「えーそれでは、夏期休暇へ入るに際し、生徒会から諸注意があります。―では会長、お願いします」
蒼穹。30余度の日差し。この日、学園のグラウンドにはそこに属する全ウマ娘が集められ、人間の学校でいう《終業式》が行われていた。
理事長の講話も終わり、生徒会長シンボリルドルフより夏を過ごすに際するお言葉。これを聞き流せばいよいよ待ちに待った夏休み―、だったのだが。
エアグルーヴのアナウンスを聞き届けた後、壇上に上がったシンボリルドルフ。威風堂々、普段と何ら変わらぬ筈の皇帝を見て、一部のウマ娘はざわつきだした。
シンボリルドルフはそのようなざわつきを認めても、実力や権威をもって制するタイプではない。黙って事を見守り、それらが自ずと理解するのを待つのだ。
この日もこうして、目を閉じ、仁王立ちにてその時を待つ。
全生徒を見渡せる立ち位置、そこにそびえるウマ耳は、とても広い範囲で音を拾った。
「なんか会長さんの肌艶よくなってない?」
「それに、心なしか制服が…」
「も、もしかして太―」
「 休 暇 中 の 諸 注 意 で あ る ! 」
実力で事を制した初の事例だった。
誰のものとも知れぬ陰口が余程琴線に触れたか、シンボリルドルフの喋りはくどくど、くどくど、くどくどくどと次から次へと手を変え品を変え、そして威圧さえ感じる始末である。
「なんやアイツ、機嫌でも悪なったか」
中々終わらぬ話に辟易し、タマモクロスが独り言をこぼした。
「こうして壇上に居るのを見ると、ああ、アイツって生徒会長だったんだなって思うよな」
隣のシリウスシンボリ。いつの間にか《皇帝サマ》という皮肉は抜け落ちてしまったようだ。暑さにやられただけかもしれない。
「かかか、確かになあ。最近はキュウリを両手にクチ動かしとる姿しか見とらんかったし、ウチらもそれに慣れてしもうたからな」
シンボリルドルフのぬか漬けは他の者たちにも高評で、先日とうとう壺を増やし量産体制に入ったらしい。
他の者たち、とはいっても、例の5人と彼女のトレーナーくらいだが。
「うるさいぞ貴様ら!特にタマモクロス!シリウスシンボリ!会長のお話中だろうが!」
そんなやり取りを聴いてしまったか、エアグルーヴが拡声器でキレた。金切り声が普段の10倍増しで集団の耳を襲った。
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「…また、所属チームでトレーニング合宿などを行う際には学園の競技課に申請すること!チームを指導するトレーナーもこれに準拠し監督すること!―以上!では失礼する!」
一礼し、素早く壇から降りるやいなや、シンボリルドルフはツカツカとグラウンドを去ってしまった。
それを絶望の視線で見送るエアグルーヴ。彼女は今日ほど機嫌の悪い君主をいまだかつて知らなかった。慌てふためき、内心すがる思いで秋川理事長に視線を送る。
「お」「わ」「り」
叫べばいいのに、わざわざクチのカタチで合図を送ってくる秋川理事長。それを見てエアグルーヴは再び拡声器を手に取り
「い、以上をもちまして終業式をおわります!いつもと同じようにグラウンドから退場!30分後にホームルームがあるので、各クラスに戻ること!」
きいいいいいいいん、という余韻を残し、学園生徒約2400の総退場が始まった。
「そしてタマモクロス!シリウスシンボリ!この後生徒会室に来い!」
再び聴こえてきた金切り声に、その中の僅かふたりのみが、カオを見合わせ耳を折ることとなった。
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つかつかつかつか………、ぎいいいいい、バタン!
