シンボリルドルフとメシのありかた   作:橋本みちか

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たこ焼きの道理《前》

8月中頃。ニンゲンの世間では《盆》というらしい3日間が始まった。この間はおおむね休暇を過ごすことになり、前後に有給休暇などを追加することにより長い連休を過ごすニンゲンもいるらしい。

 

学園もそれに倣い、その3日間は事務も教務もトレーニングも全て止まる。

当番制のセキュリティなどを除き、職員のほとんどが休暇を取得することになっているのだ。もちろん、前後の有給休暇も合わせて。

 

 

 

―だが、ここは何処とも知れぬ南の海辺。

 

見ているだけで汗が出そうな太陽。

 

ジリジリともはや痛みすら感じる強烈な日差し。

 

柔らかくも、踏み締めれば確かなまとまりを感じるきめ細かな砂浜。

 

秋川理事長自ら造りあげた、プライベートビーチと関連施設。与えられた休暇、3日間すら惜しいウマ娘やトレーナーたちがこぞって集まる場所である。

 

今日もウマ娘たちが、砂浜や水中など特異な環境を活かした肉体づくりに励んでいる。無論、トレーナーもそれに付随する業務に邁進しているのだ。

 

 

 

その一角に、まさに海の家です、といわんばかりの建造物。まだ骨組みが成されているだけだが、それを発見したエアグルーヴは大層怒りに震えた。

付近を毎日ランニングで流しているという鹿毛のウマ娘を捕まえて訊いてみるが、《昨日の夕方には建てられていた》以外に知ることは無いそう。彼女は巷でも有名なランニング中毒者。すぐに走り去っていったため、それ以外の情報は貰えなかった。

 

現地にて用具や場所取りを管理する生徒会やスタッフたちにも知らされていないらしい。誰もが首を傾げる中、それはひと晩で真の姿を現した。

 

「エアグルーヴ!大変よ!」

 

早朝6時―にもならない。しかし空は明るく、何故か汗の匂いを漂わせている昨日の鹿毛ウマ娘は、大変焦った様子で宿舎で就寝中のエアグルーヴを叩き起こした。

 

「ぁ…?なんだ、スズカか」

 

さしもの生徒会副会長、鉄と氷の女帝エアグルーヴも、早朝に叩き起こされてすぐにそのモードへ入ることはできない。

予定より1時間早く起こされた少女相応に不機嫌ではあった。

 

「昨日の!あれは、やっぱり海の家だったのよ!」

 

あれ…?

 

思考の回らないエアグルーヴはしばらくの間フリーズ。そして彼女の脳が覚醒していくにつれ、昨日の出来事が思い起こされる。

 

ビーチの一角にできた謎の骨組み。

 

捕まえたサイレンススズカ。

 

そして目の前のサイレンススズカ。この慌てよう。

 

全てを察したエアグルーヴは飛び起きて、着替えもままならずに宿舎を飛び出した。

 

「これは…!」

 

現場。エアグルーヴは目の前の完成した建造物に開いた口が塞がらず、ただぽかんとそれを見ていた。

 

内部には結構な数のたこ焼き器。後部にはしっかり学園から引いてきた電源すらある。無論、冷蔵庫なども元気に動いている。

 

そして前方には

 

ー┃た┃┃こ┃┃焼┃ー

 

という暖簾。誇らしげにはためくそれらの奥で、タマモクロスが仕込みに追われて動き回っていた。

 

「お、なんやアンタ、早いのう。スズカはいつもの通りやけどな?」

 

とてもファンの前では見せられない顔のエアグルーヴとは対照的に、まるで遊園地にでも行くかのようにご機嫌のタマモクロス。

 

「ほんで、何しに来たんや?店は夕方からやで?午前は仕込みやさかいな!」

 

クチも手も早い。恐ろしく慣れた手つきで調味料やらタレやらをそこかしこに配置していく。―この青のりがキモなんや―などと言いながら。

 

「生徒会やスタッフさんたちに許可は取っているの?」

 

至極まっとうな疑問。それがサイレンススズカから投げられた点も、この状況の異常さを物語っている。

 

「モチのロンや。他でもないシンボリルドルフな。昨日と今日、そして明日。設営から撤収まで、一連の許可は得とる。抜かり無いで!」

 

ワナワナとエアグルーヴが震えている。それを見てサイレンススズカは苦笑しているが、エアグルーヴが大―きく息を吸ったのを認めると、サッと頭を逸らし、耳を畳んだ。

 

なにしてんの?とタマモクロスがそれを真似しようとしたとき、

 

「た」

 

 

「わ」

 

 

「け」

 

という世にも恐ろしい怒声がビーチに響いた。

 

何人かのウマ娘は飛び起きたのか、宿舎の電気がいくらか点き、宿直室からは当直のスタッフが慌ててこちらへやって来る始末。

 

いまだにビリビリという衝撃の最中。サイレンススズカは、片耳ずつゆっくりと、もう音のしないことを確認してから耳を戻した。

 

タマモクロスは間に合わず、頭に《きいいいいん》という苦しい余韻をたっぷり味わい、調理台に手をついて喘いでいる。

 

「な、なんやエアグルーヴ…。そ、そんないきなり怒らんといても…」

 

いちど火が着いたら、薪など加えなくても勝手に燃え続けるのがエアグルーヴである。今回は水を掛ける役のナリタブライアンがおらず、非常に不利なやりとりを強いられることになるだろう。

 

「許可だと?!我々生徒会も、場内スタッフの間においても、このような建造物の話はただのいち度もされなかったぞ!

