レグルスの遺体はフェアベルゲンに届けられた。
フェアベルゲン最強の戦士。千年間、フェアベルゲンの為に戦い続けた護国神獣の死に多くの者が涙を流す。
「ふざけるな…………ふざけるな!! この男が死ぬわけがない! 何か卑怯な手を使ったのだろう!」
「其奴が卑怯な手を使えば勝てる程度? 次その男を侮辱したら殺すぞ」
「ぬぅ……!」
ジンとて解っているのだ。どんな手を使おうが正面から斬り伏せる。圧倒的で絶対的、それこそがフェアベルゲンの戦士なら誰もが、それこそ煩わしいと思いながらも憧れを抱く頂点に座すレグルスである。
「何故………何故殺した! 手を出す気はないのではなかったのか!」
「ないよ………」
「はい。ですから、レグルスから手を出しました。そうですね?」
「神子様!?」
「ああ」
リーステナの言葉をソウジが肯定する。馬鹿な、と騒ぐ者とやはりか、と納得する者に分かれる。納得しない者達は護国の英雄がなぜ国防に無関係な死地に赴くのかと叫んでいる。
「遺言を伝えに来たんだがな…」
「レグルスは、最期になんと?」
アルフレリックの問いかけに場は一時的に静かになった。
「『先に逝く。どうだ、ガキども』…………だってよ」
何故死ぬ間際に自慢するような言葉を遺すのか、理解出来る者はいなかった。
何故レグルスの死を、
さて、英雄の死が与えた影響は当然ながらフェアベルゲン内部で収まる話題ではなかった。
レグルスの死が知られた、ではなくレグルスが死に至る程の戦いそのものに対してだが。
複数の街で確認出来た果ての見えぬ大地の傷跡。それが現れた瞬間、時を同じくして現れた山より巨大な竜。
響く轟音。割れる空。あれはまさしく厄災である。
ある者は言う。あれは古の時代、神エヒトに封印されし邪竜だ。消えたのは神の御業である。
いいや、あれは反逆者共の成れの果て。勇者召喚に怯え、とうとう出てきたのだ。
違うぞ違うぞ。神により勇者が召喚された世界の穴を目ざとく見つけた異界の蛇だ。
そんなまさか。魔人族共の秘密兵器に決まっている!
好き勝手広がる憶測。
その一つ一つを調べ、真実を探さなくてはいけないのは国のトップ達。
あの国すら滅ぼす厄災は果たして死んだのか、或いは姿を隠しただけなのか。
「俺達で倒してみせますよ! 俺は、勇者ですから!」
何処かで若き勇者が勝利を確信し叫ぶ。
「所詮は頭の足りねえ獣だろうが。な、なら俺が見つけて、有効的に使ってやる」
何処かで少年がニタニタと笑う。
「異世界から来た、なんて噂もあるよ。あんた、何か知ってるかい?」
「ごちゃごちゃ五月蝿え。さっさと次の飯をよこせ」
男は魔人の女の言葉に興味なさそうに吐き捨てる。
さて、そんな対応は背負うべき何かを持たぬ者達故に。国を背負う者達の反応は異なる。
「大地抉りはフェアベルゲンから始まってんだったか? 暫く狩りは無しだ。樹海に身を潜めてたらと思うとゾッとするな」
ガハルドの言葉に軍人達は納得する。しかし商人と繋がりの深い文官達は納得いっていないのが顔を見れば分かる。つまり隠そうともしてやがらねえのさ、この馬鹿共。
「それでは奴隷商が大打撃です。新たに補充できないなど」
「損害はもちろん皇帝陛下が補ってくれるのでしょうな?」
金で兵を雇い、自分が強いと勘違いした者達はこれを期に皇族の求心力やその他諸々を少しでも削ぐつもりだ。なにせ、次期皇帝は強さ以外は無能なバイアス。今のうちに準備しておけば、ゆくゆく帝国を真の意味で支配するのは自分達だ。
「不要でしょう」
と、眼鏡の位置を直しながら一人の男が言う。
文官のようだが彼等と違い醜い贅肉に覆われていない。適度に鍛えているのが分かるが、だからといって武官にも見えない。
「どこぞの怪しい資金繰りを隠すバカ共に回す金を使わなければ蓄えは十分ですからね」
