強者がありふれた世界   作:超高校級の切望

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ベヒモス

 南雲ソウジは物心ついた時からずっと疑問に思っていた。

 

 ──なんでみんな、こんなに脆いんだろう。

 

 本気で触れれば簡単に壊れる。愛してくれる両親と兄に触れる時に気を使わねばならない。何故だ、何故脆い。

 

 剣の道とやらを学ばされた。

 力に飲まれない在り方だの、正しい振るい方だの。要するに世界に加減して関われということだ。

 

 異世界に来てもそれは変わらない。誰も彼も等しく脆い。一人、アウスナメという例外はいたが。

 

 そして今、目の前に新たな例外が現れてくれた。

 

 ああ、この獣は自分より強い!

 

「グオオオオオ!!」

 

 爪と剣がぶつかる。広間全体を揺らがすような衝撃が響く。

 

「ゴアアア!!」

 

 踏み潰さんと振り下ろされた足が石橋を揺らす。その腕を駆け上がりながら迫るソウジに対してベヒモスは炎を噴き出す角を振るう。

 

 ああ、なんて強い。なんて恐ろしい。

 壊れない敵が目の前にいる。

 

 どうしようもなく、()()()()

 

 壊れない玩具を欲していたくせに、現れたそれを壊したいという矛盾。

 

 その自己矛盾を疑問に持つよりも今は目の前の相手と遊ぶ事を優先していた。

 

「グルアアアア!!」

「はは! あはは、ははははは!!」

 

 

 

 

「わ、笑っている………?」

 

 互角、に見えてソウジが押されている。

 爪、牙、角………刃で撃ち合いながらも互いに受け入れなかった攻撃でその身を刻んでいる。武器のリーチ、肉体の大きさ、そもそもの膂力。追い詰められているのはソウジの方だ。

 

 だというのに雨の日に泥にまみれて水たまりを跳ねる子供のように無邪気な笑みで顔を己とベヒモスの血で汚していく。

 

「グル、オオ………」

 

 夥しい切傷から血を流すベヒモス。体躯ゆえにそう見えるだけで、体重に比してより多くの血を失っているのはソウジの方だ。

 

「離れろ、南雲!」

「ん?」

 

 水を差されたと不満気に振り返ると光輝が剣を抱えていた。

 

「神意よ! 全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ! 神の息吹よ! 全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ! 神の慈悲よ! この一撃を以て全ての罪科を許したまえ!〝神威〟!」

 

 放たれる光の奔流。全てを破壊する必滅の光にベヒモスの姿が飲み込まれた。

 上に飛んで避けたソウジは土煙を見つめる。

 

「ソウジ! 下がりなさい!」

「ソウジ君! 今治すから!」

「……………はは」

 

 心配そうに駆け寄る二人を無視して刀を振るう。土煙が切り裂かれ、中から無傷のベヒモスが姿を現した。ブルンブルンと頭を振り、攻撃を放った光輝を睨んでからすぐにソウジへと視線を向けた。何よりも誰よりも警戒すべきはここに唯一人しかいないのだ。

 

「こんの馬鹿!」

「!?」

 

 と、ベヒモスに向かって駆け出そうとしたソウジの足が橋に沈み、低くなった頭をハジメが大きめの石で叩く。石のほうが割れた。

 

「……………兄貴?」

「全力出せてよかったねー! 我慢させてきてごめんね! でも、死んでもいいなんて思うな! あれは六十五階層の魔物! 下にいけば、今日じゃなくても遊べる!」

「いや、だけど………」

「わかった!?」

「はい!」

 

 ハジメの言葉にシュン、と落ち込むソウジ。くそう、僕の弟が素直でかわいいという心の声を押し殺す。

 

「白崎さん、ソウジの治療をお願い。ソウジ、いける?」

「血ぃ流し過ぎた」

「ごめん…………失った血までは」

「まて、南雲! お前、こんな状況の弟を戦わせる気か!? お前達は後ろに引っ込んでろ! ここは俺が!」

「その後ろが危ないんだよ! 君はそっちをやれ!」

「!?」

 

 いつも苦笑いしながら物事を流す大人しいハジメとのギャップに思わず硬直する光輝。

 

「あれが見えないの!? みんなパニックになってる! リーダーがいないからだ!」

 

 光輝の胸ぐらを掴みながら指を差すハジメ。

 その方向にはトラウムソルジャーに囲まれ右往左往しているクラスメイト達がいた。

 

 訓練で学んだことなど頭から抜け落ちたように誰も彼もが好き勝手に戦って、効率的に倒せていないから敵の増援により未だ突破できない。スペックの高さで死人は出て居ないがそれも時間の問題だろう。

