パンのみに生きるにあらず   作:改造黄金虫

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「君はきちんと命令をこなすさ。だから見張りはつけないでおいてやろう」
「当然だろう。カポになる者を相手にそんな下衆な勘繰りをするなど、無礼じゃないか。……ねぇヴァラキ」


第22話 規律の破壊者

 

 長く伸びる道が年老いた樹木のように枝分かれして、複雑に絡み合っている。

 

 その一本一本がそれぞれ別の場所に繋がっている道だというのに、まるで飾り気のないせいで、極めて見分けがつきにくい。

 まさしくここは、人を拒む路地の迷宮であった。

 

 その寂れた通りの奥深くで、俺は一つの扉を何度も叩き続ける。

 

「クソッ……、頼む出てくれ」

 

 無愛想な鋼鉄の扉。

 ツヤ消しした鈍い鉛色のそれは、呼びかけに一向に応える気配がなく、恐らくいくらやっても無駄だろうと確信させられる、冷徹な手応えを返すばかりだ。

 

「けど頼れるのはお前だけなんだよ」

 

 いくら頑丈な扉といっても、俺ならそれを破壊して押し入ることはできる。やらないのは、その行為に意味がないどこか、逆効果だからだ。

 

 ここはとある工房街のはずれ。外部の人間なんか滅多訪れず、主に備品倉庫や騒音のする加工設備がある程度の場所。

 そんな僻地に、態々客を迎え入れる店を開いたここの店主は、筋金入りの人間嫌いで、気難しい奴なのだから。

 

 俺は緩んだ肩紐を直すと、そこにかけた長細い包みを一瞥(いちべつ)する。それは先のアルバートとの戦いで壊れた、愛銃のなれ果てであり、限界まで特殊改造を施したそれを診れるのは、ただ一人。

 

「造った銃職人(ガンスミス)以外にいないだろう、クソ店主!」

 

 レイナとのデートでも訪れた、あの超がつく偏屈野郎だ。こいつはもう、殺しても素直にこちらの言うことを聞く訳がない。向こうから開けてもらわねば、仕事を果たすことは絶対にないのだ。

 

 正直いって残された時間は無駄にできない。でもだからといって、ここで妥協を取るのは許容できず、いい選択ではないと俺の勘が言っていた。

 

 

「はぁ……」

 

 俺は戸を叩く手を止めて、息を吐いた。

 

 文字通りの手詰まりだ。

 だけどもう行先は決めた、ここで引き返す気もない。その道を切り拓くには、どうあっても強力な武器が必要なのだ。

 

 俺は意を決すると僅かな可能性に賭けて出た。

 

 

「頼む……………」

 

 扉の前に腰を下ろし、両手足を折り畳んで、額を地べたに擦り付ける姿勢。

 そう、土下座だ。

 

「……………」

 

 俺は悪友のように上手く回る口を持っていない。そしてあの店主が口先の言葉で軽々しく転ぶ様子も想像できなかった。

 だからもうなりふり構わず、ただ縋り付く。一度はその戸を開いてくれた、客として。

 

 

「…………………………………………」

 

 それなりの時間が過ぎた。

 

 ピクリとも動かしていない手足の関節がすっかり痺れて感覚を失い。空では東を照らしていた白い太陽が、中天に傾き、燦々と朱に染まろうとしていた。

 

 それだけ時間が過ぎて尚、扉は固く閉じたままで、全てを拒むその態度が変わる気配は一向になかった。

 

「そうか……、ダメだったか……」

 

 これ以上は流石に待てない。俺は背筋を伸ばして、長く溜まった息をついた。その吐息には失意が色濃く宿っていた。

 

「あぁ、切り替えろ! 次だ次」

 

 だが後悔はしない。してはならないと頭を振う。

 もとより万事うまくいくなどと、甘い考えはしていないのだ。懸念事項が増え、大幅な時間のロスになった。向かう先は暗雲が立ち込める。だがそれでも、この願いは譲れない。諦められないものなんだ。

 沈む気分を強引に切り払い、次の計画へと踵を返したその時。

 

「おい、何のようだ?」

 

 背後から、分厚い鉄の扉が開く音が響いた。

 

 

「はぁ……、たくっ捻くれすぎだろ。帰ろうとした瞬間に戸を開けるとかよ」

「……元より放っておくつもりだった。さっさとブツを出せ」

 

 二人分の足音が石材の床に響く。

 空気は乾いていて、暗闇には燃える篝火だけが僅かな輪郭を照らす、空間拡張がなされた工房。招かれた内部の様子は、いつだって殺風景で無駄なものが存在する余地がない。

 

「ほら、拝見してくれよ」

 

 だから俺も余計な前振りせずに、持ち込んだ愛銃を作業台の上に紐解く。それを見た店主は、複眼のサイを模した異形頭でありながら、はっきりと激情が爆発する表情を垣間見せた。

 

「て、テメェ!! この焼け跡は、またあの変な弾丸使いやがったな!! しかも何発も!!」

「あ〜っ。まぁ問題なく撃てたし、ちょっと負荷が大きかっただけだろう?」

「規格が違うからやめろと言ったよな! テメェのケツにも弾ぶち込んで、奥歯を撃ち抜いてやろうかアァン!?」

 

