シンボリルドルフとメシのありかた   作:橋本みちか

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円環

シンボリルドルフ

《明日、ラストランだな。

皆で応援に向かう》19:17

 

シンボリルドルフ

《期待している》19:17

 

タマちゃん

《ウチらの前で恥ずかしい走りしたら

あかんで!》19:19

 

タマちゃん

《めっちゃ旨い春巻き持ってったるわ》19:24

 

シンボリルドルフ

《それは手作りか?》19:28

 

タマちゃん

《そんなワケあらへんやろ。ウチも

オグリも忙しいんや》19:32

 

オぐリキャッぷ(笠松)

《テレビやお店からの仕事が

たくさんあるんだ》19:36

 

天狼星

《お前はまず名前を直したほうがいい》19:42

 

タマちゃん

《そっくりそのまま、アンタに

お返しするで》19:55

 

既読4 20:22《ありがとうございます》

 

既読4 20:26《頑張ります》

 

 

 

■□■□■

 

 

 

暮れの中山。その夕刻。

当事者たるスペシャルウィークはもちろん、その模様を目撃した観客たちは固唾を呑んで《審判の時》を待っていた。

 

最終直線へ先頭で突入したテイエムオペラオー。それを追い落とすように、前年覇者であるグラスワンダー、そしてスペシャルウィークがぐんぐん伸びていく。

ふたりは競り合いながらテイエムオペラオーを差し切るカタチになり、ほぼ同時にゲートを潜り抜けた。

 

ウマ娘はそのような《極めて難しいタイミング》においても本能的に《どちらだったか》がわかるらしい。そしてその本能は

 

スペシャルウィークの勝ち

 

という解を出していた。

 

ならばとウイニングランをしてファンに応えるスペシャルウィーク。大歓声の中、グラスワンダーも完全にそれを認め、静かに祝福の視線を送っていた。

 

電光掲示板に出されたのは《写真》という文字。それを見てもふたりの間は変わらなかったが、ひとまず芝から降りることになった。

 

それはあまりにも長く、緊張の糸を張り続けているにはとても厳しい時間だった。

 

どれだけそうしていたか。長らく空欄だった掲示板は何の前触れも無く、ふたりの思い描いていたものと全く逆のそれを映し出した。

 

唖然呆然のスペシャルウィークとグラスワンダー。すでに勝利の喜びも敗北の悔しさも通り過ぎてしまった。ただただ気まずい空気がふたりを包む。会場から溢れるどよめきの真ん中で、如何ともし難い気分を共有していた。

 

「あちゃー!及ばんかったか!」

 

「惜しかったな」

 

それを観客席で観ていたタマモクロスとオグリキャップはアタマを掻きむしっていたく悔しがった。タマモクロスに至っては掌で自らのトモに八つ当たりをしている。

 

「写真をよく見ろ。ゴールを通過する直前と直後はスペ公が先だ。地力では完全にスペ公が上なんだよ。だが…、その瞬間だけ、グラスワンダーの鼻が出ていた、ってだけで…」

 

あくまで冷静を装い分析をするシリウスシンボリだが、その拳は血の出るほど強く握られ震えていた。

 

「だが事実が全てだ。スペシャルウィークは敗北し、グラスワンダーが勝者となった。これは揺るがない」

 

シンボリルドルフの絶対の言葉に、シリウスシンボリは舌打ちをする。

 

「けっ。アンタ、URAに行ってからアタマが硬くなっちまったんじゃねえのか?」

 

あの頃と同じようなやりとりが繰り広げられる。全員が微妙に変装をしているのと、漏れ無く正装で観戦をしているのを除けば、数年前に帰ってきたようだった。

 

芝の上ではスペシャルウィークとグラスワンダーが苦笑交じりに抱擁を交わしている。苦楽を共にし、幾度となく芝の上で魂を削りあった同学年のふたり。グラスワンダーもまた、これを以て芝を去るのだ。

 

歴史に残る激闘であったことには違いない。違いないが、当人たちにとってはなんとも言いようのない終幕を迎えた年末であった。

 

 

■□■□■

 

 

 

ウイニングライブを終え、スペシャルウィークは出走者控室へ戻ってきた。微妙に開かれたポシェットの闇の中から、スマートフォンのランプが明滅している。

 

シンボリルドルフ

《すべてが終わったら、裏門で待つ》18:55

 

なんとも無機質なお誘いだった。

 

諸々片付けと着替えを終え、控室を飛び出す。途中で気まずそうな、苦々しげな顔のトレーナーと出会ったが、今日は各々帰りましょうと伝えてすぐに別れた。

 

かつ、かつ、とローファーが通路を叩く音が響く。規則的なその音が、少しずつ、スペシャルウィークに現実を教える。

 

敗けた。

 

勝てなかった。

 

今さら悔しさが込み上げてきて、握りこぶしは音をたてそうな程強く、瞳は涙が溢れる直前。

 

いったいどんな顔であのヒトたちに会えばいいのだろうか。忙しいのにわざわざ応援に来てもらってまで。申し訳なさで自然と足が重くなってしまう。

そうしていよいよ止まってしまいかけたとき、まだ出口までそこそこあるというのに、複数の影を認めた。

 

