ゆっくりと息を吐いて、足先で地面の感触を確かめる。
それを何度も繰り返して、やっと現実感というものを取り戻すことができた。
「ハァ……、ハァ……。……くッ、あぁッ!! クソッ、痛ってぇ……!」
それと同時にまともな感覚も戻ってきたようで、全身が火に包まれたかのような激痛が鋭く突き刺さってきた。
無茶な動きを重ねた代償にあちこちの脱臼、骨折。一部焦げもしている火傷。もはやしてないところがないレベルの内外出血。頭がまともに回らないほど血を流した。
戦いには勝ちはしたが、辛勝どころか何故あれで勝てたのか、未だ俺自身が受け止めきれない程のやられっぷりだった。
「あっ、というか左腕がねぇじゃん! どこいった!?」
危ねぇ……、天蚕糸が傷口の縫合止血してくれなかったら、そのままくたばってたぞ。まさかここまでボロボロだとはな。
「たくっ、死人の心配してる場合じゃねぇぞ。まったくよぉ……」
真っ黒に煤けて、もはや銃剣付きの棒と化した愛銃を杖代わりに、一息ごちる。周囲の様子に目を向けてみれば、俺以上に悲惨な有り様だ。もう元あった街の原型が残ってない。
アルバートが展開したあの霧……いや、雲か。雲のドームのせいで周囲一帯は
アルバートの死と同時に色褪せて傷んだそれらは、まるで古い蜘蛛の巣のようで、この瓦礫の街にはよく似合ってるなと柄にもなく思えた。
「疲弊。退廃。まさにその通りだよ……」
思い出した痛みは相変わらずその存在を主張してくるが、もう騒いでやる気力すら無い。文字通りの満身創痍。指一本だって満足に動かせない状態だ。
杖に体重を預けながら、ヨロヨロと背筋を伸ばし、なんとか二本の足で自立する。
「ハァ〜……。こんなになるまで頑張ったってのに。………容赦がないなぁ。"三匹やぎのがらがらどん"かってんだ」
「おっ、なんだいそれ。初めて聞く例えだ。興味があるな……」
俺の背面。少し離れた位置から声が掛かる。落ち着きがあって、それでいて活力もある。親しみやすい女性の声色だ。
「別に大した話じゃないですよ。子供向けの童話です」
自分が空っぽになったような気分だからか、その近づいてくる気配にはすぐに気づけた。なのにこんな呑気な対応して、逃げも隠れもしないのは、相手が、俺を今すぐに襲い掛かろうという敵意を持っていないこともあるが……。
「ある三匹の山羊が通り道を順に進む中で、怪物に出会すんです。その怪物に食われそうになった先頭の山羊は、後から来るやつが自分より大きくて食い出がある、と言い難を逃れます。二匹目の少し大きい山羊も同様です」
「おお、それでそれで」
「三匹目を待っていた怪物は、予想よりずっと大きくて強かったその山羊にボコボコにされてお終い。それでエンドですよ」
「ハッハッハッ! ……なんの捻りもない分、かえって斬新だね。なるほどそれもまた面白い」
俺は体ごと振り返り、その声の主と向き合った。けれど攻撃の構えは取らない。何故って? 決まってるだろう。
「じゃあ、
その女性。白くゆったりとした服装に身を包んだ、眼鏡をかけたその人物は、見た目だけなら柔和な立ち姿をしていた。
けど俺にはわかる。事前に知らされていたし、今感じ取ってもいる。その内に秘めた圧倒的な暴力値の差を。
「そうですね……。お話なんていかがです? 何か気になる事があったからこそ、貴方のような高貴なお方が、わざわざこうして足を運んだのではないですか?」
マエストロ。
この作戦で最重要警戒対象たるその張本人。本来ならこんな作戦地点から外れた場所で出会すはずがない怪物が、俺と
「うん、まぁそうだね〜。戦ってた相手がもうしつこくってさー。ここであの傑作と合流して、やり返してやろうって思ってたのに、
「兄……さん……?」
「うん、そう。兄さん」
なんの脈絡もなく出されたその単語。けど俺は引き寄せられるように、地面に横たわるその死体に顔を向けた。
「あはー、知らなかった感じ? 私とアルバートは兄妹なんだ。まぁ兄さんってぶっきらぼうで粗暴な人だからな〜。戦闘中にあんまり喋らなかったか」
「へ、へぇ…………」
