「うぇ、ぐすっ……ひどい、ひどすぎまずぅ~、ハジメさんも香織さんもソウジさんもユエさんもがわいぞうですぅ~。そ、それ比べたら、私はなんでめぐまれて……うぅ~、自分がなざけないですぅ~」
ハルツィナ樹海に向かう途中、オイオイと泣き出したシア。存在を隠していたが故に魔力持ちかつ魔力操作持ちと話すのは初めてで、色々聞きたがった結果これだ。
「まあ一番はユエだろうがな。俺はこの通り、戦いが好きな竜なので」
心臓打ち抜かれたり首無し竜から骨首竜、蛇竜へと進化したソウジは自身の境遇を気にしてない。
ハジメは仲間に裏切られるし目の前で弟を失いかけるし、香織は救えなかったと思いかけたしなるほど相応の心の傷を負っている。
でも一番はユエだろう。神にその身を狙われ父の如く慕っていた相手に事情説明もないまま三百年封じられ、事実は知ったが吸血鬼族の滅んだ時期を思えば叔父は彼女を守ろうとしたが故に殺された。
因みにユエは現在ソウジの魂魄魔法とハジメの生成魔法の合わせ技で作ったアーティファクトで神憑きに備えている。
ソウジも天職的に神の器候補の可能性が凄く高いのだが、ユエとは魂のレベルが違うのでソウジを乗っ取れる存在に対策するアーティファクトは作れない。
「というかユエ、よく正気を保っていたよな。精神そこまで強くないのに」
「殆ど寝てた………」
何もなく何もできない暗闇の中、心を保ててたのはそもそも起きている時間が少なかったからか。その辺りもあの部屋の封印石が関係しているのかもしれないな、と呟くソウジ。
「叔父様…………」
ソウジの言葉にユエは胸に手を添え親同然の彼を想う。
「ユエさん…………私、決めました! 皆さんの旅に着いていきます! これからは、このシア・ハウリアが陰に日向に皆さんを助けて差し上げます! 遠慮なんて必要ありませんよ。私達は仲間。共に苦難を乗り越え、望みを果たしましょう!」
「え、いらない。弱いし」
「う、う〜ん。未来視はありがたいかもしれないけど………」
「現在進行形で守られている脆弱ウサギが何言ってんだ? 完全に足でまといだろうが」
「…………厚皮ウサギ」
香織以外辛辣だし香織も受け入れる気はなさそうだ。
「というかその身をフェアベルゲンに差し出すって話はどうなった」
まあやっぱり嫌になったとかなのだろう。
一族の安全が確保できれば身を差し出す理由もないし。かと言って残れば再び一族ごと狙われる。ならば離れる。
考えがいちいち甘いと言うか、自分の価値を低く見積もってるというか、人質にされた時の事を考えてない。
「まあ交渉次第だろ」
ハジメは見えてきた樹海を見てそう呟いた。
「交渉ってのは100を奪える相手に100以上を示すか、100奪える相手に100以下で手を打ってやるかだよ」
この場合フェアベルゲン側は兎人族から100奪える相手で、ハジメ達はフェアベルゲンから100奪える側だ。
「だがな、変な期待はするな。俺達の目的は七大迷宮の攻略なんだ。おそらく、奈落と同じで本当の迷宮の奥は化物揃いだ。お前じゃ瞬殺されて終わりだよ。だから、同行を許すつもりは毛頭ない」
「…………」
ハジメの全く容赦ない言葉にシアは落ち込んだように黙り込んでしまった。
それから数時間して、遂に一行は【ハルツィナ樹海】と平原の境界に到着した。
樹海の外から見ればただの鬱蒼とした森にしか見えないが、一度中に入ると直ぐさま霧に覆われるらしい。
「それでは、皆さん。中に入ったら決して我らから離れないで下さい。皆さんを中心にして進みますが、万一はぐれると厄介ですからな。それと、行き先は森の深部、大樹の下で宜しいのですな?」
「ああ、聞いた限りじゃあ、そこが本当の迷宮と関係してそうだからな」
当初は樹海全体が迷宮かと思ったが、オルクスと同等まではないにしろそれに近い試練の場に亜人が住めるとは思えない。
恐らくはオルクス同様に真の迷宮と別れ、それが大樹だろうとハジメは推測している。
「………………」