柄にもなくグラウンドから半ば逃げるように、生徒会室へ来てしまった。
はあ、はあ、と息が切れるが、それは疲労によるものではない。
シンボリルドルフは確かに聴いてしまった。あの集団のどこから飛んできたかまでは明らかでない、しかし確かなウマ娘の言葉。
「まさか太った、とか―?」
その後タマモクロスやシリウスシンボリが何かしらゴチャゴチャ言っていたのも確かに聴いていたが、シンボリルドルフにとってそれは些事でしかなかった。
心当たりは確かにある。自身でさえ、これで体重や体形に変化が無いならそれはそれで問題だと認知していた。
しかしそれはあくまで毎日のように眺める自分の肢体だから判るのだと思っていた。
確かにだ。確かにここ数週間にわたり制服のチャックは最後まで上がった試しは無い。だがそれも肉体の成長であり競技ウマ娘としての進歩だとシンボリルドルフは思い込んでいた。
若干、本当に若干二の腕がプルつきつつあるのも分かっている。
ほんの僅かに、スカートの上に肉が乗るようになったのも知っている。
微妙に、本当に微妙に顔のラインを描く弧が広くなったような気がすることだって。
まさか他人から見てもそうだとは露ほども存じず、今さっきそれを陰口として耳が捉えてしまい、シンボリルドルフは羞恥に暮れていた。
両手で顔をふさぎこれからを考える。
体型が変わったことに対して彼女は特に気にはしていない。来春には学園を卒業する身である。故に最終レースと定めた有マ記念は冬なのだ。時間はある。そこに間に合いさえすればいい。
しかし何より彼女を恥辱せしめたるは、それを指摘され、皇帝の仮面にヒビが入ったことだ。
震えていると、扉の向こうからエアグルーヴの怒声と、いくつかの足音が聴こえてきた。
シンボリルドルフは急ぎ会長の椅子に着席し、
さも物憂げに思案していた雰囲気
を作り出す。程なくして生徒会室の扉は開かれ、エアグルーヴたちが入ってきた。
「まったく貴様らは!くどくどくどくどくど!―会長!連れてきました!先ほどの場で要らぬ雑談をしていたタマモクロスとシリウスシンボリです!」
さあ謝罪しろと言わんばかりに、エアグルーヴは両手を腰に当ててふんぞり返った。
「いやあ、さっきも言うたけどウチら、《ルドルフはんも生徒会長やったんやなあ》っていう話をしただけやで。それ以外なーんも言うとらんのよ」
「そうなんだよ副会長サマ。なんで私達だけこんなに理不尽に怒られなきゃならないんだ?」
反省の色の見えないふたり。エアグルーヴの怒りの炎に油が注がれていく。
「うるさい!私はハッキリ聴いたのだぞ!会長が、そ、その―、つまりだな、つまり、そう、太っ…」
「エアグルーヴ」
シンボリルドルフの声が総てを静止させる。その瞳は氷のように冷たく、下僕を呼ぶ声は絶対零度的な瞬間的な作用をもたらした。
「―少し、外して貰えないだろうか」
聴いたエアグルーヴは激しく動揺する。
「し、しかし会長!こいつらの処分はまだ―、」
「出て行けと言ってるんだ。わからないか?」
ひ―っ、という短い悲鳴をあげて、エアグルーヴは生徒会室から飛び出していった。いつもの余裕のある足音とは違い、どたどたという慌ただしい音が少しずつ遠ざかっていった。
それが完全に無くなったのを確認するとシンボリルドルフは窓に視線を移し、何が何やら理解の及んでいないタマモクロスらに背を向ける。
「慮外千万(りょがいせんばん)。だが彼女たちの言うことに間違いは何ひとつ無い」
そうごちて、悲壮に溢れた表情でゆっくりとタマモクロスらに向き直った。
「なあ、タマモクロス。そしてシリウス」
躊躇いがちに、しかし間違いなく、すうっとシンボリルドルフは息を吸い、とうとう爆弾を投下した。
「私は、太ったのか?」
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夜、タマモクロスとオグリキャップの私室。 流石に昼の今でシンボリルドルフはここには居ない。―のをいいことに、同室のオグリキャップ含めて残る3人は《緊急集会》を開き議論を交わしていた。
「おい、どーするんだよタマモクロス。ありゃァ…、ガチだぜ」
「せやかてシリウス、あんな場面で《せやな》なんて言えるか?あの絶望に染まりきったカオ、とても他には見せられんで」
「でもアイツは結局ここに来るだろ?その前提が覆らない以上避けらんねえぜ、これはよ」
「確かに最近のルドルフはなんというか、ガッシリしてきたなと、そういう印象はあったが、まさかそこまで気にしていたとは…」
ひとしきり意見を言い合い、一様にアタマを抱えていると、扉が開いてスペシャルウィークがやってきた。
「今日の晩ごはんは〜♪……あれ、皆さん変な顔して何してるんですか?」
ダンボールに山盛りのニンジン。彼女はこれをどうするつもりか。
「…やっぱり、いろいろ凝りだしたんがマズかったかもしれんなあ」
そのニンジンの山を見て、タマモクロスがため息をついた。
「あァ、おおむね同意できるな。ニンジンばっかり食ってた頃は…そんなでもなかったからな」
「ニンジンなら栄養価の割に熱量は低いからな。…というか、昔の私たちはコレだけで満足していたと思うんだが…」
げに恐ろしきはニンゲンの《美味きを求むサガ》である。
「…あ、もしかして会長さんの話ですか?うーん、確かに、私のトレーナーさんならキレ散らかしてるくらいには変わったと思いますよ!」
無邪気かつ無慈悲なひと言ですべてが破壊されるカタチで、この緊急会議は決された。スペシャルウィーク以外の高等部3年が一様にカオを落とす。
ふと思い立ったタマモクロスはスマートフォンを取り出した。
「…しゃーない。ウチらにも責任が無いとは言えん。いっちょエエもの、考えてやるか!」
「《ら》とは何だ、《ら》とは」