 

「だ、だけどソウジ一人じゃ………」

 

 と、雫が食い下がる。

 確かにクラスメートの中にソウジに並ぶスペックはいない。それでもソウジ1人ではベヒモス相手に押し負ける。

 

「足手まとい」

 

 が、だからといってただ増えれば勝てるというわけでもない。ゲームではないのだ。

 

「僕がやるよ」

「……………それは心強いな」

 

 笑みを浮かべる弟にニッと笑ってみせるハジメ。

 

「ま、待って! ハジメ君、そんな……」

 

 と、ベヒモスが咆哮を上げながら突進してくる。その兜が赤く発光。

 赤熱化した兜による突進。それこそがベヒモスの奥の手なのだろう。だが………

 

「錬成!」

 

 ズゴッ! とベヒモスの片足が石橋に沈みソウジが刀を振るう。これまでで一番の深い傷が刻まれる。

 

「オッ!? ガッ、グガアアアア!!」

 

 混乱し、爪を振るうベヒモス。埋まったままの前脚が僅かにずれる。それで十分。

 ソウジの刀がベヒモスの爪を弾く。

 

 埋まったままの前脚を引き抜き頭を振り下ろす。前脚を乗せている石橋の一部が僅かに上る。

 

 ソウジの蹴りがベヒモスの顎をかちあげる。

 

「リズムゲーム思い出すな」

「僕が足引っ張ってたけなぁ!」

 

 カンカンと軍靴で石橋を叩く。タイミングさえ分かればいい。どうズラすかなんて打ち合わせは必要ない。

 

「さっさと下がれ。兄貴以外を守るのはしんどい」 

 

 錬成を遠距離で使えない都合上、どうしたってハジメはベヒモスと対面しなくてはならない。だからソウジが守る。とてもシンプル。

 

 故に無敵だ。

 

 爪と角と牙に相対する刀。

 先程の再演。ただし、互角に見えて押されているのは今度はベヒモス。

 

「急げお前達! 俺達が早く戻れば、その分坊主達も早く逃げられる!」

 

 その言葉に香織と雫も悔しげな顔をして走り去る。余計な心配はこれで完全に消えた。

 

「右右左右前右後後前右左右左」

 

 右足を沈める。左足を浮かせる。少しだけ傾ける。

 ほんの些細な変化はしかし力を乱し、ソウジが明確な隙をついていく。

 

 その間に光輝達がトラウムソルジャーの胸を貫き階段への道を確保。光輝が振り返り塞がりかけていた肉壁ならぬ骨壁を薙ぎ払う。

 

「何やってんだよ! 早く上に!」

 

 さっさと上に帰りたい檜山が必死に叫ぶ。

 

「皆、待って! ハジメ君達を助けなきゃ! ハジメ君達がたった二人であの怪物を抑えてるの!」

 

 

 香織のその言葉に何を言っているんだという顔をするクラスメイト達。そう思うのも仕方ない。なにせ、ハジメは〝無能〟で通っているのだからだ。ソウジだけならともかく、ハジメまで? と視線を向ければベヒモスに嫌がらせの如く錬金を行うハジメと隙を晒すベヒモスを斬るソウジ。

 

「あ、あの化け物相手に2人で?」

「そうだ! 坊主達がたった2人であの化け物を抑えているから撤退できたんだ! 前衛組! ソルジャーどもを寄せ付けるな! 後衛組は遠距離魔法準備! もうすぐ坊主の魔力が尽きる。アイツが離脱したら一斉攻撃で、あの化け物を足止めしろ!」

 

 ビリビリと腹の底まで響くような声に気を引き締め直す生徒達。しかし何人か、階段の方向を未練に満ちた表情で見ている者もいる。檜山とか。

 

 無理もない。ついさっき死にかけたのだ。一秒でも早く安全を確保したいと思うのは当然だろう。

 しかし、メルドの「早くしろ!」という怒声に未練を断ち切るように戦場へと戻った。

 

 その中には檜山大介もいたが、その顔は恨みがましく南雲姉弟を睨む自分の仕出かした事とはいえ、本気で恐怖を感じていた檜山は、直ぐにでもこの場から逃げ出したかったのに、彼奴等がいるから逃げられない。

 

 ふと脳裏にあの日の情景が浮かび上がる。

 

 それは、迷宮に入る前日、ホルアドの町で宿泊していたときのこと。

 

 緊張のせいか中々寝付けずにいた檜山は、トイレついでに外の風を浴びに行った。涼やかな風に気持ちが落ち着いたのを感じ部屋に戻ろうとしたのだが、その途中、ネグリジェ姿の香織が歩いているのを見たのだ。

 

 初めて見る香織の姿に思わず息を詰め物陰に隠れていると香織は檜山に気がつかずに通り過ぎて行った。気持ちの悪い男である。

 

 気になって後を追う本当に気持ち悪い檜山は香織がとある部屋の前で立ち止まりノックするのを見た。その扉から出てきたのは……ハジメだった。

 

 なんで、あいつが。あんな奴が仲良くなるなら、俺でも良いはずなのに!!