ソウジは樹海を見つめ出したままの剣の柄に手を添えた。
「ハジメ殿、できる限り気配は消してもらえますかな。大樹は神聖な場所とされておりますから、あまり近づくものはおりませんが………特別禁止されているわけでもないので、フェアベルゲンや他の集落の者達と遭遇してしまうかもしれません。我々は、お尋ね者なので見つかると厄介です」
「ああ、承知している。俺もソウジ達も、ある程度、隠密行動はできるから大丈夫だ」
ハジメは、そう言うと〝気配遮断〟を使う。香織も同様。ユエも奈落で培った方法で気配を薄くした。
「ッ!? これは、また……ハジメ殿、香織殿、ソウジ殿できればユエ殿くらいにしてもらえますかな?」
「ん? ……こんなもんか?」
「はい、結構です。さっきのレベルで気配を殺されては、我々でも見失いかねませんからな。いや、全く、流石ですな!」
というか〝気配遮断〟の技能なくとも自分達と同等レベルで気配を消せるのかとソウジを見るハジメ。そりゃ、何時の間にかいなくなっていても気付かないわけだ。
「やはり俺の弟はすごい」
「どうした兄貴? そんな当たり前のことを」
道中4本腕の猿型の魔物が襲ってきたがハジメ達の相手にもならない。香織が光属性の障壁をハウリア達に張っておく。
暫く進んでいるとカム達のウサ耳がピクピク動く。ハジメもスッと目を細めた。
高速で近づいてくる気配。魔力も感じる魔力持ちの戦士とやらだろう。
「お前達……何故人間といる! 種族と族名を名乗れ!」
虎模様の耳と尾をつけた男達3名。遅れてやってくる戦士からは魔力を感じない。全ての戦士が魔力持ちというわけではないのだろう。
樹海の中で人間族と亜人族が共に歩いている、その光景に目の前の虎の亜人と思しき男はカム達に裏切り者を見るような眼差しを向ける。
その手には両刃の剣が抜身の状態で握られていた。
戦士達は直ぐ様ハウリア達を取り囲む。
「あ、あの私達は……」
カムが何とか誤魔化そうと額に冷汗を流しながら弁明を試みるが、その前に虎の亜人の視線がシアを捉え、その眼が大きく見開かれる。
「白い髪の兎人族…だと? ……貴様ら……報告のあったハウリア族か……亜人族の面汚し共め! 長年、同胞を騙し続け、魔力持ちを匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとは! 反逆罪だ! もはや弁明など聞く必要もない! 魔力持ち以外、全員この場で処刑する! 総員かッ!?」
ドパンッ! と音が響き一条の閃光が彼の頬の横を通り抜けて背後の樹を抉り飛ばし樹海の奥へと消えていった。
「ほお、見えていたか」
髪の毛数本と頬を掠める筈の電磁加速弾を男は咄嗟に回避した。中々の反射速度だ。
「今の攻撃は、刹那の間に数十発単位で連射出来る。周囲を囲んでいるヤツらも全て把握している。お前等がいる場所は、既に俺のキルゾーンだ」
「な、なっ……詠唱がっ……此奴、聖騎士か!?」
「誰がエヒトなんぞ崇めるかふざけんじゃねえぶっ殺すぞ!」
詠唱を必要としない魔力操作持ち………人間族は教会に引き取られ聖騎士として育てられるがそれを亜人族も知っているとは…………案外
ハジメは自然な動作でシュラークを抜きピタリと、とある方向へ銃口を向けた。その先には、奇しくも虎の亜人の腹心の部下がいる場所だった。霧の向こう側で動揺している気配がする。
「殺るというのなら容赦はしない。約束が果たされるまで、こいつらの命は保障しているからな……ただの一人でも生き残れるなどと思うなよ」
「ぬぅ………!」
魔力持ちの戦士として、ハジメの予想通り狩りに来た教会の戦士と戦った事はある。こちらに犠牲が出ることも、一方的に狩れることもあった。
その聖騎士達の中にもここまでの存在はいなかった。
(ふざけるな! こんな、化け物!
あの男は神子の護衛。あの女は上に確認を取らなくてはならない。今から戻った所でこの化け物から逃げられるか。ならば誘い込んで………いや、そもそも動くか?
