シンボリルドルフとメシのありかた   作:橋本みちか

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とりからの布陣《前》

9月といえど暑い日は暑い。衰えも陰りも知らぬ日差しは今日も容赦なく芝を焼いていた。

 

週末を返上し目下菊花賞、あるいは秋華賞へ向けトレーニングに励むウマ娘たち。みんな仲間で、同じ椅子を争うライバルでもあるのだ。そういった関係を育むことはとても良いのだと、学園の秋川理事長は言っていた。

 

「ふむ…」

 

ところ変わり学園の外、徒歩15分ほどにある小さな商店街。

 

褐色のハンチングに黒のサングラスはティアドロップ型。緑のポロシャツとこれまた褐色のショートパンツ。

日差しを反射し眩しく輝く白いスニーカーでアスファルトを踏みしめ、シンボリルドルフは本日の昼食を求めていた。

 

特段、どうしてもここ、という理由など無かった。日曜日の、学業も生徒会もトレーニングも何も無い日。彼女にとってそのような日はとても珍しかった。

 

日の昇ると同時に起床したが、チカラいっぱい二度寝をした。元来朝に弱い。今日だからこそ出来る朝日への抵抗。次に目が覚めたときは、グラウンドはウマ娘らで溢れていた。

 

時計も真上を指しつつある。流石に空腹を感じ冷蔵庫や戸棚を漁るも、食材のストックは殆ど無かった。

 

来る日も来る日も、栗東のタマモクロスらの部屋で飯を食う。いつしか自分の食い扶持を持たなくなってしまったのだ。

そして今日はタマモクロス、オグリキャップともに不在。つまりシンボリルドルフの腹を満たしてくれる友人は無い。

 

しばし逡巡して、フジキセキに外出届を出した、ということだ。

 

思うままに商店街を練り歩く。変装は完璧。腐ってもシンボリルドルフだ。そのままの姿を晒せば、たちまち人だかりとなり周囲に迷惑を及ぼす可能性すらある。

それを考慮し、彼女は普段なら絶対に選ばない帽子、メガネ、服装をしてここに現れたのだ。

 

それなりに混雑しているはずなのに、どういうわけかとても歩きやすい。ことウマ娘に至っては、彼女の顔を見るなりすぐに道を空け、最敬礼にて見送る程である。

 

ここに暮らし、あるいは利用する者たちの礼節にシンボリルドルフは感嘆していた。見ず知らずの余所者に対してもあのように敬意を払えるとは。気づけばモーセの如く人混みは割れ、シンボリルドルフは非常に気分を良くしていた。

 

ひとつひとつ店舗を見て回る。これまたどういうわけか、店番からはやたらに緊張した態度での接客を受けた。

 

ひとつひとつ物色してみるが、ピンとくるものは見つからない。さりとて時間だけ頂戴して何も買わずに去るのも気が引け、野菜などを戴き、その利益に微力ながら貢献する。

そうして両腕に袋をいくつもぶら下げ、いよいよ次の店舗が最後。

 

店番は席を外しているようだ。並べられた鮮魚や野菜、総菜などはどことなく、他と違う色艶を感じさせる。

 

特にこの鶏の唐揚げ。とうに冷えており湿気っていてもおかしくないのに、入れ物を手荷物とガサ、と衣の擦れる音。醤油とニンニクの香り。

 

決めた。今日の昼はこれと白米でいい。

 

「ごめんくださーい」

 

間延びした声で店主を探す。…反応がない。

 

「すみませーん!唐揚げが欲しいのですけどー!」

 

………。

 

しばらく待ってから、奥の方でごとごとと物音がした。

 

はいはいはい、という呑気な返事と共に現れたのは鹿毛のウマ娘。両横を縛り、とても大きなツインテールを形成している。

見れば見るほど―、よく知る顔であった。

 

「…もしかして会長さん?なにしてんの?」

 

なぜバレた。変装は完璧なハズ。シンボリルドルフはそのまま固まり、沈黙を貫いた―窮した。

 

ナイスネイチャは目を白黒させている。てとも想像だにしないだろう。

自らの通う学園の生徒会長である。それも内外に影響力のあり、政界を目指すと豪語しても決して冗談に扱われないような、そんな雲上の存在。

 

それがこうして、けったいな服着て、両腕に野菜やら入った袋をいっぱいに下げ、こうして自らの店番(サボっていたが)するところにやって来るのだから。

 

「…よ、よく似ていると言われます」

 

苦し紛れの返答。下を向き、顔を逸らし、それでも唐揚げは確保したいがためにここから離れる訳にもいかない。

 

「―いや、それで隠せてるつもりなのが面白いどころか一周回って奇想天外ですよ。どうしたんですか、こんなところに」

 