会長無き今―、ここの実質的なトップは私だ!私が知らないなどということは―!」

 

ないのだ!と言い切って、肩ではあ、はあ、と息をつく。

 

会長無き今。

 

とエアグルーヴは言ったが、

件の生徒会長、シンボリルドルフはいつかのタマモクロスの言葉が効いたのか、今回の合宿の運営をオトナ達とエアグルーヴら副会長たちに投げてしまった。

 

自らは目下中等部以来の《夏休み》を満喫しているところだ。タマモクロスやスペシャルウィークといった、いつも鍋を囲んでいる仲間らへ頻繁に送られてくるメールには観光地だか料理だかの写真が大量に添付されている。これがひと月半も続けば、さすがに周りも辟易とせざるを得ない。

 

「せやからな?落ち着けって。シンボリルドルフに許可を取ったのは本当なんや。なんなら今から電話で確認したっていい。ともかく、ウチは正当な手段を踏んで、このたこ焼き屋を建てたんや。安心せい、明日の朝には綺麗サッパリ無(の)うなっとる!」

 

疑うのなら直接訊いてみろと。

 

エアグルーヴは迷わずスマートフォンを取り出してシンボリルドルフの電話番号を呼び出し、発信しかけたところで、その指は止まった。

 

現在時刻6時08分。

 

普段の生徒会長ならまだしも、シンボリルドルフが起きているだろうか。

 

また更に、折角何もかもを忘れて休暇を満喫している朝を、このようなことで邪魔立てしてよいのか。

 

エアグルーヴは逡巡する。

 

「―いいや!」

 

そして電流走る。

 

タマモクロスは読んでいたのだ。こうしてエアグルーヴがシンボリルドルフを慮り、直接連絡をすることを避ける、と。

 

そうすれば《取っていない》許可も《取った》ものとなる。

 

すんでのところでエアグルーヴは見切った。最早ためらいは無い。

 

「残念だったなタマモクロス!私は事を成すためには、悪人にもなるのだ!」

 

いち度は躊躇った赤い発信ボタンに、今度こそ間違いなく触れた。

 

《るるるるる、るるるるる》

 

スピーカーに切り替え、その場の全員が聴けるように(秘密が全体に暴かれるように)エアグルーヴはたこ焼き屋のテーブルへスマホを置いた。

 

程なくしてその主は応答した。

 

《なんだエアグルーヴ、こんな早朝に》

 

聴こえるうえでは平静を装っているが、土鍋の会にてほとんど《素》の彼女を知るタマモクロスならばわかる。

 

シンボリルドルフはこの電話に気分を害している。

 

それはエアグルーヴも同じようだ。第一声を聞いたとたん髪はざわっと膨らみ、耳はびしっと真上を向く有様。下々を見下す凍える瞳は、今やオオカミに怯える子犬のように震えている。

 

「こっ…!お、おはようございます会長!じ、じつは、タマモクロスの昨夜からの動きについて、何かご存知無いかと…!」

 

しばし沈黙。スピーカーからは時折布擦れの音が聴こえてくる。何処かへ移動しているように感じられた。

 

「タマモクロス…?ああ、たこ焼き屋か」

 

ようやっと帰ってきた答え。《たこ焼き屋》と言った時点でタマモクロスの勝ちのようなものだが、エアグルーヴにはそれが見えていなかった。

 

「そうです会長、昨夜からひと晩でタマモクロスがたこ焼き屋を立ち上げ、営業しようとしているのです!」

 

勝った、といわんばかりに耳を絞り、顎を上に向けて意図的にタマモクロスを見下す。エアグルーヴは勝利を確信した。

 

「あれは私が許可を出している。正当な手続きによる申し出があり、こちらも正当に許可を出した」

 

再び氷の目つきに戻っていたエアグルーヴだったが、またしても目を剥くこととなった。

 

は?という素っ頓狂な声とともに、スマートフォンにかじりつく。

 

「許可を?出された?いつですか?」

 

「4日ほど前だ。間違いなくタマモクロスから申し出があり、私が受けた。証人も居るが―、そちらには来ていないな」

 

「しっ、しかし―!私をはじめ、運営のオトナたちもこの件については何も…」

 

いいんだ。とエアグルーヴの懸念をシンボリルドルフはバッサリと切り捨てた。

 

「生徒会長シンボリルドルフが是としたのだ。副会長の君が、何か私に言うことがあるのか?」

 

それきり電話は切れた。

 

「う、ウチの記憶やと、ここまでルドルフを怒らせたんはアンタだけで、しかも2度めやな、エアグルーヴ。諦めて二度寝でもせえや、な?」

 

すまなかった、と蚊の鳴くような声で謝罪し、エアグルーヴはとぼとぼと去っていった。

 

数分後、タマモクロスのスマートフォンが震えた。画面を見てタマモクロスはニヤリと笑う。

 

《やはり掛けてきたな》

 

「助かったでえルドルフ。事前に連絡しといてよかったわあ、ホンマ」

 

《エアグルーヴには悪いことをした》

 

「ウソついとる訳ちゃうやろ。正式に生徒会長から許可は下りとるんやから。こーなることを承知で電話したんやろ」

 

《だといいがね。まあともかく、これで君の望みは叶った。私も夕方そちらに行くことになっているから、そのときは楽しみにしているよ》

 

「ああ、期待しとれ」

 

灼熱の時期といえど、朝の風は爽やかで心地よい。それを全身に浴びながら、タマモクロスは仕込みに邁進した。

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