週末を前にした夜。
そんな日は、ちょっぴり夜更かしして遊びたい気分になるものだ。それはウマ娘とて同じで、各寮では消灯時間を過ぎてなお明かりの灯る部屋がちらほら見られる。
「なあ、もっぺん訊いてもええか?」
眼の前の、自らの部屋で今まさに執り行なわれている《奉行》に、タマモクロスは3度目の質問をした。すべて同じ内容である。
「なしてウチらの部屋で、門限外に、生徒会長と後輩?とで鍋囲うてんねん。しかも春に」
何度も同じ答えを返されてきたが、それでも彼女の中でコトの整理はついていなかった。チクワは貰うが。
「いいじゃないか、理由なんて無くても。こうして生徒同士、先輩後輩の交流をするのはとても良いことだ」
シンボリルドルフから返ってくる答えはまた同じ。
「ほんまにな。これが門限外じゃなくて、ウチらの部屋ちゃうくて、謎に鍋囲うとらんかったら、これ以上に素晴らしい言葉は無いわ」
タマモクロスはうんざりして土鍋の中の野菜を拾った。
「なあオグリ、オドレも食ってばかりおらんとなんか思うところは無いんか?」
タマモクロスの隣でもっちゃもっちゃと色々頬張っているオグリキャップ。まるで齧歯類かのように頬を膨らせ、瞳を輝かせている。
「へふひいいんふぁはいは。わはひはほうひへ、おいひいほのおはへへへはあんへおひい」
(別にいいんじゃないか。私はこうしておいしいものを食べれればなんでもいい)
そうかい。お前さんならそう言うと思うとったで。タマモクロスは心底疲れた様子。
「後輩はんはまあ―ルドルフに巻き込まれたんやからしゃあないか。…ほんでシリウスはなんでおんねん!」
美味しいです!しか言わずにひたすら飯を掻き込むスペシャルウィーク。実は、今のこの出来事は彼女に事を発するのだ。
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スペシャルウィークは腹を空かしていた。食堂で周りが引くほど食べに食べ、寮に戻っては同室のサイレンススズカが《吐き気を催す》ほどのニンジンを平らげて、それでもなお、その数時間後には彼女の腹は鳴いていた。
北海道のおかあちゃんからの仕送りはもはや無い。ストックも尽きてしまった。このままでは明日の朝までもちそうにない。
うんうんと数分唸った結果、スペシャルウィークは美浦寮に行くことにした。
目的はシンボリルドルフ。
スペシャルウィークは、あの並走以来シンボリルドルフにいやに懐いた。
トレーニングの相談から私生活のアドバイス、果ては生徒会の面々との交流など、シンボリルドルフを介したメリットというメリットを享受している。
彼女は天真爛漫さはそのままに、本人の知らないところで、他のウマ娘から一目置かれる存在となっていた。
既に門限外であるため、寮の見張りをうまいことすり抜け無ければならない。
ソフトボール大の石ころを5個ほど取り、ちょうど足音になるような間隔で茂みに放り込む。
がさがさ、がさがさがさ!
「む―っ!何事だ!」
音につられた警備員が、ライトを向けて茂みの方へ走り去っていった。
それを見てスペシャルウィークも走りだす。すぐ隣とはいえ、見張りのある中では実際の距離よりかなり遠く感じる。
そうして警備員の目を、寮長ヒシアマゾンの目を盗み、まんまと美浦寮へ侵入したのだ。
深夜の来客にシンボリルドルフは目を丸くした。そしてその理由を聞いて内心呆れた。
腹が減ったなどという理由で生徒会長の、シンボリルドルフ私室をわざわざ訪ねてくるウマ娘など今日このときまであり得ないのだ。自らが同じ立場にあってもそうはしないと断言できる。
例のぬか漬けを渡して帰そうと思ったが、かわいい後輩の頼みである。
どうせなら、満腹に近い状態にしてやりたい。そんなとき、シンボリルドルフにはひとつ心当たりがあったのだ。
タマモクロス。
どういうわけかシンボリルドルフがハマってしまった、ぬか漬けの師である。
スペシャルウィークを連れ立って美浦を出る。途中何人かの警備員やウマ娘らに見られたが、生徒会長のカオでなんとかした。
そうして栗東に戻り、門を潜ろうとしたとき、
「おやあ?皇帝サマじゃねえか。門限外に何してんだァ?」
シリウスシンボリに捕まってしまったのである。
「いただけねえなァ。こんな夜のド真ん中に後輩と逢い引きかア?良いご身分だよなあ全くよォ!」
自分自身も門限を破り外にいることはこの際棚に上げている。
しかしそれはシンボリルドルフも同じ事で、
「シリウスか―。仕方ない。君も一緒に来い」
