化をしているらしい。奈落の魔物達は人工的な魂なれど相応の魂を持っていたらしいが、それでもソウジ曰く足りないのだとか。なんなら竜化した姿でさえ器に気を使っている。
「食事終わったか? そろそろ行くぞ」
ハジメが四輪を駆動させる。ドドドドと振動するエンジン音にハジメはこれこれと頷く。
「ハジメ、ライセンなら普通に魔動の方が効率がいいんじゃ…………」
とユエが最もな疑問を口にした。
「ダメだよユエ。これはね、浪漫なの」
「浪漫?」
ユエにはよく解らない様だ。
ハジメが運転席に乗りそこそこ広い助手席にユエを膝に乗せた香織が乗る。ソウジは剣を出したまま屋根の上で胡座をかく。
「行くぜ!」
「「おー!」」
「おう」
ブオン! と音を立て走り出す魔力駆動四輪車。付与された魔法効果で悪路は整地され進む。ソウジはふと振り返り魔力駆動四輪車が通った後である整地された道を見てナメクジみたいだと思った。
蛇っぽい見た目のドラゴンであるソウジだがナメクジは別に苦手でもない。
「ゴルル!」
「グアア!!」
と、エンジン音に惹かれ集まってくる魔物達。ハジメがポチッとスイッチを押すとガシャンとガトリングが飛び出す。キュウウンと音を立て回転を始めると次の瞬間には無数の弾丸がズガガガガ!! と吐き出されミンチよりひでえ事になっていく。
しばらく魔力駆動四輪を走らせていると、それほど遠くない場所で魔物の咆哮が聞こえてきた。中々の威圧である。今まで相対した谷底の魔物とは一線を画すようだ。もう三十秒もしない内に会敵するだろう。
魔力駆動四輪を走らせ突き出した崖を回り込むと、その向こう側に大型の魔物が現れた。ティラノに似ているが頭が二つある。双頭のティラノサウルスモドキだ。
だが、それよりも目を引くのが双頭ティラノの足元をぴょんぴょんと跳ね回りながら半泣きで逃げ惑うウサミミを生やした少女だ。
ハジメは魔力駆動四輪を止めて胡乱な眼差しで今にも喰われそうなウサミミ少女を見やる。
「……何だあれ?」
「……兎人族?」
「なんでこんなとこに? 兎人族って谷底が住処なのか?」
「……聞いたことない」
「じゃあ、あれか? 犯罪者として落とされたとか? 処刑の方法としてあったよな?」
「……悪ウサギ?」
「ふ、2人とも呑気すぎるよぉ……」
ライセン大峡谷にいる以上彼女が罪人の可能性は高いのだが香織としてはあんなに泣いてる女の子を放置できない。ハジメとしても目の前で人が魔物に食われるショーを楽しむような性格はしてない。
ガトリングが火を吹きティラノモドキの両首が消し飛んだ。
「……………え?」
轟音を立て倒れるティラノモドキ。その衝撃にふっとばされたウサ耳少女は地面を転がった後、その光景に固まる。キキイと魔力駆動四輪が少女の前で止まる。
窓ガラスが下がり、顔を出したハジメは一応尋ねておく。
「あ〜………乗ってくかいお姉さん?」
「ハジメ君?」
「ハジメ?」
映画のキャラみたいに格好つけたハジメ。ユエがジト目で、香織が笑顔でハジメを見た。
「助けて頂きありがとうございました! 私は兎人族ハウリアの一人、シアといいますです! 取り敢えず私の仲間も助けてください!」
なんだこいつ、図々しいな。
「あ〜、一応確認だがお前罪人とかじゃないよな?」
「うっ!」
その言葉に固まるシアとやら。その反応にえ、マジでと困惑しつつもどうする? と香織達に視線を向ける。
「ち、違うんです! 悪いのは私だけで!!」
そうしてシアは語り始めた。
まず彼女の名前はシア・ハウリア。亜人唯一の国であるフェアベルゲンに住まう兎人族のハウリア族の一人。
兎人族は、聴覚や隠密行動に優れているものの他の亜人族に比べればスペックは低いらしく、突出したものがないので亜人族の中でも格下と見られる傾向が強いらしい。
性格は総じて温厚で争いを嫌い、一つの集落全体を家族として扱う仲間同士の絆が深い種族である。また、総じて容姿に優れており、エルフのような美しさとは異なった可愛らしさがあるので、帝国などに捕まり奴隷にされた時は愛玩用として人気の商品となる。
そんな兎人族にある日白髪の兎人族が生まれた。本来兎人族は基本的に濃紺の髪をしているそうだ。
しかもその少女は魔力を持っていた。
実は亜人は時折魔力を持った個体が生まれてくる。フェアベルゲンの古の女王であるリューティリスも魔力を持っており、更に神代魔法まで持っていたらしい。
それはオスカーから聞いている。解放者の一人だったらしいのだが、何故か彼女の話をする時疲れていたような?
