パンのみに生きるにあらず   作:改造黄金虫

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親指は好きです。
必死で取り繕って格を醸し出しても、結局は裏路地のゴロツキでしかないところが特に。


第2話 忌まわしい目

 

 

 裏路地は翼が掬い上げなかった大勢のものが混在している。

 行く当てもなく、価値がないと見捨てられ、何も持たない人たち。それでも生きようと足掻く彼等は、似たような者同士で集団を形成して、他者に食い荒らされないために固く団結した。

 

 お互いの繋がりをより強固なものにしようと、さまざまな掟や習慣を設けて、外部を威圧するため恐ろしい手段も行使する。そうやって独自性と結束力を有した"組織"となる。

 

 裏路地の組織は千差万別なれど、成り立ちというのは大体このようなものだ。

 

 その中でも何者にも侵されまいと、強く渇望した者たち。

 彼等はより偏執的に突き進み、何よりも自分たちの規律を絶対視して、己を縛る無数の規則に、生きるための殻としての在り方を見出した。

 そして生まれた理解不能な五つの怪物たちを人は"指"と呼んだ。

 

 

 

 

 

 小雨だった空模様は今や本降りになって、地面を激しく打ち鳴らしている。

 ここがやたらと雨が美化される11区(K社)とはいえ、ずぶ濡れになる事を喜べるのは裕福な巣の住民か、御伽噺を信じるアホぐらいだろう。……まぁ、親指に入る前は、俺も何かご利益がないかと打たれていたのだがな…。

 

 そんな雨を眺めながら、軒下で煙草に火をつけた。

 

「……はぁ、落ち着く」

 

 前は吸っていなかったんだが、親指は喫煙者が多く、その付き合いで始めたものの、気づけばすっかりハマっていた。

 口に咥えた端からゆっくりと火種が進み、なんとも言えない煙の匂いで体を満たす。こうすると抱え込んだ様々な感傷を有耶無耶にできた。手軽にストレスを解消できる利便性をまざまざと思い知る。

 

「あっ! いいやつ吸ってますね。オレにも分けて下さいよ」

 

 不意に背中側から唐突に声をかけられて振り向く。

 まだあどけなさが残った少年とも言える若い男。……まったく知らない奴だった。

 怪訝な眼差しを向ければ、そいつは人好きしそうな笑みを浮かべて、口を開いた。

 

「オレ、最近親指に入ったんですよ。だから知り合いもいなくて、同じソルダード同士仲良くやっていきたいんですよ! 先パがァッッ…あ"あ"ぁぁぁーー!!」

 

 あまりの無知さ加減に腹が立ち、反射的に拳を振るった。手に馴染んだ軌道で放たれた一撃は、下顎を粉砕し、悲鳴を上げる口内に素早く手を捩じ込み、舌を引っ掴んだ。

 

「同じだと? お前は右も左も、最低限の礼儀すらわかっていないソルダート(プリモ)で、俺はソルダートⅠⅠⅠⅠ(クァトロ)だぞ! 何一つ釣り合ってないだろうがっ!!」

 

 握りしめた手を一気に引き寄せる。一瞬の引っ掛かりを越えて勢いよく戻ってきた手の中には、生々しく痙攣する肉が残り。それを失った少年は大量の血の泡を吐きながら、地面に倒れ伏した。

 

 痛みに騒ぎ出すこともなく、気絶したようだ。運のいい奴だ。

 もし、ここで視線の一つでも投げかけてこようものなら、その目も潰さなきゃならないからな。

 

 騒ぎを聞きつけて人が集まってくる。

 吸水性抜群のハンカチで手を拭きながら、俺は声をかけた。

 

「で、この新入りの教育係は誰だ?」

「わ、私です」

 

 若干震えた返事と共に一人のソルダートが俺の前に出てきた。

 口元は固く結ばれ、目線は足元へ固定して、決して俺と目を合わせようとはしない。自分より級が高い者への基本的な礼儀作法だ。

 だが表情こそ抑えているが、声は震え、手には冷や汗が浮き出ていた。

 

 少し怖がりすぎだな…、別に死ななきゃならない訳でもないのに…。

 身内に対して必要以上にビビらせる趣味なんて俺には無い。怯える部下の緊張をほぐすために、後頭部をポリポリ掻きながら気安く話しかけた。

 

「あー、……そんなに怯えなくてもいいぞ。今は色々とゴタついてるからな。多少の抜けもあるだろう。しょうがないさ」

「申し訳ございません。寛大なるお慈悲に感謝いたします」

「だから気にすんなって」

 

 ホッと一息ついた教育係に、軽く笑顔を向け血で汚れたハンカチを渡す。

 

「両耳だけで許すからさ」

 

 

================

 

 

