強者がありふれた世界   作:超高校級の切望

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奈落の底

 轟音を立てながら迫るベヒモスの巨躯。

 弟の亡骸を抱えるハジメが今まさに踏み潰されそうになった瞬間、ベヒモスの身体が()()()()

 

 仰け反るなんて物じゃなく、文字通り巨体が宙を舞った。

 轟音を立て落ちるベヒモス。勢い止まらず石橋から落ちかけ慌てて爪を立てる。

 

「ゴゥルルルルル!!」

 

 ハジメが呆然とする中ベヒモスの顎を叩いた刀が砕ける。そう、刀。この世界に存在しない武器。持っているのはハジメが製作した唯一の刀を持つソウジだけ。

 

「そう、じ………?」

 

 返事の代わりにゴボッと血を吐き出すソウジ。その瞳が赤く染まり、瞳孔が縦に裂けていた。人の目ではない、何が起きているのか?

 

「グオオオオオ!!」

 

 と、ベヒモスが再び突進。からの跳躍。あの巨体でなんて身軽。それを可能とする筋力故に落ちかけた体を持ち上げていたのだろう。

 

 赤熱化した兜が空気を焼きながら迫る。まるで隕石の如きベヒモスの特攻を迎え撃つは矮小な人間の拳。

 

 ドゴォォォン!! と空間が揺らぐような衝撃。ソウジの足元を中心に石橋がひび割れていく。

 

 兜が砕け、砕けた頭蓋の破片が肉を突き破る。

 頭から血を流し、しかしそれでも死なないベヒモスはソウジを睨む。闘志は衰えず。その目を見つめたソウジが片腕を持ち上げた。

 

 掌からズルリと生える刃。そのまま体から這い出してきたそれは、柄と刃を一つの塊から削り出したかのような諸刃の剣。

 

蘇れ(アクセス)──我が厄災(シン)

 

 吹き荒れる膨大な魔力 。純粋な魔力のまま質量を持つ程の密度。

 

「ゴアアアアア!!」

 

 怯えを振り払うように叫ぶベヒモス。ソウジが剣を振り下ろした。全てを削り落とす縮小された厄災が()()()()()()()()()()()()()

 

「ごぶぇ!」

 

 血を吐き膝を付くソウジ。肉体の限界が来たようだ。むしろ心臓失って何でまだ動けるのか。

 過剰な魔力が肉体を破壊し全身の皮膚が裂け体を赤く染める。ただでさえ流し過ぎた血が失われていく。

 

「ゴルル……!」

「彼奴、まだ!!」

 

 半身消し飛んだベヒモスが唸る。あの傷でまだ生きている様だ。3本足でこちらに迫る。

 

 ハジメはソウジを抱えて慌ててクラスメートと合流しようとする。後ろから迫る音が大きくなる。と、無数の魔法がベヒモスに殺到した。

 

 クラスメート達の援護だ。

 

 

「クソ、クソ! なんで…………!」

 

 ハジメをベヒモスの方へと吹き飛ばそうとした風はソウジに阻まれた。

 

「檜山! 次はちゃんと狙えよ!」

「っ!!」

 

 その言葉にハッとする檜山。先程の一撃は、どうやらベヒモスに向かって撃って、しかし狙いがそれたと思われたようだ。

 

 人が人を殺そうとする。それが非日常故に気付かない。檜山は1人暗い笑みを浮かべた。

 

 

 

「あに、き……」

「置いてけって言うなら怒るからな!」

 

 呻くソウジに予め釘を差しておく。心臓を貫かれるどころかその辺りをごっそり失っているが、まだ生きている。生きているなら治せるはずだ。香織というチートヒーラーまでいるのだ。

 

 後ろから迫るベヒモスの咆哮と足音。半身を失い死にかけている筈なのに、決して逃さぬと追ってくる。

 

「坊主、急げぇええ!!」

 

 メルドの声が響く。本来なら気にする事もないような魔法でも今のベヒモスにとっては傷を焼き激痛を与える攻撃。速度が落ちる。ハジメ達との距離が開いていく。

 