それは自分の領分ではないと言われて終わる可能性の方が高い。
「この場を引くというのなら追いもしない。敵でないなら殺す理由もないからな。さぁ、選べ。敵対して無意味に全滅するか、大人しく家に帰るか」
虎の亜人は確信した。攻撃命令を下した瞬間、先程の閃光が一瞬で自分達を蹂躙することを。その場合、万に一つも生き残れる可能性はないということを。
虎の亜人はフェアベルゲンの第二警備隊隊長だった。フェアベルゲンと周辺の集落間における警備が主な仕事で、魔物や侵入者から同胞を守る仕事に誇りと覚悟を持っていた。例え部下共々全滅を確信していても安易に引くことなど出来ない。
「……その前に、一つ聞きたい」
虎の亜人は掠れそうになる声に必死で力を込めてハジメに尋ねた。ハジメは視線で話を促した。
「……何が目的だ?」
端的な質問。しかし、返答次第ではここを死地と定めて身命を賭す覚悟があると言外に込めた覚悟の質問だ。ハジメはほぅ、と目を細めソウジはん? と何かに気付いたように森の奥へ消えていく。
虎の亜人は、フェアベルゲンや集落の亜人達を傷つけるつもりなら、自分達が引くことは有り得ないと不退転の意志を眼に込めて気丈にハジメを睨みつけた。
「樹海の深部、大樹の下へ行きたい」
「大樹の下へ……だと? 何のために?」
てっきり亜人を奴隷にするため等という自分達を害する目的なのかと思っていたら、神聖視はされているものの大して重要視はされていない〝大樹〟が目的と言われ若干困惑する虎の亜人。
〝大樹〟は、亜人達にしてみれば、言わば樹海の名所のような場所に過ぎないのだ。
「そこに、本当の大迷宮への入口があるかもしれないからだ。俺達は七大迷宮の攻略を目指して旅をしている。ハウリアは案内のために雇ったんだ」
「本当の迷宮? 何を言っている? 七大迷宮とは、この樹海そのものだ。一度踏み込んだが最後、亜人以外には決して進むことも帰る事も叶わない天然の迷宮だ」
「いや、それはおかしい」
「なんだと?」
妙に自信のあるハジメの断言に虎の亜人は訝しそうに問い返した。
「大迷宮というには、ここの魔物は弱すぎる」
「弱い?」
「そうだ。大迷宮の魔物ってのは、どいつもこいつも化物揃いだ。少なくとも【オルクス大迷宮】の奈落はそうだった。それに……」
「なんだ?」
「大迷宮というのは、〝解放者〟達が残した試練なんだ。亜人族は簡単に深部へ行けるんだろ? それじゃあ、試練になってない。だから、樹海自体が大迷宮ってのはおかしいんだよ」
「……………」
困惑する虎の亜人。ハジメの言葉の意味が分からない。
【オルクス大迷宮】に、解放者。聞き覚えのない単語。おまけに樹海の魔物を弱いと断じるときた。
普段なら、〝戯言〟と切って捨てていただろう。
だが今この場においてハジメが適当なことを言う意味はない。圧倒的に優位に立っているのはハジメの方であり、言い訳など必要ないのだから。
しかも、妙に確信に満ちていて言葉に力がある。本当に亜人やフェアベルゲンには興味がなく大樹自体が目的なら、部下の命を無意味に散らすより、さっさと目的を果たさせて立ち去ってもらうほうがいい。
虎の亜人は、そこまで瞬時に判断した。しかし、ハジメ程の驚異を自分の一存で野放しにするわけには行かない。この件は、完全に自分の手に余るということも理解している。
「……お前が、国や同胞に危害を加えないというなら、大樹の下へ行くくらいは構わないと、俺は判断する。部下の命を無意味に散らすわけには行かないからな」
虎の亜人の提案に、周囲の亜人達が動揺する気配が広がった。樹海の中で侵入して来た人間族を見逃すということが異例だからだろう。
「だが、一警備隊長の私ごときが独断で下していい判断ではない。本国に指示を仰ぐ。お前の話も、長老方なら知っている方もおられるかもしれない。お前に、本当に含むところがないというのなら、伝令を見逃し、私達とこの場で待機しろ」
冷や汗を流しながら、それでも強い意志を瞳に宿して睨み付けてくる虎の亜人の言葉に、ハジメは少し考え込んだ。
亜人側からすれば限界ギリギリの譲歩なのだろう。樹海に侵入した他種族は問答無用で処刑されると聞く。今も本当はハジメ達を処断したくて仕方ないはずだ。だが、そうすれば間違いなく部下の命を失う。それを避け、かつ、ハジメ達という危険を野放しにしないためのギリギリの譲歩。
ハジメは、この状況で中々理性的な判断ができるヤツだと少し感心した。
元より敵対する気はないのだ。
大樹が大迷宮の入口でない場合、更に探索をしなければならない。そうすると、フェアベルゲンの許可があった方が都合もいい。結局敵対する可能性も無くはないが…………。
「……いいだろう。さっきの言葉、曲解せずにちゃんと伝えろよ?」
「無論だ。ザム! 聞こえていたな! 長老方に余さず伝えろ!」
「了解!」
魔力持ちの一人が森の奥へと消えていく。ハジメはそれを確認するとドンナーをしまう。武器を下げた事に〝今なら!〟と足に力を込めた亜人族の戦士達の周囲に光の剣が突き刺さる。