「遅えよ」

 

4人のスーツ。できればお近づきにはなりたくないオーラを放っているが、よくよく観察すると皆見知った顔だ。いよいよ痺れを切らして向こうからやって来たらしい。心の準備の出来ないままに邂逅を果たしてしまったスペシャルウィークは、その整理よりも口の方が先に出た。

 

「マフィアか何かですか?」

 

「アホ抜かせ」

 

またいらん事を言いそうなスペシャルウィークの口。それに先んじてタマモクロスは春巻きを突き刺し封印を施した。

 

出口まで、他愛のない話に花を咲かせた。

 

サイレンススズカが先に学園を去り、ひとり部屋を謳歌していたこと。シンボリルドルフに憧れて学園へやって来たトウカイテイオーというウマ娘の才能が素晴らしいこと。自販機の内容が変わったこと。

 

3年の空白は、この短い通路で語り尽くすには余りにも大きかった。

 

やがて到着した無機質な自動ドア。透明なガラスを隔てて、過去と現在を隔てている。そのセンサーが彼女らを捉え、開かれたドアの隙間から師走の風が吹き渡った。

わらわらと5人して競技場を出ていく。何の気なしに見上げた空は星の光が敷き詰められていた。

 

「わあ…!」

 

思わず感嘆の声をあげるスペシャルウィーク。夜空のまたたきは、その終焉と新たな門出を祝福しているようだった。

 

「引退おめでとう、スペシャルウィーク」

 

背後から、シンボリルドルフの祝辞。

 

「恥ずかしい走り、してもうたなあ!傑作やったで!」

 

タマモクロスのヤジは恐らくウイニングランのことを指しているのだろう。スペシャルウィークは苦い顔で答える。

 

「一刻も早く忘れたいんです、勘弁してください」

 

「いいや、それだけで当分メシには困らんで!擦るだけ擦らせてもらうわ!」

 

もう…、とスペシャルウィークは肩を落とした。確かに敗北は悔しい。後日泣いたりするかもしれない。だが、今ここにいるときは、それを抱えたままに笑い話へ変えることができた。

 

「祝勝会…とはならなかったが、席を取ってある。久しぶりに、皆でひとつやろう」

 

シンボリルドルフ…もとい、先達4名の総意。スペシャルウィークは、呼び出しを見た時点でそういうことだろうと思っていた。

 

―だからこそ、彼女なりの言い分もある。

 

「嫌です」

 

はあ?という素っ頓狂な声が、4つの口から飛び出した。

 

「私制服ですよ?この時間にそんなとこ行ったら、補導されるに決まってるじゃないですか。《有馬記念2着ウマ娘、伝説たちを従えて夜の店で豪遊》なんて記事が飛ばされるなんてごめんです」

 

で、では後日の日中に改めて―、と狼狽えるシンボリルドルフ。スペシャルウィークはそれすらも蹴った。

 

「いいえ、今日やります。どうしてもやります」

 

その矛盾にシリウスシンボリも黙っていない。

 

「夜の街には出られねえのにどうしても今日やるって?牛丼屋にでも行くのか?有馬記念2着ウマ娘がか?」

 

そうじゃありませんよ、とスペシャルウィークあくまで彼女らの想像を断ずる。

 

「みんなでやることには代わりありませんよ。ただし―、」

 

通路でスペシャルウィークを見たときから皆思っていたが、その身体には―、レースに持って来るにはやや不相応な大きさのエナメルバッグ。ズシリと確かな重みをその肩に預けていた。

 

「はあー、本当に重たかったんですからね、これ」

 

どさ、とそれをアスファルトに降ろし、ファスナーを解く。間もなくスペシャルウィークは、薄いスチロールのベールに包まれた何かを取り出した。

 

「そ、それは―」

 

ベールの向こうには、シンボリルドルフには信じがたい物体が鎮座していた。

 

3年前のあの日。シンボリルドルフが《修羅》へ戻る為に破壊したもの。事が終わり、魂(いのち)から解かれた彼女たちの付き合いはなんだかんだ続いてはいるが、もう失われたものだと思っていた。

 

金継ぎ―というにはやや稚拙さが目立つか、それは確かにあるべきカタチを取り戻していた。

更に言えば、そこから更に使い込まれた痕跡すら認められる。

 

誰も言葉を発することができなかった。過去の記憶の、その最も濃い部分。それが質量をもって出現したのだから仕方がない。

 

「私も今日、魂(いのち)から解かれました。あのときの約束を、覚えていますか?」

 

未だかつてない強い意志と光の籠もったスペシャルウィークの瞳。それにシンボリルドルフは当時の自分自身を見た。

 

「《魂(いのち)から解かれたら、この部屋でまた会おう》か…」

 

過去の記憶を反芻し、シンボリルドルフの瞳からはひと筋の雫が滴った。

 

「行きましょう。今日くらい、いいはずです」

 

「警備も見張りも、寮長も気にする必要はありません」

 

「大丈夫です。だって私は、生徒会長ですから」

 

 

 

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