 そうして始末を終えた二人を見送った俺は部下たちの待つ車に乗り込んだ。

 別に教育係に恨みはないが、これでも規則内で減刑したんだ。親指ならこのぐらい受け入れなければな。それにちゃんと二人とも治療部へ送ってやったのだから配慮は十分だろう。

 

 膨大な組織図を持つ親指には当然のように内部の医療機関が存在する。ただでさえ荒事家業やってる上に、制裁で傷を負う奴も多いから需要が多いにあったのだ。それでいて身内なら金がなくてもある程度ツケで診てくれるから、入りたての頃は皆、大体世話になる。至れり尽くせりだ。

 ……まぁ、滞納し過ぎれば舐めてると見做されて、生きたまま解剖されるんだがな。頑張って返済しろよ新人。

 

 

 

 

「今日の仕事は傘下組織の粛清だ。なにか質問はあるか?」

 

 部下の用意した車の後部座席にどっかりと腰を下ろして、車内の仲間に質問を投げかける。すなわち、目上の者に対する会話の許可を与える行為だ。早速、幾つかの声が挙がる。

 

「それはカポの方からの命令でしょうか?」

「そうだ。カポ・ガリアーノ様からいただいたご命令だ。連中ときたらウチへの上納金を滞納した挙句、連絡もないらしい」

 

 返答に名前を出した俺の直属の上司…というには濃い関係性を築いている人の顔が頭に浮かんだ。これを命じられた時の表情は嗜虐的で凄みのある笑顔であった。

 

「その程度の資金繰りなのですか…。こういった事は適当な処刑人にやらせるのが常であると思われますが。…ただでさえ今は多忙ですし」

「まぁ、その通りだな。親指の組織力は随一。この程度の些事にいちいち動く事はないんだが…、なにやら気になる点があるそうでその調査もあるらしい。詳しくは知らん」

「滞納された金の回収はどうされますか?」

「可能な限り回収する。ポッケの中身から連中の死体、その家族まで売れる物は全部売っぱらってな」

 

 それを聞いて車内がにわかに色めきだす。倒した相手の財布を漁るのは裏路地の嗜みだからな。多少着飾った程度で、その性根は変わらない。

 これで相手が目上の方なら礼節を尽くすだろうが、地位が低い相手だったり、ふと油断した時に地が出る。

 

「とはいえ、それじゃソルダート止まりだ……」

 

 雨でボヤける窓の外を眺めながら小さく呟いた。

 

「カポへの道は遠いな……」

 

 ぼやきは滝のような雨音に飲まれて消えていった。

 

 

 

 

 巣とは違って裏路地は渋滞なく車を走らせることができる。

 その代わり、ゴロツキが道に立ち塞がって進路を塞ぎ、少しでも足を止めれば強盗供が押し寄せてくるんだが。この車体の様にデカデカと親指のマークが描かれていれば手を出す馬鹿は存在しない。

 見通しのいい通りだって、道を遮る障害物一つとなく快適に進んで行く。むしろこうして、ヤバい組織(俺たち)がたまに車を走らせるから、強盗達もバリケード設置なんて真似をしないのだろう。うっかり中指の車を停車ちまった連中の恐ろしい末路…なんて噂もあるぐらいだしな。

 

 そんな訳で道中に一切のトラブルなく、目的地である古いビルの一棟に到着する。

 飾りだけのない灰色の作りは、ところによりヒビ割れて中の鉄筋が見え隠れし、近づけば錆びと埃の混ざった匂いが鼻についた。生臭さやゴミの匂いがしないあたり、裏路地ではまだ清潔な方だが、組織としての面子を保つには到底足りていない。

 

 

 そんなビルの入り口の前には老人が一人立っていた。近づけば黙礼を投げかけてくる。

 即座に引き金に指をかけた部下たちを手で制して、俺はその人物に歩み寄る。

 

「会話を許可する」

「……ありがとうございます。ようこそお越しくださいました。わざわざご足労いただき、何と申し上げたことか」

 

 幾つもの傷跡が走る顔に媚びた笑みを貼り付けた、似合わない仕草で老人が頭を下げる。

 深い皺の刻まれた年齢でありながら、その体つきはやけに筋肉質で分厚く、単なる幸運や逃げ腰で老年まで生き延びたわけではないと一目で伺えた。

 

「お前がここの組織の代表だな」

「ええ。相違ありません。この度は私どもの落ち度でご迷惑をおかけして──」

「わかってるなら話が早い。今ある金目の物は全部出せ」

 

 言葉を遮って背中に結えていた銃剣の先を老人の喉に突きつけた。

 自分の状況を理解した上で冷静さを失わない。こういった相手にはペースを握らせるべきではない。暴力をかざし、有無を言わさぬ物言いで、誤魔化しや言い訳の類も許さないと示す。

