一夏はいつもの様に訓練しているのだが、教官を務める箒、鈴、セシリアの指導は――。
「だからこう、ガイーン! ズバ! といった感じでだな」
「なんとなくわかるでしょ、はぁ? なんでわからないのよ!」
「いいですか、ターンの際は足を三十度に開き、腕は二十五度から四十度開くのが一番……」
「全然わからん!」
箒は擬音だらけの根性。鈴は感覚に頼った直感。セシリアは頭脳を使う理論。どれもこれも初心者に教えるのには向かない方法だ。
「一夏、射撃の訓練見てあげようか?」
「ん……ああ、頼む」
一夏は三人の教鞭から逃げる為に、シャルルの射撃講座を受けた。だが、考えなしに受けたことにより大事なことを忘れていた。
「アレ? 俺の白式に射撃武器は無いぞ」
先程、シャルルと模擬戦をしてボロ負けしたから、相手もそれをわかっているはずなのに何故射撃練習に誘ったのだろう?
「一夏が模擬戦に勝てないのは単純に射撃武器の特性を理解していないからだよ」
「?」
シャルルの講義は分かり易かった。例え自分が装備できなくとも、相手は射撃武器で攻撃してくる。飛んでくる弾を避けたり防いだりするのにも、その特性を理解していなければどうにもならない。シャルルは自身のアサルトライフル[ヴェント]を一夏へ渡す。
「まず、口で話すより先に、実際に撃ってみよう」
「他の人の武器って使えないんじゃないか?」
「持ち主が
「へ~、じゃあちょっと借りるぜ」
一夏は空中投影された的に向かってアサルトライフルを構える。その構え方を見てシャルルは後ろから補助する。
「えっと、左手はこうで、もっと脇を絞めると良いよ」
「うんっと、これでいいか?」
「うん、じゃあ行ってみようか」
「ねぇ、あの二人くっつきすぎじゃない?」
射撃の補助をしているのだから仕方がないのだが、鈴はぼやく。隣のセシリアはそれに同意している。
第一射は的の中心から外れる。第二射、第三射も同じような着弾。全ての的を撃ち終えて一夏は感嘆の声をあげる。
「どうだった?」
「なんていうか……速いって感じだ」
一夏が銃器の特性を体感したことから、シャルルは説明していく。
「そうだよ。もしISと銃弾が同じ速度で発射されたとしたら、銃弾の方が小さくて空気抵抗が少ないからISより速く飛ぶんだよ。一夏がいくら早く動いても躱せない理由はこういうところにあるね」
「う~ん。お前の説明分かり易いな」
一夏の素直な感想に後ろの三人は不満の声をあげる。シャルルの説明はとにかく体験させてから、相手の感じたことを説明する。自ら感じたことだから一夏も興味がある部分であり、その後の原因考察も頭に入り易いのだ。
「ジョルジュはどうなの? 教え方」
「アイツの教え方も上手かったけど、あんまり教えてくれなくなったな」
「どうして?」
「アイツが言うには、『基本になりそうな動きはいくつか教えた。後はそのパターンをどれだけ複雑にできるかだ』って、それ以降教えてもらおうとしたら、詰将棋をしろとさ」
「ああ、だから部屋に将棋盤があるんだ」
シャルルが転校してきてから、二人は同室になった。一夏の部屋には元々、箒がいたのだが、部屋替えされた。だが、この部屋替えによって学園の考えが読める。ISの男性操縦者を保護しようとしているのだ。何から? 企業連の送ったテスト転校生からだ。当の一夏はそんな事を露と知らずに生活している。
「でも、どうして詰将棋を薦めるんだろう?」
「理由は教えてくれたぜ」
一夏の専用IS白式は高い機動力と現行ISトップクラスの攻撃力[零落白夜]が特徴だ。欠点は[零落白夜]が自身のシールドエネルギーを消費して稼働する事。そして動きがまだ覚束ない一夏が他の専用機持ちに対抗するための手段、瞬間加速にもシールドエネルギーを消費するという二つ目の浪費点が一夏の強くなるための課題だ。