発覚した情報の衝撃と、それを話すマエストロのまったく噛み合わない態度を前に、俺は何も言えずに目を白黒させた。疲弊した脳はもうシャットダウン寸前だ。
「同じ血を分けた実の兄だからこそ、あそこまで仕上げる事ができたあの作品。手間も凄っごく掛けた私の自信作だったんだよ」
「……ご、ご兄弟であられられましたら、彼の戦闘時のご様子やそのご立派な最期を、詳しくお聞かせ致しましょうか……?」
ともすれば死者を使った煽りとも取れる問いかけ。けどもう
とにかくなんでもいいから時間を稼がねば。今の俺では逃げる事すらできやしない。
「ん〜〜、……そうしたい気もあるんだけどねー。今は時間がないからな〜」
「駄目か……ッ」
「それにきみだってもう今にも死んじゃいそうじゃん? そんなに沢山の傷が残ってるならさっ! ……直接きみを解体して、その全てを暴いた方がお得じゃない☆」
その言葉と共に、マエストロの服が大きくはためく。その裾から、白く、奇妙な輝きを持った風が吹きつけた。
「っ!! クソッ……!」
微風はすぐさま烈風へと強まり、その輝きもより一層増していく。
その正体は白い大量の砂粒だ。
当然ただの砂ではない。アルバートの糸同様、一つ一つが丹念に作り上げた技術の粋。芸術という名の執着、奴らが人生を捧げて費やした狂気の具現。
「うっ、おおオオオゥゥゥッッッ!!」
白く、全てを削ぎ壊す眩い暴風が眼前まで迫る。俺はもう、走って逃げることも、銃で弾を撃つこともできない。馬鹿みたいな悔し紛れの雄叫びを上げて、それを睨みつけるだけだ。
ベシャリ……!!
「あっ……」
なにか、ひどく粘ついた音が響く。
それは俺と暴風の間に着弾した、一滴が発した音だ。
音としては小さく、しかしこの強風の中でも決して消えない、存在感のある水音。巌すら穿ちかねない重厚に滴る響き。
それは暗く、これ以上ないぐらいに澱みきっていた。
この都市で垂れ流されるヘドロを一斉にかき集めて、凝縮の限りを尽くしたら、こんな色になるのではないかという漆黒色の表層に、無数の色が境界なく混ざり合った油膜が浮いている。
「……"漆喰"。ご到着、なさいましたか……」
勢いよく伸びるその黒く粘ついた液体は、面をカーブさせた長方形の形となり、ちょうど俺を覆い隠せる大きさで固まった。
直後に、目を焼き尽くす程に眩い輝きを放って、白い暴風が駆け抜ける。
光に晒された箇所は、砂の城を崩すようにみるみる分解され、跡形も残っていない。
俺は黒い盾が光を遮って生み出した影にうずくまり、どうにかその輝きから身を隠した。
「……ッ」
それを苛立たしげに白風が強まり、俺を引き摺り出さんと盾を強引に削りにかかるが、今度は一発の銃声が、風の根源を撃ち止めた。
「痛ったぁ〜。ちょっと、狙い良すぎない……?」
風が止んで、静まり返った地上を占領するように、幾つもの音が降ってくる。高所から落下し、自分の足で確かに地を踏み締める、手練れた足音たちが。
その内の一つ。最も軽やかに着地した影が、俺の目の前に立ち、悠々と銃を振るう。その銃口からは新鮮な煙が静かに立ち昇っていた。
「あはーっ、追ってきたんだガリアーノ!」
「当然の事でしょうアナスタシア。貴方を釘付けにし、更にはその首を獲ることが、私の役目なのですから」
自分の背丈をも超える長大な狙撃銃。それを片手で軽く扱いながら、威風堂々とあのマエストロに立ち塞がるその姿。違えようがない存在、ガリアーノ様だ。
その彼女が俺を護るようにして傍らに立ち、僅かに顔を向け、俺に微笑みかける。
「よくやった。本当にお手柄だよ、ヴァラキ」
「あっ……、はい。……ありがとう…ございます」
「あーっ! やっぱりあなたの部下だったのね。……ね、お願い。ちょっとその子を解剖させて? その間は足止めにもなってあなたも私もWINーWINでしょう?」
「…………ハァ〜、なにをやってるのかと思えば、まったく……」
彼女は心底から呆れ果てたようなため息をついて、顔を正面に向け直すと、その手に持つ銃をくるりと回して、銃床を槍の石突きのごとく地面に打ち付ける。そして仁王立ちの構えで宣言した。
