時を少し遡る。
天之河光輝は神により召喚された勇者であり、聖剣の担い手。
頼れる仲間達と共にこの世界の人々を救う。魔人族により涙を流す全ての者を救い笑顔を齎す。そう信じて疑わなかった。
ならば自分についてくる者達は全員が正しい筈だ。彼等と共に困難を乗り越え、世界を救い、共に元の世界に帰る。それは光輝の中で決まった未来であった筈だ。
だけど最初の迷宮は敗走。しかもクラスメートのうち、3名も失った。その1人は幼馴染の香織だ。きっと生きている、助けに行かせてくれと訴える光輝。クラスメートの誰もがついてきてくれると思った。自分と、龍太郎と雫を筆頭に香織を助け出す。疑う必要のない確定した未来は、しかし…………。
──現実を見ろよ、光輝。香織はもう………その為に皆を危険に晒すってか!?
龍太郎は厳しい顔で香織の生存を否定した。
──やだ! やだやだ! 怖いよぉ………ソウジ、助けてよ。ソウジィ………
雫は見たことがないほど弱々しい姿を見せて、助けを求めるのは自分ではなくここには居ないあの男………。
南雲ソウジ。不真面目なクラスメートである南雲ハジメの弟にして八重樫流道場の弟弟子。
何時も何時も雫の祖父にのみ師事され、しかし明らかにやる気を感じられなかった彼。ある日道場にて暴力事件を起こす。
発端はソウジに嫉妬した門下生達が集団でリンチしようとして返り討ちにあっただけたが光輝は『俺が勝ったら二度と道場に近寄るな』と挑み、負けた。
その時から光輝はソウジを嫌っている。平等のつもりの本人はそんな私情を認めず、ソウジの態度だの檜山達への暴力などと理由をつけているが。
そんな『悪』であるはずのソウジが、幼馴染の自分よりも雫に頼りにされている。もうここにはいないのに。
ここに本人がいれば『雫に何をした!!』とでも掴みかかった事だろう。だって、雫が誰かを頼るなんてあり得ない。あり得たとしてもそれは自分の筈なのに!
──お前さては、雫を見てないな?
「──っ!!」
不意に蘇る何時か問われたソウジの言葉。
雫に迷惑をかけるな、だったか、雫の友達をよくも、だったか………とにかく雫に関する何かで雫を救うべく動こうとした光輝にソウジが言った言葉。
そんな事はない。雫の事ならなんだって知ってる筈だ。だが、どうしてソウジの名を出すのか答えが出ない。
彼奴は適当な奴で、乱暴な奴なのに。檜山達の時も…………
──どけよ正義の味方。そいつは駄目だ。人を殺すことはあっても救うことはない。人を守りたいんだろ? 悪が許せないんだろ? ならそいつはここで殺させろ
──し、死ねよ、化物ぉぉぉぉ!
「……………っ!」
違う。違う違う違う違う!
だってあれは、事故だ。ベヒモスを狙った魔法が
あの後、檜山は土下座し詫びた。
危険に巻き込んですまなかった、と。その上で責任を感じベヒモスを倒そうと必死だったのだと。
その言い分を光輝は認めた。
皆が文句を言わなかったのは
恵里は二発目も檜山だろうと叫んでいたが、混乱しているだけだ。落ち着くまで待ってもらおうと光輝は話しかけた。
南雲達は残念だったけど、恵里は俺が守るよ、と。
ぶん殴られた。
──人が死んでんだぞ! お前が、何も考えず参加するつった戦争の、その準備でだ! 何が『皆も救ってみせる』だ! 出来もしねぇ無能が吠えんな! 笑うんじゃねえ、この■■■野郎! 気持ち悪いんだよ!
普段の恵里からは想像もできぬ剣幕で詰られた。
どうしてだ? 死んだ人間に何時までも執着してしまうのは間違っているはずだ。それに、戦争の参加だって皆が納得してくれたんだ。俺だけのせいじゃ……
──自分達は死にたくないからお前等ちょっと死んでこいと宣う連中のために戦えと?
──嘘だろ? 帰れないってなんだよ!
──嫌よ! なんでもいいから帰してよ!
──戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!
──なんで、なんで、なんで……
──皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない
参加したくないと言っていた者達はいた。黙らせたのは光輝。
否、説得して分かってもらったはずだ。
だから、
天之河光輝は己の悪行を認めない。それは自分が間違えないという傲慢であり、間違えてはならないという強迫観念。
悪を断ずる敏腕弁護士。それが祖父の天之河完治という人間であり、光輝の憧れ。
彼から聞いた話。悪を許さず弱きを助け、強気を挫き、困っている人には迷わず手を差し伸べ、正しいことを為し、常に公平。
それは光輝に正しく育ってほしい祖父心から来るものなれど、この世は綺麗すぎる訳ではないことを説明する前に他界してしまった。故に光輝の憧れは汚れなき純白の光。
誰かを救う。悪に染まることなく、誘惑に揺らぐことなく、悪を断つ。綺麗だから憧れた。
そうありたいと願い、そうあろうとして、なまじ才能とカリスマがあるばかりに周りはそれを肯定した。
肯定された光輝は自分は理想の祖父の写し身になれていると思い込み、故に自身が穢れていることは祖父を汚すこと。
憧れるばかりで理解しない光輝は無意識にそれを恐れていた。だから正しい自分に従わないすべてを間違いだと断ずる。
──お前、人の笑顔を悪意から守りたいのか? それとも悪を許せないのか?