「ゴアアア!!」

 

 最後の力を振り絞った跳躍。その巨体は生半可な魔法による衝撃では小揺るぎもしない。

 

「〝神威〟!!」

 

 故に生半可ではない攻撃がベヒモスの巨体を僅かに押し戻す。ゴォン! と石橋が揺れハジメの足が浮き上がる。

 

 そう、浮いた。つまり潰されていない。落下の衝撃でまだ動けないベヒモスに魔法が振り注ぎ、その隙に再び走り出すハジメ。

 

 これなら間に合う。ハジメの顔に笑みが浮かぶ。

 しかし、その直後、ハジメの表情は凍りついた。

 

 無数に飛び交う魔法の中で、一つの火球がクイッと軌道を僅かに曲げたのだ。ハジメ達に向かって。

 

 明らかにハジメ達を狙い誘導されたものだ。

 

(なん、で!?)

 

 疑問や困惑、驚愕が一瞬で脳内を駆け巡り、ハジメは愕然とする。

 

 咄嗟に踏み止まったハジメの眼前に、その火球は突着弾。衝撃波をモロに浴び、来た道を引き返すように吹き飛ぶ。直撃は避けた。内臓などへのダメージもないが、三半規管をやられ平衡感覚が狂ってしまった。

 

「つ、ぁ………ソウジ………!」

 

 石橋に投げ出さたソウジは這いずり寄ろうとするハジメ。倒れ、動かないソウジにベヒモスの一撃が振り下ろされた。

 

「──────ぁ」

 

 ビシビシと石橋全体に亀裂が走り、とうとう完全に崩壊する。事切れたベヒモスは悲鳴を上げることなく地面に落ちていく。ソウジの姿を探すが何処にもない。きっと、ベヒモスの巨体か瓦礫の影に隠れているだけだ!

 

「ハジメ君!」

「駄目だ、香織! 君まで落ちてしまう!」

「放してぇ!」

「くっ! 雫、手伝ってくれ!」

 

 ()()()()()()()()()()クラスメートの為に動ける幼馴染を誇りに思うのは今じゃないともう1人の幼馴染に向かい叫ぶが、雫は呆然と奈落を見つめる。

 

「………………嘘………」

「雫! 香織を………!」

「嘘嘘嘘! 嘘よ! いやぁ! ソウジ、ソウジぃ!!」

「お、おい馬鹿!」

 

 飛び込もうとする雫を龍太郎が慌てて押さえる。取り乱すなんていう雫のらしくない姿に困惑する光輝。僅かに力が緩む。

 

 香織は何処にそんな力があるのか、ありったけの力を込めて光輝の手を引き剥がすと奈落へ飛び込んだ。

 

「しまっ、香織!!」

 

 慌てて伸ばした光輝の手は空を切る。香織の姿はそのまま奈落の底へと消えていく。

 

「…………ぁ、香織…………? 嘘、香織、も…………? そんな………!」

 

 その場でへたり込みポロポロと涙を流す雫。女侍や天才剣道少女と雑誌に持て囃された凛とした姿は何処にもない。ただの少女がそこに居た。

 

「雫! しっかりするんだ、君らしくない! 大丈夫、香織はきっと生きている! でも、今は他の皆を……! 行こう、大丈夫。君はホントは強いことを俺は知ってるよ」

俺は知ってるよ」

「うるさい!!」

 

 ポンと肩に手を置き微笑みかける光輝だったが雫はその手を祓いのける。

 

「もうやだ…やだよぉ。怖いよぉ、死にたくない………香織、ハジメ君………ソウジぃ………! ソウジ! ……私まだ、貴方に好きって言ってないのに…………!」

「……………え?」

 

 鈴は奈落に飛び込もうとしていたのを見て咄嗟に気絶させた恵里を抱えながら気絶させて良かったと安堵。今の聞いてたら絶対面倒なことになった。

 

「ソウジン…………」

 

 死体を見たわけじゃない。心臓が貫かれても動いていた。根拠はその2つだけだけど、生きている可能性はきっとある。だから、今は生きて帰らなきゃ。

 