 鋭く研いだ工具を振りかざして、マジで刺しかねない殺気と共に詰め寄ってくる。いつもより険のある態度だが、こればっかりは正論なので、流石になにも言い返せなかった。

 

「悪かったよ。でもやらなきゃ諸共に死んでたんだ。随分と無茶に付き合わせたからな」

「チッ、……それで、これをいつまでに直せばいいんだ?」

「あ〜〜っ。できれば明日の昼までには……」

「ハァ!?」

 

 その時の店主は、本当に訳がわからないというふうに素っ頓狂な声を上げると、俺と銃を交互に睨みつけた。

 その真っ黒に焦げ付いて、山火事にあった棒切れといったほうが正しいくらい、変貌した俺の愛銃を見ながら。

 

「お前、ここがT社の時間富豪の店にでも見えるのか?」

「わかってるよ、でもなんとかならねぇか? 金はたんまり用意してあるんだ」

「ハッ」

 

 店主は鼻で嗤うと、唾を吐き捨てる仕草をしようとして、不自然に留め、姿勢を直した。

 そういえばコレ、遠隔操作してる機械人形らしいんだったな。おそらく操縦士の動きを模倣してるんだろうが、生理的な反応は無理なんだろう。

 

 ともあれ店主は俺の相談をバッサリ切り捨てると、ふと怪訝そうに愛銃を掴み、静々と眺めた。

 

「お前、何故あんなことしてたんだ」

「何故って?」

「ここまで急に瀕してる分際で、随分長々と時間を潰してやがったじゃねぇか」

 

 その訝しむような口調に、強い違和感を覚える。

 この店主はとにかく人との接触を拒み、ちょっとした世間話にすらキレる程だ。こんな客の事情に踏み込んでくる事など、あるはずかない。

 

 何か思惑があるのか、と見つめるが、そこにはただ人間離れして、何も読み取れない異形の仮面があるだけだった。

 俺はまばたきをして一拍置くと、その怪物の顔に歩近寄って、淡白に答えを返した。

 

「信じているからだ」

 

 俺自身の、偽りない胸の内を。

 

「ここは接客態度こそクソだが、客としてのやり取りは誠実で、なにより卸す武器の品質が抜群によかった」

 

 この銃はどんな時にも精密に動いてくれた。水に沈めようと、鍔迫り合って激しく打ちつけようと、燃え尽きる最中であろうと、その役割をしっかりと完遂し、壊れるまで撃発し続けた。

 

「何もかも信用してなかった俺ですら、ここで改修した銃には迷うことなく、全幅の信頼を置いていたぐらいだ」

 

 それはまさしく、俺が戦場で命を預けるに足る、"愛銃"であったのだ。

 

「だからこの先の苦難に立ち向かうのにも、縋りたいと思ったんだよ」

 

 その造り手である本人に、隠してもしょうがない本音を打ち明ける。それを店主は黙って聞き届けると、作業台に愛銃をゆっくりと置き直した。

 

「フン……。耳障りのいいことを言ったところで、どうにもならんもんは無理だ。ここまで壊れた銃が直るか」

「まぁ、そうだろうな……。だったらせめて、この予備の銃を可能な限りカスタムして──」

「だからお前は、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 サブプランとして持ち込んだ包みを開いたその刹那、店主の背面の暗闇が直角に割れて、観音開きのように光が漏れる。その中からは、聞き覚えのない声で、聞き覚えのある口調が聞こえてきた。

 

「ハァ……たくっ、ロボット越しでなら、余計な情に振り回されることもないって思ったんだけどな」

 

 コツコツと厳粛に、しかし淀みのない足取り。それは俺の前で止まると気怠げに手を挙げた。

 

「よぉ。この姿で対応は初めてだなお客人」

「それが……お前の本体なのか」

 

 あちこちが煤けた緑色つなぎを着こなして、背中には大きなケースを背負い、頭には幾つものケーブルが伸びるヘッドセットをつけたそいつは、妙齢の女性であった。

 

「あぁん? 知ってやがったのか、これが人形だって」

「……あぁ、前に連れが言ってたから」

「連れ? お前がなんか騒いでたアレのことか。やっぱりセンサーの誤作動じゃなかったのか」

 

 釈然としない雰囲気で頭を掻いているそいつ……いや、店主に対して、俺はより困惑した思いをぶつける。

 

「急に正体を現して、なんなんだ。一体なんの目的で」

「言っただろう、お前にはもっといい物があると」

 

 店主は背中からケースを下ろすと、それごと俺に放り投げてくる。

 

「この店は、アタシが認めた客のみに品を卸す。その客が望む物を、可能な限り忠実に」

 

 俺は受け取ったケースを開いて、その中身を確認すると、驚愕に目を瞬かせた。

 

「お前が何度も語ってやがった戯言の具現、フルオーダーメイドの新しい銃だ」

 

