シンボリルドルフとメシのありかた   作:橋本みちか

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【カニ鍋の宣戦布告】と【円環】の間の出来事です


everlasting catharsis

12月27日。曇り空の下、中山競バ場は酷く冷えていた。冷気に揺れる芝。辿る朝露は光を得ることができない。

 

まだ誰もいない、静寂と冷たさに支配された観客席から、シンボリルドルフは薄暗く揺れるターフを無機質な瞳で見つめていた。

今回も競技運営の補助をしている生徒会。エアグルーヴらの計らいで彼女には暇が与えられていた。

 

皐月賞。

東京優駿。

菊花賞。

有マ記念。

天皇賞春。

ジャパンカップ。

 

明確に残されている記録の限り、G1レースを6つ獲っているウマ娘は彼女だけだ。

幾度の勝利よりも、たった2回の敗北を語りたくなると世間は云うが、やはり求められているのはその神威だ。故にシンボリルドルフは他の誰よりも《そうある為に》勝利を欲していたし、求められていることも重々理解していた。

 

皇帝が最後の玉座として選んだのは暮れの中山、有マ記念。未だ誰も見たことの無い景色の更に上、G1レース7勝という《勲章》へむけて、彼女の心は修羅と化していた。

 

じきに、今日のレースに出走するウマ娘たちが芝へ降りてくる。バ場を診る為に軽く走り込むし、いよいよレースが始まれば芝は踏まれ、抉られ、引き剥がされてしまうだろう。

有マ記念はその最後に挙行される予定である。都度修復がなされるとはいえ、彼女らは荒らされたバ場を覚悟する必要さえあった。

 

だから、全くのサラにある芝を見られるのは今だけだし、現役生活においてはこの時間が最後だ。

 

目を閉じると、様々なことが走馬灯となって、遥か彼方からシンボリルドルフの眼前、そして後方へと流れていく。思い出の中を疾走している錯覚すら抱くほどだ。

 

「何やアンタ、えらい早いな」

 

孤独な瞑想に、軽快な関西弁が割り込んできた。

 

「タマモクロスか」

 

瞑想を解き後方を振り返ると、びっ、と二本指を立てて合図を送るタマモクロスがいた。

 

「どうしたんだ。ウォーミングアップまでまだ2時間くらいはあるだろう」

 

そのまま自然に隣へやってくるタマモクロスにスペースを空けてやりながら、シンボリルドルフは彼女に問うた。

 

「なんだか気ぃが逸ってしもうてな。居ても立ってもおれんくなったんや」

 

タマモクロスの口からは白い息が溢れる。体温がひとつからふたつに増えたところで、この席は冷たいまま変わらなかった。

 

「そうか。私も同じだ」

 

ふ、と笑みを浮かべて、シンボリルドルフは視線をタマモクロスから再び眼下の芝へ移す。雲間が開き、白んでいる空から僅かに光が差す。陽はまだ低いが、朝露たちは確かにその光を受け止めてキラキラとしていた。

 

「この光景も最後やと思うと、なんやえろう綺麗に思えてくるなあ」

 

光る芝を見つめ、タマモクロスの目には深い感慨が浮かんでいる。彼女も同じく今日、芝を去る。その最後のピースを埋めに来ているのだ。

 

「綺麗、か」

 

シンボリルドルフの呟きに自らのそれとは違う意味を感じたのか、タマモクロスは不思議そうな顔をして彼女を眺めた。

 

「芝の上は戦場だ。数多の栄光や憎悪、無念が渦巻き、それでも何事も無かったかのように生えている。数え切れないほどの希望と意志、そして怨念を背負って、あれらは今日も変わらず揺れている。それを美しいだなんて―」

 

「だが」

 

「君の言葉がわかるということは、私もいよいよ終わるんだと思い知るよ」

 

さよか、とタマモクロスはそれだけ答えた。

 

「6番人気とはな。最強の皇帝も、ピークアウトには勝てへんか」

 

ふたりの間に風が走る。タマモクロスは虚空を見つめていた。

 

「私たちは久しぶりの出走だからな。前線で遺憾無くそのチカラを振り翳している者たちの方が、印象としては強いだろう。…それに、君の立ち位置も、ヒトのことを言えたものではないと思うが?」

