妙な声もやみ、白一色の世界に色がつき始める。光に焼かれた目に視力が戻ったのだ。
そこは教室ではなく開けた部屋。壁画が描かれている。後光を背負い長い金髪を靡かせうっすらと微笑む中性的な人物。背景には草原や山々、湖などが描かれ、それらを包み込むかのように、その人物は両手を広げている。
神話か何かの絵だろう。これは創造神か最初の人類とかその辺だろうか?
ソウジ達がいる場所は台座のように周囲より高い位置にあった。
美しい光沢を放つ滑らかな白い石造りの建築物の中らしい。これまた美しい彫刻が彫られた巨大な柱に支えられた天井はドーム状になっている。大聖堂、という言葉が似合う。
日本人らしく無神論者なソウジではあるがどちらかと言うと聖堂より社殿や寺院の方が好きだったりする。
「これって、異世界転生ってやつ?」
「転移だよ」
恵里の言葉をハジメが即訂正。鈴は不安そうにソウジの服の裾を掴む。恵里はそんな鈴を抱き締めた。背中に当たる意外とある胸の感触におお、とげんきになる鈴。
ソウジはジーッと壁画を見つめ続けている。と………
「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」
そう声をかけられる。ソウジが漸く壁画から視線を外した。祈るように胸の前で手を組んだ法衣集団。その中の頭目であろうなんか高い帽子かぶった爺。
メソポタミアの美の女神と名を同じくする老人は確かな覇気を纏い只者ではない事を感じさせるがソウジはすぐに興味を失ったのか再び壁画に視線を向けた。
場所はかわりテーブルに並んだ大広間。
光輝が教師よりも教師らしく生徒達を纏め上げイシュタルに案内されるまま生徒と涙目の愛子と共に移動したのだ。
見目麗しいメイド達が茶を運んできた。よくわからんが歓迎している割には経験を積んだ大人ではなさそう。それだけ優秀……にしては数が多く、つまりは歓迎方法の中には『その手の事柄』も含まれているのだろう。
恵里は『その手』は通じないとでもいうようにソウジにしなだれかかりソウジは気にせず茶を飲むと無言で砂糖を追加していく。
「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」
なんか始まった。
この世界には人間族、魔人族、亜人族と大まかに3つに分かれる種族がいるらしく、個々の性能で勝る魔人族と数の力で勝る人間族は常々拮抗状態の戦争を続けていたが最近魔人族が魔物を使役して数の差がなくなってきて困ってるから助けて〜とのことだ。
で、聖教教会とやらが崇めるエヒト神が異世界から勇者を召喚してくれたらしい。何でもソウジ達の世界は上位世界に当たり例外なく強力な力を得るらしい。
まあ詰まるところ戦争に参加しろと言っているのだ。何の了承もなく故郷から離して恥も感じず…………何せ神が決めたのだから。
愛子が抗議し元の世界に返せと言うが、
「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」
「いやよ! なんでもいいから帰してよ!」
「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」
「なんで、なんで、なんで……」
混乱し泣き出す者まで現れ始める。ハジメも内心慌てていたがこの手のお約束に触れているオタク気質なので混乱は少ない。
子供達を戦争に強制参加させようとしておいて困惑する子供達を「神に選ばれておきながら何が不満なのか」と言いたげな顔のイシュタルを見てヤバいタイプだ、と確信。召喚と同時に絶対服従を誓う術式だの薬を使われないだけまだましだがこのままでは時間の問題かもしれない。
せめて弟だけでもどうにか逃がせないだろうかと弟を見るが弟はどうでもよさそうに紅茶入り砂糖を食べてた。飲んでないし紅茶じゃない。
混乱する生徒達に比べれば落ちつているだけマシなのだろうか?
「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ……俺は、俺は戦おうと思う」
と、机を叩き立ち上がったのは光輝だ。バン、と鳴り響く音に誰もが声を止め、光輝の声がよく響く。
「この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない……イシュタルさん? どうですか?」
イシュタルはふむ、と長い髭を触る。
「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」
「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」
「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」
「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」
宣言する姿にはカリスマが宿り、成績優秀、スポーツ万能と分かりやすい『格上』からの言葉に生徒達の顔から絶望が消え始める。女性生徒達の大半が熱っぽい視線を送る。
「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」
「龍太郎……」
「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」
「雫……」
「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」
「香織……」
そして何時ものメンバーが賛同すれば「駄目ですよー!」と叫ぶ愛子を無視してクラスの心が一つにまとまりかける。邪魔するのは無理そうだ。というか相手の出方が分からない以上形だけでも従っておくべきか。
「馬鹿かお前等?」
「ソウジー!?」
その流れを弟が見事にぶった切った。
「馬鹿だって? 南雲。君はイシュタルさんの話を聞いてなかったのか!?」
「聞いてたさ。で? 自分達は死にたくないからお前等ちょっと死んでこいと宣う連中のために戦えと?」
「なんでそんな言い方するんだ!」
「お前こそ人が善なる前提で語るのをやめろ。此奴等はな、自分達を殺すような存在に俺達子供が相手しろとほざいてやがんだぞ?」
「俺達は強いって言われただろ!」
「強いから戦えって? 生まれ故郷でもない国の為に? 数十倍ってことだが、平均じゃなくて戦う者達と比べて我等はどの程度の差がある」
「………………教会の聖騎士達の方が上です」
「そら見ろ。そいつ等でも勝てねえんだぞ? 数増やすにしてもクラスじゃなく軍隊を呼ぶべきだったな」
「ですが! それは鍛えずともの話。鍛えた暁には貴方達は絶大な力を手にするでしょう」
そら見ろ、と光輝が叫ぶ。
「んじゃ次の質問な? 魔人は個として人間より上ってことだが、何倍? 強い魔物は更にその何倍だよ」
数倍から数十倍…………つまり異世界人と同格も普通にいるのだろう。そして其れ等は数という力も使ってくる。
「そもそも数の力で勝ってたのに数の力を覆されて、何で呼ぶのがたった数十倍の数人なんだよ。数万人か、数百倍の個を呼べよ」
「エヒト神に疑問を呈すると?」
「疑問を持ったんじゃねえ。ば……」
「ばっ!?」
バカだと言ってんだ、と続けそうな弟の口を慌てて抑えるハジメ。ソウジはジロリと睨み手を離せと告げる。
「……………まあ、いいさ。天之河の提案に従って戦争に参加はしてやるよ」
「分かってくれたか」
「お前がわかってねえだけだよ。勢いと慢心だけで何でもできると思うなよ? 弱いくせに」
ハジメはチラリとイシュタルを見る。
魔人族の所業を語る際光輝の反応を確認しながら話し方を変えていた男は勢いづいたクラスの勢いを消したソウジをどう見るか………。
(うわぁ…………)
あれ絶対「面倒な奴が混じったな」って顔だ。