悪を討てば笑顔が増えるはずだ。悪がいなければ涙など流れないはずだ。
本当に? 檜山が悪でないのなら、じゃあ流れた涙は何だ。
悪だとしても反省しているなら許すべきだ。未来を与えるべきだ。
南雲ソウジの死の原因を作った檜山を教会は殺せと叫んだ。火炙り、鞭打ち、針刺し、引廻し、様々な殺す方法が提案された。
光輝が必死に止め、愛子もせめて命だけはと頼み何とか投獄だけですんだ。愛子に一緒にその事も抗議しようと提案したが断られた。
どうして? 解らない。光輝が掲げる正義とは日本という社会で培われた、大多数が吐く正論。
分かりやすく正義を成すのは大多数から外れた少数を切り捨てる。清濁の〝濁〟を認めぬ子供の理想。
自分と志を共にした檜山は〝濁〟にいるはずがないのだ。『自分に救い』を求めたイシュタル達だって正しいはずだ。ならば、どうして?
間違っているのは、俺なのか?
あの日、檜山達を甚振ったソウジとの決闘に敗北した時に言われた言葉はなんだった?
──自分が理想の世界を創る力があると思い上がっているから、本気で強くなろうとしねえ。だから弱いんだよお前は
光輝にとって天之河光輝とは天之河完治の遺志を継いだ間違えぬ絶対的なヒーロー。世界を正しく導く力を持った男。
だから、そうだ。俺は間違えていない。
反省した檜山ももう大丈夫だと、俺からメルドさんに相談しよう。
結果、それでも無罪放免には出来ず檜山はライセン大峡谷という場で魔物を狩り希少な素材を採取するという受刑作業を命じられた。それも不満ではあるが形を示さなくてはならないのだろうと一先ず納得。
応援してる、戻ってくるのを待ってる、そんな言葉を檜山に投げかけた。
「檜山が監視を殺して逃走した………」
そう告げられたのはそれから3日後。
更に2週間後には、檜山と思われる男が商団を襲ったという目撃証言を聞かされた。
…………………………………どうして?
「は、はぁっ…………クソ、クソクソクソ!」
受刑作業を受けろと連れて行かれた場に蔓延るは恐竜を思わせる魔物の群。当然人と恐竜の強さ比べなど今更語るまでもなく、しかもライセン大峡谷は魔法が使えなくなるという仕様。
人間など一方的に狩られる獲物でしかない。それでも死ななかったのは檜山もまた上位の世界から落ちてきた神の使徒ということだろう。
だが、それも限界に近い。
監視の騎士達を殺し、しかし数の力に恐れをなして結局ライセン大峡谷の奥へ逃げ、そこへ魔物の襲撃。
爪で裂かれ牙で貫かれ、傷だらけの体を引き摺る。
どうして俺がこんな目に?
何故俺が苦しまなくてはならない!
俺が何をした!
「俺は悪くない……俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない!!」
南雲ソウジが死んだのは自業自得だ! 足手纏いを殺してやろうとしたのに邪魔をして! そう、邪魔なんだ! 香織に優しくされる価値なんてないくせに絡まれて人の価値を下げるあの男は死ぬべきだった。いなくなるべきだった! それを断罪してやって何でこんな目に遭わなきゃならないんだ! おかしいだろ。おかしいんだよ! 正しい事をした人間が罰を受けるなんて間違っている! 間違いを犯したのは彼奴等だ! だからこれは正しいことなんだ! あの騎士達は悪人で、犯罪者で、殺されるべくして殺される様な奴等だ。俺が手を下さずともどうせ何時か買った恨みで殺されていた。それを早めただけだ!
理論破綻。責任転嫁。
光輝とはまた違った理由で自分を悪と認めない。
「ゴアアア!!」
「ひ、ひぃ!」
限界だ。
これ以上進んだって抜け出すことは出来ない。だから上に向かう。
岩肌を必死に登る。渡された槍を突き立てながら、爪が剥がれ皮膚が裂かれ肉が千切れる。
しかし下から聞こえる怪物の咆哮が檜山を上へ上へとかり立てる。
「大丈夫、ですか?」
漸く崖を登り終えた檜山はそのまま荒野を彷徨い、倒れた。そんな彼に声をかけたのは美しい少女。男の情欲も、人の悪意も、民の苦労も知らないであろう商家の娘。
ただ善意で差し伸ばされた手を檜山は困惑しながら取る。小さく、儚く、脆い。力を込めれば壊れてしまいそうな…………。
そんな少女が檜山に殺されるのは、それから10日後であった。
感想待ってます