 

かの皇帝シンボリルドルフが、国内競馬で6番人気。既に全盛の栄華は遠く、長きに渡る調整の果てに立つターフとはいえ、見る者が見れば悲しみさえ覚えるだろう。

それを隣で茶化すタマモクロスも8番人気と振るわなかった。時の流れと、現役の鮮烈さを思い知らされる。

 

シンボリルドルフ。

タマモクロス。

シリウスシンボリ。

オグリキャップ。

 

ここ数年間、世界は彼女たちを中心に回っていた。

3冠ウマ娘であるミスターシービーがターフを去り、失われたかに思われた華。シンボリルドルフがそれを埋め、他の者たちとの死闘の果てに、競バ界は未だかつてない熱狂に燃えた。

 

時を同じくしてこの世界に足を踏み入れた者たち。そしてまた、時を同じくしてこの世界から去る。

 

その穴は果てしなく大きい。だが、それを埋めうる次世代の輝きは、今確かにあり、彼女たちはそれを直接目にしているのだ。

 

「いちどくらいは、スペと走れるもんと、そう思うてたんやけどな」

 

しばらくして、パラパラとウマ娘たちが芝へ降りはじめた。どこか寂しさを孕んだ笑顔でタマモクロスはそれを見つめる。

 

「スペシャルウィークと出会うその前から、私たちの終着点は決まっていただろう。彼女が今日ここに立っていない時点で、その未来は決まっていたんだ」

 

冷たいこと言うのう、とタマモクロスはシンボリルドルフを小突いた。その当人もまた、微妙な表情をしている。

 

「今最も最強に近いエルコンドルパサーは海外へ。私たちはロートル。1番人気はどういうわけかオグリキャップだが、実際には―」

 

「テイエムオペラオーか、グラスワンダー。あるいは紛れでステイゴールドかセイウンスカイ、このあたりやろな」

 

タマモクロスは冷静に展望を予測している。そこに自分たちの名前が挙がることはなかった。

 

「勝てないと思っているのか?」

 

「まさか。最初から敗ける気ぃでゲートに入るウマ娘なんておらへんやろ」

 

そうだな―、とシンボリルドルフは視線を芝のウマ娘たちへ移す。各々勝ちたいレースだろう。入念にストレッチをしていたり、トレーナーに指示を仰ぎながら芝を確認するなどの様子が伺える。

 

「それでも、私たちはここに居る。あそこへ行く気にはなれない」

 

「皇帝もキバ抜かれてもうたか。…ウチも白い稲妻なんて言われとったが、今や豆電球すら灯くか怪しいで」

 

これが去年までなら、彼女たちはいの一番に芝へ降りて調整をしていた。そこには勝利に対する執念、義務感、渇望、証明、そして欲求があった。

しかし、今のふたりの脚はまるで接着されたように観客席から動かない。表向き戦意があるように振る舞ってはいるが、身体と心は、もうとっくに終わっているのだ。

 

「―ここでじいっとしててもしゃあないな。ウチは先に戻るわ。…最後くらいは、じっくり自分と向きおうてから走らんといかんからな」

 

ほな、と手を振ってタマモクロスは去っていった。いくらか小さく見えた背中に、雷神は宿っていなかった。

 

「…やっと行ったか。アイツはお喋りが過ぎる」

 

タマモクロスの姿が完全に無くなったのを見計らって、柱の影からシリウスシンボリが姿を見せた。

どうにも気まずそうにアタマを掻いている。

 

「シリウス…!」

 

けっ、と悪態をつきながらも、シリウスシンボリは何の違和感もなくシンボリルドルフの隣に肘をついた。

 

「皇帝サマが6番人気たあ、大変なことだな」

 

ニヤリと悪い笑みを見せ、煽った。

 

「タマモクロスにも言ったが、君もヒトのことを言えたものではないだろう。7番人気のシリウスシンボリ君」

 

このふたりは小さい頃からの付き合いがある。シンボリルドルフは、彼女にだけは、そういう煽るような言動を―、仮面の奥の素顔を覗かせる。

 

「るせえ。大体なんでオグリキャップが1番人気なんだ。私たちと同じロートルじゃねえか」

 