動き方を変えたり、パーツの調整で消費を抑えることはできるが、どの道、短期決戦なのは変わらない。そこで詰将棋によって「どう動けば確実に仕留められるか」という、戦闘の組み立てを鍛えるのだ。
「成程、よく考えられているね。……そのジョルジュはどうしたの? 今日は特訓に来てないね」
「なんか千冬姉に呼ばれていたな」
「織斑先生に?」
「ねぇアレって……」
「ウソ!? ドイツの第三世代ISじゃない?」
「まだ、本国でトライアル段階だって話じゃ……」
ジョルジュの事も気なるところだが、一緒にアリーナを使っている生徒の声が気になった。ピットを見上げると先日シャルルと同時に転校してきたラウラが黒いISに乗って周囲を見下ろしていた。一夏の姿を隻眼に映すとオープンチャンネルで呼びかけてきた。
「織斑一夏」
「なんだよ?」
「貴様も専用機持ちのようだな?……ならば話が早い。私と戦え」
「嫌だ。今じゃなくてもいいだろ? もうすぐ学年別トーナメントなんだから、その時で」
憎悪に濡れた瞳で一夏を見つめるラウラ。その理由に一夏は心当たりがある。自分の姉に向ける態度から強い敬意と憧れを感じる。それに関する事だ。だから一夏も彼女が望む戦いに応じるつもりはある。だが、ケジメをつけるなら公式の場で堂々としたい。勝つにしろ負けるにしろ一夏はその方がいいと考えている。
「……ならば」
「えっ!?」
ラウラは一夏の返答に対して、レールカノンを放つ。戦いを拒否するなら、無理やり戦うまで、と考えたのだろう、しかしその攻撃はシャルルが物理シールドを展開して防ぐ。
「いきなり攻撃を仕掛けてくるなんて、ドイツの人は随分沸点が低いんだね」
「フランスの第二世代型ごときで私の前に立ちふさがるとはな」
「未だに量産化の目途が立ってないドイツの第三世代型より動けるだろうからね」
そうやって挑発の応酬と共に二人は互いに銃口を向け合いながら牽制する。ラウラが動こうとした時、
〈そこの生徒、何をやっている!〉
険悪な雰囲気を察してか、学園の教員が制止を掛ける。戦いに熱くなるのはよくあることだが、最初から憎悪を持ってやり合ってはならないからだ。
「……フン、今日の所は引いてやろう」
ラウラも教員の静止を無視しない程度には冷静であった。ISを解除し踵を返した。
「どういうことだ一夏っ」
「あの方との間に何がありましたのっ?」
箒とセシリアが訪ねてくるが、一夏は口を閉ざしたままだった。
ラウラはアリーナから出た後、学園の廊下を歩いていた。元いた基地に比べると程度が低い訓練環境、何もかもが見劣って見える。学園の教員は流石にそこそこできそうだが、敬愛する教官と比べると子供だましだ。
ドイツの代表候補生にして第三世代型IS[シュヴァルツェア・レーゲン]のテストパイロットになり、そのテストをするためとはいえIS学園に来たことはラウラ自身嫌だった。だが、ある目的のための一つのチャンスと考える事にしていた。
「ん? ……教官ッ」
廊下を曲がると今しがた考えていた教官――織斑千冬――を見つける。彼女は扉を開けて部屋に入ろうとしていたので声をかけようとしたが、扉の陰に隠れて見えにくかったが隣に生徒を連れていた。声をかける間もなく扉が閉められてしまった。
「なっ……!? これは……ッ」
いったい何の部屋かと気になり扉に近づき部屋の名前を見る。漢字で書かれていたが、読むことができたラウラは驚愕した。
「そんな……、いや、しかしッ」
あまりの驚きに口を押えて、後ずさりする。居ても立っても居られなくなり、ラウラはその場から逃げるように去った。
「先生……こんなところに呼び出して……何のつもりです……?」
「わかっている事だろう? わざわざ言わせるな」
ジョルジュは織斑先生と二人きりで部屋にいる。机を挟んで椅子が二つ。周囲には棚があり、いくつかのファイルが入っている。それだけが特徴の部屋だ。