 長く直線的なシルエットに、幾つものパーツがごてごてとくっ付いて、曲銃床も兼ねたその握り手は独特な形状をしている。試しに手に取ってみれば、初めて構えたにも関わらず、とてもしっくりと感覚が噛み合った。以前の物よりも幾分と増した重量さえも、ずっしりと体に馴染むくらいだ。

 

「お前の銃から使い易いよう調律するのに苦労したぞ。まぁこんな無茶苦茶な機構、好んで使うような奴は、お前だけだろうけどな」

「あ、あぁ……。でもこれ、一から造ったんだろ。俺はまだ注文してなかったぞ」

 

 ここの銃器は、その客一人一人に適した細かい調整を行ってくれる。俺も愛銃を弄った際は、その作業の間を待たされたものだった。そしてその暇な時間に、昇進したら使ってみたい銃の構想をアレコレと口に出していたのだか、まさか実物が既にできているとは思いもしなかった。

 

「なんだかんだと言って、お前と銃は毎回ボロ雑巾になりながも、しっかりと役割を果たし、増強されていったからな。いずれその日が来るだろうと、前もって鍛造しておいた」

「前もって……って、でもお前は……それは」

 

 荒事家業を相手に、再び戻ってくる保証もないだろうに、何故そんなことを。

 そもそも何故切羽詰まった相手に、そんな手を差し伸べるような真似をするんだ。

 

 幾つもの不可解な疑問が口をついて出そうになったが、それを表に出すことが野暮に思えて、押し留めた。代わりに俺が言うべきことは一つだけ。

 

「……ありがとう。これにまた頼らせてもらう」

「あぁ、代金は貰うから気にするな。金はたんまり用意してあるんだろう」

 

 空気を読むことを知らず、無遠慮に突き出された手に、思わず苦笑してしまう。

 

 俺が気を払わずに、ただ盲目的に突き進んできた道のりの最中には、俺自身が知らずとも、ちゃんと見ていてくれた者たちがいたのだと。そう改めて、思い知らされたのだった。

 

「壊れたならまた来い。少なくともお前の手に馴染むものを渡してやる」

「あっ、おい! 次の合言葉は……」

「いらねぇよ。戸を叩いてアタシの名前を呼びな」

 

 そう言うと店主は素っ気ない態度で背中を翻えして、工房の奥深く、その闇の中に歩き去っていく。

 

「オズ。魔法使いでもなんでもない、ただのしがない偏屈屋だ」

「そうか……、なら俺も答えよう。ヴァラキそれが俺の名だ。近日中に無職になる予定だが、また来させてもらうよ」

「ハッ、貧乏人が寄り付くんじゃねぇよ」

 

 その互いの名乗りに、オズは振り返ることもしなかったが、小さく手を振ってポケットに仕舞うと。その影はゆっくりと闇の中に溶けて消えていった。

 

 

 

 

 

「あっ、懐開いてもらったついでに、別の頼みもいいか」

「あぁん? なんなんだよ」

「もうあらかた手続きは済んでるからさ、ここにいって俺の名義で……」

「ハァ!? ふざけんな、ここは何でも屋じゃねぇんだぞ!!」

「頼むって! 万一にも足がついちゃいけない仕込みなんだ。また来店するためにも一肌脱いでくれよ!!」

「やっぱりテメェはクソ客だ!! 二度とその顔見せんじゃねぇ!!」

 

 

 その後、強制退出用空間圧搾にもどうにか耐えて縋りつき、要求を飲ませたのであった。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「ハァ……」

「お疲れ様です、日々の激務に御憂慮いたしますヴァラキ様」

 

 窓から差し込む日の光が、ズキズキと身に染みる。

 昨日はあの店から出た後も仕込みのために、あちこちを東奔西走して動き回り、少しでも勝ちの目を拾おうと足掻き続けた。そのせいで今は僅かばかり、頭の奥がジンと痺れた感覚がする。

 身にのし掛かる重たい積荷、その押し出されるようなため息には、先行して数歩前をいくソルダートにさえ慮れたぐらいだ。

 

「まぁな……。俺が望む、この先の未来を掴むためには、欠かせないことばかりだ」

「はい。階級が上がることに伴う重圧は、自分も聞き及んでおります」

 

 無論調子を損なわない為に、最低限の睡眠はとっているのだが。それでも湧き上がる不安の芽は、絶えず俺を縛りつけて、消耗を強いてくる。

 

「ですがやはり、ずっと親指に尽くしてきたヴァラキ様が、遂にその御功績を認められたかと思うと、とても喜ばしく思えます」

 

 こちらを軽く振り返ったその顔は、目線を合わせないよう下を向いていたが、口元にはゆるかやな微笑みが浮かんでいた。

 

「……あぁ、ありがとう」

 

 物の見え方か、或いは俺自身の在り方が大きく変わったからか、以前よりも俺の周りにいた人との距離が、とても近くに感じられた。

 

 だからなによりも、これからやる事を考えると、気が重く沈んだのだった。

 

 

 

「こちらです、この保管庫に今戦争での収得物品は保管されております」

 