 

 

「っ……、わかりました。今ある分は全てビルの金庫に仕舞っております」

「お前たちは既に親指への上納金を滞納している。かき集めた端金風情で足りると思っているのか?」

「いえ…、ですがご安心ください。今回、私共はトラブルにより上納金を滞らせてしまいましたが、その過ちの補填にかなう宝物を手に当てたのです。これは必ずやご納得いただける代物です」

「………」

 

 改めて老人の顔を見た。深い皺と共にある鋭い目には、とても濃い隈が染み付いているが、不安や恐怖に支配されて誤魔化しを言ってるようには見えない。ある種の真摯さを感じられた。

 

「……いいだろう。案内しろ」

 

 俺は老人の招きに応じてビルに入ることにした。

 話の真偽はともかく、奪ったり漁るよりも差し出させた方が効率的だからだ。

 

 それにもし、老人の話に嘘がなく本当に償えるだけの十分な資金があったとしても、こっちがやることは変わらない。

 なぜならカポが命じられたからだ。

 

 親指において階級は何よりも重要。例え一つでも位が違えば、そこには絶対的な支配が存在することになる。

 目上の方が命じられた事は、理不尽なものであったとしても、必ず実行されなければならない。

 仮に死を命じられればその通りに死ぬ。

 そうあることが親指の規律であり、生きる指針だからだ。

 

 

 

 ビルの内側は外から見た時の想像通り退廃的で汚さが目についた。薄暗く点滅する照明の下、所々に廃材が散らばる廊下を歩く。

 通り過ぎる部屋の中には項垂れた人影がチラホラと見えた。重軽傷の差はあれど負傷していない者はおらず、巻かれている包帯には血が滲んでいた。

 

 そんな光景を見て、部下たちは訝しんで顔を顰めた。俺だって同じ気持ちだ。こんな状態の連中にまとまった大金があるとは思えない。

 

 あのジジイ…どういうつもりだ?

 あの態度には苦し紛れの嘘のようなものは感じなかった。だが、それすら欺く狡猾な詐欺師の所作とするには、この取り繕う気もない貧相な有り様がチグハグだ。

 

 頭を捻ってみるがこれと言った答えも出ず、苛立ちが募る。ささくれ出った心境に自然と懐に手が伸びて煙草を取り出した。

 

 それを見た部下の一人がすぐさま着火しようとするが、それを断り愛用のエンケファリンライターを使用する。

 淡くも深い緑色の火で燻された独特の香りがする煙が周囲に立ち込める。

 老人は煙草嫌いなのか一瞬ピクリと反応したが、目上の親指相手に意見できるはずもなく、それきりだ。

 

 

 そのまま老人の案内で建物の奥にある金庫室とやらに案内される。

 その部屋だけは周囲の廃墟っぷり全く不釣り合いな、ちょっとした銀行設備にもありそうな、車輪型のハンドルの付いた分厚くて大きな扉があり、この中に宝物を保管しているらしい。

 

「この惨状はお前のいう宝物を手に入れたせいでこうなっているのか?」

 

 開錠に少し時間が掛かるらしく、手持ち無沙汰な疑問をぶつける事にした。

 はい、その通りでございます。と老人は返答する。

 

「先程申し上げた通り、トラブルが…いつもの取引先とありまして、…我々の手元に金が振り込まれるのが遅れることになったのです」

 

 金庫のハンドルをゆっくりと回し、そのキコキコと軋む音と会話だけが場に響く。

 

「そうなってしまった以上、どうにかして別途資金を調達する他ありませんが、我々は武力しかない組織です。追い詰められたなら…他所から奪うしかありません」

「で、無茶した代償を全員で支払う羽目になったと…」

「左様にあります。上納金期日まで粘りましたが成果は芳しくなく…、それでも何とか足掻いて…今に至ります」

「ふぅん…」

 

 話の筋は通ってはいた。けれど気になる点もある。

 

「そこまで追い詰められた状態から一発逆転なんて都合のいい代物。お前たちはどこを襲って手に入れた───」

 

 そこまで言って突如異変が起きた。持っていた煙草の火がいきなり消えたのだ。

 言ってしまえばそれだけの事だが、無視すべきではないと直感が警笛を鳴らす。同時にある違和感にも気づいた。

 

 

 

「お前ら、窓をぶち割れ!!」

 

 俺の突発的な指示に対して、部下たちは疑問を抱くこともなく、迅速に行動へ移した。廊下まで引き返して、拳で。蹴りで。銃床で。薄汚れた窓ガラスを強打する。

 

「ッッッ!! これは!?」

 

 振るわれる暴力に、呆気なく砕けそうな頼りない窓ガラスはしかし、あっさりと攻撃を弾いてみせ、硬質な音が響くだけであった。

 

