「なんて速さだ」
セカンドシフトした福音との戦闘は過酷なものになっていた。砲戦型装備のラウラは自分の役割をこなす為に福音から距離をとろうとするが、恐ろしい威力のレーザーを撃ちながら福音は追いかけてくる。パッケージに備え付けられていたシールドを二枚とも消費しているのだから、食らう訳にはいかない。
「今援護を……」
「――!」
突如福音はラウラに背を向けレーザーの種類を収束から拡散に変えてばら撒いた。それは逃げるラウラを援護しようと追いかけてきた仲間たちに向けられていた。
「きゃあ!?」
「セシリア!」
範囲の広さから援護に入ろうとしていたセシリアは躱しきれずに被弾する。ラウラを狙うと見せかけて周囲の味方を攻撃するところから学習している事がわかる。セシリアの損害を無駄にしないためにラウラは注意が逸れたところを砲撃すべく体勢を整えるが、福音はラウラに背を向けたまま光の翼を広げた。
「まさか!?」
「――!」
福音は頭上にエネルギーを集め、ラウラに背中を向けたまま収束レーザーを放った。暴走しているとはいえ福音はISだ。ハイパーセンサーは視線を向けずとも三百六十度の視界がある。こちらを見ずとも狙いを付けることはできるのだ。
ラウラに収束レーザーが当たる直前。空色の機体が間に入る。
「くぅおんのォォッ!!」
クリストフのアルビートルだ。腹の底から気合いを入れた雄叫びと共に彼はコジマ粒子を操る。それは本来、球状で機体に纏っているハズのPAの
「くらえ!」
「――!?」
ラウラは再度姿勢を正し、福音に向けてレールカノンの砲弾をぶち込む。レーザーを発射した後の硬直があるのか福音は避けることができず頭部を揺らされる。そこへ箒とジョルジュが切り込む。
「せえぇぇい!」
「ォオオ!」
「――!?」
ギリギリでシステムリカバリーが間に合ったようで福音はジョルジュの斬撃を躱した。だが、続く二振りまでは躱せなかったようでエネルギーの翼を一枚斬られた。二人はニノ太刀を浴びせようとするが福音は弾幕をばら撒いて逃げ出す。その後をセシリア、シャルロット、鈴、が追いかける。箒は渦のできた海面に呼びかける。
「クリストフ大丈夫か!?」
「……ぁ……ああ、なんとかな」
「よかった」
ゆっくりと浮上してきたクリストフが片手を上げて答える。その左腕は火花を散らしていたが、庇われたラウラは安堵の息を吐く。
「PAの多重展開で凌いでみたが、かなりヤバいぜあのレーザー。オマケにコジマパンチを無くした」
「かまワん。元から足の遅いオ前は近接戦であて二しテいない」
「ぞんざいだなジョルジュ。まぁいい。フォーメーションを組もう」
四人は福音に追いすがっている三人に合流する。シャルロットが切り出す。
「あの速さと拡散レーザーのせいで近づきようがないよ。それに収束レーザーで不意を突いてくる」
「心配いらないさ。我らがジョルジュ君が先陣を務めてくれる」
「全員オレの武装データは確認したカ?」
ジョルジュは突撃前に全員に確認をとる。彼の今の武装とこれからやろうとしている事はこの場にいる全員に関わることだからだ。各員の反応を見てセシリアが答えた。
「問題ありませんわ。私たちはあなたの突撃に一拍おいて続けばよろしいですわね」
「それでイイ。じゃ、行くゾ」
告げるとジョルジュはOBで福音に突進する。福音はジョルジュ一人に向けてレーザーの弾幕を張ろうとするが、先にジョルジュが手を打った。これまで下を向いていた肩部の051ANAMが正面を向き、鋏のように開くと中から光弾を射出する。
放たれた光弾はフレアだ。主として赤外線誘導型のミサイルをかく乱する目的で使われるが、これまでの戦闘を見ていれば分かるが、福音はミサイルなど積んでいない。ジョルジュは別の意図で試しに使ってみたのだ。
「――!」
福音の挙動に変化が生じた。ごく僅かだが弾幕の範囲を広げたのだ。突然増えた熱源をターゲットと誤認したようで誰もいないところへもレーザーをばら撒く。それは牽制の効果があるが、その分だけ個人へ降りかかる圧力は減る。
