日も高く昇る午後イチ。これから更に暑くなる予感がする。
この日に合わせて建造されたタマモクロスの海の家は特に、たこ焼き器などの金属が熱せられそれは大変な暑さとなっていた。
宿舎から引いた電源を限界まで使い扇風機など回してみるが、焼け石に水にもならない。
何度冷却を試みても、顔色ひとつ変えずに鉄の板のステージで楽しげに踊る陽炎が妬ましかった。
既に仕込みは終えてある。今加水して生地にしてしまうと腐る恐れがあるため、もう2時間ほど待ってから、本格的に焼き始めることにした。
それだけに、ただ待つだけの時間が辛い。暑い。暑い。暑…。
瞬間、右頬を冷温でぶん殴られた。
「冷めったあ!なんやおのれ!」
反射的に怒りの声を上げて見据えた先には、
ピンク色のアロハシャツ
尻くらいしか隠せていない短さの短パン
けったいなサンダル
それはそれはもう大きな麦わら帽子とサングラス
どう見ても不審者である。―が、その正体を…、隠しきれないその貫禄を、タマモクロスは一瞬で見抜いた。
「なにしとんねん、ルドルフ」
サングラスを外し、やあ、とおくびもなく手を振る皇帝。そのあまりにも浮かれきった姿に、タマモクロスは開いた口がふさがらなかった。
「アンタ、その…ホンマ、何しに来たんや?」
シンボリルドルフはふん、と得意げに鼻を鳴らすと
「エアグルーヴたちが私抜きでここの運営ができているか、見に来たんだ。私はあくまで一般客。普通にバカンスを楽しむつもりでもあるがね」
「アホ抜かせ。ここは秋川理事長のプライベートビーチや。一般客が来る訳あらへんやろうが」
そ、そうなのか?とさっきまでの自信に溢れる姿から一転、腕を垂れて海の家に垂れてしまった。
「せや。やからアンタのそのカッコ、目立ってしゃあないんや。なんとかせえ」
「なんとか、と言われたって、私はこれ以外には寝る用のジャージしか…」
「ほなそのジャージ着て砂浜でも走ってろ。そうしてうまいこと他に紛れればバレへんやろ」
走法と速力ですぐわかるけどな、とタマモクロスは笑う。
「私に走れというのか?」
「おどれはウマ娘の本能が抜けてしもたんか?」
ふたりして遠くの砂浜を見やる。特にシンボリルドルフは遠い目をしていた。
「…ま、そないなこと言うとるウチもここに来た目的はただたこ焼きを焼くだけや。走るための装備は一切あらへん。お互いに―、ヤキが回ったようやの」
ヤキ…か。シンボリルドルフはひとつ頷いた。
「そうだな。目の前でこうしてウマ娘たちがトレーニングをしているというのに、私は休暇のことがアタマから離れないし、君はここから動かない。私たちはもう、前線には立てないのかもしれないな」
「せやからアンタも、卒業までのレースを有マ記念のみに絞ったんやろ。ウチやオグリと同じや。せめて最高の舞台で、有終の美を飾りたいとな」
そうだな…、とふたたびシンボリルドルフは遠い目をして砂浜を見つめる。風がごうっと、彼女の長く艷やかな鹿毛ごと、ふたりの間を流れていった。
「…せやったら、ウチらも目の前のこと、せなあかんな!」
パン、と両頬を叩き、タマモクロスは冷蔵庫から粉という粉を取り出した。
「開店前倒しや!この際アンタも手伝えルドルフ!どうせ何もせえへんと砂浜におる気やったんやろ!」
三角巾を差し出され、思わずシンボリルドルフは吹き出してしまった。
「なんだこれは…。こんなもの、最後に着けたのはこの学園に入る前だぞ…」
「人様にメシ出すからには、衛生からや!髪や汗の入らんようせなあかんからな!わかったら早う着けて生地混ぜるんや!」
シンボリルドルフが粉に加水し生地を作り始めたのを認めると、タマモクロスは柱に掛けてあった拡声器に手を掛けた。
「耳、畳んどってや」
その僅か数秒。ビーチ中にタマモクロスの声が響きわたった。
「 タ マ モ ク ロ ス や ! 今 か ら ウ チ 特 性 の た こ 焼 き を 焼 い て く で ! 数 に 限 り が あ る さ か い 、 早 い モ ン 勝 ち や !」
シンボリルドルフの混ぜ合わせた生地を受け取り、早速たこ焼き器へ流し入れる。待ちわびたようにじゅうじゅうと音を立てるそれは、小麦粉の焼けるいい香りを存分に吐いていた。
それを扇風機で浜辺…、ウマ娘らのほうへ流してやる。
いくら灼熱の中トレーニングをしたといえど、メシ、たこ焼きとくれば食べられるものだ。ものの10分もしないうちに、それなりの待機列が形成された。
■□■□■
「いよっしゃあ!いくでえ!アンタらよう見ときやあ!これが本場のたこ焼き返しや!」
くるくるくるくるくるくるくるくる…っと、たこ焼きたちがタマモクロスの楊枝によって次から次へ返される。待機列に居たナカヤマフェスタが思わず「神業」と漏らさんばかりの勢いであった。
外はカリッと、それでいて中はトロトロホクホク。典型的な関西風たこ焼きである。青海苔と紅生姜の割合には一家言あるらしい。
「ほい、4つな。少ないやろうけど後のモンの為や、すまんな。はい次ィ!」