さて、そんなわけで魔力持ちの亜人はフェアベルゲンにて戦士として育てられるのだが、争いを好まぬ兎人族達はこのまま国に差し出していいものかと迷った。
魔力持ちと言えど、女。ましてや兎人族だ。
戦う力のない魔力持ちは
少女は成長すると新たな問題が生まれた。なんと、少女は限定的ではあるが未来が見えたのだ。
そうなれば神子として隔離されるのは間違いない。子供だって何人産ませられるか。
絶対に隠していこう。少女の存在はハウリアの秘事となった。
まあバレて追われることになったのだが。
ハウリア族はフェアベルゲンに捕まる前に一族ごと樹海を出た。
行く宛もない彼等は一先ず北の山脈地帯を目指すことにした。山の幸があれば生きていけるかもしれないと考えたからだ。未開地ではあるが、帝国や奴隷商に捕まり奴隷に堕とされてしまうよりはマシだろう。
しかし、樹海を出て直ぐに運悪く帝国兵に見つかってしまったの。巡回中だったのか訓練だったのかは分からないが、一個中隊規模と出くわしたハウリア族は南に逃げるしかなかった。
女子供を逃がすため男達が追っ手の妨害を試みるが元々温厚で平和的な兎人族と魔法を使える訓練された帝国兵では比べるまでもない歴然とした戦力差があり、気がつけば半数以上が捕らわれてしまった。
全滅を避けるために必死に逃げ続けライセン大峡谷にたどり着いた彼等は、峡谷へと逃げ込んだ。苦肉の策である。
魔法の使えない峡谷にまで帝国兵も追って来ないだろうし、ほとぼりが冷めていなくなるのを待とうとしたのである。魔物に襲われるのと帝国兵がいなくなるのとどちらが早いかという賭けだった。
しかし帝国兵達はしつこく峡谷の出入り口に陣取った。魔物を追い立てられるのを待ったのだ。
そうしてやってきた魔物の群れ。逃げているうちに奥へ奥へと追い立てられ、60人いた仲間は今や40人。
「このままでは全滅です。どうか助けて下さい!」
「………………どうする?」
「ええ!? ここ、即答するところじゃないんですか!? 今の流れはどう考えても『何て可哀想なんだ! 安心しろ!! 俺が何とかしてやる!』とか言って爽やかに微笑むところですよ! 流石の私もコロっといっちゃうところですよ! 何、いきなり美少女との出会いをフイにしているのですか!」
「だってなあ………」
彼女達を助けると言うことは、それ即ち帝国と敵対するということ。なんならフェアベルゲンとも敵対する可能性すらある。
「仮に峡谷から脱出出来たとして、その後どうすんだよ? また帝国に捕まるのが関の山だろうが。で、それ避けたきゃ、また俺を頼るんだろ? 今度は、帝国兵から守りながら北の山脈地帯まで連れて行けってな」
「うっ、そ、それは……で、でも!」
「俺達にだって旅の目的はあるんだ。そんな厄介なもん抱えていられないんだよ」
「そんな……でも、守ってくれるって見えましたのに!」
「ああ? ……………ああ、未来視か。じゃあ、お前俺達に何が出来る」
メリットを示せとハジメは言う。
無償で手を差し伸べれば相手はさらに次の助けを求める。一つの何かを解決したところでその者が抱えている全ては解決しない。責任感なく、目に見える問題を解決して全部終わった気になって放置された女を知っている。ソイツは今ハジメの義妹を名乗る弟の彼女だ。
「わ、私の体とか…………」
「ハジメ?」
「ハジメ君?」
「いらないいらない」
「あぅ、えっと………」
「……………樹海の案内」
と、そこに助け舟を出したのはまさかのユエだった。
「ユエ?」
「叔父様は、きっとそういう私が好きだと言ってくれるから」
「…………でもユエ、それだとこの人達、樹海に戻るじゃ」
「それは………大丈夫です。フェアベルゲンが知ってるのは私が魔力を扱えることだけ。未来が見れるってしれば、交渉できます!」
「……………それって」
フェアベルゲンにその身を差し出すということだ。
「大丈夫です。元々、私が生まれたせいですから………」
「………………」
ハジメはふと昔を思い出す。
ソウジとの初めての兄弟喧嘩で骨を折られた翌年だったか…………。弟が気に入らないという理由で下級生を殴る蹴るしていた上級生とその取り巻きをソウジが病院送りにした。
今となっては原因は判明したがオタクの一族で生まれたとは思えない暴に愛されたソウジは今でこそ加減を覚えていたが子供の頃に加減など大して出来るはずもなく、簡単に言ってしまえばやりすぎた。
親に、教師に、学校に迷惑をかけたソウジはハジメに尋ねた。
──俺、生まれてきてよかったのかな
「……………………はぁ〜〜〜」
ハジメは長いため息を吐いた。そして扉を開ける。ユエがいいの、と見上げ香織が微笑む。
「フェアベルゲンに案内しろ。その後のお前達については、その後決める」
「!! はい! ありがとございます!!」
「お礼なんて言い。俺はお兄ちゃんだからな…………ソウジ。聞いてたな? ……………………彼奴何処言った?」
「? 屋根の上の人ならちょっと遊んでくると向こうの方へ」