被弾を最小限に止められるように薄くなった弾幕を潜り抜けたジョルジュは右手の武器を福音へ向け、紫電を散らせた。その攻撃に福音は反応して避けるが、正面から斬りかかったジョルジュのドラスレを防げなかった。
「ウソ……!?」
「どうやって……?」
これまで隙を突いて何度も斬りかかった鈴と箒は驚愕する。数人がかりで撃って、飛んで、ようやく斬りかかっても避けられるか腕で防いできた福音がたった一人の攻撃に対応できなかったのだから。
その理由は彼がこの戦いの為に変更した武装にあった。
R-ARM
L-ARM
R-BACK 無
L-BACK 無
SHOULDER
SAMSARAはプラズマ弾と共に電波を妨害するECMを周囲に散布する。その効果と時間は専門の武器より劣るが、レーダーを重視するパイロットには効果大だ。
そう。ジョルジュが知りたかったのは福音の妨害機器への効果だ。無人なので人間の眼は無い。ならば周囲の状況をセンサーに頼って把握しているはずだ。普段は便利な電子の目や耳も潰されれば、ただの案山子になり下がることもある。無人機と戦うと聞いてジョルジュは持ち得る武器の中から効果的な物を選んでここに挑んだ。
だが、最初から無人使用を想定していた福音はジョルジュの予想よりもリカバリーが早い。斬れたのは一度だけで二度目は容易く掴まれた。
「突破しましたわ!」
「行くよ!」
ジョルジュの役割はポイントマン。最初の囮だ。後の攻撃は追いついてきた者達がやってくれる。まずはセシリアがスターダスト・シューターの狙撃で組み合っているジョルジュに当てないように福音を攻撃し、シャルロットもそれに乗じて狙撃に加わる。追い立てられた福音の元へは鈴が待ち構えていた。
「待ってたわよ」
不敵に笑う彼女の砲撃はこれまで自分たちを追い立ててきた福音の弾幕への意趣返しだろう。とにかく砲弾を叩き込むその苛烈さに福音は防御の為に腕を交差させ、鈴に突撃する形で脱しようとした。敵の意図を読み取った鈴は福音と激突する寸前でその場を空けた。
当然、福音は抜け出すがその目の前には別の砲弾が迫っていた。ラウラのレールカノン、ブリッツによる遠距離からの砲撃だ。
作戦は順調だ。弾幕さえ掻い潜れれば七機による乱戦ができる。誰かが狙われれば、その人は回避に徹底し、他の面子で福音に持てる火力で攻撃する。これを繰り返せば桁外れなタフさを持つ福音も撃破可能だ。次にラウラが狙われればクリストフがコジマライフルを打ち込む手筈だ。
それまで高みから砲撃しようと構えるラウラだったが、福音は自分にも他の面子にも向かわず飛んだ。
「まずい! 逃げられるぞ!」
想定されていた厄介な事態。福音が自分たちの撃滅を諦めてどこかへ逃走すること。最初の時のような速度で逃げられてはもう誰にも追いつけない。
そんな事態を防ぐために紅い機体が後を追った。
「逃すか!」
箒の紅椿。束博士お手製の機体はトップスピードに乗る前の福音に追いついた。そのまま二刀を振りかざし、逃走を妨害する。福音は両手で雨月と空裂を弾くと収束レーザーを放つが、箒は福音の真下へ潜り込むように回避しそのまま背後に回って斬りつけようとするが、福音は箒に後ろを向けたまま翼からレーザーを放った。
だが、至近距離から弾幕に晒されそうになった箒を庇って鈴が割り込んだ。
「くっ……ああぁ!!」
「鈴!」
シャルロットがショットガンとブレードで福音に飛びつき、注意を引いた。その間に箒は鈴を抱えて離れる。シャルロットのフォローが早かったおかげか大きなダメージは負っていない様子だ。
「鈴! どうして私を……」
「……っ……あの速度でまた逃げられたら、追いつけるのはアンタかセシリアの機体しかないでしょうが、簡単にやられてもらったら負けるのよ」
鈴は悔しげにそう言いながら福音を睨みつける。首を掴まれていたシャルロットの援護にクリストフがコジマライフルで牽制しながら、傍に近寄ってきた。
「その通りだぜ。どうやらこっから速さに優れた機体を守りながら戦わないと、戦い続けることもできなくなりそうだ」
「そういうこと。追い付いたら私達で抑えつけるから、また逃げ出した時は追いかけなさい」