「一体何の話ですか?私はただ昼食を探しにこの商店街へ………。商店街―、奇想天外…、―キショウテンガイ…………、くくく………っ」

 

これを聞いてナイスネイチャは確信した。本人の言うよく似た人などではない。ここにいるのはシンボリルドルフそのヒトだ。

 

「無理ですよ、もう。雰囲気隠せてないんですから。みんなビビってたでしょ?あなたはもう少し自分の立場と影響力について考えたほうがよさげですね」

 

みんなビビっていた。慄いていた。

恐れ慄けば道も空ける。

シンボリルドルフの中でひとつ繋がった。

 

「そ、そうなのか…?」

 

抵抗を諦め、帽子と眼鏡を取り、シンボリルドルフは例の連中以外に初めて素の姿を晒した。

 

「そうですよ。あのダンディ・ギギがサングラスにポロシャツで彷徨いててもスグわかるでしょう?そういうことですよ」

 

悔しくも合点のついたシンボリルドルフ。耳を折ってしょげてしまった。

 

「迷惑をかけないようにしてきたつもりだったが…。却って本末転倒だったか…」

 

「いいえ、いいんですよ。私たちも商魂逞しくありますから。ほら、あのおばあさん。《シンボリルドルフ絶賛の春巻き》なんて書いちゃってさ」

 

春巻き。確かにあそこを訪れた際に試食として戴き、「美味しいですね」という会話のもとで10本程購入したものだ。それがさも当人により絶賛されたかのような、そんなピラ紙。

よく見ると彼女の通った店のあちらこちらで、似たようなことをしていた。

 

《トレセン学園生徒会長イチ推しの白菜》

《皇帝激推!おいしいレタス》

 

枚挙にいとまがない。

 

呆れた―というには失礼か。そんなため息をこぼす。

 

「それで?ウチでもなんか買ってってくれるんですか?」

 

そしてこのウマ娘も例外ではないようだ。

 

「あ、ああ。この唐揚げがとても美味しそうに見えてね。是非いくらか戴きたいんだ」

 

ナイスネイチャはニンマリ笑った。

 

「アタシが揚げたんですよ、それ。醤油とニンニクがいい感じでしょ?」

 

なんなら揚げたて、持って行きますか?

 

抗い難い殺し文句だ。

 

「今から作りますからね、狭いですけど、あがってってください。―ばあちゃん!アタシ店空けるからァ!」

 

はいよお、という気の抜けた返事を聞いて、ナイスネイチャは奥へ引っ込んでいく。

 

「ほら、会長さんも!」

 

手ぇだけ出してこちらへ招くナイスネイチャ。品物の敷き詰められた通路を通り、シンボリルドルフも居室へ向かった。

 

12畳ほどの居室。畳は良い方向に年季が入っており、2階への階段は使い込まれて艷やかな光を放っている。

 

その最奥に厨房―台所があり、ナイスネイチャはそこに居た。

 

「アタシ、たまたま今日ここに居るだけで、いつも気まぐれなんです」

 

パン粉と小麦粉、薬味に、そしてなにより鶏肉を手際よく準備するナイスネイチャ。《たまたま》と言う割には妙に慣れた手つき。何が何処にあるか、彼女にはすべてわかっている。

 

それだけに、先の言葉について微笑ましくなってしまい、《自らの変装もこうして暴かれていた》ことを自覚し、シンボリルドルフは羞恥に僅か顔を赤くした。

 

「ここのみんなには、本当に良くしてもらってるから。たぶんアタシは、ここに来なかったらデビューすら出来ずに学園なんて辞めてましたよ」

 

片手でタマゴをパカパカと割り、手際よく混ぜる。シンボリルドルフはそれを不思議そうに見ていた。

 

「ヒトの料理見て楽しいですか?なにも特別なことはしてませんケド?」

 

仮にも皇帝、そんな存在から見つめられれば嫌でも気づく。ナイスネイチャは照れ隠しにぼやいた。

 

「ああ。とても新鮮だ。私の知らない味がどのようにして産まれるのか。非常に興味深いね」

 

思ってもみない回答にナイスネイチャはたいそう驚き目を剥いた。

 

「大層なコト言いますねえ。…でも、意外と俗なのかも」

 

俗、という言葉にシンボリルドルフの耳が反応した。前にエアグルーヴに掛けた言葉でもあった。

 

「俗か。他人にそんな事を言われたのは初めてだよ」

 

「うわっ!それは畏れ多いですねえ!…さて、始めますか」

 

パン!と手を合わせ、ナイスネイチャは料理モード。より興味をそそられたシンボリルドルフは傍らに寄りその様を見届けることにした。

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