 幾分かして、そのソルダートの案内によって目当ての場所にまで辿り着く。地下に設けられたその両開きの扉は、幾つもの錠前で厳重に閉じられていた。

 

「確認のため復唱いたします。ヴァラキ様はガリアーノ様の命を受けて、本保管庫に納められた薬指の作品を回収に訪れた。お間違い無いですね」

「その通りだ。俺はガリアーノ様の御命令を果たすためにいる」

 

 ベラベラと保安上の型式に則った口上を述べる鍵番のソルダートに、俺はさも当然のように答える。一から十まででまかせの真っ赤な嘘を。

 

「かしこまりました。では解錠致します」

 

 そう言ってソルダートは懐から鍵束を取り出すと、一つ一つの錠を手際よく解いていく。そして最も堅牢そうな鍵穴を残して、静かに身を引いた。なぜならそれはカポのみが所有する鍵で開くもので、その命を受けた俺が解かねばならないからだ。

 

 俺はその扉の前に立つと、全力で蹴り飛ばして、錠ごとブチ破った。

 

「ヴァ、ヴァラキ様!? いったい何を……!?」

「ガリアーノ様はとてもお急ぎのようでな、鍵は預かってないんだよ。だから多少強硬手段を取ってもいいと言われている」

 

 慌てふためくソルダートを尻目に、俺は悠々と歪んだ扉を抉じ開けて、強引に保管庫の中へ踏み入る。なにせこうした方が辻褄も合うのだから。

 

「心配するな。目上の方の御意志を騙るなんて畏れ多い真似、するわけないじゃないか。それをすれば後でどんな恐ろしい制裁を下されることか。余程の馬鹿でも理解できる」

「あ、あぁ……。そうですよね、カポにまで昇進されるお方が、そのような事をする訳がありません。無礼な疑念を抱いたので、私の舌を切りましょうか?」

「いやいい、規定通りその場で待機していろ」

 

 とにかく親指という組織は、上の者が言い出したことに逆らえず、疑問を抱くこともしないし、許されない。だからこの際、多少強引な手段でも押し通すことができるのだ。

 ……まぁ長年掛けて信用と実績を積んで、信頼できる役柄を任せた奴が、突如として後先考えないおかしな行動を取る事を予防せよ。というほうが無理な話だろう。こればっかりは仕方がない。

 

「あ〜、とりあえず槍と刃物と。あとコレも使うか」

 

 芸術品の価値はさっぱりなので、とりあえず持ち運びやすい小型の物を適当に選び、本命の物色を始める。こっちは文字通り命を掛けるので、素早く、しかし真剣に吟味して決めていく。

 

「おっ、コレこんなところにあったのか!」

 

 そうして見定めていく中で、一つの装備品が目についた。それは以前手に入れそびれて、しばし心に残っていたもの。

 

「ハハッ、因果だな。ありがたく使わせてもらうぜ()()()

 

 俺は迷わずそれを掴むと、その場で身につけた。

 薄く滑らかな感覚が、しっくりとした手応えを返してくる。

 

 何故だが、最後の一押しをされたような気がした。

 

 

「ヴァラキ様、ご用件は御済みです……そのお姿はいったい?」

「あぁ、ここでの用は済んだ。もう休んでいいぞ」

 

 すれ違いざま、俺はそのソルダートの肩に手を置くと、ギュルリと、息をつかせぬ速さで巻き付かせた。

 

「がっ………ぁ」

 

 そのまま無言のままに首を圧迫し、骨を折り砕く。腕の中でぐったりと力を失い、崩れゆく体は、最期まで血走った目で、俺のことを見つめていた。

 

「悪いな、けど俺は無限地獄の安寧を。なんて悠長なことを言うつもりはないんだ」

 

 その視線に踵を返すと、俺は放送用のマイクに手を伸ばし、淡々と声を乗せる。

 

『あ〜、テストテスト。……館内放送、館内放送。現在支部にいる全てのものに、暫定カポ・ヴァラキより告げる』

 

 握った手を強く抑えつけて、決してその震えが漏れ出さないよう、引き絞って笑みを作った。

 

『直ちに中央ホールへと集合せよ。例外はない、()()速やかに移動せよ』

 

 終わりを告げる言の葉。誰も逆らえないその響きを、不自然に揺るがさないように。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「集まったな……」

 

 ホールには既にこの建物にいる全ての人員が揃っていて、到着したのは俺が一番最後のようで。入り口の扉を開いた瞬間に、大勢の視線が出迎えてくる。しかしそれらは俺を認めると、瞬く間に床に落ちた。

 

 今俺の格好に少なからず疑問を抱いたはずだろうが、それが口に出させることもなく。皆一様に頭を垂れ、黙したまま道を開いた。俺はその中央で悠々と歩を進め、壇上へと足を掛けた。

 これら一連の流れに一切の滞りは介さない。全ては規律が定めた通り粛々と進められ、その果てにある奈落へと転げ落ちてゆくのみだ。

 

「さて……、まずはご苦労。突然の召集に驚いたろうが、どうしても言わねばならないことがあってな」

 