「…………いいなぁ、二人とも。そんなに本気で」

 

 

 

 

 

 深い深い奈落の底。

 そこに横たわる2つの影。側にて魔力の光を纏う少女が1人。南雲兄弟と白崎香織だ。

 

 落下中ハジメに追いついた香織。2人はベヒモスの一撃を食らった割に損傷の少ないソウジを見つけ、香織が3人を結界で覆った。

 

 その後無数の横穴から吹き出す滝の如き鉄砲水に振り回された挙句横穴に押し込まれ此処まで流されてきたのだ。

 

 流石香織。ステータスの暴力! ハジメなんて簡単に押し倒せちゃうね!

 

 と、まあそんなステータスに物を言わせ気絶した男を2人を抱えた香織は真っ先に意識を取り戻し回復魔法を発動させる。

 

 ハジメの方は直ぐに治った。だけど、ソウジは……。

 

「しら、さきさん………」

「っ! ハジメ君!」

「ソウジを…………お願い。お願いします! 弟、なんだよ! 大切な………」

「……………うん」

 

 さっきから、やってる。無駄だと知りながら。

 死者を生き返らせる魔法など、それこそ神代に存在した神代魔法のみ。でも、ソウジは心臓を失った後も動いていた。可能性はある。なら、諦める理由はない。

 

「は、あ………」

 

 だが香織の魔力は無限ではない。魔力を使用しすぎて意識が遠のく。

 そして、未知の場にて魔力を放出しすぎた。

 

「きゅう?」

「っ!?」

 

 不意に聞こえた鳴き声。現れたのはウサギ型の魔物。ただし、大きさが中型犬程もあり、後ろ足がやたらと大きく発達している。そして何より赤黒い線がまるで血管のように幾本も身体の表面を走り心臓のように脈打っていた。

 

 ハジメ達を見つめ可愛らしく小首を傾げる。香織が治癒魔法から防御魔法に切り替えたのは咄嗟の判断。残りの魔力全てをハジメと自分の防御に回す。

 

「あぐぅ!?」

 

 ドン! と轟音が響く。ハジメが振り返った瞬間にはそこに香織の姿はなくウサギがクルリと空中で身を翻していた。

 

「……………白崎さん?」

「げ、おぇ………」

 

 ボタボタと口から流すのは赤黒い液体。弱々しい瞳がハジメを見つめる。

 

「にぃ…………げ、て…………」

「きゅう〜!」

 

 かわいらしい悲鳴と共にハジメへ向き直るウサギ。隙だらけのその背後から赤雷を纏う狼が襲いかかった。

 

「キュッ!?」

 

 完全に油断していたウサギは避け損ない片足に傷を負う。群で行動する種だったのか、複数の2尾の狼達が次々にウサギへ襲いかかる。

 

 ウサギは不利と判断したのか片足が不自由とは思えない俊敏な動きで離脱する。となれば、残る獲物は人間達。そしてちょうど良く動けないのが二匹。片方は血の匂い。

 

「ガウ!」

「ヴァン!」

 

 倒れているソウジに噛みつき肉を噛みちぎろうと首を振り回す。

 

「ああああああ! やめろ、たかるな! ソウジを食うな!!」

 

 ハジメが駆け寄るも鬱陶しいとばかりに体当たりで吹き飛ばされる。雷すら使わない。ゲホゲホと咳き込むハジメを無視してソウジを食おうとする狼達は、しかし急に耳を立て動きを止める。

 

 新たな魔物が現れた。

 その魔物は巨体だった。二メートルはあるだろう巨躯に白い毛皮。例に漏れず赤黒い線が幾本も体を走っている。似ている動物は熊だった。ただし、足元まで伸びた太く長い腕に、三十センチはありそうな鋭い爪が三本生えている。

 

 ぶん、と爪を振るうと凄まじい突風が巻き起こりハジメが吹き飛ばされる。ベチャベチャと狼達だったものが散らばる。

 

 ハジメが助かったのは、狼により吹き飛ばされ距離が出来ていたから。だが完全ではない。

 

「あ、あれ………?」

 