「次、ハジメくんを襲おうとしたら、それ………次は拘束じゃ済まさない」
縛光刃。光属性の魔法で無数の光の剣を生み出す魔法だ。隠れ潜んでいた戦士を含め全ての戦士へ警告として放たれた。
「動くなお前達! この化け物共をこれまでの聖騎士と思うな!」
「ば、化け!?」
「ん、どんまい」
時間にして1時間程。待ってる間暇になった香織がハジメに身を預け、ユエも真似して、シアまで参加しようとするとユエが間接を極めた。
一応は敵に囲まれた状況で何をイチャイチャしてんだコイツ等という視線に晒されていると新たな気配が近づいてくる。
シアの関節に痛みが、周囲に緊張が走る。
霧の奥からは、数人の新たな亜人達が現れた。彼等の中央にいる初老の男が特に目を引く。流れる美しい金髪に深い知性を備える碧眼、その身は細く、吹けば飛んで行きそうな軽さを感じさせる。威厳に満ちた容貌は、幾分シワが刻まれているものの、逆にそれがアクセントとなって美しさを引き上げていた。何より特徴的なのが、その尖った長耳だ。彼は、森人族なのだろう。
強いな。人間より寿命の長い森人族が、初老になるまで魔力持ちの戦士として鍛え上げたのだろう。細身なれどその身は筋肉の塊。そもそも近付いてくる速度だってかなりのものであった。
ハジメは、瞬時に、彼が〝長老〟と呼ばれる存在なのだろうと推測した。その推測は、当たりのようだ。
「ふむ、お前さんが問題の人間族かね? 名は何という?」
「ハジメだ。南雲ハジメ。あんたは?」
ハジメの言葉遣いに、周囲の亜人が長老に何て態度を! と憤りを見せる。それを、片手で制すると、森人族の男性も名乗り返した。
「私は、アルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている。さて、お前さんの要求は聞いているのだが……その前に聞かせてもらいたい。〝解放者〟とは何処で知った?」
「うん? オルクス大迷宮の奈落の底、解放者の一人、オスカー・オルクスの隠れ家だ」
目的などではなく、解放者の単語に興味を示すアルフレリックに訝しみながら返答するハジメ。一方、アルフレリックの方も表情には出さないものの内心は驚愕していた。解放者という単語と、その一人が〝オスカー・オルクス〟という名であることは、長老達と極僅かな側近しか知らない事だからだ。
まさかまだ存命(?)であり、ハジメを弟子にしているとは思うまい。
「ふむ、奈落の底か……聞いたことがないがな……証明できるか?」
あるいは亜人族の上層に情報を漏らしている者がいる可能性を考えて、ハジメに尋ねるアルフレリック。ハジメは難しい表情をする。証明しろと言われても、すぐ示せるものは自身の強さくらいだ。首を捻るハジメにユエが提案する。
「……ハジメ君、オスカーさんの指輪は?」
「ああ、それがあったな」
ハジメは攻略の証したる指輪を見せる。
アルフレリックは、その指輪に刻まれた紋章を見て目を見開いた。それから気持ちを落ち付かせるようにゆっくり息を吐く。
「なるほど……確かに、お前さんはオスカー・オルクスの隠れ家にたどり着いたようだ。他にも色々気になるところはあるが……よかろう。取り敢えずフェアベルゲンに来るがいい。私の名で滞在を許そう。ああ、もちろんハウリアも一緒にな」
アルフレリックの言葉に周囲の亜人族達だけでなく、カム達ハウリアも驚愕の表情を浮かべた。虎の亜人を筆頭に、猛烈に抗議の声があがる。それも当然だろう。かつて、フェアベルゲンに人間族が招かれたことなど無かったのだから。
「彼等は、客人として扱わねばならん。その資格を持っているのでな。それが、長老の座に就いた者にのみ伝えられる掟の一つなのだ」
アルフレリックが厳しい表情で周囲の亜人達を宥める。しかし今度はハジメの方が抗議の声を上げた。
「待て。何勝手に俺の予定を決めてるんだ? 俺は大樹に用があるのであって、フェアベルゲンに興味はない。問題ないなら、このまま大樹に向かわせてもらう」
「いや、お前さん。それは無理だ」
「なんだと?」
あくまで邪魔する気か? と身構えるハジメに、むしろアルフレリックの方が困惑したように返した。
「大樹の周囲は特に霧が濃くてな、亜人族でも方角を見失う。一定周期で、霧が弱まるから、大樹の下へ行くにはその時でなければならん。次に行けるようになるのは十日後だ。……亜人族なら誰でも知っているはずだが……今すぐ行ってどうする気だ?」
アルフレリックは案内役のカムを見た。ハジメは、聞かされた事実にポカンとした後、アルフレリックと同じようにカムを見た。そのカムはと言えば……
「あっ」
その後起きたこと? 醜い責任のなすりつけ合いだ。ハジメは呆れた。
「はあ、分かったよ。宿はあるのか?」
「あるにはあるが、人族を泊めたがる宿は………悪いが3人とも、外に泊まって貰うことになる」
「まあ仕方………………3人?」
いや、人族は3人か? だがユエを吸血鬼と一目で?