 一段と迫り上がった台座の上では、書類仕事や訓練をしていた者から、厨房の給仕係まで、実に様々な顔ぶれが見渡せた。言われた通り全力で駆けつけたのだろう、彼らの額には汗が浮かび、またある者には土汚れが服の端にこびりついている。

 

「よく聞けお前たち。俺は先の功績で昇格が認められ、明日のカポ達が集う会議にてお披露目を迎える予定だ。つまり先立って出向かれたガリアーノ様が不在の今、この支部で最も偉いのは"俺"ということになる」

 

 通信の仕込みは既に済ませた。あの放送を最後に、支部(ここ)は切り離された陸の孤島と化し、蜘蛛の巣と張られた俺の独壇場でもあった。

 

「"命じる"。これより抜き打ちの襲撃訓練を実施する。前に薬指の連中に拠点防衛をブチ抜かれ、組織に損失を齎した反省だ」

 

 その唐突すぎる事態に、彼らはさっぱり飲み込めないだろうが、俺はさも当然だと言わんばかりに宣言する。大事なのは内容ではなく、目上()が命じたということだけなのだから。

 俺は肩を鳴らすと、ゆっくりと全身に身につけた()()の武具を引き抜き、両の手に構えた。

 

「今から俺のことは、突如この支部を襲った、頭のおかしいドーセントとでも思え」

 

 たとえ如何なる道を選んだとて。その目的が善であれ悪であろうと、都市は等しくそれを貪り、血に染め上げる。

 

 何かを成そうとするのなら、必ずそこに犠牲が付き纏い、数多の悲劇を生み出してしまう。なぜなら都市は、他者を踏み躙らなければ、先に進めないのだから。

 

「本気で殺しにいく。だからお前達もそうしろ」

 

 そうして気づけば、己自身が苦痛を強要する、不条理な機構(恐ろしい怪物)と化してしまうのだ。

 

 

「ヴァラキ様、それはどういう─」

「襲撃……開始ッ!」

 

 俺は片膝を曲げると、腕を腰ごとを大きく捻り伸ばした。限界まで引き絞ったその腕の先に握られるのは、ビート板大の分厚い彫刻刀。

 全身をピンと張って、溜め込んだ力を一気に解放すると、それを全力でぶん投げた。

 

「えっあっ! かっ……パァッ!!」

 

 異様な風切り音と共に、勢いよく回転して飛ぶ刃は、鋭いカーブの軌道を描いて、状況が飲み込めず直立したソルダート達の首を次々に刈り取っていった。

 

「なっ! なぜこんな……」

「ぼさっとするな。黙って死にたいなら、それでいいけどな!」

 

 ホール一帯に血飛沫と断末魔が炸裂して、ソルダート達の間に動揺が広がっていく。俺はその隙を縫って強く踏み込むと、壇上から影を置き去るように跳躍し、一息の間に群集の中に潜り込んだ。そしてその中央で、槍の穂先を大きく振り回し、真紅の円を描いた。

 

 下と上に分たれた体が崩れ、臓物がクラッカーのように弾け四方に降り注ぎ、夥しい血が床を濡らす。

 ……普通ここまで派手になるものではないんだがな。薬指の武器ってやつはどうにも散らかすようで、現場は既に血肉の海、大混乱だ。

 

「クソッ、落ち着け! とりあえず隊列を組むんだ!」

 

 だがその騒ぎの最中でも、どうにか収集を図ろうとする冷静な奴はいるらしく。周りに声を掛けて、即席の陣を構成しようとする流れがある。組まれても厄介なので、俺はその指示役に目をつけると、壁を蹴って頭上より強襲。槍でその脳天を貫いてやった。

 

「グゥッ……ゲ……ァ」

「おっ、そうか。この筆槍はただ貫くのではなく、先端を捻ることでより鋭利に傷つけられるのか。意外と面白い仕組みだな」

 

 そう言ってそいつの頭を爆散させ、脳漿を派手に撒き散らすと、場を更なる混沌の坩堝へと貶めていく。武器を振るい、殺して、乱して、無闇矢鱈とその残骸を飛散させ、それに目を奪われた隙をついてより一層の撹乱を図る。

 血風吹き荒ぶ騒乱に紛れて、全体の半分程度を潰したところで、鋭い銃声が鳴り響いた。それも断続的に、俺を囲んで逃さない形でだ。

 

「おっと……」

 

 即座に身を屈め、死体を盾にやり過ごすと、幾つもの靴音が聞こえてきた。その足取りに怯えはなく、冷静な戦意だけが込められている。

 

「ヴァラキ様、これ以上の損害は支部の機能に差し障ります。そのような事態は目上の方々も望まれておられません。どうかここでお鎮まりください」

 

 どうやら武器を取りに戻っていたらしい、どれも迷いのない動作で銃を構え、精密な眼光で射抜いてくる、この支部の戦闘要員たち。上官として鍛えてやったその顔ぶれの中には、俺やギャップの部下だった奴もいる。

 ここは屠殺場もかくやな血の池地獄だが、元より親指だけあって、凄惨さには場慣れした連中ばかり。混乱のピークは過ぎたと見るべきだろう。

 