 やけに軽くなった左腕。見れば遠くに落ちている。なんで? あれ、おかしいな。現実逃避による誤魔化しはほんの数秒。すぐさま熱したかのような激痛が襲う。

 

「あぁぁああああああああ!?」

「は、じめ………くん!」

 

 ハジメの叫び声に反応し香織が声を漏らすと爪熊の視線が香織に向く。習性なのか性格なのか、周囲の生き物を殺し尽くしてから食事をするタイプだったようだ。

 

 ハジメは香織の下へと駆け出す。短くなった腕を懸命に引っ掛け、右手を壁に当てる。

 

「れ、〝錬成ぇ〟!!」

 

 壁に穴が空く。ハジメは香織と共にその穴に飛び込む。ズガァ! と爪熊が鋭い爪で壁を掘り崩そうと振るわれる。

 

「ひっ、あ! 〝錬成〟! 〝錬成〟! 〝錬成ぇ〟!」

 

 爪熊の咆哮と壁が削られる破壊音に半ばパニックになりながら少しでもあの化け物から離れようと連続して錬成を行い、どんどん奥へ進んでいく。

 

 それでも香織だけは置いていかないように、奥へ奥へと連れて行く。

 

 人を引きずりながらの匍匐前進。体力と魔力を消費しながらも、体力に関して脳内麻薬で無視する。しかし魔力はそうもいかない。ボロリと崩れた壁から僅かな水が漏れ出し、ハジメは意識を失った。

 

 

 

 

「どけ」

 

 狼を食い終え見たことない生き物に爪を突き刺そうとした爪熊が分解される。

 

 場の支配者が入れ替わる。美しい銀の女。

 姿は間違いなくアウスナメ。しかし、纏う気配はまるで別物。

 

 おしとやかな雰囲気が切り替わり尊大で傲慢な雰囲気………とか言う話ではない。もっと普遍的な存在感………威圧感とでも言えばいいのか。人の見た目に人以上の遥か高みの存在を無理やり押し込んでいるかのように隠しきれない存在格。

 

 そんな上位存在が労るように愛おしそうにソウジの亡骸を抱きしめる。美しいその身が血で染まることをまるで気にもしない。

 

「グオオオオオ!!」

「ガルアアア!」

「オオオン!」

「キィ、ギュイイイ!!」

 

 と、魔法陣が現れそこから新たな爪熊が現れたかと思うと階層中にいた魔物がこちらへ向かってくる。本来なら被食捕食の関係にある魔物すら唯一人の存在に敵意を向ける。まるで階層そのものが怒りを向けているかのようだ。

 

「五月蝿い」

 

 女一言、一蹴。魔物は消し飛び魔物を生み出す機能も一次的に消失。直に機能復元をするだろうが、暫くは問題ない。

 

 邪魔された事を不愉快そうに顔を歪めていたアウスの中にいる何かは再びソウジに視線をつけ微笑む。

 

「ああ、肉体が崩壊しかけている。器に見舞わぬ力を引き出しすぎたのだな。まったく、あの程度の相手に………加減を知らぬな」

 

 とはいえ、このままでは肉体が崩壊する。なので〝昇華〟させる。肉体の情報に干渉し、引き出した力に耐えられるだけの存在へと書き換える。その際に全てを閲覧してしまうのは御愛嬌。

 

「ふふ。塵芥共にかかずらうのは不愉快だが、ただ一人に尽くすというのはこうも心満たされるものか………ああ、お前が我に与えてくれる全てが愛おしい」

 

 傷を癒す。後は時間の問題だ。放置していれば獣に食われてしまうかもしれない。さりとてこの迷宮から出して連れ帰ったところで彼は望む存在には戻らない。

 

 女は大きな穴を開けるとそこにソウジをそっと寝かせ蓋をする。と、ドロリと目と口と耳と鼻から血が溢れる。

 

 ()()()()()()()()()()()代償だ。

 

例外個体(アウスナメ)よ………我は戻る」

 

 世界を歪めるかのような存在感が消える。一人残ったアウスナメはふらつく身体で歩き出し奈落から姿を消した。




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