ハジメ、香織、ユエ……………。
「……………ソウジ何処行ったぁ!?」
マルーラという木がある。その実は自然発酵してアルコールを生み、多くの生き物がそれを食っては酔っ払う。
毎日大量の水を飲む象ですら酔いつぶれることもあるのだとか。
酒を楽しむのは何も人間の特権ではない。
猿酒という伝説の酒がある。猿が木の洞や岩の窪みに貯えた木の実が雨などと混ざり、自然発酵して酒のようになったものという伝説上の酒。残念ながら野生の猿が貯蔵する習性はないため伝説でしかないが、どうやらこの世界には木の洞に貯蔵する動物か魔物がいたようである。
「ふはぁ…………」
手酌で少しぬめりのあるましら酒を飲むソウジ。いや、猿の仕業とは限らないが。
「さて、寄り道はこの辺に………」
言っておくが酒の匂いに誘われて来たわけではない。ある気配を追ってだ。
気配を隠せというカムの言葉を思い出し気配を隠したまま水の音のする方向に進む。
滝だ。その裏に洞窟がある。中に入れば蝙蝠や虫は一切いない。
奥に進むと暗闇の中なお闇に溶けぬ白が存在した。
「っ! あ、貴方は…………?」
白い髪に白い肌。蒼穹の如き青い瞳を持つ猫人族。
ソウジを見て目を見開く。
「あ、貴方…………
「へえ………」
「あ、だ、駄目! 近づいちゃ!」
と、ソウジの酒の匂いに釣られついてきていたのか猿型の魔物が背後から襲いかかり、ソウジが気にせず少女に近づいた瞬間放たれた何かに触れ魔物は即死した。
固有魔法〝吸魂〟。魂魄魔法から派生した魔法であるその効果は、生命力や魔力の吸収。少女は生まれると同時に周囲の人間を吸い殺した。
忌子として排除される筈だった少女を救ったのは皮肉にもその呪われた固有魔法。まともな存在では近付くこと叶わず、魔力持ちが何とか近付き傷つけようと吸収した生命力が傷を癒す。
誰も住んでいない場所に捨ててしまえばと森の外に放逐すれば、訪れた帝国兵が死んだ。結果として少女はフェアベルゲンの生物兵器となった。
戦士と帝国兵や聖騎士の戦いの場に投げ入れ、後は戦士達が逃げるだけ。彼女を捕まえれば帝都に帰還中に死に、神敵として殺し続ければ魔力が尽き生命力を吸われ死ぬ。
フェアベルゲンからも里からも離れた場所に隔離され必要な時にだけ使われる少女。
自身に近付く相手は敵ばかり。戦士達も必要な時だけ呼ぶのみだ。
それも仕方ないと思っていた。自身に近付く全てはやがて死に絶えるのだから。
「………………」
だが、今自分を見下ろす存在は何だ?
生命力を吸う体質からか、彼女は相手の魔力や生命力が見える。
自分の魔法が効いていない訳じゃない。今、対面しているこの瞬間確かに彼から奪っている。
ただ自分が吸っている量で減っているのか分からない。大河の如き尽きることなき生命力。吸っても吸っても底が見えない。
「…………お前は何者だ?」
「………………」
何者? 何、私は何? 名前。私の名前?
「…………キャス」