「彼女の人気は強さだけではない。それは1年を通して共にあった我々ならわかるだろう」

 

再度「けっ」と舌打ちに付し、シリウスシンボリもまた、芝で走るウマ娘たちへ視線を移した。

 

「―君は、あそこへは行かないのかい?」

 

そのまま物憂げな表情で芝を見下ろすシリウスシンボリに自分と似たような雰囲気を覚え、シンボリルドルフは疑問を投げてみた。

シリウスシンボリは答えない。代わりに、その表情が全てを語っていた。

 

「…そうか」

 

少しずつ明るさを取り戻す空。ざああっと、数十分前よりは幾らか浴びれる風が、ふたりを荒く撫ぜていった。

 

「天狼も、とうとうキバを剥けぬか」

 

いつものシリウスシンボリがこれを聴けば、いかりに我を忘れ掴みかかっていただろう。だが、寒空のもと下界の芝を見つめる彼女は、その言葉をゆっくりと噛み締め、そして飲み込んだ。

 

「敗けることに慣れちゃいけねえって、こないだスペ公に言ってはみたものの―、今の私は《敗けてもいいや》なんて思っちまってる。ナメてかかったり、諦めなんかじゃあねえ。こう―、自分含めて全てをひとつ上の視界から見ているような…、当事者であるはずなのにまるで観戦しているかのような、そんな不思議な感覚なんだ」

 

何も言えずに、シンボリルドルフはただ下界を見つめる他無かった。互いの余りに弱々しい姿。それを茶化せないのは、自らもまたそれを晒しているから。

 

理解の果ての沈黙は、どこか心地よく、とてもこの後芝の上で命を燃やす相手同士とは思えなかった。

 

「あのとき私は《魂(いのち)から解かれたらまた逢おう》と言ったが」

 

いくぶんか経ったころ、シンボリルドルフがそれを破った。

 

「もう解かれているのかもしれないな、私たちは」

 

「―違い無えな」

 

力なく笑うシリウスシンボリ。だが、話は別の方向へと走り出した。

 

「違い無えが…、鍋壊すのはやりすぎだと思うぜ。アンタは部屋出てったから知らねえかもしれねえが、あのときのスペ公の狼狽えようといったら無かった」

 

そ、そうなのか?とシンボリルドルフは耳をヘタらせ、回想に走る。《友人》から《戦う顔》になるための儀式のつもりだった。

 

「泣きながら破片集めてよう。アレは可哀想だぜ」

 

「そ、そうか…?あ、謝ったほうがいいのだろうか…」

 

カッコつかねえなあ、とシリウスシンボリはアタマを抱えた。

 

そんな折り、彼女たちの近くでかた、と物音がする。ウマ娘の耳は敏感だ。一瞬でふたりはいつもの顔に戻り、音のした方向へ意識を向け、その正体を探る姿勢をとった。

 

「ここにいたか!探すのに苦労したぞ」

 

音の主はオグリキャップであった。ほっとした、大層嬉しそうな顔でふたりのところまで駆け寄ってくる。犬か何かを見ているようだ。

 

「お、本日の1番人気様じゃねえか」

 

「言わないでくれ。私も信じられていないんだ」

 

オグリキャップは恥ずかしそうに頬を掻いた。

 

「誇っていいぞ、オグリキャップ。シリウスにもさっき言ったが、これは今日までの君の全てだ。胸を張ってくれないと、私たちの立つ瀬が無い」

 

あー、とオグリキャップは気まずそうに笑う。

 

「ふたりは何をしていたんだ?」

 

このままいじられるのは堪えるので、強引に話題を変えた。

 

「皇帝サマは芝へ足が向かないらしいから、去り際の懺悔に付き合っててやってんだ。鍋壊した説教もついでにな」

 

ああ、と合点のいったオグリキャップは、厳しい目でシンボリルドルフを見つめた。

 

「あの日スペシャルウィークは泣いた。それはもう泣いた。《私たちのこれまでが無かったことにされた》とわんわん泣いた。全てが終わったら、誠心誠意謝罪するべきだ、ルドルフ」

 

「それを宥めながら破片を集めた私らにも謝罪して欲しいな、皇帝サマよお」

 

