シンボリルドルフとメシのありかた   作:橋本みちか

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たこ焼きの道理《後》

「えーただいまより、日本ウマ娘トレーニングセンター学園、第二学期の始業式を執り行います。一同ォー、礼!」

 

学園内、大講堂。中等部から高等部のウマ娘2400の生徒が一同に介し、半ば気怠げに整列している。器用に尻尾で顔を扇ぎ、なんとかして涼もうとする者もいた。

 

司会進行、生徒会副会長エアグルーヴ。

しかし彼女の胸中は決して穏やかではなかった。

 

夏期休暇明け、確かに弛んだ服装で登校してくる者もあった。確かに、相応しくない私物を学内に持ち込もうとする者もあった。

だがエアグルーヴの胸中をこうもざわつかせる要因は別にある。

 

敬愛し、崇拝すら厭わない我が君、シンボリルドルフ。エアグルーヴは常に側に付き従い、彼女の右腕として、その付加価値を極むるところにあった。

―どうにも今年に入って以降、その親愛なる主から遠ざけられているような気がしてならない。

 

来春には学園を巣立つシンボリルドルフ。その地位や役目を引き継ぐ目的で自らの存在感を消す、というようなやり方ではない。

もっとこう稚拙な、例えるなら悪戯を隠す子供のような。

 

先のタマモクロスの件も明らかに不自然だった。追及こそしなかったものの、どこをどう調べても、例の露店を出すにあたり生徒会―、シンボリルドルフと話を煮詰めた記録(※)は無い。

 

(※)記録とは書面を指す

 

そういった話など《最初から無かった》ことを前提に考えれば、あのときエアグルーヴが受けた理不尽な仕打も理解できなくもない。

 

シンボリルドルフがタマモクロスを庇う理由があれば、だが。

 

エアグルーヴには、生徒会長シンボリルドルフがそんな茶目っ気のあることをするなどとはおよそ考えもつかないし、タマモクロスとの線もあまり強くは意識していなかった。

 

始業式も進み、理事長による講話がはじまったあたりでエアグルーヴは思いだした。

 

しかし、しかしだ。終業式の日、エアグルーヴ本人が捕まえてきたのがタマモクロスとシリウスシンボリだった。このときはシンボリルドルフから理不尽に生徒会室を追い出されたが、よく考えればそれもタマモクロスがその場にいた。

 

エアグルーヴの中で点でしかなかったものが少しずつ結合し、1本の線になっていく。そしてそれはシンボリルドルフへ向かって伸びているのだ。エアグルーヴは決めた。

 

今日は始業式。昼には放課される。タマモクロスはラストランを有馬記念と定めているから、今の段階で急いだトレーニングをすることはない。どこかへ出かける用事が無い限りは寮の部屋に居るはずだ。

 

 

 

■□■□■

 

 

 

「タマモクロスさん?外出届をもらった覚えは無いけど」

 

始業式が終わりホームルームまでの25分。エアグルーヴは栗東の寮長を仰せつかっているフジキセキを探し出した。先のリスクを排除するためである。

 

「わかった。ちょっとタマモクロスさんに話があってな」

 

ふぅン、と興味なさげのフジキセキに礼を言うと、エアグルーヴは教室へ戻ろうと踵を返した。

 

「あ、そういえば」

 

その背中に語るでもなく、フジキセキは独り言のように喋りだした。

 

「このところタマモクロスの部屋が夜遅くまで電気ついてて、物音までするんだよね。どうしてエアグルーヴが気づいてないのかわかんないけど。―気になるなら行ってみれば?」

 

はて、と思いエアグルーヴが振り返ると、フジキセキの姿は既に無かった。

 

 

 

■□■□■

 

 

 

「さて、この粉らをいつまでも部屋に置いとくわけにもアカンからな。早よ処分せえへんとウチらの寝るスペースがあらへん」

 

夕刻。タマモクロスはスペシャルウィークとシリウスシンボリを部屋に招き入れ、フライパンいっぱいに生地を広げていた。

 

「わざわざたこ焼きにするんは手間もかかるさかい、エセお好み焼きで堪忍してや」

 

生地には揚げ玉や細かく刻んだタコ、ネギに紅生姜などが練り込まれている。要は先日の残りだ。

材料、特に粉を《思ったより多く頼んでしもうた》タマモクロス。

 

生徒会長手ずからのたこ焼きという思わぬ付加価値をもってしても全ては捌ききれず、こうしてオグリキャップも含め4人、その処分をしているところだ。

 

シリウスシンボリがひたすら材料を刻み、

 

スペシャルウィークがそれをひたすら生地と混ぜ合わせ、

 

タマモクロスがそれをひたすら焼く。

 

そしてそれらをオグリキャップがひたすら食う。

 

まるでなんとかスイッチのような美しい連携が、小麦の焼ける香ばしい匂いを内包し繰り広げられていた。

 

「ここは残土処分場かよ…」

 