それは追い付くまで一人で戦うという過酷なこと。しかし、箒は自分も皆と戦っている事を噛みしめ頷く。さっそく福音が方向を変えて飛び出したので、箒は紅椿の展開装甲を開き加速する。
遠くからはラウラがレールカノンで砲撃し福音の速度が上がらないように牽制している。セシリアは背後から自分と同じく高速起動しながら手元の大型レーザーライフルを撃って当てている。
頼もしい。箒は仲間たちに対してそう思った。一夏と二人で挑んだ時は姉から与えられた高性能なISの性能に自分は誰よりも強くなったと慢心し、一夏と一緒に戦えるという事に浮かれていた。今から思い出せば酷く恥ずかしい話だ。
そう恥じている。何と愚かしい事をしていたのだろう。今の戦いも自分の咄嗟の機転に応えてくれる優秀な
「ハアァァァッ!!」
「――!?」
追い付いた。空裂の突きを躱されるも雨月の刺突レーザーで追撃する。福音はそれをエネルギーの翼で防ぎ、収束レーザーを返して来る。箒は辛うじて身を捻ることで回避できたが、後ろから追いかけてくる仲間たちにレーザーが届きその到着を遅らせる。
「箒さん! かまわずに挑みなさい!」
セシリアが自分たちを追い越して福音の逃走ルートを遮り素早く振り返って射撃する。セシリアの援護を元に箒は二刀で空を薙ぐが、福音の双腕とエネルギーの翼で捌かれる。それどころか不意打ちのように放たれるレーザーが接近すら困難にさせる。
そこへプラズマライフルの紫電が福音のレーダーに霧を作る。福音はその一瞬の空白に斬撃が来ると先ほどの戦闘から予測をたて腕を身構えた。
「ア゛?」
ドラスレの斬撃を防がれたジョルジュは不快感を露骨に漏らした。
「人形のクセに小賢しイナ!!」
アリーヤの鋭いレッグパーツで膝蹴りを見舞いつつ福音が逃げていた方向にQBで位置を入れ替える。足の補助ブースターも吹かせて威力を持たせた蹴りに福音は軽く仰け反る。追撃のミドルキックはリカバリーした福音に防がれたが、シャルロットが追いついた。
振り切りに失敗した福音はシャルロットの接近に気付くと後ろを向いたまま拡散レーザーで弾幕を張るが、相手が悪かった。
「お生憎様それは何度も見たよ」
この場にいる七機で最も強固な防御力を持つガーデン・カーテンの前には福音の行動は更なる足止めにしかならなかった。
その隙を鈴と箒は左右から攻める。弾幕に耐えるシャルロットを大きく迂回して鈴が双天牙月を振り回して福音の右から、箒が雨月と空裂を上段に構えながら福音の左から、合わせて四刀が福音を襲うが銀色の人形はその場で回転した。広範囲殲滅兵器をフルに使った全方位攻撃に鈴と箒はたまらず回避を優先した。
だが、二人違った。ジョルジュは被弾を物ともせずOBで突っ込んだ。回転することで全範囲への攻撃をするのだから、一度潜れば次のレーザーは一回転して戻ってくるまで来ない。その上その場で回っているのだから動いていない。最も接近しやすいのだからこの機を逃すのは勿体ない。
ドラスレで袈裟切り確実なダメージを与えると、右腕を突きだす。プラズマライフルはアームパーツの武装固定具に設置されているので手は空いている。その手で相撲で言うツッパリを福音の頭部に打ち込み距離を離すと、QBと同時に蹴り飛ばす。その先にはジョルジュと同じく被弾容認で接近してきたクリストフがいた。
「ありがとよ。ジョルジュ」
ネクストとしてのランスタンはPA整波性能が高いくらいしか取柄が無い。軽量機の中でも速度は遅く、APも低い。最初の一撃はエヴァグリーンという外付け兵器による戦果なので、アルビートルとしての活躍はこれまでの戦闘ではない。それ故にAPを削ってまで此処まで来たのだ。単機で活躍できないが、その手助けをしてくれるジョルジュも飛び込むと確信し、その期待に応えられるだけの火力を以てそれに報いる為に危険を犯した。
PAを展開しているコジマ粒子の青緑色の輝きを漂わせながらジョルジュがバックブースターで逃げたのを確認するとクリストフは一つ怒りを思い出す。
「よくも……」
ラウラを庇うために自分から飛びこんだとはいえ、この人形には大きなツケがある。彼にとっては大きな大きな問題だ。これからの人生にも関わる大きな事案だ。
「よくも壊しやがったなァァァ!!」