こうしてシンボリルドルフ、スペシャルウィーク、シリウスシンボリの3名は栗東、タマモクロスの部屋に押しかけることとなった。
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「―で、こうなっとるわけか」
シンボリルドルフが事のあらましを説いている間にも鍋はカラに近い状態となった。
「もうひとつええか?」
それでも納得のいかないタマモクロス。スペシャルウィークの方を見て、慎重に言葉を選んで質問する。
「腹が減って、頼るものがおらんと、生徒会長頼ったんもわかる。そしてその生徒会長がわざわざウチらとこに来たんも1億歩譲って理解したる。―それでもな。スペ公。おどれの部屋、どこや?」
柄にもなく凄んでみせた。それを受けてもケロっとしているスペシャルウィークは、いとも簡単に答えをクチにした。
「え?隣ですけど」
タマモクロスたちの部屋は栗東の102号室。スペシャルウィークとサイレンススズカの部屋は―、
同じ栗東の103号室。
隣も隣、壁を叩けばサイレンススズカが出てくる勢いだ。
は?という声がシリウスシンボリから漏れたのをタマモクロスは聞き逃さない。
「ほれ見てみいやシリウス!おどれももう《アッチ側》に引き込まれとるんや!今からでも遅ない!返ってくるんやシリウス!ウチをひとりにせんといてくれ!」
シリウスシンボリはふたつ、みっつ考えて
「これじゃうどんでシメられねえな。どうするよ皇帝サマ」
アッチ側だったようだ。
「お、オドレら…」
タマモクロスは心の底からうんざりしたため息をつき、暫く卓に突っ伏して動かなかった。その間にも《どうシメるか》の議論は続き、煽られたシンボリルドルフがわざわざ美浦から例のぬか漬けを持ってきてやろうと、そんな流れになった。
「まあ待てや。―ここまで来たらもう乗りかかった船や。降りる権利無かったけどな。ウチが作ったる」
タマモクロスも開き直ることにしたのだ。
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5人前。茶碗に少なめに盛られたコメ。濡れてツヤの見られるその中央には、赤黒い練り物が鎮座し存在感を放っている。
なにより冷たい。
「これはなんだ?タマモクロス」
見たことのない様式の盛り方にシンボリルドルフは疑問を呈した。オグリキャップを除いては、他の面々も同じである。
「まあ待っとれ―。おいスペ公まだや!待て!ええな!待てやで!」
タマモクロスは冷蔵庫から急須を取り出し、卓に戻ってきた。
「ホンマは、氷から出した茶ァのほうがええんやけどな。今回は時間も無いし、しゃーなしや」
各々の茶碗に緑色の液体―、茶が張られる。ヌメリの無い低温の米たちが、重力の行き場を失い、ふわりと浮いた。
「上のやつも崩すんやで。―ほな、戴こか」
ずぞぞ…と、五人五様にそれを啜る。最初に反応したのはシンボリルドルフだ。
「これは…!茶に浸かった米など食えるものかと思っていたが、こんなにも合うとは―!」
普段の仮面も忘れ、カッカッカ、と橋を乱暴に動かして平らげてしまった。
「美味しいです!美味しいです!」
なあスペ公、おどれそれ以外に言うコト無いんか―。
ケチを付けるタマモクロスのカオはどこか優しかった。
「タマモさんよォ、結局これは何なんだ?」
赤黒い塊を指してシリウスシンボリが不気味に詰める。
「それはな―、梅干と鰹出汁、ほんで山葵を一緒くたにして叩いて混ぜたモンや。―試作品やけどな」
「なるほど。アツい鍋に冷たいシメが染みるぜ、ほんと」
そうだろうそうだろう、とひとりこの正体を理解していたオグリキャップは大層得意げであった。
「私のタマは世界一だからな」
「誰がオマエのやねん」
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「おはようございます、会長。今日も絶好調でいらっしゃいますね」
翌日、生徒会長でエアグルーヴと邂逅したシンボリルドルフはすこぶる機嫌が良かった。
スペシャルウィークは隣の部屋に安全に帰宅。自らは情報提供のあった、スペシャルウィークにより生み出された偽りの《不審者》を探すフリをして難を逃れ、まんまと美浦に戻りせしめたのである。
「そういえば、昨日また不審者が現れたようですね」
「ああ。私と、たまたまそこに居たシリウスとで探し回ってみたが、痕跡は見つからなかったよ。見回りを強化しなければならないね」
理事長へ話をつけよう、とシンボリルドルフは生徒会室を出ていった。もっとも、そんな気は無いのだが。
学園の春は今日も平和だった。
参考:けんた食堂