シリウスシンボリの目は今日見たどれよりも強く、オグリキャップの視線からも逃れることはできない。

 

目の前のレースよりも可愛い後輩の泣き顔のほうが気持ちが揺れるのかとシンボリルドルフは内心呆れた。―もっとも、自分自身も同類なのは間違い無い。

 

「…ぜ、善処しよう」

 

耳をたたんでそう宣言するシンボリルドルフに満足したか、シリウスシンボリとオグリキャップは互いに目を合わせて悪い笑みを浮かべた。

 

いつの間にか空はすっかり明るくなり、周りにはちらちらと報道の影が認められた。こうして3人集まっているのも、もしかしたら何かしらのネタとして取り上げられてしまうかもしれない。

 

「ヒトが集まってきたな。私たちも行くとするか」

 

「ああ。最後に相応しい、最高のレースにしよう」

 

「流石1番人気の言うことは違うねエ。―ま、互いに悔いのないようにはしてえな」

 

報道に見つからないよう、3人のウマ娘たちは各々散って、控室へ向かった。

 

 

 

■□■□■

 

 

 

控室へ向かうにはどうしても地下通路を通らねばならない。コンクリート打ちっぱなしの灰色の直線は未明の冷気を閉じ込めたまま、シンボリルドルフの身体を冷やした。

 

誰もいない通路に、スニーカーがコンクリを踏み、ゴムの軋む音が響く。

目的の部屋は一番奥。蛍光灯の灯りすら届くかどうか、というところのそれは、去年訪れたときと変わらず感情のない色彩で出迎えた。

 

彼女が控室の扉に手をかけたとき、暗がりの突き当たりに気配を感じ、シンボリルドルフは耳を立てた。

目を凝らすと、幽かに人影を認められる。高く立ち上がった、先のとがったウマ耳。ボブらしき長さの整えられた髪。

壁に背を預け、スマホの画面を点けては消しての繰り返し。まるでずっとここで誰かを待っているかのような所作。

姿こそ見えぬが、シンボリルドルフにとっては文字通り毎日顔を合わせていた、盟友に近きものであることをすぐに理解した。

 

「やあ、エアグルーヴ」

 

影はピクリと耳を動かし、シンボリルドルフの姿を認めると、暗がりから光の当たる方へやって来た。

 

「お待ちしておりました、会長」

 

 

 

■□■□■

 

 

 

「どうしたんだ、こんなところまで」

 

控室へ立ち入ることを一旦取りやめ、シンボリルドルフとエアグルーヴは通路の壁に横並びになった。

 

「最後の出走を、見届けようと思いまして」

 

覇気無くエアグルーヴは答える。

 

「そうか、ありがとう」

 

それきりエアグルーヴは口を開かない。ただ、何かを言いたげなのは自明であり、それを察したシンボリルドルフはそのまま静かに座り込み、エアグルーヴの心が整うのを待った。

 

 

 

「あれから、私は考えていました。私とあなたが、友人として対等に向き合うには、どうすればよいのかを」

 

噛みしめるようにエアグルーヴは言葉を紡ぐ。ゆっくりと思いの丈を説きはじめた。

 

「あなたはあのとき、《様々な仮面を被っていても、それは全て私の一部》という話をされました。それには納得しています」

 

秋口。シンボリルドルフとの関係に《主従》以上を求め出したエアグルーヴは、既に《そう》なっているタマモクロスらに激しく燃える黒い感情を覚えた。

同時に、《生徒会長と副会長》の枠組みから外れた考えができない自分にさえ激しく嫌悪した。

 

「やはりどこまで考えても、あなたが生徒会長で、私がそれに従ずる副会長であるかぎり、そうはならない―、私がそう出来ないという結論に至りました」

 

「学年も、年齢も、実績も、すべてが私より上にいらっしゃる。序列を本能に刻まれたウマ娘は、対等な立場で接するなどできません」

 

ゆっくりと、しかしハッキリ、少しずつエアグルーヴは話す。その独白を、蛍光灯がチラつきながら見下ろしていた。

 

「これは私のエゴでしかありません。ですが私は、こうすることでしか、今その役割から解き放たれようとするあなたと共にあることが出来ない」

 