連れてこられるなり、「椅子に座れ」と言われ、面談だろうと思い指示に従ったが、織斑先生は立ったままだ。
「出せ」
「……何をですか?」
主語が無い。だが、織斑先生はジョルジュの体の一点を見つめている。
「あの……あんまり見ないでください」
「別に構わんだろう? それとも見せられないような粗末なモノなのか?」
「いえ、品質としては上等ですよ」
一歩、二歩、織斑先生がジョルジュに近づく。
「ならば見せてみるがいい。私の眼鏡にかなうモノなのか……」
織斑先生の有無を言わせぬ圧力に心臓の鼓動が早くなり、体温が上昇するが、それを感じられないくらい、ジョルジュは緊張していた。
「具体的に言わなければ応えてくれないのか?」
「それは……」
織斑先生がジョルジュの顔を覗き込むように屈む。スーツに隠された豊かな胸が僅かに自己主張する。その上にある顔は、鋭い目つき、そして口角を釣り上げた狼のような笑み。
お前は食われる羊だと言わんばかりの、獲物を狙う笑み。
「それが……欲しい。欲しいんだよ」
「だ、駄目です!」
ぐっと近づいた美しい顔から離れようと、腰を浮かせるが、肩を掴まれて押しとどめられる。椅子がギィと音を鳴らし、その響きが改めて二人きりだという事を認識させる。
「どうして駄目なんだ?」
「その……立場が……」
ジョルジュは冷や汗をかきながら、答える。絶対に守らなければならない。まだ未成年だが、そのくらいの常識を弁えている。昨今の若者はこういうモノを
堅いかもしれないが、ごく当たり前のことだと本人は思っている。
「気にするなこの事は外部の誰にも言わん」
「そ、それでも……ッ!?」
肩を抑えられていた手が下りて膝を抑えられ、驚きで声を詰まらせる。織斑先生のような
「こういう事は初めてか?」
「い、いいえ……」
ジョルジュの言葉に織斑先生は「……ほう」と感嘆した。
「それなのに私では駄目だというのか?」
「誰でもいいと言う訳ではありませんので……」
尚も誤魔化そうとするジョルジュの態度に織斑先生も焦れた。
「いいからベルトを外せ、何だ? 私が外してやろうか?」
「ま、待ってください!」
ジョルジュの静止も聞かず、織斑先生は強引に目の前の少年の股間に手を伸ばし、スラックスを縛る戒めを解いた。
「凄いな」
「あぁ……」
「これが……これが、大勢の女達に黄色い声をあげさせたモノか」
織斑先生は歓喜に満ちた声を一室に響かせる。今まで見たことが無い。黒くて、硬く、それでいて繊細な――。
「証拠の品はあがった。学園に暗器など持ち込みおって、馬鹿者が」
「痛ッ!」
織斑先生はGA製の仕込みワイヤーを片手にジョルジュを殴る。先日、ジョルジュが窓を伝って移動したという報告を受けた織斑先生は証拠を押さえるべく尋問していたのだ。
「織斑先生、『大勢の女子に黄色い声』って、ちょっと違いますよ。あれは悲鳴……アダッ!?」
「馬鹿者が、悲鳴を上げさせるようなマネをするな」
それは彼女たちが追って来たからだという事を、シャルルが報告してたはずなのに……「それくらい撒いて来い」って厳しい事を言う。
「何故、コレを私に出し渋った?」
織斑先生はワイヤーを軽く上げて訪ねる。
「それ、GA社の試作品なんですよ。アスピナの奴らは
「成程、企業の試作品を没収されるわけにはいかんな。それは良くわかったが、ならば何故お前はコレを使った?」
「あの状況で使えば、死ぬ確率が低……アデ!?」
「死ぬかもしれん脱出方法を実行するな」
「でも……ソレ使えば……フッ、!? グアアア!」
織斑先生のチョップを一度避けたが、もう片方の横殴りのチョップを躱せなかった。
「初めてでは無いと言っていたが、アスピナでもやらかしていたのか?」
「まぁ、殆どが冤罪です。あそこの教師は約一名、行き遅れがいたので……」
脳裏に小柄な女教官の笑顔が浮かぶ。ハリを一人にしてきてしまったが、大丈夫だろうか?