 強化ガラス…? いや、根本的に違う。なにせさっきから()()()()()()()()。それに衝撃の瞬間に壁の輪郭に沿って錠前のマークが浮き出していた。これはおそらく…。

 

「J社の空間閉鎖措置かッ!」

 

 いうや否や、即座に銃口を老人に向け、引き金を引き絞る。

 響く炸裂音と、それを追い抜いて飛翔する弾丸。並の強化施術じゃ反応すらできない超速の一刺しに対し、鈍い輝きが一閃する。甲高い金属音が鳴り、弾丸は明後日の方角へと散らされた。

 

「鉄のガントレット……やる気満々じゃねぇか!」

 

 都市には鉄より軽く、頑丈で、加工しやすい素材はいくらでもある。それでも鉄が重宝されるのは──安さもあるだろうが──銃弾を絶対に貫かせないという不文律があるからだ。

 

 

「大人しくしとれば……安らかに眠れたものを……」

 

 老人がクツクツと喉を鳴らす。媚びの削げた笑みは、さっきまでのものよりずっと生々しく感情が宿っていた。

 そのまま、ゆらりと立ち上がり、鉄の拳を突き出す攻撃の構えをとる。それに対して俺もまた銃を構えた。

 

「なにが安らかに……だ。毒ガス? いや、酸素消滅装置とかか。これだけの仕込み。さては上納金はこれに使いやがったな」

「うむ…。支払いが遅れたのは事実じゃが…、こうして役立ってくれたのからむしろよかったわい」

 

 返答は実に悠々としたもの。当然だ。なにせ時間は向こうの味方。待ってるだけで相手がくたばる算法だ。そんなものを黙って見ている道理もない。

 

「そこまで高額のサービスは使われてないはずだ! 殴り続ければ綻びも出る。やれッ!!」

 

 いかに特異点といえど、その出力はどれだけ金を注ぎ込んだかによって定められる。裏路地の一組織程度が叩ける大金なら、こちらが火力を集中させれば突発も叶うだろうと予想したが、どうやらそれは正解のようだ。

 

「うわっ! こいつら……いきなり!!」

「命令遂行の邪魔をするんじゃねぇ!」

「数がいれば俺たちに勝てると思ってるのか!!」

 

 なにせ銃を振るい、壁を壊そうする部下たち目掛けて、一斉に建物内にいた組織員たちが群がって妨害してきたのだ。

 

「さっさと蹴散らせ! 結界さえ破ればこいつらの作戦も崩壊する!!」

 

 裏路地の発明展で周囲の酸素を減少させる装置について聞いたことがあった。たしかあれは完璧な密閉空間じゃないと動作不良で自壊する欠陥品と言われてた代物だ。それなら建物の一部でいいから破壊できれば、それを頼りにしてる連中の目論見も御破算になる。

 

 その為にも、群がる組織員を仕留める様に命じたのだが…何か妙だ。

 

 敵の組織員共はどいつもすでに傷だらけで動きもぎこちない。そんな相手あっさりと蹴散らされるだけなのだが、連中の姿勢には躊躇がない。打ちのめされても立ち上がり、仲間の死体すら盾にして果敢に攻撃する。

 だがその様相は決して士気が高いなどと呼べない。重傷を負わされても碌な反応すら示さず、自壊することも厭わず攻撃する様は…まともな意識があるように思えないのだ。

 

「なんなんだあいつら……」

「彼らは刺激に耐えられなんだ…飲まれてしまったのさ」

「いや、お前も……、一体どういうつもりなんだ?」

 

 改めて老人と向き合えば、今度はハッキリと目が合った。

 それで気づいた。

 

 その眼差しには…なにか切実な願いや、それを成さんとする決意が宿って見えて、とても真っ直ぐに前を見ていた。

 

 

「気に入らないな……」

 

 嫌悪感が湧き出た。

 そんなものは都市の人間にふさわしくない。

 都市で生きる人の瞳はもっと暗くて鬱屈として地べたを向くか。そうでなきゃ、いろんなものに追い詰められた、切羽詰まった目をしているものだ。

 

 夢やら、希望やらを見るのは、現実を知らないガキと馬鹿だけ。そんな目で見つめられるなど不愉快極まりない。

 帽子を目深く被り、銃身に弾倉を叩き込む。

 

(目上)の気に障るなよ。下郎…」

 

 二つの影が交差して、赤い飛沫が広がった。




初戦闘だし、ちょっと苦戦するけど快勝できるシーンにしたいな。
何やってるこのジジイは?(困惑する作者書き文字)

*IIIIの読み方を確認したところ、『クァトロ』と『クァルト』で表記割れしてしていました。よって本作ではクァトロと呼称します。
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