 お前なんかが()()香織と居たら、香織が可哀想なのに!!

 

 不条理な怒りが、意味不明な恨みが湧き出す。

 

 誰もが魔法詠唱をする中、檜山は1人笑みを浮かべた。不意にソウジが振り返る。

 

「ひぃ!?」

 

 それは入学したての頃。かわいい女の子を見つけた檜山は、その女に話しかけられている男が気に入らなかった。だから仲間と一緒に校舎裏に連れ込んで…………後から弟にボコボコにされた。

 

 ただ掴まれただけの腕は骨に罅が入り手の形の痣は一週間はそのままだった。

 あれは人間なんかじゃない。弱い物を甚振る時はあんな目をしないことを仲間達とつるんだ檜山は知っている。誰かを守るために弱い奴を痛めつけた奴もあんな目をしない事を、素行が悪いだけで強くもない不良の檜山は知っている。

 

「し、死ねよ、化物ぉぉぉぉ! ここに風撃を望む〝風球ぅぅぅ〟!!」

 

 この期に及んでこのカスは狙いはハジメ。ソウジを直接狙う勇気はなかった。

 距離もある。下級魔法。当たっても吹き飛ばされるだけのそれを直ぐ様切り捨てるのはソウジにとっては容易い。後ろにソウジ以上の強さを持つ怪物さえいなければ。

 

 角を弾いていては間に合わない。ソウジは咄嗟にハジメを突き飛ばす。

 

「った! ソウジ!」

 

 尻餅つきながら弟を心配し目を開けるハジメ。視界に飛び込んできたのは、ベヒモスの角に胸を貫かれたソウジ。ゴボリと口から血が溢れる。

 

「………っぁ………」

「いやああああああああ!?」

 

 ハジメが息を呑み、恵里が目を見開いて固まり鈴が己の口を押さえる。雫の絶叫が響く中、ベヒモスは首を振りソウジの体を投げると魔法を放つ人間達に視線を向けた。

 

 ハジメなど見ていない。だが、このままならば諸共轢殺するだろう。

 

「ぁ…………ソゥ、ジ? ソウジ!!」

 

 慌てて駆け寄る。胸に穴が! 心臓がない。これじゃあ、もう! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!

 

「坊主! お前だけでも逃げろぉ! ベヒモスが!!」

 

 轟音を立て迫るベヒモス。ハジメを轢き潰し、そのまま勇者達へと………

 

申請する(アクセス)──我が神よ(マスター)

承認(アクセス)………今は変われ娘よ』

 

 

 

 ああ、これは死ぬな。

 ベヒモスと比べるべくもない殺気に反応したのがまずかった。だが仕方ないだろう? あれは兄にも向けれていたのだから。

 

 彼の知る中でも一際脆弱。なのに誰よりも強い尊敬する兄。

 

 幼少期、兄弟喧嘩で骨を折ってしまい、どう接すればいいか分からなくなった自分にそれでも正面からぶつかってくれた兄。

 

『僕とちゃんと話せ! その為なら、腕なんて幾らでも折ってやる。僕はお前のお兄ちゃんなんだから』

 

 自慢の兄だ。ここから逃がしたいのに、もう何も出来ない。

 

──否。まだだ

 

 不意に響く、誰かの声。耳朶を打たず、心を震わさず、直接魂に語りかけるかのような男とも女とも知れぬ声。

 

──肉体の損傷程度、お前には無意味な筈だ。我が空虚なる永遠を壊す者。

 

 ? 何を言っている。

 

──お前に会いたいのだ。今のままでは足らぬ。だから、立てよ■■■。滅びの時にはまだ早い

 

 心臓なくなってんだぞ、こっちは。

 

──……………言い方を変えよう。このままでは、お前の兄が死ぬぞ? 守れよ。その為に力を解放しろ

 

 

 

 

 魔法を放つ者達を轢殺せんと迫るベヒモス。その巨躯がハジメを踏み潰そうとした瞬間、ギョロリと倒れていたソウジの()()瞳が睨みつけた。

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