「へ〜、そうなのか」
「陛下も調べておいででしょう」
「
男の名はグラン・D・ヘルシャー。ヘルシャー帝国第三皇子にして、ヘルシャーの血筋にしては珍しく争いを好まず早々と皇位継承権を放棄し、武を捨てる為に剣の代わりに筆を持ち、『我が身は帝国の臣下である』と公の場でガハルドを父と呼ばぬ徹底ぶりを見せる男である。
「というわけで賄賂、冤罪の貴族共の家を取り潰して金を根こそぎ奪って妻とか娘は売っぱらうように命じておいたので、その金で補填してやりましょう」
「「「なっ!?」」」
「おや、別に名指しすらしてないのに反応するとは。自覚があって何より。自分が殺される理由は分かっているようで」
ガハルドはうわぁ、と実の息子を見る。息子たちの中で一番のお気に入り。仕事柄、共に過ごす時間が一番長いというのもあるが…………まあだからこそこうして容赦ねえ部分もよく見るのだが。
「ああ、安心しろ。帝国法で、身内が罪人でも10以下の子供は見逃す。お前等みたいなカスどもでも家族は大事だろ? ほら、安心してさっさと死ねよ」
その言葉に文官の半数と………彼等と繋がり甘い蜜を吸っていた武官が剣を抜き、壁から飛来したナイフが隙だらけの後頭部に突き刺さる。
「破滅の蛇だとか言われてたが、こうして屑どもに隙を作ってくれんだ。俺からしたら救いの神だね」
「素が出てんぞ」
「おっと…………ああそうだ、父上。姉上が『あの竜狩って来ますわー』って言いながらさっき城から出ていった」
「先に言えええ!!」
「後、白の宝物庫が出撃された」
「あのクソガキ!!」
一方、教会。
「なんなのだ、あの化け物は!!」
膨大な魔力を観測した時点で遠見のアーティファクトを使いその姿を見た教会の司祭達はこの世の終わりを前にしたかのように叫ぶ。そりゃそうだ、山並みの巨躯を誇る怪物など、それこそエヒトが滅ぼしたとされる怪物…………神話の怪物しか成らず存在はいない。
「落ち着きなさい」
と、騒ぐ彼等を宥めるのはイシュタル。
「あれは現れてすぐにフェアベルゲンに向かった。罪深き獣の住まう森だ」
その際に膨大な魔力嵐により映像は途中までしか確認できなかったが、それだけは確認できた。
「もしもあれが人類に仇なす存在なら、エヒト様が新たなる使徒を派遣してくれるはずです。それもなく、卑しくも
つまりあれは人類の脅威ではないのだ。神を絶対視するが故に、イシュタルはそう疑わない。
「それよりも、目下の問題は勇者達。ステータスの伸びがいまいち………聖騎士にも劣る。エヒト様は仰った、勇者に率いられ神敵を討てと」
しかしこれでは人類を率いる者としてあまりに頼りない。
「彼等に〝魔力操作〟を習得させる準備を………」
そして、この世に近く、されどこの世とは異なる場所。
──はははは、はははははははは! はーっはははははは!!
楽しそうに笑う一柱の存在。このトータスに残らされた最後の神性、神エヒトルジュエ。
笑い声で〝神域〟が揺らぐ。ただ笑っているだけで押しつぶされそうになりながらも耐えるのは、神の使徒。
「ほ、放置してよろしいのですか、我が主よ………」
──む?
「
あの時の戦いは神域にまで影響を与えた。
理すら断つ至高の剣技。それと真っ向から対抗する異界の竜。あれは危険だ。神たる主を滅ぼせるとは思わないが、害する存在ではある。
「お命じくだされば、全勢力を以て
──ならん
不要。でも、考えがある。でもない。するなと命じた。
──確かに、まだ目覚めきっていない奴なら貴様等でも数を揃えれば勝てるだろう。だが、許さぬ。あれは我のものだ。誰にも渡さぬ
仮に彼に使徒を派遣するとすれば、それは彼の次の成長の糧とするためだろう。
万能の神はその時が来るのを心待ちにしていた。