日差しだけで肉が焼けると錯覚してしまうほどの暑さが続く。今日も、黄昏時に涼しい風の待ちぼうけを食らうウマ娘たちが多そうだ。
スペシャルウィークがトレーニングを終えチームルームへ戻ってきた。キンキンに冷えた冷房が、走り続けて疲れ切った細胞を蘇らせてくれる。
いつもの席にトレーナーの姿はなく、アタマを捻ると彼はキッチンに立っていた。料理的な匂いがしないことから、思い立ったばかりと思われる。
「スペシャルウィーク、戻りました!―あれ、トレーナーさん、何してるんですか?」
スペシャルウィークの姿を認めたトレーナーは、苦笑いして、テーブルに置かれた食材を指した。
「見つかったか。おやつにウインナーでも焼こうと思ってね」
テーブルには手頃な大きさのウインナーソーセージが転がっていた。結構な量である。
「トレーナーさん。これ、おやつっていうかお昼ご飯…晩ご飯?そういうのに近いですよね」
図星のようで、彼は視線をそらして恥ずかしそうに頭をかいた。
「面目無い。区切りがつくまで仕事を片付けようとしたらどうにも上手くいかなくてね。昼メシもスルーして今ようやく、というところだ」
へえー、とスペシャルウィークもキッチンに寄る。先日、タマモクロスの手伝いでハンバーグを作ってから、彼女の中で料理ごとに関する関心が少し芽生えている。
そしてスペシャルウィークは違和感に気付いた。肉を焼くだけにしてはフライパンがやや深い。それしか無かったのか、はたまた別の意図があるのか、このときはわからなかった。
するとトレーナーはその深いフライパンにウインナーをアブラもひかずに並べた。隣のスペシャルウィークが何か言いたげなのに気づき、
「まあ、見てな」
ということで、なんとウインナー入りのフライパンに水を入れはじめた。
ええっ?!とスペシャルウィークの耳が驚きに立ち上がった。
「水?!と、トレーナーさん、今水入れましたか?!」
ふふ、と裏のありそうな笑顔を浮かべ、トレーナーはそれらを火にかける。
「なあスペ。ウインナーにもいろいろ食い方があるが、お前はどうするのが好きか?」
ウインナーが半身浸かるかどうかの水。その中で食材を転がして、中身の汁が全体にいきわたるようにする。
「わ、私ですか?うーん、そうですね、やっぱり肉は焼いたほうが美味しいですよね」
だよな!とトレーナーは笑った。そして再び真剣な顔でフライパンを睨む。
「いいかスペ。俺はこのウインナー、一番おいしい焼き上がりはパツパツの皮と弾ける肉汁の両立にあると思っている。そして今からやる焼き方はそれを可能にする」
フライパンの中の水はいよいよ沸騰して小気味よい音をたてはじめた。
ときに傾け、ときに回し、ウインナー全体に水が行き渡るように、フライパンが肉を直接焼かないように気を配る。
「焦っちゃいけない。火を弱めて、絶対にウインナーの皮を破らないように。ゆっくり、肉汁とアブラを中に満たしていくんだ」
数分かけてそれを続け、とうとう水は蒸発しきってしまった。
「これだとただ茹でただけだが、俺のウインナーはここからが違う」
トレーナーはフライパンをもう一度火にかけ、今度こそウインナーを焼きだした。じゅうじゅうという音と肉の香りがスペシャルウィークの鼻腔をくすぐる。
「やっと焼き始めましたね!いい匂いです!」
「そうだろう。ここでもウインナーの皮を破らないようにな。せっかく溢れんばかりの肉汁が全部ムダになっちまう」
見るとコンロの火は決して強いとは言えなかった。
強火で一気に焼き、皮を焦がし、その割れ目が捲れ返るほど焼くのを好むスペシャルウィークにとっては目から鱗だった。
数分転がして、いい感じに焦げ目がついたところ。トレーナーは軽く頷いてフライパンを引き上げ、皿に盛った。
ツヤと焦げ目の両方を持ったウインナー。パチ、パチと焼かれていた名残の音がする。
こんなにパンパンに膨れ、かついい塩梅に焼き込まれたウインナーをスペシャルウィークは見たことがなかった。
