シンボリルドルフとメシのありかた   作:橋本みちか

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コメディベースに挟まれるシリアスパート程くそつまらんもんも無いと思うんですけど、いざ作る側になるとやりたくなるんですよね。なぜでしょう。


ぬか漬けへの回帰《後》

「君がこうして門限外に外に居るのも、なかなか珍しいな」

 

タマモクロスらの部屋へ行き、件の粉物のおこぼれに預かろうとしていた矢先、シンボリルドルフは栗東の庭…というには些か狭い場所で、丸まってプランターの花を構っているエアグルーヴの姿を認めた。

 

「…」

 

僅かの間アタマを上げたエアグルーヴ。数秒、視線が交差した。

彼女の眼はどこか虚ろで、指でポピーの花弁を弄っているが、視線の焦点はそこに合っていなかった。

 

これは何かある。

 

そう考えたシンボリルドルフは、一旦予定を全て白紙にし、エアグルーヴの横に座り込んだ。

 

「どうしたんだ、本当に。君らしくもない」

 

いつもならば、姿を現したその瞬間には直立不動となるエアグルーヴ。それが、こうして肩の触れる距離にまで迫っても、虚ろな視線で花を弄るのをやめない。普段の様子を知るだけあり、シンボリルドルフにとっては明らかに異常であった。

 

投げた言葉は返ってこない。エアグルーヴの指が花に触れる音と、りい、りいとやたらに響く虫の声だけの空間だった。

 

「…会長こそ、こんな時間にどこへ行かれるおつもりですか」

 

しばらくそうしていると、ボソボソと小さい声ではあるが、コミュニケーションは成立した。だからといって、先に感じた乖離が解かれたわけではないが。

 

「あ、ああ。合宿のときの露店騒ぎについて、タマモクロスと話をする必要があってね。門限外だがこの時間しかないと言うので、向かっていたところさ」

 

規範に厳しいエアグルーヴに咎められないよう、それらしい話を《作る》。そこで使われた粉物を食すのだ。嘘は言っていない。

 

しかし、エアグルーヴの瞳は暗く、鈍く、しかし確かにギラリと光った。

 

「会長、本当のことを仰ってください。あなたは、門限外に、寮の敷居を跨ぎ、個人的、タマモクロスさんとオグリキャップさんの部屋を訪ねようとしている。そうですね?」

 

どうも言葉にトゲが含まれているように感じる。もしかしたら夏の海岸でタマモクロスから何か聞いたか、盗み聞きでもしていたのかもしれない。

 

「あの日、露店を出すなんて話はカケラもありませんでした。書面に記されていない以上、生徒会として正に許諾をしたとはいえません。

あなたは、タマモクロスさんと共謀して―願いを聞いて、個人的にコトを許した。それを咎めてくるであろう私には、さも生徒会決定のようなことを告げて黙らせる。

私にはあなたの言うことが全て。あなたはそれをタマモクロスさんと共に利用し、私を謀った。そういうことだったんでしょう?」

 

考えすぎだ、君はいったい―、と言いかけたところで、エアグルーヴに被せられた。

 

「では、生徒会として聴取に赴くというのに、ピンクのTシャツ、青い短パンにサンダルという格好はいかがなものでしょうか。

―それに、タマモクロスさんたちの部屋にはスペシャルウィークとシリウスシンボリさんもいるようです。当然、門限外ですから厳しく詰めなければなりません。あなたも…、私も。

あなたはそれに混ざり、一緒になってあの日の残りを処分するつもりだった。そうでしょう?」

 

とうとう核心を突かれた。ここまで言われては、シンボリルドルフとて言葉だけで切り抜けるのは困難である。

 

そう見て、彼女は「自分だけの秘密の空間」を諦めた。

 

「―そうだな。規則に反していることは重々承知のうえだ。私は生徒会長でありながら―、」

 

「あなたは、どちらですか?」

 

またしても被せてきたエアグルーヴだが、シンボリルドルフには言葉の意味がすぐには理解できなかった。ほんの僅か黙りこくってしまった。

 