「お断りします。必死に戦い抜き、勝利を挙げた功労者をどうして無下にすることができましょう。元より彼は私の"誇るべき大切な部下"であります」
彼女の宣告と共に、周囲に立つ人影たち……。猟犬の群れが呼応するように集結し、戦闘の陣営を形作る。
「それになにより………。狩りの標的が追われる最中に余所見食いだなんて、そんな礼儀知らずなマネをされて、見過ごすなど。……許容する選択など、ありはしないのだよ」
「あはー、情熱的だ〜。これはお誘いから逃れられそうにないね」
そう言うや否や、マエストロが地面を蹴って、彼女から距離を取るように自分の背後へ跳んだ。その直後に、道の両側を挟む建物たちが一斉に爆散し、その内部から溢れ出る白い嵐が、瓦礫と共に襲い掛かかって来る。
「フンッ……!」
対して彼女は即座に反応すると、自身の両手を勢いよく叩き合わせる。
するとその手の平の隙間から、あのタールのように黒く粘ついた液体が大量に噴出され、その飛び散る軌道が複雑に絡み合うと、周囲を覆うように立体的な構造物が建造された。
それらは幾つもの曲線を組み合わせたアーチ状の形をしていて、まるで巨大な生物の骨格模型に入り込んだような状態だ。そしてその表面に浮かぶ突起や、突き出た柱は当然飾りではなく、こちらに直撃コースを取って飛来する瓦礫を的確に弾き飛ばし……。
『──ッ、──ッ、──ッ』
彼女の猟犬であり、物言わぬ道具たち。
その弾は曲線に沿って進路を捻じ曲げられ、幾つもの跳弾を経ることで、本来なら成し得ない複雑怪奇な弾道を描き、白い嵐を撹拌する。
「キュオ"ォ"ォォーーンッ!!!」
そしてその嵐が収まるや、マエストロが消えた前方では、幾つもの口が生えた、巨大な白い手がその身を持ち上げて、甲高い超振動の悲鳴を叫び、握り固めた拳を振り下ろさんとしていた。
「これもう怪獣決戦だろ……」
ついてけないぞという投げやりな気分が込み上げてきて、体から力が抜ける。すると途端に強烈な眠気に襲われ、意識が保てなくなった。
未だ戦場のど真ん中。周囲では凄まじい地鳴りと、剣戟の重ねる音が鳴り響き、騒乱の気配が色濃く漂っている。すぐ側では一秒ごとに火花を散らす命のやり取りが行われているというのに、それが全てが遠い出来事のように感じられた。
「いいんだよヴァラキ。君は自分の役目をしっかりとまっとうしたんだ」
忙しなく動き回り、指示を飛ばし、自らも攻撃に加わるガリアーノ様の優しげな声が聞こえた。一手たりとも場を離れられない状況で、今もマエストロの猛攻を捌き切るその背中は、どんな防壁よりも頼もしく思えた。
「後は私に任せて、ゆっくりお休みなさい」
こちらを思い遣っているが、同時に有無を言わせぬ強引さも含んだその言葉に身を任せ、俺はかろうじて繋がる意識の糸を離した。
安寧な闇の中に、自分が溶け解れていく。
(……? ………あの方角は)
その中で一瞬、遠くに黒い煙が上がるのが見えた。それについて思考を回そうとしたのだが、もうそこが限界であった。
◆◆◆◆◆
物音のしない静けさの中にも、人はなにかの響きを感じ取る。
自分の立てる僅かな鼓動。密閉された部屋を緩やかに回る空気の流れ。そして窓から差す光からさえも。
「………この斜光は、……朝日……か?」
そういった、触れられずに置かれた外部刺激によって、俺は穏やかに目覚めた。ごく自然な意識の覚醒だ。
「場所は……、親指の療養所」
幸にも知ってる天井だった。
俺は無茶することも多いから、何度も世話になったことがある。体の調子を確認しながら、ゆっくりと身を起こした。
動くのには支障はない。左腕もちゃんとくっ付いてるし、骨折した箇所も綺麗に治っていた。あらかた万全な姿と言えるだろう。
次いで周りの様子を見れば、どうやらここは個室らしく、小ぢんまりした内装には俺の横たわるベットと、ちょっとしたインテリアしか置かれていない。
『────』
「うぉっ! いたのか!?」
修正。
部屋の隅に張り付くようにして、一人の影が佇んでいた。いや、これもある意味インテリアと呼ばなくもないのか?