「そんな言葉で止まると思うか? 言っただろう、これは襲撃だと」

「そのお言葉は、事と次第によっては叛逆と取られますが?」

「どうだかな? ゴットファーザー様の意中にでも問うてみるか」

「なッ……、殺せッ!! あの人は完全にイカれてやがる!!」

 

 イかれたか……。

 まぁ、その通りだな。俺でもそう思うさ。

 

 一斉に飛び交う銃弾の群れを背に、俺は壁を突っ走ってその射線から身を逸らす。しかしそこへ臆することなく近接戦の人員達が突撃してきて進路を阻み、その隙に射撃班が装填と再配置を整える構えを見せた。我ながら厄介に育てたものだ。

 親指の真髄は組織力、そして連携にある。特にソルダート達はそのいろはをみっちり仕込まれてるから、まぁ群れると厄介だ。

 

 俺はアートナイフを構えると、銃剣を手に突っ込んできた相手と正面からぶつかり合い、その視線が交差させた。

 

「ヴァラキ様! なぜこんな事を!?」

「やりたくなっちまったからか、なッ!」

 

 鍔迫り合う相手にあえて退き、一瞬のフェイントの後に押し切ってその首を刎ねる。相手の顔には最後まで困惑が浮かんでいた。

 

「あっ、がッ!!」

「やめッ!」

 

 間髪入れずに身を沈め、加速した踏み込みをもって前衛を斬り捨てる。そいつらも当然顔見知りだ。俺が殺しているのは昨日まで味方だった奴らなんだから。

 

「いったい何があっというのですか!? あなたほど真摯に忠誠を尽くしていた方が何故!?」

「カポにまでなった功績をドブに捨てるなど、目上の方々がどれほど落胆されるか、知らない訳がないでしょう!!」

「洗脳でもされているのですか!? 早く正気に戻り、正しい罰則を受けてください!!」

「ハハ……。あいにくと、俺の意思によるものなんだよな……」

 

 空中で身を捻り、銃撃の雨を躱しながら一人呟く。その攻撃の手は容赦がなく、教本通りの苛烈さだが。彼らの顔にあるのは必死の懇願、或いは何かの間違いであって欲しいという堪えた焦りだった。

 俺はその顔目掛けて、遠心力を乗せた槍を投擲し、一撃で複数人をまとめて串刺にする。陣営にゴッソリ穴が空けられて、彼らは慌ててその隙を埋めようとするが、俺はより先んじて天井を蹴り、その隙間に突貫してやった。

 

「なぁっ……! ぐはぁッ!!」

「教えただろう。実践は教本通りにはいかない、もっと柔軟に動けと。」

 

 近くいた奴は慌てて銃を身構えるが、俺はその顔面に着地して踏み潰した。更にそこから勢いよく跳んで、また人間を足場に次々と駆け抜ける。目下の標的は集団を指揮をしていたソルダートⅢ、その下へ急接近した。

 

「くっ、来るな!!」

 

 距離を詰められたそいつは、咄嗟に銃床をかざして迎撃してくるが、逆にその攻撃に手をついて支点にし、体ごと反転。その顎を蹴りで叩き割ってやった。

 俺だって親指なんだ。集団戦のされたら嫌なことぐらい熟知している。例えばこんな風に指示役を潰されまくったり。

 

「そら、こんな状況はどうする?」

 

 俺は半殺しにしたそのソルダートⅢの足を掴むと、勢いよく振り回し、鈍器のように周りの奴らに叩きつけた。

 

「ほらコイツまだ生きてるぞ、どうする? 助けるのか?」

 

 やたらと捌かなくてはならない情報を増やされたりだ。もっと目上の者がいれば話は早いんだが、生憎とここにはソルダートばかり。指示待ちが板についた連中なら、さぞ戸惑おうものだが。

 

「撃て撃て撃てッ!! 味方ごとでもいい!」

「集団戦での撹乱はあの人の十八番だ! まともに付き合うな!」

「犠牲前提で殺れ!! ビビって勝てる相手じゃない!」

「……チッ」

 

 手の内を知ってるのは向こうも同じことだ。まだ息の根があるソルダート(肉盾)を完全に無視して、俺に傷を負わせることだけに専念して来やがる。もはや用済みになったそれを一団にぶん投げてみたが、即座に蜂の巣状に撃墜され、撹乱にもならなかった。

 

「けど甘めぇんだよ」

 

 直後、そのズタズタになった死体を貫いて、無数の鑿が殺到し、彼らの腕に突き刺さる。時間差を考慮して後投げしておいたんだ。射撃の弾幕が乱れたところで躊躇なく突貫し、面倒な人員を確実に屠り削減しにかかる。

 

 突っ込んできた顔面にナイフを刺して頭蓋を抉り、隣のやつの喉を肘で潰しから押し除け、蹴り上げた膝で次の奴の胸骨を粉砕する。誰かが銃剣を突き立ててくれば、側にいた胸ぐらを掴ん即席の盾として使い。銃口を向けられれば、撃発直前で逸らして別のやつに当ててやった。

 

「今だ! 落とせェ!!」

 