「今、私の隣にしゃがみ込んでいるあなたは、《生徒会長》シンボリルドルフなのですか?それとも《ただの》シンボリルドルフなのですか?」

 

「エアグルーヴ、本当に大丈夫か?とりあえず部屋に―、」

 

「《生徒会長シンボリルドルフ》という仮面を着けなければ。大義名分が無ければ。私と本心で会話することすら無いのですか?」

 

これは相当やられている。シンボリルドルフは返答に窮してしまった。

 

「今こうして私を気遣ってくださっているあなたにはその仮面が見えます。本当は一刻も早く私を排除して、タマモクロスさんたちと一緒になりたいのに。…あなたは生徒会長だから。こうして土の上に丸まり花を弄くる、おかしくなった副会長を構わずにはいられないのです」

 

光のない流し目を向けてくるエアグルーヴ。疲労も溜まっているのか、目元にシワすら認められた。

 

エアグルーヴの独白は続く。

 

「私は、あなたにとって最も使いやすい右腕であるつもりです。替えることは可能かもしれませんが、代わりにはなりません。…そういう矜持のもと、今日まで生徒会の副会長をしてきました。―同時に、気のおけないことも腹を割れる、無二の友人でもあった、つもりでした」

 

「ただ今にして思えばとうとう、今日今に至るまであなたは、私の前でその仮面を取ることは無い。本当のあなたは、見張りや警備の目を盗んでまで友人の部屋に遊びに行きたがるような、そんなヒトであるのに、私にそれを咎められるまで遂に、公に晒すことは無かった」

 

半分涙声になりながら、「自分でも何を言っているのかわかりません」と謝るエアグルーヴ。ただ言葉もなく、それを探せもせず、ただシンボリルドルフは呆けて座り込むほか無かった。

 

エアグルーヴの隣で、真剣に考える。

 

仮面。

 

確かにシンボリルドルフは皆のいう《皇帝》であったり《生徒会長》であったり、そのような他から抱かれるイメージ、偶像をまま体現している。それは他ならぬ、進む道を決めた彼女の決意であり努力でもある。

 

高等部の3年生になった頃には、噂話は伝説になり、伝説はやがて神話になった。あることないこと囃し立てられて神格化された《生徒会長・皇帝シンボリルドルフ》はもはや虚像に等しかった。

 

そしてその虚像を実像にしてしまったのは、彼女があまりにも全能すぎたが故である。

 

演じるも極まれば自らの一部となる。もはやシンボリルドルフにとってその虚像は無意識下に取り込まれた自らのいち部分となった。エアグルーヴが《仮面》と断じたそれも、シンボリルドルフには自らのひとつの面、サイコロのイチとサンのような違いでしかなかった。

 

故にシンボリルドルフは、今のエアグルーヴが何を欲しているかまではわからないまでも、与えるべき答えだけは持ち合わせていた。

 

「出会って以来、君は私に本当によくしてくれた。君も言ったように、私の隣そのものの地位に替えは効いても、君の代わりが出来る者は間違いなく居ない。私は君に本当に感謝しているんだ、エアグルーヴ」

 

塞ぎ込み顔を隠していたエアグルーヴの耳だけが、ぴくりと僅か跳ねた。

 

「君は私にとって、他の誰にも代えがたい、同志であり、友人だと思っているよ」

 

エアグルーヴからの返答は無い。ただ、投げられた言葉は地に落ちなかった。

 

くう、とシンボリルドルフの腹が鳴った。

 

「腹が減ったな」

 

握りしめていた手提げかばんに手を突っ込み、手ずから漬けていたキュウリを取り出した。1本、2本。

 

「食べるかい?」

 

うちひとつをエアグルーヴへ。今日長く食べていない彼女は、酸っぱくもあり、どこか食欲を誘う香りに負け、それを手に取った。

 

「私の趣味だ。タマモクロスに教えてもらっていてね」

 

ばりん、と互いに音を立ててキュウリを齧る。鼻からは芳醇な香りと酸味が抜けていき、よどんだ心をいくらかサッパリとさせてくれる。

 