「……私も行き遅れだと言いたいのか?」
「滅相もありません! ところでベルト返してください」
「駄目だ。こういうモノは没収だ。だが事情が事情だ。後でGA社に送っておく」
それは、それで面倒だ。後で経緯を知らせる為のレポートを書かねば。
「それはいいんですけど、ここ出るときのベルトは? ちょっとゆるいので降りてきちゃうんですけど」
「そうしたら女子達のいい的だな」
「勘弁してください! 公序良俗を推奨するのですか!?」
このまま外に出れば変態扱いされる。(初日で「感性がズレた」という意味で既になっている)それだけでなく最悪捕まって部屋まで連れて行かれ、ヤバい事をされるかもしれない。
織斑先生は邪悪な笑みを浮かべて満足すると、代わりのベルトを差し出す。
「市販の安物だが、くれてやる。二度とこんな物を使うなよ」
「はい。ありがとうございます」
受け取ったベルトをスラックスに通していると、一枚の紙が机の上に置かれる。
「反省文ですか?」
「まぁ……似たような物だ。ローエンの奇行を止める手段を列挙してほしい」
「二種類ですよ。四肢の骨を折るか、トーラス製の食品を食わせるんです」
「教師が骨折に至るほどの暴力は振れんし、授業中に飲食などもっての外だ。というよりそれが問題だ」
クリストフは二十四時間中、二十時間はコジマ(トーラスに関する事)に染まる生態をしている。時々、大好物のソルディキャンディーを咥えないと、本人曰く「禁断症状になっちまうぜ」らしい。
「ところで、あのキャンディーには何が含まれている? 麻薬の類いか?」
「内容物は普通の飴です。着色料でめっちゃ緑にしていますけど。トーラスの食品で個人的に意味不明なのは、殺菌消毒方法です。なんか『百二十度のコジマに浸けた』とか、『マイナス百度のコジマで二秒』とか……あ、いえ、殺菌消毒はできるらしいんですよ。ただ、表記が商品名の
「……」
クリストフが信教するトーラスのやることが、大多数の消費者に理解されないのは今に始まったことではないが、極少数の商品は他企業を抜きんでる性能を誇る。正直それだけを開発してほしいのだが、たぶん無理だろう。
「……あまり参考にならなかったが、まぁいい、三組の担任には頑張って貰うとしよう」
「そうですね頑張って貰いましょう」
「では、せめてもの罰だ。この紙いっぱいに此処に書いてある漢字を書け」
「……はい。終わったら帰っていいですか?」
「表も裏も全て、使い切ったらな」
会話ができないことは無いが、ジョルジュは漢字の読み書きができない。平仮名、カタカナは知っているので、読み仮名が付いていれば読める。
織斑先生は漢字ドリルと追加の紙を適当に置いて出て行った。なにもさせないで帰らせては教師としての威厳に関わるであろうから、ジョルジュは大人しく漢字の書き取りを始めた。
夕暮れの帰り道、一夏はラウラの目を思い出していた。憎悪と、殺意させ浮かんでいた。恐らく、ISの世界大会、第二回モンドグロッソの決勝戦に起きた事件を恨んでいるのだろう。
当時、姉の応援に会場に来ていた一夏は謎の組織に誘拐された。目的は不明。だが、その時に一夏を助けたのは決勝戦を放り出してきた千冬だった。その結果優勝候補にして二連覇を予想されていた千冬は不戦敗。事件は世間に報道されなかったが、千冬が連覇を逃したことは大きな話題となった。
その時にドイツ軍は独自の情報網から一夏の居場所を特定し事件の解決に貢献した。その借りを返す為に千冬は現役を引退した後、一年間ドイツ軍でISの教官をしていた。ラウラはその時の教え子だろう。敬愛する教官の経歴に泥を塗った一夏の事を恨めしく思うのはわかる。何故なら一夏自身があの時の無力さを悔やんでいるのだから。
「何故ですか、何故こんな所でッ!」
「私はここの教師だからだが?」
学園内の噴水付きの池の前で、ラウラと千冬がいた。寮に帰るには傍にある橋を渡らなければならないが、このまま出て行くのは気まずいので、木の陰に隠れることにした。
「あんな者達に教官が教える必要があるのでしょうか!? ISをファッションの様に扱い。くだらない男達の前ではしゃいでいるような者達に、貴方が時間を割くなど……ッ!」
軍人として兵器としてISを扱ってきたラウラにとって、この学園の女子はそのように見えるようだ。実力で選ばれるモノだが、代表候補生は雑誌に載ったりするなど、アイドル的な面もあるので、セシリアや鈴ですらそう捉えているのだろう。
「どうか我ドイツで、もう一度ご指導を……」
「そこまでにしておけよ小娘」
「っ」
千冬の声が少し低いトーンになった。
「少し見ない間に偉くなったな。確か少佐だったか? 十五歳でもう選ばれた人間気取りとは恐れ入る」
「わ、私は……」
「寮に戻れ、私は忙しい」
押さえつけるような威圧で、ラウラの主張を一蹴する。その背中は自分の役割に口を挟むなと言いたげだ。ラウラは目を伏せて恐る恐るだが、どうしても聞きたいことを問うた。
「で、では……あの首輪付きは選ばれた人間なのですか……?」
「?」
「あ、あの銀髪の男です! あの男は選ばれた……教官が認める者なのですか!?」
銀髪の男はジョルジュしかいない。(ジェラルドとクリストフは金髪)どうしてここでアイツの名前が挙がる?