『────』
その人物は周囲の変化に一切の関心を見せず、一言だって言葉を喋ることはない。顔には無個性なバイザーが被せられていた。"黒夜の猟犬"である証だ。
「おい猟犬。お前の役割は俺の監視だろう。もう目覚めたから、お前の主人に報告しろ」
俺の言葉を正しく理解したのか定かではないが、その猟犬は無言のまま踵を返し、部屋から立ち去った。
扉の閉まる音がすぎると、また沈黙の響きが戻ってくる。窓の外では雀が小さく囀っていた。
改めて一人になったこの部屋で、俺の体は空腹というものを思い出し、枕元にあった林檎の籠に手を伸ばす。
「いったい、どのぐらい寝てたんだろうな……」
皮ごと齧じった瑞々しい果実の味は、空っぽの胃によく馴染んだ。
「やぁヴァラキ。元気そうだね。よく眠れたかい?」
時間にして約三十分程過ぎた頃だろうか。短いノックと共に、ガリアーノ様が訪れて来た。連れはいない。彼女一人だけだ。
「はい。十分な休息をいただきました」
「それは上々。実のところ君は丸三日も目を覚まさなかったからね。私も仕事をしながら絶えず心配していたさ」
そう言うと彼女はベットの側の椅子に腰掛けて、一息つく。
その顔には化粧で多少誤魔化しているが、濃いクマができていて、いつもの光のない黒い瞳が、今はますます荒み、澱んでいた。
「ふふっ、まぁ本当に忙しかったものでね。実戦に立っていた時よりも死にそうだよ。……知ってるかい? HP薬って溜め込んだ疲労をポンッと飛ばしてくれる、便利なものじゃないんだよ」
「あ、はい。……それは本当にお疲れ様です」
一応見舞い……なのだろうが、やって来た客の方が重症そうだ。まぁ俺はほぼ治ってるのだから、もう今から退院だろうけど。
若干気を抜いた姿勢で懐を漁る彼女は、そこから煙草の箱を取り出した。高価な
部屋に濁った煙が悠々と昇った。
「ふぅ…………」
形の良い唇を煙草に寄せて、粗雑な薫りをゆっくりと味わう彼女の時間。俺との間にだけ姿を表す、
つまり今なら詳しい話も聞けそうだった。
「……ガリアーノ様。その……今回の作戦の成果について、お聞きしたいのですが」
「あぁ、やはり気になるかい。いいよ。答えてあげる」
吐き出した煙の形を目で追うように、彼女は天井を見つめながら静かに語り出した。
「端的にいうと私たちの目的は達成された。君が気を失った後、私はマエストロ・アナスタシアと交戦を続け、討ち取ることはできなかったけど、相手を目的地から引き剥がすことはできたからね」
「……その間に、別働隊が動いたのですね」
「そっ。予め指示しておいた猟犬と傘下組織員による隠し倉庫への突貫が行われ、貯蔵されてあった作品をなるべく無傷で押収した」
良い知らせを聞くことができて、俺は一安心した。少なくとも俺の奮戦は無駄にはならなかったのだから。
「よかったです。作戦の成功おめでとうございます」
「うん、ありがとう。でも君も立派な功労者なんだから、祝われるべき側だよ」
そう微笑みを向けてくる彼女もまた、祝いの座についているとは言い難い顔色だ。そのくたびれ具合から、今もまだ彼女の戦場は続いているのだろう。
上の立場にあるということは、抱え込んだ責任の重量もまた甚大なのだ。
と考えていれば、そこへ相変わらずこちらの内心を見透かした一言が発せられた。