「君は《仮面》と言ったか。これを説明するのはむつかしいな…。

まずは、《生徒会長》として規則正しく、皆の模範となり、皆を導く存在として振る舞う私。そして、《皇帝》としてターフに君臨し、他を圧倒し、または夢を見せる存在として振る舞う私。最後に、今日のように、門限を破ってでも友人に会いに行こうとする《ただのシンボリルドルフ》。

これは―、ときどきにおいて振る舞う《私》は違って見えるかもしれないが、今となっては、もはやいずれも取るも替えるも効かない《私そのもの》なんだ」

 

「だから、たとえば《生徒会長》として君に接していても、決して《友人》として見ていないとか、そういうことではないし、《ただのシンボリルドルフ》としてタマモクロスやオグリキャップらと接していても、《生徒会長》としての分別は忘れない心持ちで―、…門限を破っている事実を前にこの言い訳は苦しいな。

―まあともかく、別け隔ては無い。どれも私の真剣な在り方。そういうことだ」

 

友人の立場でいながら生徒会長のチカラを振りかざしたりしていた事実や、生徒会長の分別を保ちながら門限を破り、部屋でエアグルーヴのいう《火器》を扱うという矛盾を、キュウリを齧る音で誤魔化す。

 

「聞き捨てならない部分がありましたが」

 

幾分元気が出たか、エアグルーヴはその独白に対し冷静に詰めてきた。

 

「忘れてくれ」

 

言って、ふう―――、と大きくため息をつく。なんと脆い弁解だろうか。もっと時間があれば、理路整然とした正論を述べることもできたかもしれない。

 

しかし、脆いがゆえに、エアグルーヴには届いたかもしれないと、そう思えるのだった。

 

「君が私に求めているものは私にはわからない。与えられるものでもないだろう。だが私は、君が思っているよりも俗なウマ娘なんだよ。あえて言うなら―、各々どんなに親しくても踏み込まれたくないところはある。それが君のいう《仮面》なのかもしれないな」

 

みたび、静寂とキュウリの砕ける音が2人を包んだ。ばりん、ぼりんと無言でキュウリを齧ってゆく。キュウリの砕けるごとに、エアグルーヴの抱いていた一方的な気持ちも、整理はつかないまでも、僅かながら瓦解していった。

 

 

 

■□■□■

 

 

 

「ということだったんだ」

 

タマモクロスらの部屋。シンボリルドルフがエアグルーヴとの話をつけ、ようやく訪れる頃には既に《工程》は終了しており、《処理》の段階その真っ只中であった。

 

「エアグルーヴも難儀なやっちゃなあ。アンタ、いつか刺されんよう気いつけとき」

 

タマモクロスが一笑に付す。元気出せや、と隣のウマ娘の背をばしん、と一発。

 

「〜~~!今日だけだ!今日だけだからな!明日以降は貴様ら、覚えておけ!」

 

叩かれたウマ娘は、憎まれ口と共に《産物》を口へ押し込んでいく。よほど腹を空かせていたようで、その手は止まらない。

 

「とうとう副会長サマまで取り込んじまった。生徒会黙認の蛮行だぜ、これは」

 

キッチンに消えていたシリウスシンボリ。招かれた新顔(ただし今日限り)のウマ娘のあまりの食べっぷりに若干引きつつも、《在庫》を皿に持ってやって来た。

 

「まあ、アンタの言いたかったことはわかるが―、ソレをいうには皇帝サマはあまりにも大きくなりすぎた。大変だとは思うが…、相談くらいには乗ってやってもいいぜ」

 

すがら、耳打ちを入れる。ウマ娘の顔はみるみるうちに紅潮した。

 

「ばっ…!き、貴様!先達といえどその解釈は疑問だぞ!」

 

どうだか。

皮肉まじりに、シリウスシンボリも卓に腰を据えた。

 

スペシャルウィークとオグリキャップは食うに夢中。外界のことなど気にもかけない。

 

エアグルーヴの思想とは真逆の世界。どういうわけかそこに身を置くシンボリルドルフ。尊敬し慕う《生徒会長》の像とはあまりにもかけ離れた在り方だが、それは先に彼女の言っていたように《俗》であり、そして暖かくもあった。

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