 そうして血みどろの行軍を続ける最中、不意に巨大な影が頭上をよぎり、みるみると大きくなった。その独特な形状は見上げずともわかる。天井に吊られた巨大なシャンデリアだ。

 

「チッ」

 

 普通こんな攻撃当たる訳がないのだが、銃による一方的な集中砲火という、最もマズイ状況を避けるために、今俺は人の密集地に潜り込んでいる。簡単には抜け出せない。周囲の唖然とした顔を見れば、当人たちも知らされていなかったのだろう。本当になりふり構わなくて、必死なやり方だ。まぁそんな姿勢は、好ましくはあるのだが……

 

「だから甘めぇって言ったんだろ!!」

 

 俺はその墜落するシャンデリアを蹴り飛ばし、仕掛け人たる射手たちの方へ送り返してやった。ついでにその瞬間、気を取られた周りの連中の首を刈ることも忘れない。そうして俺ごと潰そうとした周囲は、却って広々としたものになったのだ。

 

「下手な小細工は首を絞めるだけと教えたはずだか」

 

 反撃から未だ立て直せずに、床にへたり込んだ連中へと、威圧するようににじり寄る。そうすればガタガタと震える腕で、定まらない照準の元、的外れな銃声を響かせた。

 

「撃つなら先ずは姿勢を正せと──ガッ!! これは!?」

 

 てんで明後日の方向へと飛んだ弾丸。そんなものには見向きもせずに、一息に仕留めようと踏み出したその刹那。俺が散々に浴びていた血飛沫が、その足元に浸る血の海が、一斉に紅蓮の結晶と化し、俺の身をガッチリと拘束した。

 

「凍ってやがる、氷結弾か……!!」

「あんたが……、あんたが教えたんだ! まともにやって勝てないのなら、なにをやってでも勝てって!!」

 

 その言葉を裏付けるように、絶好の機を逃すまいと、次々と銃口が向けられて、こちらを穿たんとする。それに対し俺は氷の纏わりつく腕を強引に動かすと、懐から折り畳み式のキャンバスを、盾として展開した。

 

「一斉掃射!! ここで確実に仕留めるんだッ!!」

 

 鮮やかな火薬の花が一斉に開花して、視界一面に眩い閃光が迸った。同時に耳をつんざく轟音と共に、濃い硝煙の霧が押し寄せてくる。

 

「くぅっ……!!」

「殺れる! 今ならあの人に勝てるぞ!!」

 

 飛来する無数の弾丸を前に、広げた盾は次々と亀裂に崩れてボロボロになり、到底この弾幕を凌げるものではない。動いて逃げようにも、足元の澱んだ血氷は分厚く、怨念のようにしがみ付つき、未だに砕ききれていなかった。

 

「このイかれた惨劇から、解放させるんだッ!!」

 

 そう高らかに叫んだ彼らの顔には、興奮や喜び、そして安堵の色が浮かんでいた。

 

 

 ……当然のことだろう。なにこの状況は、彼らにこそ正常さがあるのだから。

 

 組織へ属し、これまで散々利用して世話になった分際で、唐突に他にやりたいことができたからと、仇で返す狂気的錯乱。

 俺がやっているとこはとどのつまり、なんの道理もわきまえない我儘である。

 そこに正当性なんてあるはずもなく、どこまでも幼稚で野放図な欲望の名の下に、あらゆる事情やルールを好き勝手に破り、他者の命まで踏み躙る、度し難い利己的欲求(エゴイズム)だ。

 

 こんなものが正義である訳がない。

 

 

「ハハッ……、悪かったなお前たち……」

 

 だからこそ俺は笑みを作った。とびきり凶悪で、飢えを剥き出しにした、まるで肉食獣のように歪んだ口を。

 

「流石に舐め過ぎていた。だから少しだけ見せてやろう」

 

 上等。全ては俺のエゴだ。一人を救う為に百人を殺し切ってみせよう(虫のいい話を最後まで貫いてやろう)

 

 俺は虚空に手をかざすと、その内側より得物を掴み取った。

 

「なにか手に持ってるぞ! さっきまで何もなかったはずだ!!」

 

 異なる次元より引き摺り出した我が"愛銃"、それに命ずる。この場で必要なのは、強く、薙ぎ払う力だと。

 

形態(モード):太刀風(たちかぜ)

 

 手の中で求める形状に組み変わる新しい銃。その弾倉に一発の特殊な弾丸を送り込んだ。

 

「撃てよ、狼煙(ろうえん)弾」

 

 別に口に出して言う必要はないのだが、こっちの方が気分がいいだろう。様式美(ロマン)というやつだ。

 

 引き金を引くと同時に、生み出された余熱が瞬時に氷塊を熔かし、その爆発的推力に引かれるように踏み出して、刃を振るった。

 

 驚き、恐慌、呆然。向けられるあらゆる感情を正面から見据えながら放つ、横一文字に空を裂いた切斬。続く轟音と灼熱の烈風が、人の群れを塵芥のように吹き飛ばした。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

「ふぅ……っ」

 