「まっ、私が抱えるこの多忙さからは、今後君はもう他人事でいられなくなるんだけどね」
ドキンと心臓が跳ねた。
その言葉を咀嚼すれば、導き出される意味は一つだから。
跳ね上がった鼓動の勢いはそのまま止まることを知らず、俺の体温を掻き乱し、肌がひどく汗ばんだ。
「……ガ、ガリアーノ様。………恐れながら、自分は此度の戦いにて、確かな戦果を上げることができた、と……愚考致しております」
「あぁ、そうだね。特にあのアルバートという者は、過去に幾人かのカポを殺害しており、ドーセントの中でも抜きん出た存在だった。それが更に厄介で手の込んだ武装までしていたんだ。……もしマエストロと合流を許せば、この作戦自体が破綻してたかもしれないね」
丁寧に一つ一つ、俺の功績を強調するかのように語られるその口調に、シーツを握る手が硬く結ばれて、カタカタと細かな痙攣を起こし緊迫を表す。荒くなった息はもう心臓が飛び出そうな勢いだ。
そんな俺の様子を見て、彼女は心底愉快そうに目を細める。そのままベットに手を着くと、身を屈めて俺の耳元に口を近づける。
「あぁ、君の言うとおりだよヴァラキ。君は素晴らしい戦いを見せた」
「今回の功績を待って、君の正式な"カポ"への昇格が認められた。おめでとうヴァラキ」
「……………………」
何も言えない。
舌が抜け落ちるほどの衝撃だった。馬鹿みたいに口をポカンと開けておくことしかできない。夢想していた瞬間に俺の意識が追いつけていない。
「ハッ………ハハハ……」
ほんとうに?
俺が?
裏路地で彷徨い、何者でもなかったこの俺が、……ついに、……カポに。
嬉しいだとか、達成感だとかのまとまった感情ではない。ただただ湧き上がる情緒に体が震えて、口元が吊り上がるのが抑えきれない。
そうして掴んだシーツをぐしゃぐしゃに握り潰す俺の拳に、そっと彼女の手が添えられた。その手は、まるではしゃぎ過ぎた犬のリードを引き寄せるかのように感じられた。
「はっ……あ! ……申し訳ありません。つい興奮しすぎて、周りが見えておりませんでした」
「そう喜ぶのはいいよ。ただまだ早いってだけさ」
彼女は椅子に腰を戻すと、再び煙草の煙を噛み締めながら、また落ち着いた口調で、諭すように語り出す。
「あくまでも認められたって段階で、君はまだカポになった訳じゃない。なにせ今はやるべき事が山積みだからね。ほぼ確定はしているが、この戦争の賞罰は追々って事だよ」
そう言いながら、自分が持ってきた仕事鞄を開くと、その中から一枚の書類を取り出した。
「さぁ、君がカポになる最後の仕事だ。まぁちょっとした昇格試験みたいなものだよ。病み上がりだろうとこなせる、
差し出された書類を掴むと、勢いよく目を通した。
今の俺は無敵だ。どんな任務だろうと成功させてみせる。ましてやこうも楽勝呼ばわりされる仕事内容なんて───
「………これ、は」
実行人推薦者:ガリアーノ。
対象:■■■■
内容は…………
「
薄く、ペラペラとした一枚の紙切れが、手の中で幾度も揺れた。
その震えに合わせて、まとわりつく濁った煙もまた揺らいでいく。
唯一動じないのは、俺に向けられた彼女の静かな笑顔。それだけがここにある確かなものだった。
組織の生み出す巨大な流れに逆らったり、逸脱したりすることを親指は許さない。