「サンソンは……そうだな。感性がややズレていて、時々可笑しなことをするが、基本的に優秀だな。それがどうした?」
「あの男のどこがいいのですか!? 教官がそのように……楽しそうに人物評価をするのは、あまりにも……」
「なんだ、気になるのか? 銀髪で、なんだかんだで面倒見のいいアイツとは似合いかもしれんな」
「そのようなことはっ!」
「フン、これ以上からかわれたくなければ、寮に戻れ」
ラウラはこれ以上、ドイツへ戻ってもらうための説得ができないと、判断し、その場を去る。ラウラの後姿を見送った後、千冬は背後の木へ語り掛ける。
「そこの男子生徒、女の会話を盗み聞きする異常性癖は感心しないな」
「そりゃないだろ、千冬n」
「学園では織斑先生と呼ばんか、馬鹿者」
「……はい」
バレていた様だが、その言い方は心外だ。
「くだらんことをするくらいなら、教科書を読み返していろ。月末のトーナメントもあるが、基本知識が未だに他の生徒に追いついていないのだからな」
「わかってるよ」
「ならいい」
「なぁ、待ってくれ」
千冬は仕事に戻ろうと、一夏に背を向けるが、呼び止める。
「千冬姉は二度目の優勝逃したこと、どう思ってる?」
今まで会う機会が少なかったのもあるが、あの事件が自分のせいである事から、怖くて聞けなかった。だが、ラウラのこともあって聞いておきたいと思い。心を震わせながら思い切って聞いた。
「……終わったことだ。お前が気にすることは無い。ではな……」
対する返答は姉弟だから予想できたモノ。それでも予想と千冬本人から聞かされるのでは大きな違いがある。千冬の背を見つめながら一夏は一つのケジメとした。
「ふ~、やっと終わった」
ジョルジュは漢字の書き取りを終え、疲れた手首を軽く回しながら部屋から出て来た。紙の枚数を数えてみたが五十三枚あった。適当に置いて行くにしても限度があると思うが、おかげでペンを持つ手が黒く汚れた。
「ん?」
「貴様……ッ」
扉を開けたところ丁度前を走り抜けるところだったラウラとばっちり目が合う。驚かせてしまっただろうか、すごい睨まれる。
「ああ、悪い……」
「己惚れるなよ。教官が気にかけて下さっても、私は認めないからな!」
いったい何を言っているのだろう? 言うだけ言って銀髪の少女は走っていった。話が読めない。このラウラ・ボーデヴィッヒは織斑一夏に何かしらの因縁を持っていたのではないのか? 何故自分に? 考えてもしょうがないので、夕飯をどうしようかと悩みながら
翌日――――
「あら、鈴さんじゃないですか」
「セシリアじゃない、こんなところに来て、何か用?」
放課後に自主訓練の為に解放されている第三アリーナで鈴とセシリアは出くわす。
「学年別トーナメントの特訓に決まっているではありませんか」
「奇遇ね。私も同じ理由よ」
喧嘩するほど仲が良いと言い、二人は事あるごとに対立する。トーナメントまで日が無い、
理由は最近の噂である。学年別トーナメントで優勝すれば、織斑一夏と交際できるというモノだ。当人はおろか、学園内の男子全員が知らないことを特に気にせず進める行動力は恐ろしい物がある。
「ちょうどいい機会だし、此処でどっちが上かを、はっきりさせとくってのも悪くないわね」
「いいですわよ。どちらの方がより強く、より優雅であるか」
二人はそれぞれのISを展開すると構える。そして模擬戦を開始しようと同時に動いたところで。
「!?」
「ッ!? クゥッ!」
その間を割り込む砲弾。機体が近接よりの構成をしている鈴はセシリアに肉薄しようとしたところを撃たれたので急停止して砲弾をやり過ごす。その砲弾は誰にも当たらず、アリーナの壁に当たり轟音を轟かせる。
「どういうつもり!? いきなりぶっ放すなんて、いい度胸してるわね!」
鈴が怒鳴る相手、ラウラ・ボーデヴィッヒは、鈴の文句などどこ吹く風と受け流し、二人の機体を見比べる。