ひとり4つ。タマモクロスが少しでも多くウマ娘に自分のたこ焼きを食して貰うために考えた数だった。
「たこ焼きはスナックみたいなもんや。それ単体で腹いっぱいになったらあかん」
確固たる信条である。
そうして幾ばくかのウマ娘らを裁いていたとき、待機列の最前にナリタブライアンが現れた。仰々しく生徒会の腕章まで着けている。
「生徒会でーす」
「何が生徒会やアホンダラ!エアグルーヴはこの件知らん言うとったで!もうひとりの副会長のアンタは何しとったんや!」
バツの悪そうにアタマをかくナリタブライアン。口にくわえた枝がもごもごと動いている。
「それについて、衛生基準を満たしているか《査察》をして来いとのエアグルーヴからの仰せだ。つまりはそのたこ焼きをまずは鉄板1枚ぶん…」
と言いかけたところ、ナリタブライアンは見つけてしまった。
タマモクロスの背後で一心不乱に生地を混ぜ合わせている、決して見たことのない浮かれた格好の、毎日のようにカオを見ていた誰かに。
「…い、いや!いい!いい!ひとりぶんでいい!だから頼む、早くしてくれ!」
なんのことかまるでわからないまま、タマモクロスは他のウマ娘と同じように、たこ焼きを4つ舟に乗せて寄越した。
受け取るなり、ナリタブライアンは足早に消えていった。
「なんやアイツ、まるで幽霊でも見たような顔しおって」
ブライアンは苦手なものが多すぎるからな、と後ろでシンボリルドルフが笑った。それを見てタマモクロスは幽霊の正体を察して、両肩をすくみ上げて誤魔化した。
そうして30分もした頃だろうか。恐らくナリタブライアンから聴きつけたであろうエアグルーヴが早脚でやってきた。
「生徒会だ!ナリタブライアンは許したようだが私は甘くないぞ!」
エアグルーヴは威勢良く割り込んできて、建物内の冷蔵庫の中身や材料の保管方法、賞味期限などを逐一ひとつひとつ確認していく。
「なあエアグルーヴ、勘弁してくれへんか!ウチらこの人数をふたりで捌いとんのや、アンタの相手なんてできひんて!」
「好きにしてろ!私は勝手に調べさせてもらう!」
材料をあらかた調べ尽くし、エアグルーヴはとうとう現場に目を向けた。
やはり最初に目につくのは、ピンクのアロハシャツに大きな大きな麦わら帽子、そしてサングラス姿で一心不乱に生地を混ぜ合わせている不審者である。
「む!誰だ貴様!この学園の者か?学籍番号は!」
さしものエアグルーヴといえど、生徒ひとりひとりの学籍番号を覚えているわけではない。しかし、複雑怪奇に組み合わさった学籍番号である。このテンプレートに添えない時点で、目の前の不審者は部外者になるわけだ。
「栗-1980424、か、カツラギエース」
不審者―シンボリルドルフは苦し紛れに、自分ではない誰かのそれを答えた。
「エースさんだと?彼女は今年の合宿人員に登録が無い!つまりここには居ない筈のウマ娘だ!貴様関係者か?!パパラッチでもしようものなら容赦せんぞ!」
顔を見せろ!と言わんばかりに麦わらを剥ぎ取りにかかるエアグルーヴ。ふたりして大きく体勢を崩し、
麦わらは剥ぎ取られ、サングラスはズレ、不審者の素顔が明るみになってしまった。
「はっはっは!このままスタッフルームへ連行してや―?!?」
それを見て激しく動揺するエアグルーヴ。倒れて砂にまみれた我が君を心配する余裕も無い。奪った麦わらを掲げたままフリーズしている。
ゆっくりと立ち上がり、砂を払うシンボリルドルフ。さっきまでの雰囲気とは明らかに違う、《生徒会長》の圧が出ていた。
「エアグルーヴ」
は、はい!
我に返ったエアグルーヴ。謝罪する隙すら与えられず、ただただ直立するのみ。
「私の言うことは、何であったかな?」
「は!会長の白と仰ることは白であり!たとえ他が黒であっても、それらを白くするのが私の仕事であります!」
「そうか。エアグルーヴ。私は昨日君に《タマモクロスのたこ焼き屋は白》だと言ったな。そして、君はここで何をしているのかい?」
激しく狼狽えるエアグルーヴ。慮外も慮外、想定外も想定外。夕方現れるとは聴いていたが、まさかこんなにも早く、こんなにもアホらしい格好でくるとは。
「も、申し訳ありません!―し、しかし会長!そのお召し物では―!」
「これ以上私を怒らせるな、エアグルーヴ」
3度目やなあ、とタマモクロスは苦笑するが、言われたエアグルーヴは震えあがり顔を青くし、そそくさと退散していった。
「なんやあれ。パワハラ一歩手前やぞ、ルドルフ」
「そんなことはないさ。なにせ、相互確認している事実を述べただけだからな」
それから、生徒会長シンボリルドルフが手ずから練った生地のたこ焼きが食えると話題になりウマ娘らは更に殺到。行列はもはや群衆と化し、慌てふためくエアグルーヴや大人たち。
それらを尻目にいそいそと布団で就寝をキメるナリタブライアン。
結局、それらを全て捌くためにタマモクロスとシンボリルドルフは限界まで腕を振るったという。