あまりの果てしなさにシリウスシンボリが呻いた。

 

「最終処分場に異動するか?まず間に合わへんで」

 

冷静な突っ込みも手は止まらない。

 

タマモクロスは関西弁を操るだけあり、たこ焼きやお好み焼きには一家言あった。

しかし今求められるのは「消化」であり「楽しむ」ものではない。

 

作法や味は最低限。ひたすら効率のみが求められるのだ。

 

トントントントン、ぐちゃぐちゃぐちゃ、じうじうじう、もぐもぐもぐもぐ。

 

やがて誰もクチを効くこともなくなり、調理器具の奏でるオノマトペに部屋が支配される。

 

そして陽も落ち暗くなった頃、処分場のキャパが遂に限界を迎えた。

 

「大丈夫ですかオグリさん?!大変です!倒れたまま動きませんよこのヒト!」

 

焼き上がるお好み焼きのようなものを食べる箸が止まり完全に硬直したオグリキャップ。それをスペシャルウィークが押したり引いたりしているがビクともしない。

 

「す、すまな…、わ、し…、食べら…!」

 

硬直したままクチだけで謝罪するオグリキャップ。皿に盛られた残りの焼き物は20枚を越え、それでもなおフライパンの独唱は止まらない。それを認めたオグリキャップは遂に目を回した。

 

「だめだ…。ど、どうしましょう!」

 

意外にもアタマの回ったのはシリウスシンボリだった。

 

「スペは食ってろ!私が生地作って材料を混ぜる!この際多少大きくても文句言うなよ!」

 

はい!という返事とほぼ同時にスペシャルウィークはモノを口に放り込む。オグリキャップほどとはいかぬものの彼女も大食漢(娘)。直系30cmはあろうというそれをもっちゃもっちゃと呑んでいく。最終処分場の稼働は再開した。

 

一方シリウスシンボリ。

負担増の為稼働効率は半分に落ちるものの奮戦。

トントントントン

という包丁のリズムが

だんっ!だんっ!だんっ!

という力強いものに変わり、ひたすら刃を打ちつけられていたまな板は束の間の休息を得る機会を得た。

 

刻んでは混ぜ。刻んでは混ぜ。シリウスシンボリのまわりは騒がしくなり、部屋全体がにわかに騒々しくなった。

 

もうひとりくらい居れば。

 

その場の全員がそう思っていた。

 

スペシャルウィークにとってはもうひとりくらい食べる担当が欲しかったし、

 

シリウスシンボリにとっては切るか混ぜるかを誰かに任せたかったし

 

タマモクロスにとっては諸々の片付けを並行して行ってくれる者が欲しかった。

 

が、それは叶わぬ願い。

誰が言い出したか《土鍋の会》残るメンバーはシンボリルドルフのみ。この日彼女は生徒会の仕事に忙殺され、来るにしても日が落ちて相当経ってから(当然ながら門限外)、ということになっている。

 

この騒動に助けなど、もはや期待できないのだ。

 

しかし、ウマ娘の崇める象徴たる三女神はこの哀れな仔羊たちにお恵みをくださった。

 

かつ、かつ、かつ、という足音がしたと思えば、タマモクロスの部屋の扉の前で止まる。

 

そうして扉が叩かれた。

 

「タマモクロスさん?あの、エ、エアグルーヴですが」

 

ピタリと全員の手が止まる。同時に部屋内の全てが静止した。

 

スペシャルウィークは完全に固まり

 

シリウスシンボリは天を仰ぎ

 

タマモクロスからは冷や汗が溢れる。

 

願った。確かに願った。もうひとり来やしないかと。

 

藁にも縋る思いだった。猫の手も借りたかった。

 

が、そうして聴き入れられた切なる願いは、縋る余地も、借りられる手も持ち合わせてはいない、今もっとも会いたくないウマ娘の来訪というカタチで叶えられた。

 

「ん?開いてるようだな…。―、タマモクロスさん?入りますよ?」

 

そうして地獄への入り口は開いた。扉の向こうからおずおずと此方を見ている閻魔大王。

 

「よ、ようエアグルーヴ、ど、どないしたんや?ウチ今忙しいんやけど…」

 

精一杯平静を装い来客の対応をしてみるタマモクロス。エアグルーヴからの返事は無い。

 

大量の粉。

 

大量の野菜。

 

タコ。

 

じゅうじゅうとがなり続けるフライパン。

 

そしてそれを食うスペシャルウィーク。

 

倒れて動かないオグリキャップ。

 

これらがいつ、何に使われて、結果こうなったのか。察することのできないほどエアグルーヴのアタマは悪くない。

 

内気な少女のような瞳はみるみるうちに瞳孔が絞られていく。眉間には地殻変動により深い深い谷が作られ、表面温度の上昇と地震に伴い運河が作られた。

 

「 貴 様 ら あ ー っ ! 」

 

隣の美浦にまでその怒声は響いたという。

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