「中国の[
燃費と安定性を重視して作られ、両肩に第三世代兵器
「イギリスの[ブルー・ティアーズ]」
射撃を重視した機体で、腰にスカート状に装備された第3世代兵器「BT兵器」ブルー・ティアーズを実験する為に作られたISで、機体名と特殊兵装が同じ名前。
「データで見た時の方が、まだ強そうだな。数しかとりえのない国と、古いだけの国はよほど人材不足と見える」
「この人、スクラップがお望みみたいよ!」
「そのようですわね……」
いきなり出てきて、あからさまな挑発をしてくるのだ。二人の怒りは武装の
「二人がかりで来たらどうだ? くだらん種馬を取り合うような
「今、『好きなだけ殴ってください』って言ったわね」
「この場にいない者の侮辱までするとは、許せません」
二人が憧れている少年の事をこうも言われては、二人がかりではアンフェアなどと言う躊躇は無くなった。
「さっさと来い」
「「 上等(ですわ)! 」」
「なんか大事な戦いの前にはカツ丼を食うといいらしいぜ」
「なんでだよ? 油っぽい物食ったら調子悪くならないか?」
「ほら、料理名に[勝]って入ってるじゃん」
「おお! 成程、それで?」
ジョルジュはクリストフと雑談しながら、第三アリーナへ歩いていた。クラスメイトの女子達から射撃を見てほしい、補助してほしいと、頼まれたからだ。これには先日、シャルルが一夏の射撃訓練を補助していたから、「こうすればくっつける!」と閃いたからである。
その時に二人はいなかったので、そんな不純な理由など知らない。
「コジマを油で揚げるにはどうしたらいいんだろな?」
「やはりか、お前が久しぶりに普通の料理の話をすると思ったら、そう言う事か」
クリストフは料理ができる方だ。理由は彼を知っている者が聞いたら驚くことだが、「コジマじゃ人間の体を作れない」と言うのだ。だが、これは裏を返すと「コジマで人間の体を作れたらいい」という意味だ。しかたなく、自身のデカい体を健康にしてコジマを愛でられるように料理を嗜んだそうだ。
そんなくだらない話しをしながら、歩いていると第三アリーナのBピットに到着した。既に鷹月をはじめとした面々が訓練機を準備していたが、様子がおかしい。
「すまない遅れた。どうしたんだ?」
「ジョルジュ君。アレ……」
「なんだ? ……うぁ」
「ワォ! エキサイティング!」
鷹月が指さす方を見ると、模擬戦をやっていたようだった。過去形なのは、模擬戦ではなく蹂躙になっているからだ。ラウラの専用機シュヴァルツェア・レーゲンの六本のワイヤーブレードに首などを拘束された、セシリアと鈴の二人が抵抗する事もできず一方的に攻撃されている。
二人のISは競技用なので搭乗者に異常があったりすると、ISは周囲の人にもわかるように警告を発する。クリストフは呑気な事を言っているが、このまま続けると二人の命にかかわる。
「なんで誰も止めないんだよ?」
「何度も止めるように言ってるんだけど……その……」
「だったら……」
「止めろクリストフ。此処はアスピナじゃない」
クリストフの感嘆も疑問も間違いじゃない。アスピナのようなリンクス養成場では目の前の光景が珍しい事ではない。度を越したバトルがあり、それを囃し立てる奴もいる。だが、ヤバくなったら間に割って入って止める。そんな
「おい! ラウラ・ボーデヴィッヒ! 模擬戦はお前の勝ちだ。その二人を解放しろ!」
大声で呼びかけるが、ラウラはこちらを見るとニヤリと笑顔を向けた。それでわかった。彼女は熱くなってオーバーアタックをしているのではない。冷静に何かの意図があってやっているのだ。
「クリストフ!」
「ほいよ!」
呼んだ時にはクリストフは動きだしていた。ジョルジュにラファール・リヴァイヴの物理シールドを投げ、自身は打鉄の近接用ブレード[葵]と同じく物理シールドを担いでピットから飛び降りる。鷹月達が制止の声をあげるが、ジョルジュも飛び降り、二人でラウラの元へ走る。