「――!?」
怒りの絶叫と共に放たれるコジマ粒子の大爆発を福音は機械ゆえにあり得ないだろうが、慌てたように逃げようとしたが呆気なく飲み込まれた。AAはネクストにとっての切り札だが、PAの残量によって威力が変わる。その為にアルビートルのそれは必殺に等しい。
オーメルからの試験パーツだったコジマパンチへの鬱憤を少しは晴らしたクリストフは安全の為に後退する。アルビートルはコジマ粒子が無ければ攻撃も防御もままならないので仕方がない。
大ダメージを受けた福音はまたもや逃げ出そうとエネルギーの翼を開くが、その機体にワイヤーが絡みつく。
「追い掛け回すのも大変なのでな」
「ナイス! ラウラ」
先回りしていたラウラが自機と福音を繋ぐとレールカノンを乱射する。繋がれ元と発射元が同じなのに福音はそれを強引に回避し続ける。それでも加勢に来たシャルロットのサブマシンガンが装甲に当たり火花を散らす。そこへ鈴の砲撃とセシリアの狙撃も加わる。
振り切れないことに業を煮やしたのか、福音はワイヤーに向けて収束レーザーを撃ち拘束を解くと、ラウラに突撃する。すかさず箒が後ろから福音を斬りつけ注意を引きつける。
セシリアとシャルロットの援護射撃の元で箒は福音と近接戦を試みるが、福音は逃げようと乱雑に動く。鈴は遠い位置にいて直ぐに辿り着けない。他のみんなの射撃も牽制にはなるが着弾しない。
「――!?」
「チッ」
ギリギリで斬撃を躱されたジョルジュは舌打ちを一つ打つが右腕を伸ばす。その手で福音の腕を掴むとQTの推力で福音を海に向けて投げる。その程度のことは福音の推力を持ってすれば容易く立て直せるだろうが、ジョルジュはフレアの熱源とプラズマライフルのECMで追い討つ。
突然の状況変化と索敵機能の妨害により福音の戦闘能力は一瞬堕ちた。その一瞬に全員が反応した。雨月とスターダスト・シューターのレーザーが、ブリッツと崩山の砲弾が、ヴェントの弾丸が福音を海に叩き付けた。
「やったの……?」
打ち上げられた海水が作った雨が海に戻る音が響く中でシャルロットが呟く。無防備の背中を集中攻撃したとはいえ、これまでの福音の暴走からここで終わるとは思えなかった。だが、セカンドシフトまでして再起動したのだ。三度目はあり得ないだろうと誰もが願った。
だが、福音は海からゆっくり浮上してきた。あの過酷な機動にまたついて行かなければならないのかと誰もが思った。軍用とはいえ底の見えないエネルギー量に気力が打ちのめされそうになる。
「しっつこいわね。でも対処法がわかっていれば大したことないわよ。みんな!」
「鈴さんの言う通りですわ。こちらは七機ですわ」
「みんなの力を合わせればいけるよ」
「ああ、恐れる事など無い」
「よくもワイヤーを……高くつくぞ」
再三の戦いに備えて各々が鼓舞するが、ジョルジュとクリストフは静かに福音を見つめる。何か嫌な予感がするからだ。福音は海上からフワリと飛ぶと一直線にラウラに向かって飛ぶ。
ラウラは迫りくる銀の拳をプラズマ手刀で防ぐと反対側の刃で斬りつけようとする。福音はそれをもう片方の手で弾くと、翼を用いたサマーサルトキックで返す。顎を打ち抜かれたラウラはその衝撃も利用して後退する。直ぐに箒が間に入ってカバーする。
箒が斬撃を入れようとしたところ、福音は僅かに下がると急加速した。
「なっ!? がはっ!?」
瞬間加速に匹敵する加速と衝撃を受けた箒は素早く体勢を立て直し構えるが、福音は箒を無視してまだ砲撃距離まで後退していないラウラに向かう。箒は福音の行動に狼狽する。これまでは誰かが間に入ればターゲットをその者に変更して戦ってきた福音がここにきてオペレーションを変えてきたのだ。
「くっ!」
ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンは砲戦パッケージをインストールしており、普段より大型なレールカノンは近接戦では邪魔になる。その上、ワイヤーブレードも失っている。普段より近接適性が落ちたラウラは仲間の援護まで耐えられるかわからない。
「よう」