 日は大きく傾き、乾ききらない血のように、あるいは黄金色の果実のように輝いて、世界をゆっくりと橙色に染め上げていく。

 

 その色に照らされたこの立派な建物も、今や荘厳さを覆い隠され、濃密な哀愁が漂っていた。

 

「そりゃもう廃墟だもんな」

 

 人の気が完全に消え失せ、がらんとした薄闇の古巣を背に、俺は空に向け煙を吐き出した。

 もうあそこにはなにも残っていない、可能な限り全てを消去して来たからだ。あるのはただ、薬指の武器で彩られた死体の山と、保管庫から消えた幾つかの芸術品の跡だけ。

 

「といっても、その場しのぎの隠蔽工作。時間稼ぎにしかならんだろうな」

 

 裏路地を手中に収める指の勢力は、恐ろしく長大で、底が知れない。ましてや自らの権威に泥を塗ったものなど、絶対に嗅ぎつけて真相を暴き切るだろう。

 

 けどそれでも、今は時間が欲しかった。

 

 俺に紐づいた最大の爆弾。

 首に巻き付いた因縁の鎖を、握って絶対に離さないだろうあの人に。

 

「彼女と相対しなければ……」

 

 声に出してしまえば思わず体が強張って、口に咥えた煙草が大きく歪んだ。汗が伝い染みを作る中で、俺は震える足を置いて、静かに息を吸った。

 

「ハァ……、やっぱりこれ甘ったる過ぎるぞ。俺には合わん」

 

 焼け落ちるその灰跡に、いつぞやも言った悪態をついてみれば、自然と口元が緩んだ。その調子に合わせてゆっくりと息を吐けば、止まっていた足も、もう一度動き出すことができた。

 

「次があるのなら、ちゃんと線香でも買っておくか」

 

 決別と思慮、そして身勝手で傲慢で憐みを込めた弔いの煙が、徐々に暗くなる空へ消えて散る。

 俺は歯を見せて笑ってみせると、数多の欲が色めき立ち闇に蠢動する、暗くて眩い都市の夜を迎え入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ………ッ。胸に風穴を空けられたような気分がするね」

 

 暗く、一つの灯りもない部屋の中心で、深い哀愁を帯びた嘆息がこだまする。その吐息は底に沈まず、上へ昇りはするが、途方もなく澱んでいて、苦々しい煙の色をしていた。

 

 上品なシガーの醸し出す、どこか優美さを感じさせる薫りではなく。所以もわからないものが雑多に混ぜられ、乱暴に固められた、安さだけが売りの最低品質。その女自身も不味いと自負する、濁った煙はしかし、悠々と口に咥えられ、その身を燻らせていた。

 

「獅子はウサギを狩るにも全力を尽くす。……とは言うけれど、それは己の飢えが掛かった生存競争だからでしょう。シビアな自然界で、獲物を取り逃がす事は洒落にならないロスだからね」

 

 現在の時刻はちょうど日付変更を終えたその時。約束の期限は、今その限界を超過した。

 だというのに、この部屋にいる人間は依然として彼女ただ一人だけだった。

 

 なにかトラブルがあって期日を守れなかったのか、それともなにか別の思惑があるのか。

 

 これまでの部下の忠心を思えば、ありうるのは当然前者であるのだが。彼女は確信を持って歩き出すと、仕舞い込んだ己の銃を手に取った。

 

「……なら、手をかけた飼い犬に、その手を噛まれた飼い主は。犬を追い詰めるのにどれだけの労力を割けばいいんだろうね」

 

 長大な狙撃銃。その先端に装着された銃剣が、余人には見えない星の光を静かに瞬かせた。その照射に反応して、人非ざる規則的な吐息が活性化する。なにせこの部屋にいる人間は、彼女ただ一人っきりなのだから。

 

「無論、愛した分だけだ。……起きろ猟犬共ッ!! 狩りの時間だッ!!」

 

 持ち主の命令に従って、人の形をした道具たちが次々と身を起こし、自らの役割を遂行せんと動き出す。そのバイザーで隠された目の奥には、なにも浮かんでいない。戦意や高揚、そして恐怖さえも。ただ与えられた反応に、規則通り返すのが彼らの存在意義なのだから。

 

 そしてその指揮棒を握る彼女は、より一層の凶悪な笑みを浮かべて、高らかに夜へ踏み出した。

 

「さぁ、君が何を思いその無様な選択をしたのか。頭蓋を叩き割ってでも見せてもらおうじゃないか」

 

 くつくつと、喜悦と憎らしさに歪み切ったその口元は、まるで牙を覗かせる獣の顎そのものだった。

 





【ガリアーノ】
出身:W社裏路地の最下層
好きな物:獲物を追うこと。可愛い部下。
嫌いな物:狩りの邪魔。出世。

上に行くほど権限は増えるが、同時にしがらみと仕事も大いに増えるからね。程々の立ち位置でありたいんだが、然りとて仕事に手を抜く事は矜持に反する。
おかげて出世しろとの突き上げが、段々と逆らい難くなってくるよ。

もっとも、君が登り詰めるというのなら。無論私もそれに付き合うつもりだけどね。
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