「生身で来るとは、舐められたものだ」
ACが無いのが悔やまれるが、ラウラの注意を引きつけ二人への攻撃を止めねばならない。生身でもできることはある。現に二人を拘束していたワイヤーブレードを解いた。 何のためかは分かり切っているが。
「いいだろう。少し遊んでやる」
「ッ!?」
ワイヤーブレードを六本あるうち二本ずつジョルジュとクリストフに仕向ける。動きが単調なところ、本当に遊ぶ気の様だ。
「ホッ! ヨイ! チョイヤー!」
「ッ! ……ッ!」
変な掛け声と共にクリストフはワイヤーを避けている。跳ねて、屈んで、横に跳んで、時々盾で弾いている。
「いいぞ。踊ってみろ」
ラウラは温存していた残りの二本も出して、三本ずつで攻める。更に動きにフェイントをつけるなどして、複雑なモノになってきた。
「ハハッ! 楽しいかジョルジュ!?」
「馬鹿か! 余裕なら一本貰ってくれ!」
「ヤ~だね!」
頬を掠められても二人は会話しながら、ラウラに近づいて行く。距離を半分詰められて流石にラウラも表情に遊びを無くし、本気で蹴散らしにかかる。
「うおァ!?」
「ザマァ!!」
ラウラはまず、余裕そうにしていたクリストフにワイヤーを四本使い、捕まえにかかる。ジョルジュの要求通りになったが、クリストフは[葵]という武器を持っているから、先に排除するのだ。
「クッ! このッ! あ、あれ~!?」
四本相手に躱したり、弾いたり、切ったりと大分持ったが、足を捕まえられて、ジョルジュに向けて投げられる。クリストフが四本の間は、ジョルジュは二本だったので妨害が薄く、残り十メートルの距離に詰めていたからだ。だが、
「食らえ!」
「ちょっ!? おま……ッ、ギバァ!」
持っていた物理シールドを自分に当たる前にぶつけることで、運動エネルギーを僅かに落とし、ジョルジュはクリストフ砲弾(?)を無慈悲に防ぐ。
「丸腰の貴様などに……ッ!?」
「持ってんだよォ!」
ジョルジュはアルゼブラ製のネクタイピンを乱暴にむしり取ると、手順に従って分解・再構築することで、カミソリ程のナイフを作る。ラウラの懐に飛び込み装甲の無い腹部に突き入れようとするが。
「無駄だったな」
「チィ!?」
ワイヤーでナイフを持つ左手を拘束し、そのまま空中に浮かせる。拘束から逃れようとしているのか、足をバタつかせるが無駄な抵抗だった。
「少し驚かされたぞ、さて生身の人間に攻撃を加えすぎるとよくないが、お前も餌になってもらう」
「餌?」
「そうだ。戦いを拒否するあの男に理由を作ってやるのさ」
ジョルジュの中で合点がいった。鈴とセシリアに対してのオーバーアタックは一夏への挑発なのだ。一夏と仲の良い者達を傷つければ、戦いに応じるだろう。だが、まるで。
「テロリストの戦争でっち上げと同じ手段だな」
「それがどうした? 軍人にあるまじき行為だと言いたいのか?」
信念ある兵士ならば唾棄すべき行為なのだろうが、ラウラにとってそんな事はお構いなしなのだろう。
「別に、軍人が当たり前にやる手法だと思うよ」
先の発言はラウラを責めるつもりで言った訳ではない。思ったままの感想だ。ACの企業がその資本から独自の軍を持っているが、使う機会を作るために、小さな不満を持つ勢力を焚き付けて紛争を煽ることなど、表に出ないだけで当たり前のように行われている。
そうしてゲリラやテロリスト、政府の軍や民間の警備会社に自社の商品を売るのだ。
「フン、貴様如きに軍人のあり方を講釈されずとも……ッ!?」
ラウラはそこで自分のワイヤーが戻って来ないことを気付いた。原因は――。
「ジョ、ジョルジュ! 早く何とかしろよ! 俺がセルフSMプレイをしている間に~」