細く消え入りそうな彼女の瞳が、少しずつチカラを取り戻していく。目尻の赤いラインが上へしなりだし、エアグルーヴらしい顔つきへと帰っていった。

 

「あなたが解き放たれた瞬間、私とあなたの関係は主従では無くなる。そこにはただのウマ娘と、その後輩がいるだけ」

 

「だから私は、純粋にあなたに憧れ、あなたを追い―、」

 

そこまで言って、エアグルーヴの視線は宙を彷徨った。上へ下へをいくらか繰り返し、いまいちどシンボリルドルフを強く見つめる。

 

「私もひとりのウマ娘として、あ―、あなたをお慕いすることにします」

 

視線を上げたエアグルーヴの瞳に無機質な照明が届き、彼女は光を取り戻した。

 

「タマモクロスさんたちが言っていたのはこういうことだったんだと、やっと、わかりました」

 

ふたりの間にまた、静かな時間。シンボリルドルフは蛍光灯の瞬きを見つめている。相変わらず冷える通路だったが、顔を紅潮させたエアグルーヴはそれどころではなかった。

 

「私は幸せ者だな」

 

瞳を宙へ向け、ぼんやりとしながら、シンボリルドルフは口を開いた。

 

「大層な夢を掲げた。立場、影響力、栄光、勝利。私は夢の為に必要なものをかき集めるのに必死だった。そしてその為なら《シンボリルドルフ》を偽り、演じることも躊躇わなかった」

 

「生徒会長としてのシンボリルドルフ、ターフに皇帝として君臨するシンボリルドルフ。いつしか私にも、いったい今の私がどの私で、本当だった私はどれだったのか、わからなくなってしまった」

 

「だがどうだ。春にタマモクロスたちと会うようになってから、彼女たちは《私》を見てくれた。多少振り回されたが、《皇帝》でも《生徒会長》でもない、《シンボリルドルフ》自身と友人として付き合ってくれた」

 

「彼女たちの前でだけは、私は余計な建前を捨てられた。ひとりの学生として、門限を破り、無断外泊をし、後輩を可愛がる。まるでどこにでもいるただのウマ娘のようだった」

 

「そしてエアグルーヴ。君もそうあろうとしてくれている。私を知ろうとしてくれている。私の中の《私》を見てくれる友人がいる。それが私にとって、この上ない幸せだと知った」

 

「私はね」とシンボリルドルフはひと呼吸置いた。

 

「友人とは、なろうとしてなる、作ろうとして作れるものでもなく、気が付いたらそうなっているものだと思っている」

 

「私と君は、確かに生徒会長と副会長という関係にあったかもしれない。だが、日々を私の隣で過ごし、寄り添い続けてくれた。私にとって君は最初から、何者にも代え難い、無二の友だ」

 

「だからエアグルーヴ。私は《友人になろう》などという無粋は言わない」

 

「《これからもよろしく》、エアグルーヴ」

 

 

 

■□■□■

 

 

 

〘皆様お待たせ致しました!本日のメインレース、有馬記念!遂に出走の時間となりました!〙

 

〘今年の有馬は特別です!歴史にその名を刻み、私たちに夢をくれた4人の英傑!彼女たちは奇しくも同期!そして何の因果か、時を同じくしてターフを去るのです!〙

 

〘シンボリルドルフ、タマモクロス、オグリキャップ、そしてシリウスシンボリ!彼女たちの最後の姿が、今ここにあります!〙

 

〘目に焼き付けましょう!私たちの夢の結末を!〙

 

中山競馬場の、聴き慣れたファンファーレが始まる。観客たちは大いに盛り上がり、恒例の手拍子はまるで質量があるかのように、シンボリルドルフの背を押した。

 

肩は軽かった。何もかもを手放し、ただの《シンボリルドルフ》となった彼女の心は晴れ渡っていた。

 

ゲートの開くまでの僅かな間。先程まで熱く手拍子をしていた観客は固唾を飲んでその様を見守っている。緊張感の最大まで高まるこの瞬間すら、今の彼女にとっては愛おしかった。

 

バシンッ、とゲートが開く。同時に、シンボリルドルフはそのカタルシスを悠久に抱きしめ、魂(いのち)から解かれた。

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