一人、間に合った。OBに加え連続QBで距離を詰めたジョルジュはプラズマライフルのECMとフレアのかく乱で福音からラウラの存在を消す。
「誰か一人を狙うなら、俺が相手してやる」
「――!?」
左腕のドラスレを閃かせて福音の頭部を斬り落とさんと振るう。福音はエネルギーの翼で受け止め、別の翼から拡散レーザーを至近距離で黒い機体に浴びせる。ジョルジュは一度距離を取るべくバックブースターを吹かしたが、福音はジョルジュの右腕を掴みSAMSARAを握りつぶす。
ジョルジュは使い物にならないと断じたSAMSARAをパージすると軽くなった右腕で壊れたSAMSARAを握る福音の手を払った。そしてがら空きになった福音の胴にドラスレを突き立てる。
これまでの戦闘で何度か接近戦をしてきた箒や鈴、シャルロットでもここまでの深手を福音に与えていない。ジョルジュは不気味な変化を肌で感じるが、深く突いたエネルギーの刃を更に押し込まんと腕を押し込む。どんな意図だろうと向こうが壊れてくれるのだから、それに越したことは無い。
「――――!!」
「は?」
だが、この福音の行動は流石に驚いた。両腕を伸ばしたかと思いきや肩に付いている051ANAMを握り潰しに来たのだ。AMSを経由して使用不可になったとわかる。
何をやっている? このままだとドラスレがその体を貫通するぞ? コアの位置はわからないが、この下にあるなら破壊するとお前は止まるのだぞ?
単純な疑問が何度も頭の中を駆け巡るが、ジョルジュは腕を止めない。
早く、早く、早く終わってしまえ。
だから、福音がエネルギーの翼を繭のようにして自らとジョルジュを包んでいくのも無視して刃を押し込む。
「ジョルジュ!? 逃げろ!!」
ラウラが叫んだ時には遅かった。銀と黒の二機を包み込んだ繭はその内側で無数のレーザーを放ち、中にいた機体をズタズタにする。繭が開かれジュスティスは海に落ち大きな飛沫をあげた。
とある基地にて大勢の整備員が慌ただしく働きながら潜水艦を迎える。無事な入港は勿論だが組織の重役が勢ぞろいしているからだ。作業の邪魔にならないところで、ワインを飲んでいたり、リンゴを丸齧りしていたり、日本のお菓子を食べていたり、咳を零したりしながら潜水艦を待っていた。
やがて潜水艦から待ち人が、この組織で最も身分の高い人物が降りてくる。整備員は一通りの作業を終えると規律よく整列する。重役の面々が人で出来た道を通って待ち人を出迎える。
「諸君。出迎えに感謝する」
「待ちわびたぞ団長。あんたがいなければ始められない」
「その通り。ワシらもいつまで生きていられるかわからんのでな」
「そうだぜー! チマチマ潰すよりでっかくドッカーン! と、やっちまった方がわかり易いぜ!」
「声がデカいぞ馬鹿」
「まぁこれまでの潜伏期間では私と彼しか大掃除をしてこなかったからな」
「…………」
「相変わらず無口ですねぇ」
「……恐らく、お前の事を言った訳ではないぞ」
「応……」
九人のリンクスがそれぞれ団長の帰還を喜ぶのを聞き流しながら当人は腹心と並んで歩く。
「それにしても、アメリカ・イスラエル共同開発の無人ISが突如暴走。近くの基地にいたリンクスに迎撃要請が出されるも返り討ち。手負いの無人機はIS学園の専用機持ちが対応……か。やりすぎじゃないか?」
「よく言う。これでも手間がかかったのだぞ」
「すまんな。お前には苦労をかける」
「……まぁいい、これでやっと最初に戻れたんだ。そろそろ時期もある。クローズ・プラン第二段階を始めよう」
「やはり、そんな時期か……」
「ああ、オータムが言っていた。そろそろ奴らも動きだすと」
「わかった。だが、少しだけ猶予をくれ」
「候補者か……」
「ああ、もう少し状況を教えてやらんと潰れてしまうかもしれん」
「確かに。二次選考ではもう何人か脱落している。だが、奴らが動くのに手を拱いては……」
「わかっている。だから奴一人に動いてもらう」
「フン。あの問題児にか……それで本当に猶予になるかわからないじゃないか。まぁいいだろう」
腹心の承諾を得て男は嬉しそうに口元を歪めた。
「ジョルジュ!?」
「待て。狙われているぞ!」