クリストフは自分に使われた四本のワイヤーを体に巻き付けるようにして封じていた。物理シールドに引っかけたり、[葵]を地面に突き立てて自分の体ごと引っ張られないように様々な工夫をしていた。
「あ、止めて! 締め付けられる~、どこがって? 具体的に言えないようなところが~」
「クッ、変態め!」
ラウラはワイヤーを巻き戻そうとするが、ブレードのせいで動かない。クリストフが喚くだけだ。
「だが、一本あれば貴様をいたぶる事など……」
「残念、時間切れだよ。お嬢さん」
「な!?」
ジョルジュが着ている制服の左肩口が千切れるように破けたのだ。縛られている左手は制服の内側に何か仕込んであるのかスルリと抜ける。更に足を振っていたが、それにより体が振り子のようになり、そのまま跳ぶ。ラウラの頭の左を抜けるようにして背後に着地する。
虚を突かれたが振り返り頭を掴んでやろうとした。そこで気付いたが左肩に何か乗っていた。よく見ると消しゴムだ。フィルムには[テクノクラート]と書かれているのだが、文字を消すときに使う上の部分が千切れたように抉れ、小さな金属が埋まっている。その正体に気付きかけたが、回答時間は恐ろしく短かった。
爆発。それはごく小さなモノだったが、至近距離でしかも顔の横で食らったラウラには絶対防御が発動し、シールドエネルギーが減る。その間にジョルジュは倒れているセシリアと鈴を抱えて反対側のピットへ走る。
「……貴様!」
油断していたとはいえ生身の人間にここまでシールドエネルギーを減らされたのは初めてだった。屈辱を晴らそうとブースターを起動し、逃げる背を追う。後ろでクリストフが「アーーーー!」と叫んでいるが、お構いなしだ。
「待てーー!」
「今度は貴様かッ」
追い付かれそうになった所で、ラウラの本来の目的、一夏がアリーナの遮断シールドを破って助けに来た。
「助かる」
「生身でISとやり合うなんて無茶が過ぎるぞ」
「遮断シールドを壊すのも無茶だと思うよ」
後ろの事は一夏と遅れて入って来たシャルルに任せて、ジョルジュは戦線離脱を計る。反対側のピットに着いたときに二人の容体を確認したが、意識があった。
「そこまでにしろ」
「教官!」
決して大きな声ではないが、アリーナ全体に響く凛とした声に振り返る。そこにはクリストフが使っていた[葵]でラウラのプラズマ手刀を受け止めている織斑先生がいた。あの人は銃弾が飛び交うIS同士が入り乱れている戦闘地帯に生身で突入し、その場にあった武器で戦闘に参加したことになる。いったいどんな動きをしたのだろう。
「模擬戦をするなとは言わん。だが、アリーナの隔壁を破られては黙認しかねる。この決着は学年別トーナメントでつけてもらう。いいな」
「教官がそうおっしゃるなら」
ラウラは織斑先生の言葉には素直に従い、ISを解除した。
「織斑、デュノア、お前たちもそれでいいな?」
「あ、ああ……」
「教師には『はい』と答えんか、馬鹿者が」
「は、はい!」
「僕もそれでいいです」
一夏が姉弟にするような返事をしてしまい睨みつけられるが、離れているここからでも、その威圧が伝わってくる。この厄介ごとに相当怒っているのだろう。
「では、学年別トーナメントまで私闘の一切を禁止する。解散!」
よし、場が収まり、解散宣言が下された。今日は早く帰って本を読もう。
「サンソン、ローエンは残れ!」
「……」
「俺もですか!?」
読まれていた。駄目だった。遅かった。逃走の一歩目すら踏めなかった。
「ISに対して生身で挑んだ勇気を褒めてやろう。特にサンソン、お前は持ち前の
終わりだ。あの目は徹底的にやると言っているようなモノだ。
せめて――――
せめて、パンツだけは死守しよう。
作者はお世話になったことがないアノ部屋です。
字面だけを見ると、すんごい優秀な生徒を鍛える部屋みたいですね。
これを読む学生の皆さん、学校内で喫煙・ゲーム・漫画・エロ本はばれないようにしましょう。