塩と胡椒を軽く降って、出来上がりである。
「さあ、食ってみろ。熱いから気をつけてな」
まず箸から伝わる感覚が違う。力を込めれば破れてしまいそうな儚さと、それでも皮の強い弾力を感じずにはいられない。
意を決して口に放り込み噛み締めると、ぶりん、という未知の弾力と共に、さっきからずっと外に溢れたがっていた肉汁たちが逃げ場を見つけ、一気に弾けた。
「と、トレーナーさん…」
震えながらスペシャルウィークが箸を置く。
「私は、これがとても同じウインナーとは思えません。トレーナーさんの焼き方に関係なく、絶対にこういう食感になるような高級なウインナーを使っているに決まっています!」
ヒートアップするスペシャルウィークにトレーナーからデコピンの制裁。額を抑えてうずくまる彼女を他所に、トレーナーは冷蔵庫からあるモノを取り出した。
「ほれ」
何処にでもあるウインナーだった。
スペシャルウィークの言うようなグラム数百円の高級ウインナーでもない、かといって激安かと言うと主婦からは怒られそうな、そういう絶妙なラインのウインナーだった。
「おやつだっつったろうが。そんなに金かけられるもんか」
袋をしげしげと見つめるスペシャルウィーク。いつかタマモクロスから聴いたことを思い出していた。
《ウインナーはJASマークを見るんや。旨いもん食いたいときはせめて上級、多少値が張ってもええなら特級にしときゃ間違いないで》
どうも作り方や《つなぎ》の割合などに関わってくるらしい。
そしてテーブルの包装には「特級」と書かれていた。
「金はかけられんと言ったが、そこまで拘らなくてもある程度の品質は保証されてんだよ」
へえーそうなんですね、と生返事を返しながら、皿の上のウインナーを次々と消化していくスペシャルウィーク。
元々誰が何のために作ったかなんて、肉汁とアブラの彼方。ひっしりなしに肉を口に放り込んでは、幸せそうに咀嚼して飲み込んでいく。
「あー、俺のおやつが…。仕方ない。見つかる方が悪いか」
■□■□■
「そんなに美味しかったのか、その、茹でて焼いたウインナーというのは」
オグリキャップの耳がせわしなくぴこんぴこんと跳ねている。
ウインナー事変の夜。いつものように門限外の栗東。例によって土鍋を囲み談笑するウマ娘ら。スペシャルウィークは興奮気味にその日のことを話していた。
「茹で焼きウインナーやな。確かに旨いんやが、手間もかかるし、時間があるときじゃないとせえへんやり方やな」
そうなんです!とスペシャルウィークの興奮は醒めない。
「グラム数百円の業務用ウインナーであんなに美味しかったんですから!」
卓の上に乗らんばかりに前のめりである。
ふんすと鼻を鳴らす彼女を、流石にシンボリルドルフが窘めにかかった。
「料理にお金の話を持ち込むものではないぞ、スペシャルウィーク。それだけ君のトレーナー君の腕が良かったのだろう。…しかし気になるな、茹で焼きウインナーとやら」
じゃあトレーナーさんに作ってもらいましょう!とスペシャルウィークは笑った。なんとなくウインナーが食べたい雰囲気のまま、その日はそれで解散になった。
週末。
わけもわからずスペシャルウィークに呼び出された彼女のトレーナー。彼女の部屋に入ると思っていたが目的地はその隣。扉を開ければ、トレセン学園の重鎮たち。と笑顔の我が担当。
目を白黒させていると、例のウインナーを作れとのこと。食材は冷蔵庫にたんまり入っていた。
シンボリルドルフもタマモクロスも、シリウスシンボリも。どういうわけか皆一様に《スペシャルウィークの言う通りだ》などという感想と共に肉を飲み込んでいく。
そして焼いたぶんが無くなりかけた頃、遅れてやってきた芦毛の悪魔に、トレーナーの腕は破壊され、冷蔵庫の在庫は空にされた。
傍目にはけったいな彼女らの人間関係。特にスペシャルウィークに矢印が向いていることが何よりおかしい。
後日、本人に問いただしてみても、
《秘密です!》
のひとことで全てを封じられた。