福音の新技を受けて落ちたジョルジュを助けようとシャルロットは海面に飛び込もうとするが、福音は彼女を狙って収束レーザーを撃つ。
「くっ!? うわあああっ!?」
箒の注意を受けてガーデン・カーテンを展開し防ごうとするが、拡散は防げても威力特化なレーザーには破られて彼女も海に落ちた。
二人やられた。全員の動揺が戦場に広がる。次に福音がターゲットにしたのは鈴だ。
「こ、このっ!」
拡散レーザーの弾幕を広げながら近づいてくる福音に鈴も崩山で対抗するが、火力が足りず止まらない。少しでも福音の動きを止めようとラウラはレールカノンをセシリアはスターダスト・シューターを撃つが、福音は止まることなく鈴に近づくとエネルギーの翼を広げ、繭のように包む。光が弾け三機目が落ちる。
「ち、近づけるな。捕まったら終わりだと思え!」
ラウラが叫びながら砲撃を続ける。次に狙われているのは彼女だからだ。ラウラは可能な限りの速度で逃げながら仲間の位置を確認する。ロジックパターンを利用した作戦を思いつき、箒のいる方向に向かって飛ぶ。箒もラウラの意図をくみ取り、合流すべく飛び出す。セシリアはその間も休むことなく狙撃を続ける。
「頼む!」
「応!」
ラウラと箒が交差する瞬間、箒は二振りの刀を振るう。福音がそこまで迫っていたからだ。斬撃は福音の交差した腕を浅く裂いたくらいだが反撃の手ができた。素早く離脱した箒は次のラウラの誘導を待ったが、福音はセシリアに向かって飛ぶ。
「馬鹿な!? セシリア逃げろ!」
「わかっていましてよ!」
パターンの変更に狼狽えつつも、セシリアは銃撃しながら福音の接近を拒む。強襲パッケージをインストールしたブルー・ティアーズは速度なら福音に負けはしない。相手がラウラから福音に変わっただけと箒は備えるが、福音は速度を落とし収束レーザーを放った。
「ああああぁぁっ!?」
「ラウラさん!?」
その先にはラウラがいた。速度が遅いのにシールドも序盤で使い切ってしまった彼女は高威力のレーザーを受けてしまい撃墜される。
「気を付けろセシリア!」
「しまっ……!?」
ラウラの撃墜により気を取られたセシリアの元に福音が向かい。青い機体をその翼の中に囲い光が弾けた。
「おのれぇぇっ!」
箒は福音に突撃し二刀で福音を斬りつけるが、両腕でそれぞれ彼女の腕を掴むとエネルギーの翼を広げる。
箒は拘束を解こうともがくが、簡単には解放されそうにはない。攻撃しようにも腕を掴まれて刀を封じられている。だが、紅椿の武装は刀だけではない。彼女の姉が言っていた。展開装甲は攻撃・防御・機動にも使えると。そして全身に装備されているとも。ならばできないことは無い。
「この程度おおおっ!!」
「――!?」
足の展開装甲をブレードモードにして振り上げる。その一撃で福音の翼を一枚削ぎ落とし、振りほどくことができた。だが、残りの翼は既に箒を包んでいた。
間に合わない。箒が目を瞑った時に、青緑色の光が弾けた。
「50%コジマァァッ!!」
「――!?」
クリストフは箒が斬った物とは別の翼をコジマライフルで吹き飛ばし、その隙間に己の体を押し込む。そして中にいた少女の腕を掴むとQT。先ほどジョルジュが福音に対してやったことを真逆な事をした。
ジョルジュは敵を
「クリストフ……!?」
「後は、頼んだぜ……」
翼が足りないため不完全に閉じた繭の隙間から光が漏れる。繭が開かれた時には箒に代わって全方位からのレーザーを受けたアルビートルが零れた。
遂に一人になった。全員でかかってもここまで追いつめられているのに単機でどれだけの事ができよう。箒は自問するが下らないと吐き捨てて、両手の刀を見下ろす。武器はある。機体は動く。気力は疲れてはいるが、尽きてはいない。
「戦かえる……」
戦って勝って、みんなで帰る。出発前にそうみんなで誓った。終わったら一夏に会いに行こうと。みんなは強い。あの程度の攻撃で斃れるはずがない。だから、それまで自分だけでも。
「戦ってみせる。たとえ私一人でも……」
そこに一人分の声が割り込んだ。
「一人じゃないぜ」
背後から聞こえた声。箒は振り返る。そこには白色の機体を身に纏った。会いたい人物だった。
水底を離るることぞ嬉しけれ。